断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

kouta

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第6話 ユーフィリアの奮戦2 暗躍する影

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 己のした事が信じられないとアシュリーは震えていた。
「ユーフィリア様、私……私……」
「大丈夫よアシュリー。あなたにかけられた暗示は解きましたから」
 そう、アシュリーはユーフィリアを殺すために放たれた刺客であった。といってもアシュリー自身は善良な人間だ。そんな彼女を刺客に仕立て上げたのは暗示によるもの。暗示が発動している間は人の意志を奪うため、アシュリーに抗う術はなかった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 命の恩人に私はなんて事を……」
「私こそごめんなさい。あなたにかけられた暗示はとても強力で、発動した後でないと解除できませんでした。優しいあなたには辛い思いをさせてしまいましたね」
 焦燥した様子のアシュリーをユーフィリアは優しく包み込む。痛々しいアシュリーを見ているとユーフィリアの心が締めつけられる。ユーフィリアとしては、本当は事が起こる前になんとかしたかった。
 しかし暗示の中でも特に強力なものは人の深層に深く入り込み、解呪の効果の届かない範囲まで潜り込んでしまう。こうなってしまえば一度表に出てこさせないと、取り除くのは難しい。故にユーフィリアはわざと二人きりになって、あえてアシュリーに襲わせた。
 ナイフを持って飛び込んでくるアシュリーを柔術の要領で受け流し、無力化した後にあらかじめ用意しておいた気付け薬を服用させたのであった。
 例え襲われたとしてもアシュリーは小柄であるため、知ってさえいれば何も問題はなかった。さらに言えば彼女の持っていたナイフも切れないように加工されたものだ。万全を期した作戦であった。だがアシュリーの心はそうはいかない。彼女の心は罪悪感で張り裂けそうになっていた。
「私は全部知っていたのです。だから何も問題ありませんわ」
「それならいっそのこと私を斬ってくれても良かったのに! ユーフィリア様が危ない目に合う必要はなかった!」
「そんな事言わないでください。私もう良い人を失うのは沢山なの」
「ユーフィリア様……」
 それはユーフィリアにとって、心からの願いであった。
「そもそもの話、すべての原因はあなたを利用しようとした人達です。そしてそれを今まで野放しにしてきた私達も同罪かもしれません」
「ユーフィリア様が悪いなんてそんな……」
「私達はまだ貧民の問題を解決出来ていません。あなた達が利用されてしまう土台をなくす事が出来ていないのです」
 貧しさは選択肢を奪う。理不尽な事であっても、それが悪と分かっていても、上から指示されてしまえば貧民に抗う術はない。しかしながら貧民を今すぐ救うのは無理な話だ。せめて利用される事がないようにしなければ。
「貴族や聖職者、権力者のやらかしを見逃さない抑止力が必要になりますわね」
 偽の聖女事件はブラフであり、真の目的はユーフィリアを殺害する事であった。この事実は衝撃を持って迎えられた。何せこの計画はユーフィリアに対する信頼を持って成り立っている。ユーフィリアは必ず偽聖女の事を突き止めるだろうし、本当に力の持つ少女であると知ったら保護せざるを得ないと。
 ユーフィリアとしてもいいように泳がされた事は気に入らないが、より頭に来たのは暗示の内容である。アシュリーにかけられた暗示は、ユーフィリアと二人きりになった瞬間発動し、ユーフィリアを殺害した後、証拠隠滅のために自害するという下種なものであった。まさに悪魔の所業である。
 今回の事件は細部まで固められた緻密な計画であったが、それを避ける事が出来たのはユーフィリアが違和感を見逃さなかったからであった。偽聖女事件が解決に至るまで、スムーズに行き過ぎた。まるであらかじめ筋書が用意されているよう、そう感じた瞬間、ユーフィリアは思い至ったのである。裏の裏の存在を。
 出世欲がある司祭を誑かし、子爵家や男爵家のような貴族すらも甘言で弄した。彼らに誰に担がれたか聞いても、噂話で流されていた以上の話はなく、特定には至らない。ユーフィリアは苦虫をかみしめる。
 つまり駒は誰でも良かったのだ。別に司祭じゃなくても、別の誰かが奇跡の少女を担ぎ上げてくれれば良かった。どのルートを経由してもユーフィリアに行きつくのだから。ユーフィリアの調査が優秀である故に。
 唯一の手掛かりはアシュリーにかけられた暗示である。アシュリーへの暗示はいつ誰にかけられたものなのか。王宮に来てからは考えにくく、それ以前と推測したユーフィリアはアシュリーへと尋ねる。
「アシュリー、あなた昔に誰か変な人、いいえ、親切な人に会った事はないかしら?」
 あえて親切な人と言及したのは、こういった輩は善人の顔を繕う事がうまい傾向があるからであった。
「親切な人……孤児院に寄付してくれる人は何人かいましたけど……あ」
「何か心当たりが?」
「変な人と言うか、大きい耳が頭の上についていて、しっぽが生えていた人が何度か来た事があります。凄く親切にしてくれたので良く覚えていますが……」
「……つ!!?」
 ユーフィリアは一気に背筋が寒くなった。
(まさか別の国からの介入なの?)
 大きい耳としっぽがある人種と言えば隣国である獣人の国の者だろう。ユーフィリアの国と獣人の国は交流があり、民もお互いの国に出入りする事ができるようになっているので、別に獣人がいる事自体はおかしな事ではない。ユーフィリアは頭をフル回転させる。
(正体を隠しもしないのが気になるところね。挑発されてる? それともブラフなのかしら?)
「獣人の国の間者なのか、それを装った偽物なのか……」
 ユーフィリアは捜査を断念せざるを得なかった。獣人を疑うという事は国交問題に発展する。下手につっついて戦争となったら最悪であるし、一度話を持ち帰り、レナードと審議しなければならない。
 それにユーフィリアには気になる点もあった。暗示や魅了の類は国を内から滅ぼしかねないものである。知識として知っていたからこそ対処できたわけであるが、果たして獣人の国にこういった知識はあるのだろうかという疑問が生じる。むしろ暗示や魅了の知識であるのならば、フローディア国の方が詳しい。
 表沙汰にこそなっていないが、かつてフローディア国には魅了による危機があった。魅了の力を持つとある女が、次々に貴族籍を持つ男性を虜にしていった事件があったのだ。この時は女が派手に動き回っていたため、すぐにおかしいのに気づいて事なき事を得たわけであるが。
 もしも女がもっと緻密な計画を元に動いていたのであれば、魅了の力はバレる事もなく、国はひっくり返っていたかもしれない。女の名は明かされていないが、麗しかったとされる容姿と、魅了の力があった事から傾国の魔女と呼ばれている。
 こうした過去の苦い経験から、フローディア国は暗示や魅了に対して対策を持つ国となった。しかしながら暗示による事件はそれ以降フローディア国では起らなかった。それでも愚直に暗示が如何に危険化の知識を繋いできた事がユーフィリアの命を救ったのである。
 ユーフィリアが考えるに、アシュリーにかけられたような強力な暗示は知り尽くした者でないと作れない。アシュリーの暗示に気づいたのも、フローディア国が長年知識を貯めてきた故の事であったし、暗示の点のみで考えれば怪しいのはむしろ、暗示に対して深い知識を持つフローディア国であった。
 だが内部を疑うというのは非常に労力がいる。バレずに内部監査をするにはまだまだ力が足りない。現状では獣人の国、フローディア国内部、どちらの方も手詰まりであった。
「良い様にやられて反撃は何もできず、ですか。悔しいですね」


 こうして偽聖女から始まった一連の事件の幕は閉じた。憂いを残す形とはなったが、ユーフィリア達の受けた損害は最小限であった。この事件のおかけで、ユーフィリアは情報を制する重要性を再確認し、レナードもそれに同意を示した事で、後のハイブルグ情報機関を設立するに至った。
 王妃になってから早々に大仕事を二つもやってのけたユーフィリアであったが、その後、彼女の懐妊が明らかになり、一時の休養に入る事になる。幸いその間に目立った事件はなく、ユーフィリアは出産に集中する事が出来た。
 そうして生まれてきたのが、ユーフィリアが愛してやまないルークとシャルロッテである。暗示にかかって以来、不安定になっていたアシュリーの情緒が安定してきたものこの頃だ。二人を守るという目標が出来たアシュリーは、今では完全復活している。
 ユーフィリアが本格的に仕事を再開し始めたのは、シャルロッテの乳離れが済んでからであった。それまでも仕事をしていないわけではなかったが、王宮を離れる事はできなかったため、出来る事は自ずと限られてくる。
 復帰後のユーフィリアはそれまでの遅れを取り戻すがごとく働いた。元から国を良くしたい思いは強かったが、生まれた守るべきもの、子供達の存在が彼女をより本気にさせた。
 レナードの父であるレオナルド王が王位を譲る選択をしたのは、ユーフィリアが復帰してまもなくであった。正式な王と王妃となったレナードとユーフィリアを、フローディア国民は盛大に祝福した。
 傍から見ればユーフィリアは間違いなく成功者であろう。多くの困難を退け、己の力を証明し、回りから受け入れられた。世継ぎを作るという王妃としての最大の役目も無事に終え、その人気はとどまる事を知らない。


 だがその裏でユーフィリアは安心とは程遠い生活を送っていた。夫であるレナードも良く気遣ってくれたが、王の子を産まなければならないというプレッシャーは決して少なくなかったし、今でも愛する息子と娘を正しく教育し、守っていけるかと気を張っている。ハイブルグ情報機関の方でも、この機関を作った裏の理由、暗示をかけた人物の捜索は全くと言っていいほど進んでおらず、特定に至っていない。
 それが順調に結果を残しているはずのユーフィリアにとってしこりとなっていた。あれほど色々解決しても、国を揺るがしかねない巨悪、肝心な本命には辿り着けていない。ユーフィリアの戦いは未だに続いているのだ。そんな彼女に心が休まる時間はない。
「ハイブルグ情報機関のおかげで我が国で裏工作はしにくくなりましたが、その一方で彼らが表に出てくる事もなくなってしまいました。この拮抗をどう崩せばいいのか……」
 考えても答えは出てこず、ユーフィリアは頭を抱える。思考が定まらないユーフィリアの思考が徐々に黒く染まっていく。
「……」
 そのまま意識を失っていたユーフィリアを見て、アシュリーが慌てふためくのはそれから間もなくの事であった。
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