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第12話 リズベットが調べあげた事
しおりを挟む「ユーフィリア、私チェルシー嬢に会いたいと思っているのだけど」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているユーフィリアに、リズベットは再度己の望みを言った。
「流石はリズベットと言うか、いきなり斜め上の方向に行きましたね。畑は作らないんですか?」
リズベットに直接聞いたわけではないが、外交の場を用意するために最も必要なのは、食糧問題の解決のはずである。だから彼女は辺境の地で畑を作り、研究をしていたとユーフィリアは考えていた。故にまずリズベットが必要とするのは畑ではと思うのは当たり前であろう。
「あー、畑はもちろん作りたいんだけど、私個人だといい加減頭打ちになりそうだから、そうなる前に助っ人が欲しくてね」
「それがチェルシー嬢と」
「ええ」
「リズベット、あなたが辺境の地で畑を作ったのは知っていますが、具体的に何を調べていたのか教えていただけますか?」
「もちろん! ユーフィリアは分かっているからこそ私をこの仕事に任命したと思うのだけど、何か行き違いがあるといけないから、改めて初めから説明するわね」
「ええ、お願いします」
ここからは長い話になる。リズベットはテーブルの上の紅茶を一口含んだ。アシュリー特製の紅茶は素晴らしく、緊張感を緩和させる。しっかりと味を堪能した後、リズベットはこれまでやってきた事を話し始めた。
「私は常々思っていたの。フローディア国の穀物の収穫高をもっと増やせないか。今のフローディア国は食料不足になっているわけじゃないけれども、十分かと言われればそうでもない。だって作物は気候であれだけ左右されるんだから。何か起きたら食糧危機にもなりうる可能性は十分にある」
「確かに気候は操れませんから絶対はありませんよね」
今は大丈夫であるが、物事を判断する上で最悪を想定するのは重要な事だ。ユーフィリアは仮に不作に陥った場合、フローディア国がどうなるか考えたが、明るい未来は見えなかった。現在フローディア国は安定しているように見えるが、思いのほか綱渡りなのだ。
「グレイシア国に関しても我が国の穀物事情は重要よ。あの国に我が国から穀物を十分に供給できる程になれば、グレイシア国は他の国から買う必要がなくなり、塩の価格だって下がるはず。その先にあるものはと考えたら」
「友好というわけですね」
「逆に不作に陥ったとしたら……共倒れかしらね」
「考えたくもない話ですがその可能性は高いでしょうね」
もしも穀物が足りなくなった場合、限られたリソースの奪い合いになり、グレイシア国との間で戦争となるだろう。仮にそれに勝ったとしても、何もない土地を得るだけだ。どちらが先に消滅するかの話だけで、共倒れは免れない。
「友好の話を抜きにしても、穀物の研究はフローディア国の未来のために必須。だから私は自分で調べるために畑を作ってみたわけ。初めは気候変動に強い作物とか、育つのが早い作物とか作れないか考えていたの。チェルシー嬢が従来のストロベリーから改良してリッチモンドストロベリーを作ったって話だったから。品種を改良していけばいいのではないかって。でも色々と調べている内に根本的な疑問に行きついたのよね。そもそもの話、何故フローディア国は良く作物が育つのか」
この時点でユーフィリアは直感した。リズベットは何かとてつもない事を考えていると。
「……続けてください」
「フローディア国は豊かな地と言われているけど、実際すべての土地で穀物が育つわけじゃない。古来からの畑じゃなければ作物は十分に育たないわ。それこそが聖女に祝福された地と言われるわけだけど、その正体は何? そこには何かしら根拠があるはず。祝福何て曖昧な言葉じゃ何も分からない」
「リズべット、あなたが言わんとしている事は分かります。仕組みとして理解すれば、私達は意図的に祝福された地を作る事が出来るようになる。ひょっとしたらよりよく改良し、従来の場所でも収穫高が増えるかもしれない。でもそれをどうやって調べるのですか?」
「もう目星はついているわ。伊達に長い時間費やしていないわよ?」
「それは本当ですか!?」
驚きのあまりユーフィリアはテーブルから乗り出してしまう。それくらいの衝撃であった。
「私は土じゃないかと睨んでいる」
「土、ですか?」
「リングアベルに頼んでフローディア国至る所の土を持ってきてもらったの。それと隣国のグレイシア国の土も」
「グレイシア国ですって!? リズベット、あなたあの獣人の国に行ったのですか?」
「私自身は辺境の地から出てないわよ? 隣国に関しては、知人にフローディア国、グレイシア国両方で商売している商人がいたから、その子に持ってきてもらったの。ルールは守っているわ」
リズベットは心配は無用と言う様子であったが、恐ろしいまでの行動力にユーフィリアは脱帽した。その分リングアベルの苦労が偲ばれるが、ユーフィリアはリズベットの実験が、今後のフローディア国にとって重要である事を理解している。
故にユーフィリアはリングアベルの事は一度置いておいて、リズベットの成果を優先する事にした。つまりリズベットは様々な場所から集めた土達を使用し、それぞれの土で作物を育てる事で、成長具合の違いを調べたのだろう。
「それで結果はどうだったんです?」
「もう発見の連続だったわ。古くからの畑の土であれば別の場所でもちゃんと育つの。祝福されていたのは場所ではなく土そのものなのよ。一方でその他のフローディア国の土に関してはばらつきが多かった。基本的には古くからの畑よりは劣るけど、意外と悪くないのもあったわね」
「土そのものに原因があるからこそ、これまで新たに作ろうとした畑は、見た目は同じに出来ても結果は違っていたんですね」
実に有益な情報にユーフィリアは心が躍る。すでに先へ進んでいたリズベットは流石としか言いようがなかった。
「そしてグレイシア国の土はてんで駄目。貧弱で打たれ弱いものしか育たなかったわ」
「でしょうね。グレイシア国で穀物が栽培出来るのなら、あの国は我が国から穀物を買っていません」
「一方でグレイシア国側でも同じ実験をやったんだけど」
「ちょっと待って。今聞き捨てならない事を言いませんでした?」
「私自身は辺境から出てないわよ?」
同じ言葉を繰り返すリズベットにユーフィリアは頭を抱える。確かにルール内ではある。辺境の外にさえ出なければ自由だとは確かに言っていたが、それを逆手に取られるなんて。
「出てないからって何して良いわけでもないと思うのですけど……というかどうやったのかしら? もしかしてリングアベル弟殿下?」
「幾ら私でも流石に王族を国外には派遣できないわ。だからグレイシア国の土だって商人に頼んだでしょう?」
「はぁ。例え国内であっても、王族を使って土集めさせるのは普通しないですよ」
「そうかしら? 彼はやってくれたわよ?」
「……今度リングアベル殿下に心からの御礼をしてあげてくださいね」
ユーフィリアは笑顔でお腹を抑えるリングアベルを思い出し、心の中で合掌した。その後思考を切り替えたユーフィリアはリズベットに尋ねる。
「で、誰を使ったんです? 相手方にばれると面倒くさい事になりますけど」
「もちろんさっき言った知人の商人よ。その子はかつてシュタイン家がひいきにしていた子でね。
今や自分の商会を持つほど成長しているし、信用もある彼女にお願いしたの。後バレる可能性についてはばれても構わないという感じかな。これまでもグレイシア国は、フローディア国から穀物の種を持ってきては、グレイシア国でも育たないか実験してたわ。良くある事なので思ったよりも怪しまれないらしいのよね。堂々とやってもらってるわ」
「種の持ち出しは別に禁止はしていませんが、微妙な気分にさせられますね」
「相手もそれだけ必死なのよ。それで結論を言うけども……育ったわ。フローディア国の祝福された土を使ったらグレイシア国でも。気候が若干涼しいせいか、実は小さかったけれども食べられる物にはなった」
「……凄い情報ですが、ここまで来ると恐ろしくもあります。ところでリズベット」
「安心して。検証後はすぐに刈り取ったし、土も元の物へ取り替えたわ。あれをそのまま残しては置けない」
「良かったです」
グレイシア国に押収でもされたらせっかくの優位性が揺らいでしまうし、グレイシア国でも作物が育つ事が知られてしまう。二国の食糧事情の改善こそが望みであるが、後に対等な関係でいるためには、フローディア国から技術を与えるのが理想であって、グレイシア国自身に見つけてもらっては困るのだ。
与え、与えられる関係を作る事こそが友好の第一歩ゆえに。
「商人が情報を売る可能性は?」
だからこそ例えリズベットが信頼しているとしても、ユーフィリアは尋ねざるを得ない。
「そもそも彼女達を信じているからこそ、私はその仕事を依頼したの。今もその信頼に揺らぎがないわ」
「…………」
感情論なんて本来であれば不十分な答えだろう。リズベットだってそれが分かっている。どれ程信頼していようが絶対なんてないのだ。
「リズベットが信じるなら私も信じます」
しかしユーフィリアはそれを黙認した。確実なのは関係者すべてを消してしまう事。だが功労者でもある者達を切り捨てる行為はするべきではない。直後は良くてもその時生まれた業はどこかで返ってくるのだから。
「ありがとうね」
「いいえ。こういう時ばかりは疑わなければならない王妃という立場が嫌になりますね」
リズベットは心からの感謝をユーフィリアに述べ、ユーフィリアは苦笑で答えた。
「話を戻しましょうか。気候ももちろん重要なのでしょうけど、作物を育てるのには土も大事なのよ。ただ私が分かったのはそこまで。だから」
「チェルシー嬢のわけですね」
「ええ、あのリッチモンドストロベリー作ったのだから、農業に詳しいはず。それにこの前のタピオカやストローも彼女が作ったっていうじゃない。だから彼女の知見を聞いてみたい」
ユーフィリアはなるほどと思った。かねてからチェルシーは独特の感性を持ち、彼女から生み出された作品に外れはないといわれる程。今やリッチモンド伯爵家は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。作るのに特化している彼女であればあるいは、というのは理解できる。
「分かりました。早速登城するように通達します」
「いえ、私からリッチモンド領に行きたいわ。リッチモンドストロベリーの畑を見てみたいのよ」
「じゃあ私も行きます!」
「あんたはダメに決まってるじゃない。王妃よ?」
「ほら、私にはあなたへイチゴパフェを奢る約束が! なのにあなただけ食べるというのですか!!」
「食べるのはイチゴだけでパフェじゃないわ。だからセーフよ」
「そんな屁理屈、許しません!」
その後、リズベットがお土産にイチゴを買ってくると言っても、『王妃の私が! 奢るんです!! リズベットに奢られたいんじゃないです!!』と反論するし、じゃあお使いと言う形にするから代金を頂戴と言っても、『それもなんか違います!』とごねたので、結局リズベットは折れるしかなかった。
リズベットはイチゴを一粒も食べないという約束をさせられてしまったわけだが、隠れてこっそり食べるのも許しませんと、ちゃんと監視人つきという徹底ぷりだ。
ここまで来てやっと満足した我儘ユーフィリアであったが、仕事モードに戻ると本来の優秀な彼女に早変わりする。ちょっと待っていてくださいと言ってその場を去ったかと思ったら、何やら古びた本を持ってきてリズベットに手渡した。
「リズベット。チェルシー嬢に会うならこれを持って行ってください」
リズベットはその本を見てにやりと笑う。
「これは……ふぅん。ユーフィリアもその線を疑ってたんじゃない」
「思い至ったのはついさっきですよ。リズベットの話を聞いていて、もしかしたらって思ったんです。なので答え合わせ宜しくお願いしますね」
「任せておいて!」
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