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第1話 決着
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王子の婚約者を決めるパーティー内でそれは起こった。
「リズベット・フォン・シュタイン伯爵令嬢! 君は己が選ばれない事を恐れ、同じ私の婚約者候補であるユーフィリア・フォン・ハイブルグ公爵令嬢を裏で殺害をしようとした。その行いは卑劣で悪質極まりない! よって婚約者候補から外し、伯爵家は取り潰しとする!」
王子レナードの容赦ない声が会場内に響き渡る。若輩者でありながらその眼光は鋭く、貫禄のある姿はすでに王者の風格があった。
「君の処遇については追って知らせる。それまでの間、君を王城にて拘束させてもらう」
有無を言わせぬ圧倒的な存在感を放つレナードを、リズベットは持ち前の気丈さで睨みつけた。レナードの隣にはユーフィリアが立っている。かつては沢山いた婚約者候補は、ユーフィリアとリズベット二人に絞られていた。
ここでリズベットが候補から外されたという事は、ユーフィリアが王妃として選ばれた事に相違ない。しかしユーフィリアの顔に笑顔はなかった。一見レナードと同じ怒りを携えた様に見えるが、その瞳に隠しきれない悲しみがあった。
重い沈黙に、周囲の者達は誰も言葉を発する事が出来ない。視線は自然と今断罪されようとしているリズベットに集まった。彼女は一体この危機をどう乗り越えるのか?
わざわざこのような祝宴の場を選び、糾弾したレナードには十分勝算があるのだろう。
何せレナード王子は類を見ない傑物だ。まだ目立った実績こそないが、彼には人を正しく見る目がある。貪欲に知識を蓄え、行った視察も数知れず。公の記録に残らないお忍びを含めると相当な数になるだろう。彼が拘ったのはニュートラルな視点を持つ事。それはすなわち真実を見抜く力を持つ事と同義である。
王に必要なのは己自らの力ではない。国が正しく回るよう、正しい人材を正しい場所へと導く事。個ではなく群での頭になる。本来若者は己の力を証明したくなるものである。しかし王にとってそれは無価値に等しい。そこを若くして弁えているレナードは王になるために生まれてきたと言っても過言でないだろう。
そんな彼がリズベットの罪を断言した。ともなれば明確な証拠が揃っているに違いない。しかしリズベットはそれに立ち向かわなければならない。どれだけ劣勢であろうが、ここでどうにかしなければシュタイン家は滅ぶのだ。まさに絶体絶命の危機、皆が固唾を飲んで見守る中、リズベットはふっと肩の力を抜いた。
そして――
「承りました」
事実上の敗北宣言であった。周囲からどよめく声が上る。この状況で何も反論しないなど本来ありえない。何せ命がかかっているのだ。
だが賢い彼女は現状を正しく理解していた。時間を稼ぐことくらいは可能であろう。でも暗殺未遂は覆らない。リズベット自身指示した覚えはないが、己の父の顔を見た時、それが本当にあった事なのだと気づいてしまった。
それだけの事をしでかしておいて、感情を隠す事もできないシュタイン伯爵では、しらを通しきるのは不可能である。もはやこの場所に来てしまった事自体チェックメイトであった。
リズベットは抵抗する事なく衛兵に連れられ、会場を去って行く。それでもリズベットは惨めさは感じさせず、凛とした姿を崩さなかった。逆に叫びながら無実を訴えたのは、リズベットの父のシュタイン伯爵とリズベットの母である伯爵夫人である。
ある意味反応としてはこちらの方が正しいのかもしれない。シュタイン家の先に待つのは暗い未来なのだから。罪人三人が連れ去られた後、悪に正義の鉄槌を落として、万々歳と言う空気では決してなかった。誰もこんな結末は予期していなかったのだから。
勝利したはずのユーフィリアにすら喜びはなかった。むしろ彼女は悲しみの色を濃くした。
「私とあなたの勝負の結末がこんなのだなんて」
一方で王子の方はどうかと言うと、彼もまたそれまでの完璧な王族の顔ではなく、ユーフィリアと同じ悲痛な面持ちをしていた。ずっと耐えて王族としての使命を全うしていたが、リズベットがいなくなった瞬間、その必要もなくなった。
「リズベット……すまない」
レナードも罪悪感で心が張り裂けそうであった。思わず本音がもれてしまうくらいに。彼もまたこの結末は不本意であった。しかし事実は変えられない。公爵令嬢暗殺未遂事件は確かに起きてしまったのだから。
緑あふれる深緑の国、フローディア国、数百年の歴史を誇る由緒ある王国であり、いずれ王となるレナード王子の婚約者の座を争う二人の令嬢は、何時だって話題の中心にあった。
ユーフィリア・フォン・ハイブルグ、公爵家の一人娘で百合のような美しさを持ち、温厚な性格ながら、決断力に優れる人物である。学園で優秀な成績を収めるのはもちろんであるが、彼女の特筆すべきところと言えば、先を見据えたような計画性の高さである。徹底的に調べ尽くし、万が一が起きないようにする。穴がないからこそ迷いがなく、いざ始めるといった時に圧倒的な力を発揮するのだ。
一方のリズベット・フォン・シュタインは薔薇のようと称される。何事も情熱を持って取り組み、その熱意をもって押し通す。彼女もまた成績は優秀そのものであるが、ユーフィリアとは問題に対するアプローチは異なる。言うなれば彼女は現場主義だ。事前に余計な情報を入れないで、己自ら見たもので判断する。傍から見ると行き当たりばったりでやっているように見えるが、彼女が現場で解決策を見出すのも、それまで培った知恵のたまものである。
二人はどちらも突出しており、甲乙つけがたい存在であった。二人が最後まで婚約者候補に残ったのがその証左である。しかし個では甲乙つけがたい存在であっても、家で考えると話はまるで違っていた。
ユーフィリアのハイブルグ公爵家は文句なしの名門だが、一方のシュタイン伯爵家は、現在では一歩どころか、かなり後退してしまっている。シュタイン公爵家の先代は素晴らしい功績を残した人物であったが、次の当代がその才能を引き継げなかったのだ。
だが次代のリズベットがまた才能あふれる女性であった事で、また上昇の兆しがあり、シュタイン家の再起が彼女の肩にかかっていた。シュタイン伯爵はともかくとして、リズベットの方は正々堂々である事を好み、ユーフィリアと競い合っていた。
家共に優秀なユーフィリアか、ハンデを背負いつつもユーフィリアに食らいつくリズベットか。誰もが二人の勝負の行方がどうなるか興味津々であったが、まさかの横やりで決着をついてしまった。
暗殺を企てたのはシュタイン伯爵で、リズベット自身は全く無関係。その裏付けも取れている。ただ貴族と言うのはそう簡単ではない。リズベットの父はれっきとした伯爵である。伯爵が犯した罪は家族全員にも及ぶのだ。それが貴族の責任である。例えリズベットが指示をしていなかったとしても、責は負わなければならない。
二人の天才の勝負の結末は実に後味の悪いものであった。
「リズベット・フォン・シュタイン伯爵令嬢! 君は己が選ばれない事を恐れ、同じ私の婚約者候補であるユーフィリア・フォン・ハイブルグ公爵令嬢を裏で殺害をしようとした。その行いは卑劣で悪質極まりない! よって婚約者候補から外し、伯爵家は取り潰しとする!」
王子レナードの容赦ない声が会場内に響き渡る。若輩者でありながらその眼光は鋭く、貫禄のある姿はすでに王者の風格があった。
「君の処遇については追って知らせる。それまでの間、君を王城にて拘束させてもらう」
有無を言わせぬ圧倒的な存在感を放つレナードを、リズベットは持ち前の気丈さで睨みつけた。レナードの隣にはユーフィリアが立っている。かつては沢山いた婚約者候補は、ユーフィリアとリズベット二人に絞られていた。
ここでリズベットが候補から外されたという事は、ユーフィリアが王妃として選ばれた事に相違ない。しかしユーフィリアの顔に笑顔はなかった。一見レナードと同じ怒りを携えた様に見えるが、その瞳に隠しきれない悲しみがあった。
重い沈黙に、周囲の者達は誰も言葉を発する事が出来ない。視線は自然と今断罪されようとしているリズベットに集まった。彼女は一体この危機をどう乗り越えるのか?
わざわざこのような祝宴の場を選び、糾弾したレナードには十分勝算があるのだろう。
何せレナード王子は類を見ない傑物だ。まだ目立った実績こそないが、彼には人を正しく見る目がある。貪欲に知識を蓄え、行った視察も数知れず。公の記録に残らないお忍びを含めると相当な数になるだろう。彼が拘ったのはニュートラルな視点を持つ事。それはすなわち真実を見抜く力を持つ事と同義である。
王に必要なのは己自らの力ではない。国が正しく回るよう、正しい人材を正しい場所へと導く事。個ではなく群での頭になる。本来若者は己の力を証明したくなるものである。しかし王にとってそれは無価値に等しい。そこを若くして弁えているレナードは王になるために生まれてきたと言っても過言でないだろう。
そんな彼がリズベットの罪を断言した。ともなれば明確な証拠が揃っているに違いない。しかしリズベットはそれに立ち向かわなければならない。どれだけ劣勢であろうが、ここでどうにかしなければシュタイン家は滅ぶのだ。まさに絶体絶命の危機、皆が固唾を飲んで見守る中、リズベットはふっと肩の力を抜いた。
そして――
「承りました」
事実上の敗北宣言であった。周囲からどよめく声が上る。この状況で何も反論しないなど本来ありえない。何せ命がかかっているのだ。
だが賢い彼女は現状を正しく理解していた。時間を稼ぐことくらいは可能であろう。でも暗殺未遂は覆らない。リズベット自身指示した覚えはないが、己の父の顔を見た時、それが本当にあった事なのだと気づいてしまった。
それだけの事をしでかしておいて、感情を隠す事もできないシュタイン伯爵では、しらを通しきるのは不可能である。もはやこの場所に来てしまった事自体チェックメイトであった。
リズベットは抵抗する事なく衛兵に連れられ、会場を去って行く。それでもリズベットは惨めさは感じさせず、凛とした姿を崩さなかった。逆に叫びながら無実を訴えたのは、リズベットの父のシュタイン伯爵とリズベットの母である伯爵夫人である。
ある意味反応としてはこちらの方が正しいのかもしれない。シュタイン家の先に待つのは暗い未来なのだから。罪人三人が連れ去られた後、悪に正義の鉄槌を落として、万々歳と言う空気では決してなかった。誰もこんな結末は予期していなかったのだから。
勝利したはずのユーフィリアにすら喜びはなかった。むしろ彼女は悲しみの色を濃くした。
「私とあなたの勝負の結末がこんなのだなんて」
一方で王子の方はどうかと言うと、彼もまたそれまでの完璧な王族の顔ではなく、ユーフィリアと同じ悲痛な面持ちをしていた。ずっと耐えて王族としての使命を全うしていたが、リズベットがいなくなった瞬間、その必要もなくなった。
「リズベット……すまない」
レナードも罪悪感で心が張り裂けそうであった。思わず本音がもれてしまうくらいに。彼もまたこの結末は不本意であった。しかし事実は変えられない。公爵令嬢暗殺未遂事件は確かに起きてしまったのだから。
緑あふれる深緑の国、フローディア国、数百年の歴史を誇る由緒ある王国であり、いずれ王となるレナード王子の婚約者の座を争う二人の令嬢は、何時だって話題の中心にあった。
ユーフィリア・フォン・ハイブルグ、公爵家の一人娘で百合のような美しさを持ち、温厚な性格ながら、決断力に優れる人物である。学園で優秀な成績を収めるのはもちろんであるが、彼女の特筆すべきところと言えば、先を見据えたような計画性の高さである。徹底的に調べ尽くし、万が一が起きないようにする。穴がないからこそ迷いがなく、いざ始めるといった時に圧倒的な力を発揮するのだ。
一方のリズベット・フォン・シュタインは薔薇のようと称される。何事も情熱を持って取り組み、その熱意をもって押し通す。彼女もまた成績は優秀そのものであるが、ユーフィリアとは問題に対するアプローチは異なる。言うなれば彼女は現場主義だ。事前に余計な情報を入れないで、己自ら見たもので判断する。傍から見ると行き当たりばったりでやっているように見えるが、彼女が現場で解決策を見出すのも、それまで培った知恵のたまものである。
二人はどちらも突出しており、甲乙つけがたい存在であった。二人が最後まで婚約者候補に残ったのがその証左である。しかし個では甲乙つけがたい存在であっても、家で考えると話はまるで違っていた。
ユーフィリアのハイブルグ公爵家は文句なしの名門だが、一方のシュタイン伯爵家は、現在では一歩どころか、かなり後退してしまっている。シュタイン公爵家の先代は素晴らしい功績を残した人物であったが、次の当代がその才能を引き継げなかったのだ。
だが次代のリズベットがまた才能あふれる女性であった事で、また上昇の兆しがあり、シュタイン家の再起が彼女の肩にかかっていた。シュタイン伯爵はともかくとして、リズベットの方は正々堂々である事を好み、ユーフィリアと競い合っていた。
家共に優秀なユーフィリアか、ハンデを背負いつつもユーフィリアに食らいつくリズベットか。誰もが二人の勝負の行方がどうなるか興味津々であったが、まさかの横やりで決着をついてしまった。
暗殺を企てたのはシュタイン伯爵で、リズベット自身は全く無関係。その裏付けも取れている。ただ貴族と言うのはそう簡単ではない。リズベットの父はれっきとした伯爵である。伯爵が犯した罪は家族全員にも及ぶのだ。それが貴族の責任である。例えリズベットが指示をしていなかったとしても、責は負わなければならない。
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