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第16話 リズベットは己を貫く
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チェルシーの問いかけにリズベットは沈黙せざるを得なかった。分からない時にするべきなのは、相手の立場になって考える事だ。リズベットはもしも自分がチェルシーだったらどうするか必死に考える。世界を変えうる知識を持っていて、それを世に出す覚悟があるか。
簡単に答えを出す事なんて出来るわけがなかった。かつて王妃になるために政治を学んだリズベットは理解している。大きなうねりは一度出来てしまえば変えられない。流れに逆らう事は出来ず、そのまま突き進む事しか出来なくなる。
リズベットにはその経験があった。リズベットのシュタイン伯爵家が滅んだ根本的な原因は、祖父の時代にこそあり、リズベットがどれ程優秀であろうが阻止できるものではなかった。だがそれでもリズベットは今もまだ生きている。
失敗したなら失敗したなりに道は続いているのだ。軟禁と言う特殊な状況にあったからこそ、リズベットは己の疑問に対して調べる時間を得る事が出来たし、今こうしてチェルシーと聖女について話す事が出来ている。
これはリズベットが断罪されず、順調に進んでいたら得られなかった未来だ。かの五年間は決して無駄ではない、リズベットはそう信じている。
ひょっとしたら後悔するのかもしれない。しかしながら後悔する未来を恐れて、足を止めるのは違う。それはリズベットではない。
「ええ、あるわ」
その言葉はリズベットが自分で思っている以上にはっきりと出た。
「そう、ですか」
チェルシーはリズベットの言葉が本物かを確かめるように、じっとリズベットを見つめていたが、ふと目の力を緩めると微笑みながら言った。
「私は幸せですね」
「いきなりどうしたの?」
チェルシーの脈略のない言葉にリズベットは首をかしげる。
「私達の世界では物語って溢れてましてね。一生かかっても読み切れないほど色んな話に溢れています」
「それは……途方もない話ね」
話の流れが理解できないままであったが、本の虫でもあるリズベットはもちろん物語だって好きである。チェルシーの語る世界は素直に素敵だなと思えた。
「だから物語には慣れ親しんでいるし、自然と物語の主人公に憧れるわけです。だって主人公は性格は善良で、才能もあふれるし、リーダーシップもある。もちろん例外もありますが、でも主人公はとにかく魅力に溢れているものです」
リズベットは確かにそうであったかもしれないと思う。冒険活劇などの主人公は確かにチェルシーの言うような人物であったし、恋愛小説だって男性が描く女性の理想像、女性が描く男性の理想像を体現している場合が多い。
「でも私は主人公の本質はそこじゃないと思っています。主人公が主人公たる所以、それは意志の力でしょう。たとえ困難であろうとも貫き通す意志、それこそが主人公の持つべきもの。リズベット様、あなたのように」
「え?」
やっとチェルシーの意図がどこにあるのか理解したリズベットは呆気にとられる。つまりチェルシーはリズベットの事を主人公のようだと思ったらしい。
「きっとここで私がやらないと言えば、私はそこそこに暮らし、生涯を過ごせるのでしょう。でも私は今大きな舞台の上にいる。誰もが焦がれる主人公に私は会っている。必要とされている」
チェルシーは今は若い身なれど、前世を合わせればその年齢は老人に差し掛かる手前あたりだ。中身が理性ある大人であるからこそ、リスクには最大限警戒してしまう。その道が正しいと分かっていても、リスクを考えてしまい、二の足を踏んでしまう事が多々ある。
チェルシーは賢人にはなれる。だが主人公にはなれない。全てのリスクを承知して、それでも前に突き進む意志の力がないのだから。リズベットこそチェルシーの足りなかったものを補ってくれる者、彼女と出会ったという事は決して偶然ではない。そう確信したからこそチェルシーは決めた。この人に賭けると。
「私も覚悟を決めました。私の命、リズベット様に預けます」
リズベットにとってそれはとても重い言葉であった。目の前のチェルシーは見た目こそ若いが、多くの知識を持つ賢人だ。リズベットはどくんどくんと心臓が脈打つのを感じた。強いプレッシャーを感じたリズベットであったが、それがどうしたと笑って見せる。それが命を懸けると言ってくれたチェルシーに対するリズベットの答えであった。
「私に任せておいて。後悔はさせないわ!」
話はうまくまとまったように思えたが、リズベットはチェルシーの言ったとある部分に引っかかりを覚えてた。
「でも私が主人公ってなんか大げさじゃないかしら?」
「何を言ってるんですか。リズベット様のような行動力の化身が、主人公じゃないってありえないですよ!」
「……そう」
強く力説するチェルシーにリズベットは困惑していたが、もしこの場にユーフィリアがいたら、チェルシーに賛同し、激しく同意していたであろう。王女に変装して危機を乗り越えるなんて普通の人は出来る訳がない。
「それで聖女の日記の件ですが、厳密的に言えばこれは日記ではなく回顧録です。聖女フローディア様が晩年になってから、過去を振り返るために書き始めたものですね。つまりこれは彼女の歴史そのものです。今からそれを伝えても?」
リズベットは息をのむ。これまで誰も読める者がいなかったため、分からなかった聖女の辿った道、それが明らかになるのだから。
「……宜しく頼むわ」
「分かりました」
リズベットから了承を得たチェルシーは、おもむろに語り始めた。
簡単に答えを出す事なんて出来るわけがなかった。かつて王妃になるために政治を学んだリズベットは理解している。大きなうねりは一度出来てしまえば変えられない。流れに逆らう事は出来ず、そのまま突き進む事しか出来なくなる。
リズベットにはその経験があった。リズベットのシュタイン伯爵家が滅んだ根本的な原因は、祖父の時代にこそあり、リズベットがどれ程優秀であろうが阻止できるものではなかった。だがそれでもリズベットは今もまだ生きている。
失敗したなら失敗したなりに道は続いているのだ。軟禁と言う特殊な状況にあったからこそ、リズベットは己の疑問に対して調べる時間を得る事が出来たし、今こうしてチェルシーと聖女について話す事が出来ている。
これはリズベットが断罪されず、順調に進んでいたら得られなかった未来だ。かの五年間は決して無駄ではない、リズベットはそう信じている。
ひょっとしたら後悔するのかもしれない。しかしながら後悔する未来を恐れて、足を止めるのは違う。それはリズベットではない。
「ええ、あるわ」
その言葉はリズベットが自分で思っている以上にはっきりと出た。
「そう、ですか」
チェルシーはリズベットの言葉が本物かを確かめるように、じっとリズベットを見つめていたが、ふと目の力を緩めると微笑みながら言った。
「私は幸せですね」
「いきなりどうしたの?」
チェルシーの脈略のない言葉にリズベットは首をかしげる。
「私達の世界では物語って溢れてましてね。一生かかっても読み切れないほど色んな話に溢れています」
「それは……途方もない話ね」
話の流れが理解できないままであったが、本の虫でもあるリズベットはもちろん物語だって好きである。チェルシーの語る世界は素直に素敵だなと思えた。
「だから物語には慣れ親しんでいるし、自然と物語の主人公に憧れるわけです。だって主人公は性格は善良で、才能もあふれるし、リーダーシップもある。もちろん例外もありますが、でも主人公はとにかく魅力に溢れているものです」
リズベットは確かにそうであったかもしれないと思う。冒険活劇などの主人公は確かにチェルシーの言うような人物であったし、恋愛小説だって男性が描く女性の理想像、女性が描く男性の理想像を体現している場合が多い。
「でも私は主人公の本質はそこじゃないと思っています。主人公が主人公たる所以、それは意志の力でしょう。たとえ困難であろうとも貫き通す意志、それこそが主人公の持つべきもの。リズベット様、あなたのように」
「え?」
やっとチェルシーの意図がどこにあるのか理解したリズベットは呆気にとられる。つまりチェルシーはリズベットの事を主人公のようだと思ったらしい。
「きっとここで私がやらないと言えば、私はそこそこに暮らし、生涯を過ごせるのでしょう。でも私は今大きな舞台の上にいる。誰もが焦がれる主人公に私は会っている。必要とされている」
チェルシーは今は若い身なれど、前世を合わせればその年齢は老人に差し掛かる手前あたりだ。中身が理性ある大人であるからこそ、リスクには最大限警戒してしまう。その道が正しいと分かっていても、リスクを考えてしまい、二の足を踏んでしまう事が多々ある。
チェルシーは賢人にはなれる。だが主人公にはなれない。全てのリスクを承知して、それでも前に突き進む意志の力がないのだから。リズベットこそチェルシーの足りなかったものを補ってくれる者、彼女と出会ったという事は決して偶然ではない。そう確信したからこそチェルシーは決めた。この人に賭けると。
「私も覚悟を決めました。私の命、リズベット様に預けます」
リズベットにとってそれはとても重い言葉であった。目の前のチェルシーは見た目こそ若いが、多くの知識を持つ賢人だ。リズベットはどくんどくんと心臓が脈打つのを感じた。強いプレッシャーを感じたリズベットであったが、それがどうしたと笑って見せる。それが命を懸けると言ってくれたチェルシーに対するリズベットの答えであった。
「私に任せておいて。後悔はさせないわ!」
話はうまくまとまったように思えたが、リズベットはチェルシーの言ったとある部分に引っかかりを覚えてた。
「でも私が主人公ってなんか大げさじゃないかしら?」
「何を言ってるんですか。リズベット様のような行動力の化身が、主人公じゃないってありえないですよ!」
「……そう」
強く力説するチェルシーにリズベットは困惑していたが、もしこの場にユーフィリアがいたら、チェルシーに賛同し、激しく同意していたであろう。王女に変装して危機を乗り越えるなんて普通の人は出来る訳がない。
「それで聖女の日記の件ですが、厳密的に言えばこれは日記ではなく回顧録です。聖女フローディア様が晩年になってから、過去を振り返るために書き始めたものですね。つまりこれは彼女の歴史そのものです。今からそれを伝えても?」
リズベットは息をのむ。これまで誰も読める者がいなかったため、分からなかった聖女の辿った道、それが明らかになるのだから。
「……宜しく頼むわ」
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