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むかし話5

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「あのー・・・」

その一声で信子だと確信していた。

正確に言えば、受付室のチェアに座っていたら、信子から声をかけられた。

「覚えてます?」

顔が近づいてくると、緊張感が高まっていた。

「三浦さんの息子さんですよね?」

「え!俺ですか?」

冷静さを演じているが、心の奥では心臓が激しく鼓動していた。

「まさか、病院で会うなんて」信子は、耳にかかる長い髪を軽く後ろに跳ね上げた。

「奇遇ですね」信子しか話していない状況。

「なぜ、わかったんですか?」宗介は聞いてみる。

「三浦さんは覚えているかどうかわかりませんが、一度、お会いになったことありますよね」

「え?」

「ほら、愛媛の松前町にある「井田食堂」で」

「ああ、小さい頃の話ですよね。よく覚えてましたね」

「ええ、三浦さんは同じ中学校で、よく廊下のすれ違いに会ったことも覚えてたので」

宗介は嬉しい気持ちになった。片思いの子から記憶の片隅でもいい。それでも覚えてくれてたのが嬉しかった。

「そうでしたね。あの頃が懐かしい・・・」宗介は、うまく目の終点が定まらない。直視できないから。

「三浦・・宗介さん」 受付室のドアに看護師が声をかけてきた。

薬とお金の残金を受け取り、信子に挨拶をして去っていこうとした。
「あの・・、少し待っててくれませんか?」
信子から声をかけられて身体はその指示どおり待つことにした。

信子の診察が終わると一緒に病院を出た。

「懐かしいですね。」

「え?」信子のとっさの言葉にびっくりをした。

「話したことはないのに、三浦さんの顔見るだけで故郷を思い出します。」

「田舎にいそうな顔してますからね」笑いながら宗介は話した。

凸凹道に松葉杖がつまづきそうになる。

「あ。。」

信子に身体を受け止められた。

その手に宗介は暖かさを感じた。

東京に来て、やっと宗介の恋物語は発進していった。
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