月影の剣士と白き竜の約束 〜滅びの王国をめぐる旅〜

usako

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第14話 裏切りの剣

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骸の山は、まるで世界そのものが腐り落ちたような場所だった。あたりは常に灰色のもやに包まれ、地面からは硫黄の臭いが立ちのぼっている。木々は枯れ、岩肌には無数の焦げ跡が走っていた。空は黒く、わずかに見える赤光が雲の隙間で脈打っている。まるで大地の底から何かが息づいているようだった。

リオンたちは険しい岩場を登っていた。足元は崩れやすく、少しでも気を抜けば足を滑らせて谷底に落ちかねない。白竜シェリアが消えたあの日から、リオンの胸には新たな光――“白竜の涙”が輝いている。それが時折、熱を帯びるように疼いては、黒竜の気配を知らせてきた。

リナが杖を支えに息を整える。「ここが黒竜の棲み処……“影の窟”は、この山の最深部にあるはずよ。」  
「空気が重いな。」カイルが顔をしかめる。「まるで呼吸するたびに体が沈んでいくみてぇだ。」  
「黒竜の瘴気だ。」リオンが短く答えた。「普通の人間なら、一日も耐えられないらしい。」  
「そりゃ聞きたくなかった。」カイルが肩をすくめたが、すぐ調子を取り戻し笑う。「ま、導くのが滅びの王様なら、冥土の案内くらいには慣れてるだろ!」  
「不吉なこと言わないの。」リナが睨んだ。  

彼らが進むにつれ、風の音の中にかすかな旋律が混じり始めた。言葉にならない囁きのような声――それはまるで祈りのようであり、泣き声のようでもあった。リオンの歩みが止まる。  
「聞こえるか……この声。」  
リナが目を細めた。「……ええ。魂の残響。かつてこの地で滅びを願った者たちの記憶よ。」  

足元に転がる古びた剣、砕けた盾。無数の兵士の骸が散らばり、土とともに融け合っている。そのひとつひとつが、かつての戦いを物語っていた。  
リオンはしゃがみ込み、折れた剣を拾った。刃には古代文字が刻まれている。彼はそっと読み上げた。「“主に殉ずるは死に非ず、生の誓いなり”……」  
「それ、王国の近衛の誓文よ。」リナの声にリオンは頷いた。「この場所、ルシエルの守護者たちの最期の地なんだ。」

言葉にした途端、周囲の霧がざわめきを帯び、骨のような音が響いた。地面の裂け目から、黒い影が立ち上る。それは朽ちた鎧と化した亡霊の騎士たちだった。  
「滅びの王……戻りし者よ……」  
彼らは片膝をつき、長剣をリオンに向けた。その声は哀しみと恨みの入り混じったものだった。  
「我らの誓いを破り、国を滅ぼした王。汝をここに葬る。」  

「違う!」リオンが叫ぶ。「俺はルシエルじゃない!今の俺は人として生きている!」  
しかし騎士たちは理解しない。ただ使命の糸に操られる人形のように、剣を振り上げた。金属の悲鳴とともに、影が襲いかかる。  
「カイル、リナ、下がれ!」リオンは短剣を抜き、蒼い光を解き放った。刃が弧を描き、亡霊の一体を貫く。光と黒い靄がぶつかり合い、空気が焦げた。  
リナが詠唱を唱え、光の結界を張る。「魂を縛る鎖、解け――!」光が波のように広がり、亡霊たちが一瞬だけ怯む。  

だが、その中のひときわ大きな影が声を上げた。「ルシエル王……あなたを守るためにこの地で命を落としたのは、私だ。」  
その声にリオンは目を見開いた。影の中から姿を現したのは、黒月騎士団の首将――リゼルだった。身体には無数の傷が刻まれ、鎧の継ぎ目から黒炎が漏れている。  
「リゼル!」  
「覚えているか。私を斬ったあの日を。」  
「俺は……!」  

「あなたの罪はまだ終わっていない。」リゼルは剣を構えた。「黒竜の鱗を探しに来たのだろう。だがそれを手にした瞬間、お前の魂は完全に滅びと同化する。」  
「それを止めるために来たんだ。俺はもう逃げない。」  
「ならば示せ、今度こそ“光”を。お前の覚悟が本物なら、私を越えてみせろ!」  

リゼルの剣が黒い閃光を放ち、地面を裂いた。リオンは蒼い光をまとって応じる。二人の剣がぶつかり、轟音が響いた。周囲の亡霊たちがその衝撃に弾け、霧となって消える。  
「お前が倒したあの日、私はまだ信じていた。王が滅びを越える日が来ると。しかし千年経っても、輪は何も変わらない!」  
「それでも俺は変える!」リオンの声が岩壁に反響する。「この世界を、もう誰も犠牲にしないために!」  

リゼルの剣が再び振り下ろされ、黒炎が渦を巻く。リオンは身を翻し、その一撃をかわした。すれ違いざま、リオンの短剣が光を放ち、リゼルの胸を貫いた。  
時間が止まる。風が止まり、音が消えた。  
リゼルの瞳から光が消え、膝をつきながら微笑んだ。「……やはり、お前は王ではない。お前は……リオンだ。」  
「リゼル……」  
「その名で呼ばれる日を、私はずっと待っていた。願わくば、その剣を……正しき未来のために。」  

リゼルの鎧が崩れ、黒き灰となって風に舞った。その中心に、漆黒の鱗がひとつ残っていた。  
リナが近づき、手でそっと拾い上げる。「これが……黒竜の鱗。」  
リオンがそれを受け取り、胸の前に掲げた。白竜の涙と黒竜の鱗――二つの光が交わり、刃のような形を成していく。  
「これで剣を鍛える……滅びを終わらせるために。」  

カイルが苦い顔をして言った。「お前のために死んだ男を、また斬る羽目になるとはな。」  
リオンは静かにうなずいた。「それが俺の罪であり、彼の望みでもある。」  
リナがリゼルの消えた場所に手を合わせた。「安らかに眠って。あなたの想いは、確かに届いた。」  

風が再び吹き、霧の向こうで黒い影がうごめく。山の頂から轟音が響いた。大地が振動し、空に何か巨大なものが動く音が広がる。  
「ヴェルトだ……!」リオンが顔を上げた。空の裂け目に、紅い目がひとつ、燃えるように開かれていた。  
「これ以上は時間がない。」  
「今度こそ、決着を。」  

リオンは黒竜の鱗と白竜の涙を握り、光を融合させる。二つの力が相反しながらも一つに溶け合い、眩い剣が生まれた。刃には蒼と紅が絡み合い、まるで光と闇の境界を象徴しているようだった。  
「この剣の名は……『契約の剣エブル・セリア』。」  

風が止み、三人の姿を包むように光が広がった。その瞬間、天の黒雲が竜の咆哮とともに裂け、世界が震えた。滅びの決戦が、ついに始まろうとしていた。  

(続く)
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