誰かが彼にキスをした

ゆづ

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小山内 陽向

気づいたこと②

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 陽向は「そういえば……」と再び語り出した。
「昨日は異常に眠かったんだよね。前の夜に勉強していたわけでもないのに」

 先ほどの陽向の話によると、陽向は部活が終わった直後に仮眠に入っている。
 そしてその後30分は無防備な状態だった。

「そういうことは今までにもあったの?」
「ううん。昨日だけ」
「もしかして……睡眠薬でも仕込まれた?」
「えっ、何で? 何のために⁉︎」

 そりゃあ陽向が眠った隙にキスするために決まっている。
 なぜそんなことも分からないのだ。

「昨日食べたものとか飲んだものを思い出して。できれば夕方に絞って」
「ええっと……」

 今度は少し長いシンキングタイムになった。
 陽向の真剣な横顔は、やっぱり私には少し目の毒になる。そっと目を逸らして遠くを見つめた。 

 何やってるんだろう、私。そう思わずにはいられない。
 陽向の唇を奪った犯人探しなんて、本当はやりたくない。
 そんなの、自分が傷つくだけだ。
 三年前のあの時と同じ──。
 あんな思いは二度としたくない。
 今からでもやっぱり無理って言って断ろうかな。
 良くない感情が大きくなりかけたその時、陽向が言った。
 

「そういえば、カップのアイス食べた」 
「……アイス?」
「うん。養護の美村先生からの差し入れで」

 養護教諭の美村綾みむらあや先生は20代の若い女医で、まだ大学生のようなノリの人だ。
 長い髪を一つに縛っているけど、その色は茶色で毛先には緩いカールがかかっている。白衣の下はいつも膝丈のスカートで、スラリとしたスタイルで男子たちから人気が高い。
 チャラチャラしたその外見と、誰にでも声をかける積極的な姿勢が私は苦手だった。

 特に最近の美村先生は陽向がお気に入りのようで、顧問でもないのにたまにバスケ部の見学に来ることがあるらしい。


「でも、さすがに保健室の先生が薬を盛るなんてことはないだろ。シャレにならないよ」
「そうだよね。差し入れってことは全員にでしょ? みんな同じアイスなら、陽向が食べるアイスにだけ狙って薬を入れるのは難しいだろうし……」
「……あ」

 変な間で、陽向がつぶやいた。

「何? どうしたの?」
「うん、いや。おかしいなと思ってたんだけど……他のみんなのアイスはバニラだったのに、俺のだけなぜかチョコレートだったんだよね」


 おい、何だそれ。めちゃくちゃ怪しいじゃないか。



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