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act43 一姫二太郎
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次の年の夏に蛍子は女の子のお母さんになった。
すぐにできると思い極めていた匠は、毎月のように
その兆候がないことに落胆していたが、
蛍子は意に介さず、ラテックス越しでない
匠との交わりを愉しんでいた。
受精は確率のものであるという話ではあるが、メンタルも関係するのか、
匠が焦りを捨ててからほどなく、妊娠が発覚し、
日に日に赤ちゃん容器と化していく蛍子を
匠はおもしろがった。
十月十日、初産としては、そこそこ安産だったが、
蛍子は陣痛というものについて
またいつか生徒に話すネタができたと思った。
みんなが知りたいその痛みとは。
「親知らずを骨盤から抜くような」痛みである。
親知らずを抜いたことがなければ、どのみちわからないかも
知れないけれど。
そして、赤ちゃん容器を卒業した蛍子は
今度はミルク工場に化けた。
父とふたりの息子を放置して2LDKにやってきたスーパー主婦の
蛍子の母の活躍で、蛍子は赤ちゃんのお世話だけに集中できたが、
だからといって、楽というものでもない。
ささやかだった胸乳はアンデスメロン2個セットのように肥大し、
おっぱいがざぶざぶ溢れた。
「ヒトも哺乳類なんだねえ」
匠が感心したものである。
おっぱいは売るほど出たけれど、完全母乳ということは、
母以外哺乳できないということである。
飲んでは出し、飲んでは出しの赤ん坊に
24時間稼働中の蛍子は疲弊し、
匠は哺乳瓶でミルクを与えるという夢は潰えたが、
花凛と名付けられた娘がおっぱいにしがみついていないときは、
ずっと抱っこをして、ついにはパパ抱っこでしか
寝てくれないという、うれしいような困ったような事態となった。
そこそこ産後の肥立ちもよく、花凜はよく飲み、よく寝たので、
安普請の2LDKのアパートでの3人の生活は滑り出し好調で、
花凜が2歳を迎える頃に、弟、郁馬が生まれた。
蛍子の家族は口をそろえて、ふたりとも蛍子に瓜二つだと言い、
匠の母と祖母は、ふたりとも匠の赤ちゃんの頃そっくりだと言う。
蛍子はどちらにもよく似ていると思う。
ふたりとも蛍子に似た奥二重で、そこはちょっと残念だったが、
涼やかな目元の美しい姉弟である。
回らぬ舌であれやこれや一丁前におしゃべりをするようになった
娘に匠は頬が緩みっぱなしで、クールなギタリストの面影は
どこにも見出せない。
妊娠がわかってから、エレキをアコギに替え、
胎教に勤しんでいたが、今は花凜のリクエストに応えて、
アレンヂを利かせた童謡などを弾いている。
アレンヂをしすぎて、花凜にダメ出しをされながら。
まだ自分も赤ちゃんの域でありながら、何くれと弟の郁馬の
お世話をしようとする娘の姿に、ふたりは目を細める。
花凜は甘々のパパから離れようとしないが、肝心のときは
やっぱりお母さんで、匠は、
「やっぱりおっぱいには敵わないのか!」
と口惜しそうである。
そういえば、先に「お父さん」と言わせたくて、がんばっていたのに、
花凜が発したのは「お母さん」で、このときも同じように
おっぱいのせいにして口惜しがっていたものだ。
母親とはよいものである。
両親の膝を取り合い、子どもたちが狭いソファに
ぎむぎむ集まる。
匠が求めてやまなかった穏やかで優しい時間が
ここにはあるだろうか。
もう蛍子の眼には、あの頃のような匠の翳りは映らない。
記憶の中に刻まれた痛みや悲しみが、
薄れていくといいと蛍子は思った。
これからの思い出は、わたしたちで作るのだもの。
きゃわきゃわと膝の上に群れる子どもたちを
あやしながら、蛍子はそっと匠の肩に頭を寄せた。
すぐにできると思い極めていた匠は、毎月のように
その兆候がないことに落胆していたが、
蛍子は意に介さず、ラテックス越しでない
匠との交わりを愉しんでいた。
受精は確率のものであるという話ではあるが、メンタルも関係するのか、
匠が焦りを捨ててからほどなく、妊娠が発覚し、
日に日に赤ちゃん容器と化していく蛍子を
匠はおもしろがった。
十月十日、初産としては、そこそこ安産だったが、
蛍子は陣痛というものについて
またいつか生徒に話すネタができたと思った。
みんなが知りたいその痛みとは。
「親知らずを骨盤から抜くような」痛みである。
親知らずを抜いたことがなければ、どのみちわからないかも
知れないけれど。
そして、赤ちゃん容器を卒業した蛍子は
今度はミルク工場に化けた。
父とふたりの息子を放置して2LDKにやってきたスーパー主婦の
蛍子の母の活躍で、蛍子は赤ちゃんのお世話だけに集中できたが、
だからといって、楽というものでもない。
ささやかだった胸乳はアンデスメロン2個セットのように肥大し、
おっぱいがざぶざぶ溢れた。
「ヒトも哺乳類なんだねえ」
匠が感心したものである。
おっぱいは売るほど出たけれど、完全母乳ということは、
母以外哺乳できないということである。
飲んでは出し、飲んでは出しの赤ん坊に
24時間稼働中の蛍子は疲弊し、
匠は哺乳瓶でミルクを与えるという夢は潰えたが、
花凛と名付けられた娘がおっぱいにしがみついていないときは、
ずっと抱っこをして、ついにはパパ抱っこでしか
寝てくれないという、うれしいような困ったような事態となった。
そこそこ産後の肥立ちもよく、花凜はよく飲み、よく寝たので、
安普請の2LDKのアパートでの3人の生活は滑り出し好調で、
花凜が2歳を迎える頃に、弟、郁馬が生まれた。
蛍子の家族は口をそろえて、ふたりとも蛍子に瓜二つだと言い、
匠の母と祖母は、ふたりとも匠の赤ちゃんの頃そっくりだと言う。
蛍子はどちらにもよく似ていると思う。
ふたりとも蛍子に似た奥二重で、そこはちょっと残念だったが、
涼やかな目元の美しい姉弟である。
回らぬ舌であれやこれや一丁前におしゃべりをするようになった
娘に匠は頬が緩みっぱなしで、クールなギタリストの面影は
どこにも見出せない。
妊娠がわかってから、エレキをアコギに替え、
胎教に勤しんでいたが、今は花凜のリクエストに応えて、
アレンヂを利かせた童謡などを弾いている。
アレンヂをしすぎて、花凜にダメ出しをされながら。
まだ自分も赤ちゃんの域でありながら、何くれと弟の郁馬の
お世話をしようとする娘の姿に、ふたりは目を細める。
花凜は甘々のパパから離れようとしないが、肝心のときは
やっぱりお母さんで、匠は、
「やっぱりおっぱいには敵わないのか!」
と口惜しそうである。
そういえば、先に「お父さん」と言わせたくて、がんばっていたのに、
花凜が発したのは「お母さん」で、このときも同じように
おっぱいのせいにして口惜しがっていたものだ。
母親とはよいものである。
両親の膝を取り合い、子どもたちが狭いソファに
ぎむぎむ集まる。
匠が求めてやまなかった穏やかで優しい時間が
ここにはあるだろうか。
もう蛍子の眼には、あの頃のような匠の翳りは映らない。
記憶の中に刻まれた痛みや悲しみが、
薄れていくといいと蛍子は思った。
これからの思い出は、わたしたちで作るのだもの。
きゃわきゃわと膝の上に群れる子どもたちを
あやしながら、蛍子はそっと匠の肩に頭を寄せた。
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