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真のヒロイン、悪女とは……。
第6話ー3
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どんな人なのだろうか。リティアは待ちに待った本物のヒロインであろう“悪女”らしき人物の登場にすっきりしない感情を抱えていた。絶世の美女。実際にあった人はそう言っていた。会ってみたいような、会いたくないような。この気持ちは何だろう。どこか陰から、見られないかしら。リティアは自分の発想に驚いた。あんなに待ちわびていた人なのに。本当に彼女で間違いないのだろうか。どこか認めたくないような感情が胸を過った。
「何を、待ちに待ったヒロインの登場なのに。これで私も自分の恋を優先できるのというのに」
リティアは恋の仕方もわからなかった。リティアはここ最近の回想をした。こうやって出来事を分析するのが日課になっていた。ヴェルターの言動、微かな表情の変化、マルティンの言葉、目の前の紅いリボン、紅い宝石。
それに、確か宮廷に言った時は……。私は次から次へとたくさんの男性に出会った。だが、街へ出た時は……。アルデモート補佐官に出会っただけだった。まさに、ヴェルターとアン女王について聞いただけだった。リティアは、自分が暫定ヒロインからわき役へと変わったのではと予測を立てた。それならますます、待ちかねた“悪女”はアンであることが濃厚だった。
「ずっと一緒にいたヴェルが恋をして、私から巣立つのが寂しいのね」
リティアは自分の感情をそう結論づけた。それが一番しっくりくる気がした。
それからリティアはそれを証明するように街や他の令嬢のお茶会に出かけたが、目ぼしい男性に出会うことが無かった。宮廷に行ってもそうだろう。リティアは自分のここでの役割を終えつつあることを思い知ることになった。これからはもっと、顕著に現れるのではないかと思う。
ヴェルターからはアン女王が王都にお忍びで来る際に同行してくれと頼まれた。リティアは自分が会いたいか会いたくないかの感情は関係なく会うことになりそうだった。自らの目で、ヴェルターとアン女王が並ぶのを見ることになるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくしてリティアは自身の母親、公爵夫人が宮廷に参上する際に同行することにした。なぜかじっとしていられなかったのだ。母親は娘がすすんで社交の場に顔を出すことにようやく王太子妃の自覚が戻って来たのかと喜んだ。曖昧に記憶が蘇ったリティアの変化に母親も気が付いていたのだろう。長く王太子妃教育を受けてきたのにヴェルターと違いこうも態度に出てしまうものかと自分を恥じた。
母の補助の合間、リティアは外の空気を吸いに庭園に出た。木陰で休みながら人の流れを見ていた。指先にぴりりと痛みを感じて目を落とした。指先が荒れていた。ここ最近、考え事に没頭し手入れを怠った結果だ。リティアは自身の指先をこすり合わせた。一日たりとも怠ったことのない努力はすべて王太子妃になるため。
「気が抜けちゃったのかな」
リティアは自身の手が手入れを怠るとすぐに荒れるほど弱い事を初めて知った。手入れ用のオイルを持ってくればよかったと思っていた時だった。誰かがすぐ目の前を通り過ぎ、身をすくめた。
「失礼、そこにいらっしゃるとは思わなくて」
その人は礼儀正しく謝罪し、さっと目視してリティアが無事であるかを確かめた。そして、自分がぶつかりそうになったのがリティアであったのがわかると表情をほんの少しだけ和らげた。
「あなたでしたか、オリブリュス公爵令嬢」
「ええ、シュベリー卿」
リティアが笑顔を向けるとウォルフリック・シュベリーは爽やかに笑った。
「申し訳ない。あなたに怪我を負わせたとなると殿下から決闘を申し込まれるところでした」
リティアはウォルフリックがこんな冗談を言うタイプだとは思わず、きょとんと見つめてしまった。それを気まずく思ったのか、ウォルフリックは微かに頬を染めた。
「冗談です」
「ふ、ふふ。わかっていますわ」
リティアが笑うとウォルフリックもつられて笑った。
「すみません。普段はこんなことはないのですが、今日は宮廷だというのに考え事をしてしまって。不徳の致すところです」
「いえ、大丈夫です。本当に」
「……やはり、怪我をされたのでは? 」
リティアのすり合わされた指先を見てウォルフリックは言った。荒れたことのない指先の感触が不思議でつい擦り合わせていたらしい。
「あ、違うのです。指先が荒れてしまって。気になって触っていただけで。帰ったらオイルで手入れを……」
じいっと手に視線を落とされリティアの言葉は羞恥から尻すぼみになった。
「そうでしたか。とても綺麗な手をしてらっしゃいますが」
「いえ、近くで見ると爪の際あたりにささくれが出来ているのと手のひら側も乾燥していて……。あ、すみません、シュベリー卿、お急ぎだったのでは? 引き留めてしまいました」
「いえ、ちょうど、交代したところで。だからこそ考え事も許されるのですが」
ウォルフリックはここで周囲を気遣うように見回した。リティアに何か言いたそうに目を泳がせ、リティアのように指先をいじった。
「シュベリー卿、何か言いたいことがあるのでは? 」
リティアが尋ねるとウォルフリックは思い切ったように口を開いた。
「私には、異性の友人がいないもので、誰に聞いていいわからず。不躾ながらお尋ねしても良いでしょうか」
リティアは驚いて、ウォルフリックの瞳を覗いた。ヴェルターとは違う、深い色だった。
「何を、待ちに待ったヒロインの登場なのに。これで私も自分の恋を優先できるのというのに」
リティアは恋の仕方もわからなかった。リティアはここ最近の回想をした。こうやって出来事を分析するのが日課になっていた。ヴェルターの言動、微かな表情の変化、マルティンの言葉、目の前の紅いリボン、紅い宝石。
それに、確か宮廷に言った時は……。私は次から次へとたくさんの男性に出会った。だが、街へ出た時は……。アルデモート補佐官に出会っただけだった。まさに、ヴェルターとアン女王について聞いただけだった。リティアは、自分が暫定ヒロインからわき役へと変わったのではと予測を立てた。それならますます、待ちかねた“悪女”はアンであることが濃厚だった。
「ずっと一緒にいたヴェルが恋をして、私から巣立つのが寂しいのね」
リティアは自分の感情をそう結論づけた。それが一番しっくりくる気がした。
それからリティアはそれを証明するように街や他の令嬢のお茶会に出かけたが、目ぼしい男性に出会うことが無かった。宮廷に行ってもそうだろう。リティアは自分のここでの役割を終えつつあることを思い知ることになった。これからはもっと、顕著に現れるのではないかと思う。
ヴェルターからはアン女王が王都にお忍びで来る際に同行してくれと頼まれた。リティアは自分が会いたいか会いたくないかの感情は関係なく会うことになりそうだった。自らの目で、ヴェルターとアン女王が並ぶのを見ることになるのだ。
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しばらくしてリティアは自身の母親、公爵夫人が宮廷に参上する際に同行することにした。なぜかじっとしていられなかったのだ。母親は娘がすすんで社交の場に顔を出すことにようやく王太子妃の自覚が戻って来たのかと喜んだ。曖昧に記憶が蘇ったリティアの変化に母親も気が付いていたのだろう。長く王太子妃教育を受けてきたのにヴェルターと違いこうも態度に出てしまうものかと自分を恥じた。
母の補助の合間、リティアは外の空気を吸いに庭園に出た。木陰で休みながら人の流れを見ていた。指先にぴりりと痛みを感じて目を落とした。指先が荒れていた。ここ最近、考え事に没頭し手入れを怠った結果だ。リティアは自身の指先をこすり合わせた。一日たりとも怠ったことのない努力はすべて王太子妃になるため。
「気が抜けちゃったのかな」
リティアは自身の手が手入れを怠るとすぐに荒れるほど弱い事を初めて知った。手入れ用のオイルを持ってくればよかったと思っていた時だった。誰かがすぐ目の前を通り過ぎ、身をすくめた。
「失礼、そこにいらっしゃるとは思わなくて」
その人は礼儀正しく謝罪し、さっと目視してリティアが無事であるかを確かめた。そして、自分がぶつかりそうになったのがリティアであったのがわかると表情をほんの少しだけ和らげた。
「あなたでしたか、オリブリュス公爵令嬢」
「ええ、シュベリー卿」
リティアが笑顔を向けるとウォルフリック・シュベリーは爽やかに笑った。
「申し訳ない。あなたに怪我を負わせたとなると殿下から決闘を申し込まれるところでした」
リティアはウォルフリックがこんな冗談を言うタイプだとは思わず、きょとんと見つめてしまった。それを気まずく思ったのか、ウォルフリックは微かに頬を染めた。
「冗談です」
「ふ、ふふ。わかっていますわ」
リティアが笑うとウォルフリックもつられて笑った。
「すみません。普段はこんなことはないのですが、今日は宮廷だというのに考え事をしてしまって。不徳の致すところです」
「いえ、大丈夫です。本当に」
「……やはり、怪我をされたのでは? 」
リティアのすり合わされた指先を見てウォルフリックは言った。荒れたことのない指先の感触が不思議でつい擦り合わせていたらしい。
「あ、違うのです。指先が荒れてしまって。気になって触っていただけで。帰ったらオイルで手入れを……」
じいっと手に視線を落とされリティアの言葉は羞恥から尻すぼみになった。
「そうでしたか。とても綺麗な手をしてらっしゃいますが」
「いえ、近くで見ると爪の際あたりにささくれが出来ているのと手のひら側も乾燥していて……。あ、すみません、シュベリー卿、お急ぎだったのでは? 引き留めてしまいました」
「いえ、ちょうど、交代したところで。だからこそ考え事も許されるのですが」
ウォルフリックはここで周囲を気遣うように見回した。リティアに何か言いたそうに目を泳がせ、リティアのように指先をいじった。
「シュベリー卿、何か言いたいことがあるのでは? 」
リティアが尋ねるとウォルフリックは思い切ったように口を開いた。
「私には、異性の友人がいないもので、誰に聞いていいわからず。不躾ながらお尋ねしても良いでしょうか」
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