断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

kouta

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第27話 リズベットは新都を満喫する

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 新都での最初の夜は実に有意義であった。ライネルと若きグレイシア人の物語は、酒の肴に最適で盛りに盛り上がった。本来であれば元とは言えフローディアの騎士など煙たがられそうであるが、男自身が感謝していた事、それとライネルがグレイシアの食べ物を毛嫌いしなかった事が良い方に働いてくれた結果であった。
 充実感を感じて迎えた翌朝、リズベットは早速パルフェを案内人にし、精力的に行動していた。もちろんリズベットの傍にはライネルも控えている。あれだけ騒いでいたにもかかわらず、御年58歳のライネルはぴんぴんしていた。流石は元騎士と言ったところか。
「え? りんごって塩水につけるの? どうして?」
「色が悪くなるのを防ぐ事が出来るんだよね」
「そうなのね。でも味は?」
「それが美味しいんだ。最初だけちょっとしょっぱさを感じるんだけどさ。後から甘みが染みてくるみたいな」
 パルフェからグレイシアで知られている豆知識を聞きながら、リズベットは忙しそうに視線をあっちに向けたり、こっちに向けたりしている。彼女の予定では今日一日いっぱい新都を散策し、その翌日には帰路につく予定であった。
 時間は有限、朝早くから商業地区を回り、どのような商品が流通しているのか、価格帯はどうであるのか、どれくらいの人が利用しているかなど、リズベットはデータを蓄積していく。
 物が集まる場所というのは情報の宝庫だ。その国の文明レベル、人の裕福さだけでなく、文化も学ぶ事が出来る。これらは重要な情報であるが、リズベットとしては両国の違いを見るのが単純に楽しい。
 例えば服だ。フローディア人とグレイシア人の、服の美的センスは大差ないように思える。フローディア人であるリズベットが良いなと思ったものは、グレイシア人の中でも人気商品であるらしい。ただフローディア人であるリズベットには利用できないが。
 その主な理由はしっぽ穴の存在だ。グレイシア人にはフローディア人と違い、必ず大きなしっぽがあり、頭の上に大きな耳がある。故に帽子などもグレイシア国の物は、耳がすっぽり入るような耳袋があったりする。
 帽子の方は穴が開いているわけじゃないので、こちらであればフローディア人でも着用は可能だ。耳袋の存在は邪魔どころか、むしろリズベットとしては大変可愛いらしくて好みであった。
「これ。可愛いわ」
「姉さん、せっかくならつけ尻尾もつけてグレイシア人になってみる?」
「悪くないわね。でもつけ尻尾なんてあるの?」
「グレイシア人はしっぽも飾るのは知ってるよね」
「ええ、パルフェもしっぽにリボンをつけているし、商会の人達も何かしら着飾っていたから、何となくは」
「私は旅している時が多いから、あまり時間がとられないシンプルなのにしているけど、人によってはしっぽの毛を編み込んでみたりとか、色々やってるよ。それでつけ尻尾だけど、これは自分のしっぽに自信ない人が代わりにつけたり、あるいは何か事故などでしっぽを失った人たちが使ったりしてるんだ」
「へー、そうなのねぇ。興味深いわ」
「後は極度の面倒くさがり屋とかだね。寝坊で朝の支度が間に合わない時とかさ」
「ふふ、なるほどね」
 あくまで楽しみつつ、リズベットはグレイシア国への理解を深めていく。なお護衛のライネルはこの間、寡黙を貫いていた。ユーフィリアの買い物の付き合いの経験上、ファッションの話の最中は男が入らない方が良いと知っていた故に。
 次に訪れたのはグレイシア国の心臓と言ってもいい場所、製塩所だ。といっても直接訪れたわけではないが。塩の製造は国家秘密ではあるが、別に建物を見る事は罪にはならない。要は中に入らなければいいのだ。よってリズベット達は製塩所が良く見える丘の上の公園に来ていた。
「あれが製塩所……大きいと言えば大きいけど」
 リズベットの言わんとしている事を察してライネルが続く。
「我がフローディア国の全農地分が、たった一つの街で賄っていると考えると、複雑にもなりますなぁ」
 作っているものが違うと言えばそれまでなのであるが、農地と比べて、狭いにも拘らず、莫大な利益を生み出す塩。チェルシーや聖女の世界の塩も、昔は白い黄金と呼ばれるほど価値があるものだったらしく、リズベットはその実態をまざまざと見せられたような気がした。
「パルフェには悪いけど、グレイシア国で穀物が良く育つ環境でないのは幸いだったわ」
 ライネルも同意する。先日のレストランでも穀物を使った料理はフローディア産であったが、これがもしグレイシア国内で用意出来ていたとしたら、フローディア国は塩を確保するのにもっと苦労していたであろう。必要な対価を用意出来ないのだから。
「それはグレイシア国も一緒だと思うよ。フローディア国に海があったらグレイシア国は詰んでいたかもしれないし」
「図らずとも我が国とグレイシア国は、絶妙なバランスで成り立っているのですな」
 リズベットはチェルシーから聞いた話を思い出していた。リズベットが外交を担当している事を知ったチェルシーが聞いてきたのだ。外交する上で最も大切なものは何か知っていますかと。その時のリズベットは無難に信頼関係を築く事と答えたが、チェルシーの答えは異なっていた。
 チェルシーは外交で最も大切なのは対等である事と言った。強すぎても弱すぎてもいけない。対等な関係こそが信頼を生む。人間関係で最も気持ちが良いのは対等であるが故に。
 チェルシーのその言葉はリズベットに強く刻まれた。
 だからこそリズベットは素直に信じない。このフローディア国とグレイシア国の力関係は本当に偶然なのか? 今の二国の関係は友好を目指すリズベットにあまりにも都合が良い。これの偶然の産物のわけがない。
 古くからの畑と言い、製塩所と言い、増やせば増やす程利益を生み出す物達である。普通であれば増長してもおかしくはない。人は失敗して学ぶものである。だから増産に踏み切って、何かしら問題があってやめたのならリズベットも理解できる。
 学ぶための失敗もなく、予め全てを予期して自重したなんて本当に出来るのか? 自国の事だけではなく、隣国の動きまでをも読み切って。
 ありえないとリズベットは頭を振る。それが出来るとすれば全知全能の神、あるいは過去の失敗の歴史を知る未来人くらいなものだ。リズベットはそこに何者かの力が働いたと考えているからこそ、聖女と導者を疑っている。それぞれ国を救った二人が同一人物であれば一本の線で繋がるのだ。
「姉さん? 黙っちゃってどうしたのさ」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ」
「疲れたのなら一度どこかで休むかい?」
「大丈夫よ。ところでパルフェ、この街に導者ゆかりの場所ってあるのかしら?」
「導者ゆかりの場所かぁ。中央広場に銅像あったりするけど。後は教会とかかな」
「フローディア国で聖女を祀っているように、グレイシア国では導者を祀っているのね」
「でも姉さんが知りたいのはそういう上辺じゃなくて、導者の足取りというか歴史というか、とにかくもっと深い部分だろう?」 
 パルフェが辺境に様子見に行った際、大体は本を読んでいたリズベットである。彼女が知りたい事は調べ尽くす知識の虫であるのは分かりきっていた。
「だったら図書館が良いかな。あそこなら何かしら関係する書物はあると思うけど」
「まあ、図書館があるのね。是非見てみたいわ!」
 嬉しそうに手を合わせるリズベットにパルフェは苦笑する。異国の地だろうがリズベットはリズベットであると、パルフェは改めて思った。
「そこってフローディア人の私が行っても構わないのかしら?」
「そうした制限はなかったと思うね。それに私がついていくから大丈夫だよ」
「宜しく頼むわ」
「でも長居しすぎないでよ? 姉さんってば時間忘れて没頭しちゃうんだから」
「そこはまあ自重するわ。公共の場だし……多分……」
 自信なさげなようにパルフェは深いため息をついたのであった。今のやり取りだけでも絶対守る気がないのが伝わる。
「姉さん、二時間ね」
「たったそれだけ!?」
「…………」
「分かったわよ」
 時間の短さを抗議しようとしたリズベットであったが、パルフェの無言の圧力に屈した。
「夕食だってもう予約しているんだから、きっかり時間通りに頼むよ。その代わり見たい本は一緒に探してあげるからさ」
「私はタイムキーパーでもやりますかな」
 こうしてリズベット一行は図書館へと向かって行く。その後ろには影からリズベット達を見つめる一人の男の姿があった。
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