ハイ拝廃墟

eden

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山小屋⑥

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 一応、ありがとうございますって返事するべき?

 永遠とわは考えた。ここでありがとうございますって送ったら、もうやりとりすることはないと思う。そうしたら、私、この歌完成しなくてもいいなって考えて、消す気がする。

 歌は、私のなかのドロドロを出したものだから。きれいなものじゃないから。自分だけが振り返ることができたらよくて、人に聞かせるものじゃなくて。


 じゃあ、なんで、わざわざ投稿するの?


 その答えを、永遠とわはわかっている。わかっていながら、見ないふりをしている。


 永遠とわは一晩考えて、るまへの返事を保留することにした。


 歌を完成させたら、メッセージを送ろう。


 イヤホンを耳につけて、学校に行く。自分で作った曲を何回もリピートしながら、口ずさむ。

 イメージは、深海。誰の手も届かない、助けの来ない。真っ暗な海の底。沈んでいく、息もできない。そこに流れる音があるとしたらどんな音?

 重たい音。何層も何層も重なった音。泡のようなオルゴールの音も聞こえる。

 ううん、これだけじゃ足りない。


 ハッと気が付いたら、永遠とわの前に担任の教師が立っていた。机の上には数学の教科書とノート、授業用のiPad。

「明石さん、今、英語の授業なんだけど」

「……あ……」

 永遠とわは小さく頭を下げて、数学の教科書とノートを机の中にしまった。代わりに、英語の教科書とノートを出す。そのあいだ、一部のクラスメイトがヒソヒソ話したり、小さく笑ったりしていたが、永遠とわは気にならなかった。


 頭の中が、音楽でいっぱいだ。

 一曲を完成させる。それは、永遠にとって初めての挑戦だった。いつも途中まで作っては、ファイルに保存して終わり。仕上げる、ということをしてこなかった。

 歌詞も、思い浮かんだフレーズをただノートに書きなぐったものばかりで、熱心に考えて出した言葉たちではない。

 そのときの自分の分身が、歌詞になる。

 一曲を仕上げるということは、そのときの自分自身と向き合うということ。それは、想像以上に痛かった。自分が吐き出した言葉は、期待を打ち消すものと、かすかな希望の光を求めるものばかりだったから。

 こんなに世界に絶望しているのに、まだ希望を捨てていないのか。そう、思い知らされるから。

 それでも、永遠とわは曲作りに没頭した。いつもはボカロで歌声を入れるのだが、初めて、自分の声で歌ってみようと思った。


 るまからコメントをもらって、二週間以上経過した。

 日曜日の夜、自分以外の「家族」が外食に出かけていなくなったときに、永遠とわは歌をうたった。自然と涙が溢れてきた。熱い涙で頬を濡らしたまま、歌い切った。

 きっと、これ、聴きなおしたら、私は消してしまう。

 こんなに一生懸命、歌を作ったのは初めてだ。るまさんが、きっかけをくれた。るまさんにだけは、この歌を、このまま聴いてもらいたい。るまさんに聴いてもらえたら、ボカロに差し替えたらいいし、なんなら消せばいい。


 ……聴いて、もらえるかな。


 永遠とわは曲の編集作業をすべて終了して、【muzinamusica】に投稿した。それから、るまのコメントに返信する形で、メッセージを送った。

『るまさん、コメントありがとうございます。曲、完成しました。よかったら聴いてください』

 永遠とわは、しばらくるまからの返事を待った。返事を待つ間に、ぽつりぽつり、再生回数がカウントされていく。

 自分の歌声を聴かれていると思うと、急に恥ずかしくなった。


 やだ。るまさん、早く返事して。

 ……返事、本当に来るかな。来ないかもしれない。


 永遠は【muzinamusica】の画面を閉じた。


 今日はもういいや。


 永遠とわはベッドの端に座って、ため息をついた。まだ制服を着たままで、風呂にも入っていない。深夜1時。

 なぜか、頭が冴えわたっている。ひとつ、作り終えた達成感と、高揚感で満たされている。今まで味わったことのない感覚。

 よろこびだ。

 不思議と、夜は眠れた。

 翌朝になって胸をよぎるのは喪失感。ここのところずっと、一曲を完成させるために心も体も曲で満たし続けて来た。その曲はもう、手放した。

 次を作ろうにも、作ろうと思ってできることではない。歌詞も、メロディも、いつ自分の中に湧き上がってくるかわからないから。
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