悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。

第2話ー3

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 ミリーをやり過ごせてホッとしていたリティアだったが、翌日になって安易な誤魔化しをしたことを後悔することになった。

「失礼します、お嬢様。夕べのうちに声を掛けておきました」
 ミリーに続いて部屋に入って来たのはマダム・シュナイダーだった。

「ご無沙汰しております、リティア嬢」
 全くご無沙汰では無かったが、侍女の優秀さとマダムの流れるような挨拶にリティアはおもむろに立ち上がり、身を委ねるしかなかった。彼女が来たという事は、新しいドレスを作るということなのだ。

「王太子殿下と宮中でお会いするときにお召しになりたいそうですわ」
 何も言ってないのにやたらと王太子だとか宮中だとかを強調するミリーを咎める気にもなれず、されるがままだった。

「まああぁぁあ。なんて素敵なんでしょう。それでしたら男性の視線を意識したものはいかがでしょう。レディはデコルテが大変美しいのでいつもより少し……」
 マダムは話しながら出来上がりが見えているかのように見えないドレスのラインを拾っていく。
 リティアはコウモリも避けるほどの高音を出すマダムに心の中で顔をしかめながらうんうん頷くミリーを目の端で捉えた。事実、王室も御用達のデザイナーであるマダムに任せておけば間違いは無かった。例えば、宮中にふさわしくないドレスなどははなから除外してくれるのだ。

 ドレスの打ち合わせが終わりマダムが部屋から出て行くと、ミリーは満足そうに微笑んだ。
「王太子殿下も褒めてくださいますよ」
「……そう、だといいんだけど」
「ええ。あのドレス姿を見て褒めない男性などいらっしゃいませんわ。ですが、殿下が何ておっしゃったかは教えて下さいね」

 ヴェルターならどんなドレスでも礼儀として褒めるだろうけれど、そうは思っても口には出せず、このドレスが出来上がれば宮廷に行った際は王太子に会わなければならないではないか。リティアは面倒なことになったと思ったが、ミリーに心情を悟られないようにはにかんでみせた。そんなリティアの演技はミリーを騙せるほど上達していた。

 ミリーは、ほう、とため息をつき恍惚とした表情を浮かべた。

「最近あまり王太子殿下のお話をされないものですから心配していましたが杞憂でしたわね」

 リティアはミリーの鋭さにドキリとしたが、それも何とかやり過ごした。――危ない。さすがはミリー。今後はもっと気を付けなければ。ミリーに婚約破棄のことが前もって露見してしまうと大変なことになりそうだわ。

 もし、婚約が破談になったら。リティアには熟考する必要があった。二人の結婚は二人だけの問題ではないからだ。気持ちだけではどうにもならないことではある。

 でも、とリティアは思う。婚約破棄によって起こりうる可能性の不条理をミリーのいないわずかな時間で挙げる。何とかなるはずだ。

 ――婚約が破談になったとして、まずは父と国王の関係だが、父である公爵が地位を失う心配は絶対にない。母の実家だって名だたる貴族で力はある。そもそも王太子側の理由で婚約破棄がなされるなら国王は父に負い目を感じるだろう。よって、父の役職はそのまま。国王と父の関係が婚約破棄後も変わらないとなれば、今回の婚約破棄は一層政治色が強まる。王太子が婚約破棄したのは公爵令嬢と婚姻を結ぶより悪女と婚姻を結ぶ方が利点があったのだと貴族たちは察するだろう。

 上位貴族のリティアには不名誉な婚約破棄された令嬢というよりは政治に翻弄された令嬢として同情が集まるのではないか。いや、反対に考えれば、一国の王太子妃に選ばれるほどの完璧な令嬢ということになる。確かに、幼い日から王太子妃に、ゆくゆくは王妃にと育てられたリティアには欠点など無かった。加えて贅沢になど興味のないリティアなら選べるほど相手に困らないだろう。

「逆にモテちゃうかも? 」
 思わず口からでた下世話な物言いに、リティアは口を押え、慌ててドアの方を伺ったがミリーはまだ戻ってこないようだった。

 リティアは安堵するともう一度考えを巡らせた。帝王学の主たる教育が終わるまでに、悪女は登場するだろうと思っていた。が、まだ登場しないのだ。婚約破棄が言い渡されそうな大きな出来事も終わってしまった。残りは建国祭か、成人の儀か、結婚式くらいだろうか。さすがに結婚した後に離縁されると、その後の人生は平穏無事には過ごせないだろう。

 ほんと、早くして欲しい。悪女さえ現れてくれたら、後は上手くやるつもりだった。ヴェルターの感情による婚約破棄であろうが、政治的要因があるように見せる方法を考えるつもりだ。

 先に親たちにこの事が露見してしまえば、何とか婚約破棄を撤回させるように手回しされかねない。いくらリティアがヴェルターの幸せを祈っていると言っても強がりだと憐れまれるだけだろう。

 ――いいのよ、本当にいいの。私は大丈夫なの。だからね、悪女様、まだですか?
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