逢魔が時

えんげる

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逢魔が時

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西の山の辺りには夕日の余韻が残っている。
日が没した後も暫し空を照らし続ける名残がそこにあった。

今日は久しぶりに夜が更ける前に帰ることが出来た。
そういえば電球が切れそうだと妻が言っていたから、ホームセンターにでも寄って行こうか。
そんなことを考えながら私は車を走らせていた。

寄り道するために、いつもと違う道を通って行くことにした。
ここからそれ程遠くないし、スマホで検索しなくても大丈夫だろう。
交通量の多い片側3車線道路から曲がって中央線のない細い道に入ると、途端に車は少なくなる。
やがて直進と右折の分かれ道に差し掛かる。
――確かここを真っ直ぐ行くとホームセンターがあったはず。
道の前方は白くて良く見えない。
闇夜に閉ざされて見えないのではない。
直進の道路上を濃い霧が覆いつくしているのだ。
昼過ぎに雨が降ったから、そのせいだろうか。
ヘッドライトをハイビームにして安全を確保しつつ、道を直進していった。

ライトを切り替える直前、路側の道路標識が視界に入った。
「……?」
四角い黄色の標識には、直角に曲がった黒い矢印が表示されている。
これは右折ありの標識だ。
直進の道路の存在には触れられていない。
まずいと思ったが、既に車は直進の道路に入ってしまった。
ーーもしかして通ってはいけない道だったか。
その割には別段通行止めになっている様子もなかった。
不思議に思いつつ、一度引き返して元の道に戻りたかったが、辺りは白い霧に覆われて進むのがやっとだ。
細心の注意を払って速度を落とし、ヘッドライトの中を凝視していた。

すると光が映し出す路面の中に、路面標示が見えてきた。
視界が限られているせいで文字を最後のほうから読む形になる。
「り
 あ
 夜
 常
 先
 の
 こ」

ーーーー常夜?
私は言葉の意味を考えた。
確かに今「この先常夜あり」と書いてあった。
この辺でそんな地名は聞いたことがない。
一般的に常夜といえば、字面のとおり永遠に夜の世界のことだ。
……見間違いだろうか。
依然として辺りは霧に包まれたままだ。
次第に心許なくなる自身をどうにか保ち、一度路肩に停めようかと考え出した。

すると煙霧の中にぼんやりとした灯りと、赤い棒が上下に動いているのが見えてきた。
どうやら警備員と思しき人間が立っているらしい。
白いヘルメットと警備員の制服を身に着け、その背後には工事現場等でよく見るバリケードが並べられている。
バリケードは通行止めの道で、別の進行方向へ誘導しているようだ。
回り道をさせられることに少々嫌気が差しながらも、警備員の誘導に従って車を走らせようとアクセルを踏んだ。

「………!!」

咄嗟に後続車がいないか確認した。
大丈夫だと判断したその時ブレーキに踏み替えて停止した。

「何だ……!?」

私が急停車したのは、濃霧の向こうに巨大なものが鎮座しているのを目にしたからだ。
闇の中にざらざらした白い球のような物体。
球体に2つの大きな穴と、その下に並んでいるのはーーーー歯だ。
家一軒と同じ位の大きさはあろう程の人間の頭骸骨が、こちらに顔面を向けて顎をがっちがっちと動かしていた。
道路上に行き止まりの如く立ち塞がるその様態は、宛ら獲物を待ち伏せているかのようだった。
しかも頭蓋骨の左右の建物を、大きな骨の手が掴んでいるのに気付いた。
あの手は頭蓋骨のもので間違いない。
これが昼間であれば、それは看板かアトラクションだと認識されたかもしれない。
しかし今そのような考えは出来なかったのは、直感的にあの頭蓋骨が”良くない”存在だと、あれが極めて禍々しいモノだと感じたからだ。
「………」
私は嫌な汗が滲んでくるのを感じて傍らの警備員に顔を向けた。
警備員は誘導棒を持ったまま動かず、分厚い霧に遮られてその顔はよく見えない。
私が声を掛けるのを躊躇っていると、霧をかき分けて警備員がこちらにゆっくりと歩いてきた。
運転席の窓にぴったりと警備員の制服が寄り添い、窓の上から、警備員の顔が車内を覗き込んできた。
石臼を挽くときのようなずるずると重い声で、私に話し掛けてきた。
「とコ よへいキ マす か?」
粗い石でできた灰色のひび割れた顔を近付けて。
「…………!!!」

私は息をのんで警備員の顔を見つめた。
石の顔面についている目はヘルメットの下で爛々と光っている。
ただただ言葉を無くし、襲い来る非現実感で頭の中はパニックになりかけた。

その時膝の上で何かが淡い光を放った。
本当にぼんやりとした光で、石顔の警備員に慄いている私には、気を傾ける余裕がなかった。
警備員の赤い目が僅かに下に動いたようだった。
「う つシ よのみち ヲ あけ まス」
再び石を引き摺るような声で警備員が言うと、車から離れていった。
警備員が歩いて戻った場所にはバリケードがあったはずだが、そこには何もなかった。
道の先には転々と街灯などが灯っているのが伺える。
ーー通っても良いのだろうか。
私は迷った。
しかし他の選択肢を思っても碌なものがないことに気付いた。
直進先の恐ろしい骸骨の口に飛び込む気にはなれない。
かと言ってこの濃霧の中元来た道を戻っても、戻れる保証はないように思えた。
私は意を決しハンドルを切ってバリケードがあった道へ進んだ。

石顔の警備員の横を通過する時、その背後に巨大な頭蓋骨が見えた。
頭蓋骨の眼窩には眼球がないのにじっと此方を見つめているような気がしてくる。
建物を握っている骨の指が何本かもそもそと動いた。
なるべく早くここから立ち去ろうと、私はアクセルを踏む足に力を込めた。

此方の道に進んでから次第に霧が薄くなってきた。
家々の間を通るうち、ようやく見覚えのある街並みに辿り着くことが出来た。
私は通い慣れた道路に戻ってこれたことに安堵したが、辺りがすっかり暗くなっていることに気が付いた。
路肩に停車させて西の地平線を見ると、辛うじて白さが残っているものの、暗さは夜と変わりない。

――――さっきのは何だったんだろう…?
あの不可解な路面標示。
口を動かす頭蓋骨や石の警備員。
映画の撮影とか、通行人に仕掛けたドッキリとかだったんだろうか。
しかし。
巨大髑髏が立ち塞がっていた道にそのまま直進したとして、自分が無事な想像がどうしても出来なかった。
あの先には悍ましい怪物が、他にも沢山蠢いていたに違いない。

私が自分の足元に目を向けたとき、ぶら下げられたお守りが目に入った。
ウインカーレバーに付けられているお守りは妻が強引に付けたものだ。
私はこれを付けられたときの妻の会話を思い返した。
(…じゃあここなら運転の邪魔にならないでしょ。
 …え?交通安全に決まってるじゃない。
 この車古くてカーナビないし、運転中スマホで調べるのも危険だからね。
 道に迷っても事故に遭わずに帰ってこれますようにって…)
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