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王子、苦悩する。
第4話
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――王太子宮、執務室。
オリブリュス公爵邸より戻って直ぐの事だった。ヴェルターは上着を脱ぐとソファの背もたれに掛け、自身もソファに身を沈めた。上着を預かろうとする侍女に断りを入れる。一人になる時間が必要だった。
ヴェルターの顔から笑顔は消え、浅い溜息を吐いた。
「あと、一年か」
呟き、顔をしかめた。リティアと会った日は、言いようのない疲労感に襲われる。気持ちを切り替えなければ、と思う。何度か息を吐き行き場のない感情を逃す。それでも感情を持て余していると、タイミングよくドアがノックされた。入って来たのは補佐官、マルティン・アルデモートだった。宰相を父に持つ文官で、ヴェルターが国王に即位した際は父に継いで彼が宰相になるのではとささやかれている。やり手ではあるが野心が表に出ない穏やかな男だった。
「殿下、お戻りになられましたか」
「ああ」
「……お疲れのご様子で」
「あー……、いや」
王国トップクラスの頭脳を持つにもかかわらず、愛嬌もあるのはあっちこっちに飛んだブラウンの髪のせいだろうか。ふん、今日は比較的マシか。ということは雨は降らないのだろう。彼の癖っ毛は湿度の高い雨の日はもっと激しく踊るのだ。彼の髪の散り方で天気をはかるのはヴェルターの日常だった。
ヴェルターは彼の髪と、グレイの瞳をぼんやりと見ていると、いつの間にか自分の髪を一束つまんで手遊びしていたらしい。
「髪、どうかされましたか」
「なぁ、マルティン。私の髪は、少し明るすぎないか? 」
「はぁ、髪色、でございますか。しかし、王族の方々はその髪色を代々引き継いでいらっしゃいますし、もはや高貴な色の代名詞になるほどでございます」
「……そうだな。一目見れば王族の血縁だとわかるだろうな」
色を変えたり出来ないのだろうか、とヴェルターは思うに留めたつもりが口に出してしまった。マルティンははっと眉を上げると、何かを悟ったかのようにヴェルターの気持ちに一方的に寄り添った。
「ええ、わかります」
彼の言葉には同情心が混じっていて、ヴェルターは何がだろう、とマルティンの顔をよく見ようと数回瞬きをした。
「ここのところもう何年もお忙しい状態が続いておりますし、成人されるとますます余暇などないに等しいでしょう。わかります、わかります。実においたわしい。全く自由もなく、そのたぐいまれなる光り輝く容姿ではお忍びで出かけるのもままらないでしょう」
マルティンは人の話を聞かない所がある。が、ヴェルターはもう少し聞いてみようと思った。彼は、頭は切れるのだ。齟齬をきたしてはいるが、何か妙案が飛び出てくるかもしれないと期待したからだ。
「あることには、あるとの噂でございます。一時的ではありますが……外見を変える魔法薬が」
「はあ。一時的に変えても……」
仕方ない気がするのだが。ヴェルターの髪色や瞳の色は全国民が知るところだ。今更変えたところで何があったのか国民の憶測が飛び交うことになるだろう。ヴェルターだってどうしようもないことがわかっていて口に出してしまっただけだった。……リティアが“白飛びしちゃってる”などと言ったものだから。自分とずっと一緒にいるリティアの目の配慮すべきか、いや、正直少し傷ついたのもある。
「ええ、たまには誰の目も気にせずに自由にお出かけになりたいことでしょう。そのあたり私も理解はあるつもりです」
「ああ。そうだな」
そうかは知らないが、ヴェルターは彼を肯定した。
「幸い、王制の膝元首都ルーイヒは大変治安が良い」
「ああ、そうだな」
まどろっこしいマルティンの話にも、ヴェルターは付き合える辛抱強さを持っていた。
「王太子でいらっしゃる今がその時」
「ああ、そうだな? 」
「そうですね、もうすぐ建国祭がございます。その時にお忍びでいってらっしゃいませ」
「は、どこにだ」
「素性が露呈しては行きづらい場所、でございましょう? 」
「だから、どこだ」
マルティンは声のトーンを落とす気遣いを見せた。
「娼館、でございますね」
ヴェルターは耳に口を寄せていたマルティンからバッと離れた。……ぐったりと項垂れる。
「マルティン、君は時々、とんでもないことを言い出すのだな」
「何も恥ずかしがることはございません。年ごろの男であれば、興味を持つのも当然のこと」
「待ってくれ、マルティン。いいか、私だって色事に興味が無いわけではない。が、わざわざ高級な魔法薬を隣国ラゥルウントから買ってまで素性を隠し娼館へ行きたがる男に見えるか? 」
「……。見え、ません」
ヴェルターはマルティンの返答が寸時遅れたことに片眉を上げたが、話を続けることにした。ここは、大事なところだった。
「もし、妻以外の女性と関係をもってしまったら、私生児をつくってしまう可能性だってあるだろう? 素性を隠そうと、
私の子供は子供で、この髪色を引き継ぐ可能性もあるのだから。いくら娼館の女性が避妊に知識があろうと。また相手が厄介で、後々他人を私の子だと言い張られても否定できないではないか。……一時の快楽のために、国民とリティアの信頼を台無しにする気はないのだ」
「ごもっとも。それは失礼致しました。確かに、殿下には素晴らしい婚約者がいらっしゃるのですからね」
「……そう、だな」
王太子ヴェルターはいつものように微笑んだ。
オリブリュス公爵邸より戻って直ぐの事だった。ヴェルターは上着を脱ぐとソファの背もたれに掛け、自身もソファに身を沈めた。上着を預かろうとする侍女に断りを入れる。一人になる時間が必要だった。
ヴェルターの顔から笑顔は消え、浅い溜息を吐いた。
「あと、一年か」
呟き、顔をしかめた。リティアと会った日は、言いようのない疲労感に襲われる。気持ちを切り替えなければ、と思う。何度か息を吐き行き場のない感情を逃す。それでも感情を持て余していると、タイミングよくドアがノックされた。入って来たのは補佐官、マルティン・アルデモートだった。宰相を父に持つ文官で、ヴェルターが国王に即位した際は父に継いで彼が宰相になるのではとささやかれている。やり手ではあるが野心が表に出ない穏やかな男だった。
「殿下、お戻りになられましたか」
「ああ」
「……お疲れのご様子で」
「あー……、いや」
王国トップクラスの頭脳を持つにもかかわらず、愛嬌もあるのはあっちこっちに飛んだブラウンの髪のせいだろうか。ふん、今日は比較的マシか。ということは雨は降らないのだろう。彼の癖っ毛は湿度の高い雨の日はもっと激しく踊るのだ。彼の髪の散り方で天気をはかるのはヴェルターの日常だった。
ヴェルターは彼の髪と、グレイの瞳をぼんやりと見ていると、いつの間にか自分の髪を一束つまんで手遊びしていたらしい。
「髪、どうかされましたか」
「なぁ、マルティン。私の髪は、少し明るすぎないか? 」
「はぁ、髪色、でございますか。しかし、王族の方々はその髪色を代々引き継いでいらっしゃいますし、もはや高貴な色の代名詞になるほどでございます」
「……そうだな。一目見れば王族の血縁だとわかるだろうな」
色を変えたり出来ないのだろうか、とヴェルターは思うに留めたつもりが口に出してしまった。マルティンははっと眉を上げると、何かを悟ったかのようにヴェルターの気持ちに一方的に寄り添った。
「ええ、わかります」
彼の言葉には同情心が混じっていて、ヴェルターは何がだろう、とマルティンの顔をよく見ようと数回瞬きをした。
「ここのところもう何年もお忙しい状態が続いておりますし、成人されるとますます余暇などないに等しいでしょう。わかります、わかります。実においたわしい。全く自由もなく、そのたぐいまれなる光り輝く容姿ではお忍びで出かけるのもままらないでしょう」
マルティンは人の話を聞かない所がある。が、ヴェルターはもう少し聞いてみようと思った。彼は、頭は切れるのだ。齟齬をきたしてはいるが、何か妙案が飛び出てくるかもしれないと期待したからだ。
「あることには、あるとの噂でございます。一時的ではありますが……外見を変える魔法薬が」
「はあ。一時的に変えても……」
仕方ない気がするのだが。ヴェルターの髪色や瞳の色は全国民が知るところだ。今更変えたところで何があったのか国民の憶測が飛び交うことになるだろう。ヴェルターだってどうしようもないことがわかっていて口に出してしまっただけだった。……リティアが“白飛びしちゃってる”などと言ったものだから。自分とずっと一緒にいるリティアの目の配慮すべきか、いや、正直少し傷ついたのもある。
「ええ、たまには誰の目も気にせずに自由にお出かけになりたいことでしょう。そのあたり私も理解はあるつもりです」
「ああ。そうだな」
そうかは知らないが、ヴェルターは彼を肯定した。
「幸い、王制の膝元首都ルーイヒは大変治安が良い」
「ああ、そうだな」
まどろっこしいマルティンの話にも、ヴェルターは付き合える辛抱強さを持っていた。
「王太子でいらっしゃる今がその時」
「ああ、そうだな? 」
「そうですね、もうすぐ建国祭がございます。その時にお忍びでいってらっしゃいませ」
「は、どこにだ」
「素性が露呈しては行きづらい場所、でございましょう? 」
「だから、どこだ」
マルティンは声のトーンを落とす気遣いを見せた。
「娼館、でございますね」
ヴェルターは耳に口を寄せていたマルティンからバッと離れた。……ぐったりと項垂れる。
「マルティン、君は時々、とんでもないことを言い出すのだな」
「何も恥ずかしがることはございません。年ごろの男であれば、興味を持つのも当然のこと」
「待ってくれ、マルティン。いいか、私だって色事に興味が無いわけではない。が、わざわざ高級な魔法薬を隣国ラゥルウントから買ってまで素性を隠し娼館へ行きたがる男に見えるか? 」
「……。見え、ません」
ヴェルターはマルティンの返答が寸時遅れたことに片眉を上げたが、話を続けることにした。ここは、大事なところだった。
「もし、妻以外の女性と関係をもってしまったら、私生児をつくってしまう可能性だってあるだろう? 素性を隠そうと、
私の子供は子供で、この髪色を引き継ぐ可能性もあるのだから。いくら娼館の女性が避妊に知識があろうと。また相手が厄介で、後々他人を私の子だと言い張られても否定できないではないか。……一時の快楽のために、国民とリティアの信頼を台無しにする気はないのだ」
「ごもっとも。それは失礼致しました。確かに、殿下には素晴らしい婚約者がいらっしゃるのですからね」
「……そう、だな」
王太子ヴェルターはいつものように微笑んだ。
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