断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

kouta

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第39話 混沌を望む者

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「市井の方々がフローディア人に忌避感を持っていないのは間違いなく朗報ですね」
 ユーフィリアはリズベットから聞いたグレイシア国内での話を思い返し、率直な感想を告げた。
「もちろん全ての人が友好的というわけではないだろうけども、私に限ってはむしろ良くしてもらったわ。正直な話、フローディア人であるのを気にしていないというよりは、パルフェが連れてきた知人だから安心というのが大きいでしょうけど」
「それでもですよ。聞くに新都ではかつて国境でライネルと争ったグレイシア人とその家族が来たという話じゃないですか。普通なら争いになりそうなものですが、むしろ感謝されるなんて……」
 これが進歩でなかったら何になる。そう言わんばかりのユーフィリアであった。
「徳は積んでおくべきとは言うけれど、寛大な対応をしてみせた若い頃のおじ様には感謝しかないわ。あの場にいたグレイシアの人達にとって、フローディア人の評価は間違いなく良くなったもの」
「人の縁とは真に不思議なものですね」
 ライネルは別に見返り何て求めていなかったのだろう。英雄願望溢れる血気盛んな若者が無謀にも突っかかってきただけの話だ。こんな些細ないざこざで命を落とすのは忍びないと思っただけで。
 そんなライネルにとって何気ない選択の結果が、若者の成長を施し、彼の今の幸せに繋がった。まさに美談である。
「あの出来事は出来すぎと言ってもいいくらいだったわ」
「……結局国が難しく考えて過ぎているだけであって、民の方の準備はとっくの昔に終わっているのかもしれませんね」
 過去を重たく考えすぎていたかもしれないとユーフィリアはつくづく思った。さらにリズベットはグレイシア国内でのパルフェ商会の扱いにも言及する。
「ベオウルフはパルフェ商会を守っているようだったし、それが彼個人ではなく、グレイシア国の考えであるのだとしたら、グレイシア国もフローディア国との関係を見直したいと思っている可能性が高いわ」
「本当にリングアベル王弟殿下の言った通りなのですね」
「彼がそんな事言ってたの? 相変わらずの考察力ね」
 リングアベルは放浪中一人で国中を回っていたせいか、市井の事を良く知っているし、王族として教養も持ち合わせているため、政治と民のバランス感覚がとても良い。そこから生まれる考察の数々は本質をとらえている事が多く、彼の思わぬ鋭さはリズベットも認める所である。

 今回のグレイシア国へのお忍び訪問を総評すると、限りなく最高に近い結果であった。だからこそ気がかりな事もあった。

「和平の件、順調以外の何者でもありませんが、だからこそ深刻とも言えるのでしょうか」
「シュタイン家を滅ぼし、」
「私、ユーフィリアの命も狙った何者か……その者の正体を突き止め、捕らえなければ足元をすくわれかねません」

 ユーフィリアに苦い記憶が蘇る。ハイブルグ情報機関を持ってしても辿り着けなかった相手である。様々な事件を解決し、自他ともに優秀であるとされるハイブルグ情報機関であるが、何の因果か、設立した当初の目的だけには達成出来ていなかった。
 一方でリズベットにとっては両親の仇でもある。刑を執行したのはフローディア国であるが、リズベットに国を恨むつもりは毛頭ない。薄情かもしれないが、公爵家の者の命を狙う罪の重さは貴族であれば誰もが知る事である。だが両親をそそのかしたであろう黒幕に関しては別だ。傍から見て冷静に見えるリズベットであったが、その奥では怒りが煮えたぎっていた。
「ユーフィリア、私にアシュリーの事を話してくれた時、暗示についても教えてくれたわよね?」
 暗示、その言葉を聞いたアシュリーの肩が跳ね上がる。ユーフィリアを殺しかけた記憶はアシュリーにとって今もなおトラウマであった。リズベットは謝罪の意を示した後、ユーフィリアへと向き直る。
「暗示の事を聞いた時、私、腑に落ちる事があったの」
「つまり誰かが暗示にかかっていたと?」
「あなたの暗殺をしようとした実行犯達の事、どう思っている?」
 ユーフィリアは目を見開く。
「……なるほど。リズベットも私と同じ考えに行きついたのですね。確かに私は彼らに違和感を持っていました。幾らなんでも博打が過ぎると」
「ええ、私も何度か考えてみたのだけれど、どうしたってリスクとリターンが釣り合わないの。大体あの手の輩は貧しさからならず者へ堕ちていくわけだけど、それは生きるために行っているわけで、成功しようが失敗しようが、死が約束されているような事はしないわ」
「だからこそ私は彼らの身内について探ってみたのですが、例えば家族が病気であるとか、そうした弱みを持つ人はいませんでした。また誰かに大金が入ったなどそういった話もありません」
 つまり実行犯達は何も見返りを求めずに死地に赴いた事になる。これの何と奇怪な事か。
「暗示と言ってしまえば何でもありになっちゃうから、視野を狭めるような真似はしたくないのだけれど、それでも彼らに関して言えば暗示がしっくり来るのよ。私の父が襲撃依頼したという話だって、私が急遽別の場所に行かされていた点を踏まえると……」
 シュタイン家付きの子爵家が起こした薬物事件のせいで、リズベットはシュタイン伯爵から離れる事となったため、その隙にそそのかされたと考えた方が筋が通る。だがこの暗示説を証明するためには大きな問題が一つあった。
「しかし一体誰にそんな事が可能なのでしょうか?」
 暗示をかけるには基本的に顔を合わせなければならない。だが子爵家薬物利用事件、公爵家令嬢襲撃事件、偽聖女事件、これだけ多岐にわたって事件を起こしておいて、誰の目にも触れずにいられるなんて事はありうるのか。
 悔やまれるのは偽聖女事件まで暗示の可能性を考えておらず、暗示の線で捜査を全くしなかった事だ。もしも予め気づいていればもっと情報はあっただろうし、あるいはリズベットの両親も助かっていたかもしれない。
 といっても王妃になる以前のユーフィリアの力なぞたかが知れているし、全ては後の祭りであるが。
 過去の過ちを正すために尽力しているユーフィリアであるが、偽聖女事件以降黒幕の行動は鳴りを潜めており、今に至って有力な情報は掴めていない。ユーフィリアがアシュリーの暗示を解いた事により、暗示を使っている事がバレたと察したのだろう。
「フローディア国の全ての貴族、平民でも豪商などの有力者は調べたのですが、今に至っても何一つ見つかっていません」
 苦虫をかみ潰したような顔をするユーフィリアにリズベットは言った。
「ユーフィリア、私はね。貴族と有力者以外じゃないかと思っているの」
「そんな事、ありえるのでしょうか……?」
 ユーフィリアだって一般市民の可能性を考えなかったわけではない。貴族の行動はどうしたって目立つため、まさに壁に耳あり障子に目ありで筒抜けだ。だとすれば足がつきにくい平民の可能性が高いわけであるが、どれか一つならともかくとして、三つの事件に渡って関わり続け、暗躍出来る平民なんているのだろうか。
 とても信じられなかった。
「私はユーフィリアが見逃しているとは思っていないわ。あなたが作ったハイブルグ情報機関は大したものよ。だからあるとしたら調べていないところってなるのは道理でしょ?」
「それはそうですが……」
 どれだけ尽くしても完璧と言うのはありえない。調査方法に穴があるのではないかと己自らを疑うユーフィリアであったが、そんな彼女にリズベットは言葉を続けた。 
「それにユーフィリア、今までは想像もしなかったけれど、私達は例外がある事をつい最近知ったでしょ?」
「例外、ですか?」

「つまり私のような存在がいるかもしれないって事です」

 見当もつかないといった様子のユーフィリアに発言したのは、それまで傍観に徹していたチェルシーであった。
「そう、チェルシーは多くの知恵を持っている転生人。彼女のような存在が一人しかいないなんてどうして断言出来るの?」
「それは……確かにそうですね」
 目からウロコとはこの事である。しかもフローディア国には転生人のチェルシーのみならず、異世界から直接やってきた聖女フローディアもいる。例が二つもあれば三回目だってあってもおかしくないだろう。
「でも転生人ならチェルシーさんのように理知的なのでは? 聖女だってフローディア国に尽くしてくれました」
 ユーフィリアのそれはもはや感情論でしかない。チェルシーは転生人に対して良い印象を持ってくれている事に感謝しつつも、その認識を正す。
「そう言っていただけて私個人としてはありがたいのですが、客観的に考えるとですね。異世界から来た人が全て良い人だとは考えない方が良いですよ。仮に良い人であっても反転する可能性だってあるんですから」
「悪人の可能性もある事は納得ですが、反転ですか?」
「例えば私、リッチモンド家で生まれたチェルシーは家にも家族にも恵まれました。伯爵家と言う裕福な家、癖の強くて隠し事している娘に理解してくれる両親。一度リッチモンド領自体危機には陥りましたが、それでも信頼出来る人達が回りにいる安心感があれば、何とかしてやるっていう気概を持てました。突然この世界にやってきた聖女も、初めて会った人たちが助けてくれたからこそ、恩義を感じて返そうとしていたにすぎません」
 結局恩には恩を、仇には仇を、なのだ。
「じゃあこの世界にやってきた異世界人や転生人が恵まれた環境になかったら? 差別を受けて酷い事をされていたりなどしたらどうです? かってに連れてこられた挙句にこの仕打ちとなんなんだって。そんな経験をした人は……」

 チェルシーは感情の見えない冷たい目をして言い放った。

「世界を恨む存在になるでしょう」
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