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第6章 沢田くんと夏の恋花火
沢田くんとハリセン
しおりを挟むそれから20分後、沢田家では。
「……ただいま」
沢田空は、暗い顔で帰宅したことを誰にともなくボソッと告げた。
いつもは返事がなく静まりかえっているのだが、今日は珍しくリビングの方からひょっこり空の母が顔を出す。
「あら、おかえり空。テストどうだった?」
「あ……うん」
「あ、うん。って、お前は金剛力士像か!」
母は「ほほほ」と笑いながら空の頭をハリセンで張り飛ばした。
空は表情を変えずに頭を押さえた。
「あっ、ごめんね空。つい昔のクセが出ちゃって」
そう言って微笑む空の母は、かつて宝塚歌劇団宙組のトップスターで五年間活躍し、あまりの美しさに皆が女王と呼んで平伏すほどの大女優だったのだが、今は演劇の世界から引退し、近所の飲食店でアルバイトをしている。子供の頃からウェイトレスをやるのが夢だったのだそうだ。
ちなみにハリセンを肌身離さず持っているのは、母が関西出身だかららしい。
どんな小さなボケにも突っ込んでくるので、空は昔から母のことを恐れていた。空が極端に口数のない子に成長してしまったのは、確実に母からのハリセンを恐れた結果だと思われる。
「それより、こっち来て! 見てみて、ほらーっ」
母はそんなことを知ってか知らずか小娘のようにはしゃいで、空と無理やり腕組みをしてリビングに引っ張った。
「何……」
「ジャジャーン!」
そこにはリビングの1/3を占める大きさの巨大なクリスマスツリーが飾られていた。
「なんで……」
「やあねえ、明日は七夕でしょ? 七夕飾り、一人で飾るの大変だったんだからー!」
「いや、でも……」
これはどう見てもクリスマスツリーだろうと言いかけた空だが、よく見るとモミの枝に短冊がぶら下がっている。
「空も書く? 短冊。いいわよ、遠慮なく書いて飾りなさい!」
母がキラキラした瞳でマジックペンと短冊を渡すので、空は黙って受け入れた。
母がはしゃぐのも無理はない。
「いよいよ明日ねーっ! お父さんが帰ってくるの!」
「……うん」
それは、二日前のことだった。
カムチャッカ半島あたりで消息を絶っていた父から、突然の「帰る」コールがあった。吟遊詩人をしている父が帰ってくるのは、実に四年ぶりのことだった。
「まったく、彦星だって一年に一回は織姫に会いにくるっていうのに、あの人ったら四年ぶりよ! こ○亀の日暮熟睡男か!」
母のハリセンが空の頭でスパーン! と炸裂した。
平成生まれの空には訳のわからないツッコミだったが、母はそんなこと気にしない。
「というわけで、明日は家族3人水入らずで七夕を楽しみましょうね、空!」
──明日の6時、枇杷島の白鳥橋の上で待ってるから。
──来てくれるよね、沢田くん。
空の脳裏に、涙を浮かべた佐藤景子の顔が蘇る。嬉しそうにはしゃぐ母の顔がそこに重なる。
「………………」
「なんか言わんかいっ!」
母のハリセンがスパーン! と目を閉じた空の頭で炸裂した。
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