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3巻
3-3
「わかった。じゃあ、アレクシアたちの話が済むまで目をつむっている」
「セフィード! 立ったまま寝ようとするな!」
……ウィルフレッドとセフィードがすっかり仲よくなったようで、何よりである。
気を取り直したローレンスがガーデンテーブルに誘ってきたので、アレクシアはベネディクトとともにそれに応じた。
エッカルト王国の紋章と、美麗な文字と絵が描かれているお茶の缶を手に取り、ローレンスに問う。
「エッカルト王国産だという紅茶は、これかね?」
「ああ、そうだよ……って、あー……。うん。そうか。そういえばきみは、紅茶を淹れるのだってお手の物なレディでもあったんだよね……」
慣れた手つきで保温効果のある魔導ポットを用意したアレクシアに、ローレンスが半笑いでそんなことを言ってきた。
「なんだ、殿下。物忘れがはじまるにはまだ早いぞ。……ああ、それともレディらしい振る舞いをするときには、話し方もそれに応じて変えたほうがよかったかね?」
「いや、結構だ」
ものすごく真顔かつ即答で拒否されてしまった。
だが、今後のことを考えれば、ベネディクトにも彼女の令嬢モードを確認させておいたほうがいいだろう。
アレクシアは一呼吸ののち、にっこりと優雅にほほえんだ。
「どうぞご安心くださいませ、王太子殿下。ご要望とあれば、いつでも『病弱で繊細な貴族令嬢』としてお話しさせていただきますわ」
「……うん。何度見ても、ひょっとして二重人格じゃないのかと疑いたくなるレベルの、ものすごく立派な猫かぶりだよねえ」
お褒めにあずかり、光栄である。
アレクシアは、令嬢モードのままベネディクトに視線を向けた。
「ねえ、ベネディクト。あなたの紅茶には、ミルクかレモンは添えたほうがよろしいかしら?」
「あ……はい。ええと、あの……ミルクを、お願いします」
しどろもどろに応じる彼は、アレクシアのモード変更についてこられていないようだ。
ほほえみを消さないまま彼女は言う。
「ほかの者の目があるところでお会いするときは、わたくしは基本的にこういった立ち居振る舞いになります。どうぞベネディクトも、今のうちに慣れておいてくださいね」
「そ……そうなんですね。わかりました」
何やらひどく腰が引けた様子の彼に、アレクシアは軽く眉根を寄せた。
「すまない、ベネディクト。ひょっとして、こういった貴族階級の女性らしい振る舞いは、きみにいやな記憶を思い出させるものだったかな?」
「え? ……あ、いえ! ただ単に、先ほどまでのご様子との違いに、ちょっとびっくりしただけです! どうぞ、お気遣いなく!」
勢い込んだベネディクトの答えに、ローレンスがうんうんと頷いている。
気持ちはわかる、とでも言いたげだ。
「そうか? だったら、いいのだが……」
「はい。こちらこそ、失礼いたしました」
申し訳なさそうに詫びる姿から、怯えは感じられない。
とはいえ、アレクシアの令嬢モードに慣れてもらうのは、そう急ぐ必要もないことだ。今の時点で、わざわざベネディクトに混乱を与えてストレスを増やさずともいいだろう。
アレクシアは優雅な手つきでポットを持つと、ちょうどよく色と香りの出た紅茶を白磁のカップに注ぎ、少年たちの前に置いた。
「まあ、いい。今日のところは、普段の口調で通させてもらおう。――それで? 殿下。ここから先については、わたしのほうからベネディクトに伝えていいのかね?」
「いや。僕から話させてもらうよ」
紅茶を一口飲んで姿勢を正したローレンスが、真剣な眼差しでベネディクトを見た。
「まず、これだけは伝えておく。きみの姉君……アレクシア嬢は、ランヒルド王家に忠誠を誓っていない。そのことは、国王陛下もご存じだ」
「……はい?」
ベネディクトが一瞬、何を言われたのかわからない、という顔をした。
そんな彼に、あくまでも真顔でローレンスが告げる。
「かつて彼女が捧げてくれていた忠誠を、僕ら王家は土足で踏みにじった。今の僕らが彼女と交わせるのは、互いの信頼に基づく忠義と庇護の主従関係ではなく、利害の一致から成り立つ取引のみだ。そのうえで、きみに聞きたい」
一呼吸置いて、彼は問う。
「ベネディクト。きみは、アレクシア嬢を傷つけた王家を、許せるか?」
(……は?)
なんだその頓珍漢な質問は、と思ったけれど、ローレンスとベネディクトがやたらと真剣な面持ちなので、アレクシアは眉をひそめるだけで沈黙を守った。
ベネディクトが少しの間のあと、感情の透けない声で口を開く。
「殿下。アレクシアさんがこうして同じテーブルについているということは、彼女は少なくともあなた個人を忌避してはいないのでしょう」
ですが、とベネディクトが静かに続ける。
「ぼく自身が見聞きしてきた事実と、それを補完してくださったバルツァーご夫妻の言葉から判断して、この国の王家は――当代国王陛下は、一度は不要だと切り捨てたアレクシアさんを、再び都合のいい駒として使うつもりなのだと認識しています」
その言葉に、ローレンスは静かに頷いた。
「そうだね。きみの認識は正しい。否定するつもりはないよ」
「はい。アレクシアさんがぼくを弟と呼んでくださる限り、ぼくは彼女の弟として恥じることのない人間でありたい。ぼくは、国王陛下が正式にアレクシアさんへ謝罪されないのなら、彼女を傷つけた陛下を許すつもりはありません」
淡々と言葉を紡いだベネディクトが、アレクシアを見て少し困ったような表情を浮かべる。
「出過ぎた真似を、と思われたなら、申し訳ないです。アレクシアさん」
「……いや。きみの気持ちは嬉しく思う、ベネディクト。だが、あの古狸国王がわたしに詫びる可能性は、間違いなくゼロだぞ」
国王というのは、そう軽々しく頭を下げていい立場ではない。相手が未成年の少女であれば、なおさらだ。
首を捻った彼女の言葉に、ベネディクトが再びローレンスに視線を向けた。
小さく息を吐いたこの国の王太子は、その視線をまっすぐに受け止める。
「きみの気持ちは、了解した。――ベネディクト。アレクシア嬢。王家の一員として、きみたちには心から申し訳なく思っている。本当に、すまない」
テーブルに置かれた彼の指先に、ぐっと力が籠もった。
「陛下に対してまだ何も意見する力がない僕の謝罪に、価値などないことはわかっている。それでも、僕は……きみたちには、誠実でありたい」
悔しげにそう言うローレンスに、アレクシアは柔らかくほほえんだ。
「殿下。わたしは、きみが誠実な人間であることを知っているよ」
国王と同じゴールドアンバーの瞳が、彼女を映す。
「言っただろう。わたしは、きみを信じると。きみは、きみが正しいと信じたことをすればいい」
「アレクシア嬢……」
少し掠れた声で呼ぶローレンスに頷き、アレクシアはベネディクトに声をかけた。
「たしかにこの国の国王は非常にいけすかない御仁だが、殿下は見てのとおりとても素直な少年だ。もちろん、これはあくまでもわたし個人の評価だから、今後きみが彼とどう付き合っていくかは、きみ自身で判断するといい」
「……そう、ですね」
一度目を伏せたベネディクトが、そっと息を吐いてから顔を上げる。
「申し訳ありません、殿下。ご存じのとおり、ぼくは大変世間知らずな子どもなので、王家への忠誠と言われても、正直よく理解できないんです」
「そ、そうか」
貴族階級の少年にあるまじき言葉に、ローレンスは虚を突かれたようだった。
アレクシアも少々驚いたが、ベネディクトの言い分はもっともだ。
何しろ彼は、まっとうな貴族教育どころか、こうして普通に他人と会話をしているのが不思議なほど、悲惨な幼年期を過ごしているのである。
貴族の子どもたちが生まれた瞬間から教え込まれる『王家への忠誠心』など、ベネディクトにとっては絵空事でしかないのかもしれない。
「ただ、貴族が王家に忠誠を誓い、それに報いる形で王家が貴族たちを、ひいてはそれぞれの領地で暮らす民を庇護している、という仕組みになっているのは存じています」
そう言い、ベネディクトはローレンスに問う。
「現状、ぼくはスウィングラー辺境伯家の後継者と見なされているわけですが……。殿下。ぼくからも、聞かせていただきたい。あなたは、ご自分に――王家に忠誠を誓っていない相手でも、臣下としてお認めになるのですか?」
「……臣下、か」
両手の指を軽く組み、ローレンスが苦笑を浮かべる。
「きみの言うとおり、この国の社会システムは、王家という強大な力を持つリーダーに対し、貴族たちが絶対的に服従することで秩序を保っている。人間が社会という群れを作って生きる存在である以上、統制するリーダーが揺るぎなく立ち続けることは、群れの存続にとって必須条件だ」
だからこそ、と彼は静かに続けた。
「リーダーである王家に牙を剝く者は、群れの秩序を乱す者として排除される。ならば、群れの上位存在である辺境伯家が王家に忠誠を誓っていないなど、断じて許されることではない。……この国の王太子である僕は、そう答えるべきなのだろうね」
「殿下……?」
戸惑ったようにベネディクトが呼びかけた。
いずれこの国を王として統べる少年は、ひどく複雑な表情を浮かべて応じる。
「陛下ならば、迷わずそう言うだろうと思うんだ。あの方は、強いから。僕は今まで、あの方の揺るぎない背中しか見たことがない。けれど、僕は――あの方のすべてを肯定することなんて、もうできない」
迷いと、葛藤。
人の上に立つ者が、決して他者に見せてはいけない顔を晒したローレンスを見て、少しの間ベネディクトは沈黙していた。
やがて、何か閃いた顔をして、ぽん、と両手を打ち合わせる。
「なるほど。殿下は現在、遅れてきた反抗期中なのですね」
「………………ええぇー」
身も蓋もないベネディクトの言いように、ローレンスがものすごく情けない顔をして頭を抱える。さすがにちょっと、気の毒になってきた。
それでも、このところずいぶん打たれ強くなったらしい彼は、さほど時間をかけず顔を上げる。
アレクシアは感動した。
(立派になったなあ、殿下)
胸の内で「がんばれ、がんばれ」と応援していると、ベネディクトが少し戸惑った様子で彼女を振り返る。
「ぼくは何か、おかしなことを言ったでしょうか?」
「いいや。ただ、殿下は青春真っ盛りの十七歳だ。その年で『反抗期』と言われるのは、少々気恥ずかしかったのではないかな」
そう応じたアレクシアに、ローレンスがぎゃあと喚いた。
「アレクシア嬢! 傷口に塩を塗り込むのはやめてくれないかな!?」
「む? わたしとしては、フォローをしたつもりだったのだが……」
ローレンスが、すん、と真顔になる。
「覚えておくといい、アレクシア嬢。お年頃の少年というのは、本当のことをズバンと指摘されるとものすごくいたたまれない気持ちになるし、ときには心が折れることさえあるんだ。きみの大事な従者や保護監督中の少年だって、僕と同じ年頃なのだから、少し発言に気をつけたほうがいいと思うよ」
アレクシアは、無言で自分の従者たちを振り返った。
セフィードはぼーっと立っているだけだが、ウィルフレッドがさりげなく目をそらしたところからして、ローレンスの言葉に思い当たる節があるようだ。
ひとつ頷き、アレクシアはローレンスに視線を戻す。
「なるほど。忠告、感謝する」
「うん。――それから、ベネディクト。きみは、間違いなくアレクシア嬢の弟だ。自信を持ってそう名乗るといいよ」
真顔で言って、ローレンスはベネディクトと向き直った。
「きみの質問にまだ答えていなかったね。……僕は、今のきみが王家に対する忠誠心を持っていないのは、当然だと思う。そして、今後きみが正式にスウィングラー辺境伯家を継いだとき、その忠誠を得るために努力するのは、いずれこの国の王となる僕の義務だ」
ゴールドアンバーの瞳が、まっすぐにベネディクトを見つめる。
「僕は、きみが僕の臣下として生きてくれるというなら、喜んで受け入れる。今後の僕らの関係において大切なのは、きみが僕を主として認めるか否かだ」
驚いたようにまばたきをするベネディクトに、ローレンスは静かな声で告げた。
「選ぶのはきみだ。どんなふうに生きるのか、誰を主として選ぶのか。もちろん、今すぐでなくていい。ただ、その決断のときに、ほかの誰かの意思に流されるのだけはやめてほしいんだ。必ず、きみ自身の頭と心で決めてくれ」
その言葉を受け止めたベネディクトが、沈思するように目を伏せた。
アレクシアはそんなふたりの様子を見守りながら、しみじみと不思議に思う。
(ベネディクトといい、殿下といい、ろくでなしの父親を持つとは信じがたいほど、素直で誠実な少年たちだな。……もしかしたら、似た者同士で気が合うのではないだろうか)
主君だの臣下だのと難しいことを語っているけれど、ふたりともまだ十代の少年なのだ。
もう少し肩の力を抜けばいいものを、と考えていると、ベネディクトが意を決したように口を開く。
「やはり、今のぼくでは――世の中を何も知らないままのぼくでは、誰かに忠誠を誓うことの意味を理解できません。お言葉に甘えて、この件については保留させていただきたいと思います」
彼なりに熟考したに違いない答えに、ローレンスはほっとしたようだ。
「ああ。待っているよ」
「ありがとうございます」
張り詰めた空気が緩んだのを見て、アレクシアはローレンスに声をかける。
「殿下。きみの決意に感謝する。きみがベネディクトに誠実であろうとしてくれていること、心から嬉しく思うよ。――ありがとう」
「……こちらこそ、だよ。アレクシア嬢。きみが僕の味方でいてくれて、本当に心強く思っている」
ローレンスはそう返すと、改めてベネディクトと向き直った。
「ベネディクト。これは、僕の臣下となるかどうかとは、まったく別の問題として教えてほしいんだが――きみは、姉のダイアナ嬢のことをどう思っているのかな?」
その問いかけに、ベネディクトが完全に表情を消した。
「理解不能です」
「……うん?」
首を傾げたローレンスに、ベネディクトは淡々と続ける。
「行動にも発言にもまるで一貫性がなく、時折姉は本当に自分と同じ言語を喋っているのだろうか、と疑問を覚えます。自分の無責任な発言だろうと他人の諫言だろうと、都合の悪いものはすべてなかったことにする。ぼくを殴りながら嘲笑い、罵倒したその口で、人前ではぼくの外見や学園での成績を、まるで自分のことのように自慢するんです。本当に、意味がわからない」
そこまで一気に語ったベネディクトが、くっと眉間に皺を寄せた。
「何より、エイドリアンさまと母が婚約してからというもの、自分がすでにスウィングラー辺境伯家の令嬢となったかのように振る舞っているのが、身内として恥ずかしくてたまりません」
「そ……そうか」
ローレンスが顔を引きつらせているが、おそらくアレクシアも似たようなことになっているだろう。
ベネディクトは決して、声を荒らげているわけではない。
ただひたすら抑揚のない口調で、他人事のように自らの心情を語っているだけだ。
無表情のまま、ここまで嫌悪感を露わにするというのは、なかなかできることではないのではなかろうか。
密かに感心していると、ローレンスがものすごく苦悩する様子を見せた。
「ベネディクト。きみの姉をこのように言うのは大変申し訳ないんだが……。ダイアナ嬢は、この国の貴族社会で生きていくには、思慮が足りなすぎる。彼女の奔放な振る舞いのせいで、未成年同士とはいえ貴族の婚約が五組、破談の危機に瀕しているんだ」
(……五組、だと?)
アレクシアは、驚いた。
ここは、ダイアナの引っかけた相手がすべて未成年であったことに安堵すべきなのか。
それとも、五組とはまたずいぶん手広いことだ、と感心すべきなのか。
貴族同士の婚約は、国王の裁可により成立するものだ。
たとえ未成年同士の婚約であったとしても、そう簡単に破談にできるものではない。
思わず挙手し、ローレンスに問う。
「なあ、殿下。それはつまり、五名の貴族令息が、婚約者がいるにもかかわらずダイアナ嬢に懸想したあげく、婚約破棄などという愚行に走ろうとしている――ということだろうか?」
「ああ。そのとおりだよ、アレクシア嬢」
心底いやそうな顔をしたローレンスから、死んだ魚のような目になっているベネディクトに視線を移す。
首を傾げたアレクシアは、ぽろりと言った。
「そんなバカ者どもは、いっそまとめて勘当してしまえばいいのではないか?」
未成年だという点を差し引いても、王太子が頭を悩ませるほどの騒ぎになっている時点で、その五名の無能さがわかるというものだ。
「色恋沙汰で血迷う青少年の気持ちは、さっぱりわからんが……。破談の危機に瀕しているということは、その少年たちの婚約者側が相当腹に据えかねているのだろう?」
軽く腕組みをして、彼女は続ける。
「せっかく婚約を成立させた相手の家を、そこまで怒らせている時点で婿失格だ。そのバカ者どもはとっとと放逐して、婚約者の地位を別の者にすげ替えるのが一番手っ取り早いと思うがね」
多少、血の濃い薄いはあるかもしれないが、貴族の家で政略結婚を組まれる立場の子どもに、予備がいないことなど考えられない。
後継者の確保は、どの家でも最優先に考えるべき命題なのだ。
実際、アレクシアがスウィングラー辺境伯家にいた頃は、彼女に何かあれば分家の子どもたちが後継者候補となるはずだった。
しかし、ローレンスは心底うんざりした様子で応じる。
「そう簡単にできれば苦労はないよ。一組、二組ならまだしも、五組ともなるとね……。それこそ、揃って王家への反逆の意思ありとみなされかねない。少年たちの生家も、それぞれの婚約者側も、火消しに必死だよ」
深々とため息をついて、彼は軽く眉間を揉んだ。
「ただ、件の少年たちの態度があまりにひどすぎてね。そのせいで、このまま婚約を継続しても相手であるご令嬢方があまりに不憫だ、という状況なんだ」
「……なるほど。関係者の中で呑気に構えているのは、色恋に血迷った連中だけだということか」
アレクシアは呆れつつも納得した。
ローレンスの口から『王家への反逆』という言葉が出たあたりで蒼白になっていたベネディクトが、掠れた声で口を開く。
「申し訳ありません、殿下。姉は、ぼくの体の弱さを知っているもので……」
少し迷う素振りを見せたあと、彼は悩ましげに目を伏せる。
「その、姉は親しくなった少年たちに、いずれぼくが早死にしたなら、自分の婿となった者が次代のスウィングラー辺境伯になるだろう、と言っているようなんです。そのせいで彼らが血迷ってしまったのだとしたら、本当にすまなく思います」
「……なんだと?」
「……なんだって?」
どうやらローレンスのほうでも、そこまでは調べはついていなかったらしい。
アレクシアと同時に低い声を発した彼の額に、盛大に青筋が浮いている。きっと、彼女の額にも同じものが浮いているだろう。
ふふふ、と声だけで笑ってアレクシアは目をすがめた。
「いかんなあ。これはいかん。まさかダイアナ嬢が、血を分けた弟の暗殺を唆すようなことをしているとは」
え、と驚くベネディクトを横目に、彼女はローレンスに真摯に詫びる。
「セフィード! 立ったまま寝ようとするな!」
……ウィルフレッドとセフィードがすっかり仲よくなったようで、何よりである。
気を取り直したローレンスがガーデンテーブルに誘ってきたので、アレクシアはベネディクトとともにそれに応じた。
エッカルト王国の紋章と、美麗な文字と絵が描かれているお茶の缶を手に取り、ローレンスに問う。
「エッカルト王国産だという紅茶は、これかね?」
「ああ、そうだよ……って、あー……。うん。そうか。そういえばきみは、紅茶を淹れるのだってお手の物なレディでもあったんだよね……」
慣れた手つきで保温効果のある魔導ポットを用意したアレクシアに、ローレンスが半笑いでそんなことを言ってきた。
「なんだ、殿下。物忘れがはじまるにはまだ早いぞ。……ああ、それともレディらしい振る舞いをするときには、話し方もそれに応じて変えたほうがよかったかね?」
「いや、結構だ」
ものすごく真顔かつ即答で拒否されてしまった。
だが、今後のことを考えれば、ベネディクトにも彼女の令嬢モードを確認させておいたほうがいいだろう。
アレクシアは一呼吸ののち、にっこりと優雅にほほえんだ。
「どうぞご安心くださいませ、王太子殿下。ご要望とあれば、いつでも『病弱で繊細な貴族令嬢』としてお話しさせていただきますわ」
「……うん。何度見ても、ひょっとして二重人格じゃないのかと疑いたくなるレベルの、ものすごく立派な猫かぶりだよねえ」
お褒めにあずかり、光栄である。
アレクシアは、令嬢モードのままベネディクトに視線を向けた。
「ねえ、ベネディクト。あなたの紅茶には、ミルクかレモンは添えたほうがよろしいかしら?」
「あ……はい。ええと、あの……ミルクを、お願いします」
しどろもどろに応じる彼は、アレクシアのモード変更についてこられていないようだ。
ほほえみを消さないまま彼女は言う。
「ほかの者の目があるところでお会いするときは、わたくしは基本的にこういった立ち居振る舞いになります。どうぞベネディクトも、今のうちに慣れておいてくださいね」
「そ……そうなんですね。わかりました」
何やらひどく腰が引けた様子の彼に、アレクシアは軽く眉根を寄せた。
「すまない、ベネディクト。ひょっとして、こういった貴族階級の女性らしい振る舞いは、きみにいやな記憶を思い出させるものだったかな?」
「え? ……あ、いえ! ただ単に、先ほどまでのご様子との違いに、ちょっとびっくりしただけです! どうぞ、お気遣いなく!」
勢い込んだベネディクトの答えに、ローレンスがうんうんと頷いている。
気持ちはわかる、とでも言いたげだ。
「そうか? だったら、いいのだが……」
「はい。こちらこそ、失礼いたしました」
申し訳なさそうに詫びる姿から、怯えは感じられない。
とはいえ、アレクシアの令嬢モードに慣れてもらうのは、そう急ぐ必要もないことだ。今の時点で、わざわざベネディクトに混乱を与えてストレスを増やさずともいいだろう。
アレクシアは優雅な手つきでポットを持つと、ちょうどよく色と香りの出た紅茶を白磁のカップに注ぎ、少年たちの前に置いた。
「まあ、いい。今日のところは、普段の口調で通させてもらおう。――それで? 殿下。ここから先については、わたしのほうからベネディクトに伝えていいのかね?」
「いや。僕から話させてもらうよ」
紅茶を一口飲んで姿勢を正したローレンスが、真剣な眼差しでベネディクトを見た。
「まず、これだけは伝えておく。きみの姉君……アレクシア嬢は、ランヒルド王家に忠誠を誓っていない。そのことは、国王陛下もご存じだ」
「……はい?」
ベネディクトが一瞬、何を言われたのかわからない、という顔をした。
そんな彼に、あくまでも真顔でローレンスが告げる。
「かつて彼女が捧げてくれていた忠誠を、僕ら王家は土足で踏みにじった。今の僕らが彼女と交わせるのは、互いの信頼に基づく忠義と庇護の主従関係ではなく、利害の一致から成り立つ取引のみだ。そのうえで、きみに聞きたい」
一呼吸置いて、彼は問う。
「ベネディクト。きみは、アレクシア嬢を傷つけた王家を、許せるか?」
(……は?)
なんだその頓珍漢な質問は、と思ったけれど、ローレンスとベネディクトがやたらと真剣な面持ちなので、アレクシアは眉をひそめるだけで沈黙を守った。
ベネディクトが少しの間のあと、感情の透けない声で口を開く。
「殿下。アレクシアさんがこうして同じテーブルについているということは、彼女は少なくともあなた個人を忌避してはいないのでしょう」
ですが、とベネディクトが静かに続ける。
「ぼく自身が見聞きしてきた事実と、それを補完してくださったバルツァーご夫妻の言葉から判断して、この国の王家は――当代国王陛下は、一度は不要だと切り捨てたアレクシアさんを、再び都合のいい駒として使うつもりなのだと認識しています」
その言葉に、ローレンスは静かに頷いた。
「そうだね。きみの認識は正しい。否定するつもりはないよ」
「はい。アレクシアさんがぼくを弟と呼んでくださる限り、ぼくは彼女の弟として恥じることのない人間でありたい。ぼくは、国王陛下が正式にアレクシアさんへ謝罪されないのなら、彼女を傷つけた陛下を許すつもりはありません」
淡々と言葉を紡いだベネディクトが、アレクシアを見て少し困ったような表情を浮かべる。
「出過ぎた真似を、と思われたなら、申し訳ないです。アレクシアさん」
「……いや。きみの気持ちは嬉しく思う、ベネディクト。だが、あの古狸国王がわたしに詫びる可能性は、間違いなくゼロだぞ」
国王というのは、そう軽々しく頭を下げていい立場ではない。相手が未成年の少女であれば、なおさらだ。
首を捻った彼女の言葉に、ベネディクトが再びローレンスに視線を向けた。
小さく息を吐いたこの国の王太子は、その視線をまっすぐに受け止める。
「きみの気持ちは、了解した。――ベネディクト。アレクシア嬢。王家の一員として、きみたちには心から申し訳なく思っている。本当に、すまない」
テーブルに置かれた彼の指先に、ぐっと力が籠もった。
「陛下に対してまだ何も意見する力がない僕の謝罪に、価値などないことはわかっている。それでも、僕は……きみたちには、誠実でありたい」
悔しげにそう言うローレンスに、アレクシアは柔らかくほほえんだ。
「殿下。わたしは、きみが誠実な人間であることを知っているよ」
国王と同じゴールドアンバーの瞳が、彼女を映す。
「言っただろう。わたしは、きみを信じると。きみは、きみが正しいと信じたことをすればいい」
「アレクシア嬢……」
少し掠れた声で呼ぶローレンスに頷き、アレクシアはベネディクトに声をかけた。
「たしかにこの国の国王は非常にいけすかない御仁だが、殿下は見てのとおりとても素直な少年だ。もちろん、これはあくまでもわたし個人の評価だから、今後きみが彼とどう付き合っていくかは、きみ自身で判断するといい」
「……そう、ですね」
一度目を伏せたベネディクトが、そっと息を吐いてから顔を上げる。
「申し訳ありません、殿下。ご存じのとおり、ぼくは大変世間知らずな子どもなので、王家への忠誠と言われても、正直よく理解できないんです」
「そ、そうか」
貴族階級の少年にあるまじき言葉に、ローレンスは虚を突かれたようだった。
アレクシアも少々驚いたが、ベネディクトの言い分はもっともだ。
何しろ彼は、まっとうな貴族教育どころか、こうして普通に他人と会話をしているのが不思議なほど、悲惨な幼年期を過ごしているのである。
貴族の子どもたちが生まれた瞬間から教え込まれる『王家への忠誠心』など、ベネディクトにとっては絵空事でしかないのかもしれない。
「ただ、貴族が王家に忠誠を誓い、それに報いる形で王家が貴族たちを、ひいてはそれぞれの領地で暮らす民を庇護している、という仕組みになっているのは存じています」
そう言い、ベネディクトはローレンスに問う。
「現状、ぼくはスウィングラー辺境伯家の後継者と見なされているわけですが……。殿下。ぼくからも、聞かせていただきたい。あなたは、ご自分に――王家に忠誠を誓っていない相手でも、臣下としてお認めになるのですか?」
「……臣下、か」
両手の指を軽く組み、ローレンスが苦笑を浮かべる。
「きみの言うとおり、この国の社会システムは、王家という強大な力を持つリーダーに対し、貴族たちが絶対的に服従することで秩序を保っている。人間が社会という群れを作って生きる存在である以上、統制するリーダーが揺るぎなく立ち続けることは、群れの存続にとって必須条件だ」
だからこそ、と彼は静かに続けた。
「リーダーである王家に牙を剝く者は、群れの秩序を乱す者として排除される。ならば、群れの上位存在である辺境伯家が王家に忠誠を誓っていないなど、断じて許されることではない。……この国の王太子である僕は、そう答えるべきなのだろうね」
「殿下……?」
戸惑ったようにベネディクトが呼びかけた。
いずれこの国を王として統べる少年は、ひどく複雑な表情を浮かべて応じる。
「陛下ならば、迷わずそう言うだろうと思うんだ。あの方は、強いから。僕は今まで、あの方の揺るぎない背中しか見たことがない。けれど、僕は――あの方のすべてを肯定することなんて、もうできない」
迷いと、葛藤。
人の上に立つ者が、決して他者に見せてはいけない顔を晒したローレンスを見て、少しの間ベネディクトは沈黙していた。
やがて、何か閃いた顔をして、ぽん、と両手を打ち合わせる。
「なるほど。殿下は現在、遅れてきた反抗期中なのですね」
「………………ええぇー」
身も蓋もないベネディクトの言いように、ローレンスがものすごく情けない顔をして頭を抱える。さすがにちょっと、気の毒になってきた。
それでも、このところずいぶん打たれ強くなったらしい彼は、さほど時間をかけず顔を上げる。
アレクシアは感動した。
(立派になったなあ、殿下)
胸の内で「がんばれ、がんばれ」と応援していると、ベネディクトが少し戸惑った様子で彼女を振り返る。
「ぼくは何か、おかしなことを言ったでしょうか?」
「いいや。ただ、殿下は青春真っ盛りの十七歳だ。その年で『反抗期』と言われるのは、少々気恥ずかしかったのではないかな」
そう応じたアレクシアに、ローレンスがぎゃあと喚いた。
「アレクシア嬢! 傷口に塩を塗り込むのはやめてくれないかな!?」
「む? わたしとしては、フォローをしたつもりだったのだが……」
ローレンスが、すん、と真顔になる。
「覚えておくといい、アレクシア嬢。お年頃の少年というのは、本当のことをズバンと指摘されるとものすごくいたたまれない気持ちになるし、ときには心が折れることさえあるんだ。きみの大事な従者や保護監督中の少年だって、僕と同じ年頃なのだから、少し発言に気をつけたほうがいいと思うよ」
アレクシアは、無言で自分の従者たちを振り返った。
セフィードはぼーっと立っているだけだが、ウィルフレッドがさりげなく目をそらしたところからして、ローレンスの言葉に思い当たる節があるようだ。
ひとつ頷き、アレクシアはローレンスに視線を戻す。
「なるほど。忠告、感謝する」
「うん。――それから、ベネディクト。きみは、間違いなくアレクシア嬢の弟だ。自信を持ってそう名乗るといいよ」
真顔で言って、ローレンスはベネディクトと向き直った。
「きみの質問にまだ答えていなかったね。……僕は、今のきみが王家に対する忠誠心を持っていないのは、当然だと思う。そして、今後きみが正式にスウィングラー辺境伯家を継いだとき、その忠誠を得るために努力するのは、いずれこの国の王となる僕の義務だ」
ゴールドアンバーの瞳が、まっすぐにベネディクトを見つめる。
「僕は、きみが僕の臣下として生きてくれるというなら、喜んで受け入れる。今後の僕らの関係において大切なのは、きみが僕を主として認めるか否かだ」
驚いたようにまばたきをするベネディクトに、ローレンスは静かな声で告げた。
「選ぶのはきみだ。どんなふうに生きるのか、誰を主として選ぶのか。もちろん、今すぐでなくていい。ただ、その決断のときに、ほかの誰かの意思に流されるのだけはやめてほしいんだ。必ず、きみ自身の頭と心で決めてくれ」
その言葉を受け止めたベネディクトが、沈思するように目を伏せた。
アレクシアはそんなふたりの様子を見守りながら、しみじみと不思議に思う。
(ベネディクトといい、殿下といい、ろくでなしの父親を持つとは信じがたいほど、素直で誠実な少年たちだな。……もしかしたら、似た者同士で気が合うのではないだろうか)
主君だの臣下だのと難しいことを語っているけれど、ふたりともまだ十代の少年なのだ。
もう少し肩の力を抜けばいいものを、と考えていると、ベネディクトが意を決したように口を開く。
「やはり、今のぼくでは――世の中を何も知らないままのぼくでは、誰かに忠誠を誓うことの意味を理解できません。お言葉に甘えて、この件については保留させていただきたいと思います」
彼なりに熟考したに違いない答えに、ローレンスはほっとしたようだ。
「ああ。待っているよ」
「ありがとうございます」
張り詰めた空気が緩んだのを見て、アレクシアはローレンスに声をかける。
「殿下。きみの決意に感謝する。きみがベネディクトに誠実であろうとしてくれていること、心から嬉しく思うよ。――ありがとう」
「……こちらこそ、だよ。アレクシア嬢。きみが僕の味方でいてくれて、本当に心強く思っている」
ローレンスはそう返すと、改めてベネディクトと向き直った。
「ベネディクト。これは、僕の臣下となるかどうかとは、まったく別の問題として教えてほしいんだが――きみは、姉のダイアナ嬢のことをどう思っているのかな?」
その問いかけに、ベネディクトが完全に表情を消した。
「理解不能です」
「……うん?」
首を傾げたローレンスに、ベネディクトは淡々と続ける。
「行動にも発言にもまるで一貫性がなく、時折姉は本当に自分と同じ言語を喋っているのだろうか、と疑問を覚えます。自分の無責任な発言だろうと他人の諫言だろうと、都合の悪いものはすべてなかったことにする。ぼくを殴りながら嘲笑い、罵倒したその口で、人前ではぼくの外見や学園での成績を、まるで自分のことのように自慢するんです。本当に、意味がわからない」
そこまで一気に語ったベネディクトが、くっと眉間に皺を寄せた。
「何より、エイドリアンさまと母が婚約してからというもの、自分がすでにスウィングラー辺境伯家の令嬢となったかのように振る舞っているのが、身内として恥ずかしくてたまりません」
「そ……そうか」
ローレンスが顔を引きつらせているが、おそらくアレクシアも似たようなことになっているだろう。
ベネディクトは決して、声を荒らげているわけではない。
ただひたすら抑揚のない口調で、他人事のように自らの心情を語っているだけだ。
無表情のまま、ここまで嫌悪感を露わにするというのは、なかなかできることではないのではなかろうか。
密かに感心していると、ローレンスがものすごく苦悩する様子を見せた。
「ベネディクト。きみの姉をこのように言うのは大変申し訳ないんだが……。ダイアナ嬢は、この国の貴族社会で生きていくには、思慮が足りなすぎる。彼女の奔放な振る舞いのせいで、未成年同士とはいえ貴族の婚約が五組、破談の危機に瀕しているんだ」
(……五組、だと?)
アレクシアは、驚いた。
ここは、ダイアナの引っかけた相手がすべて未成年であったことに安堵すべきなのか。
それとも、五組とはまたずいぶん手広いことだ、と感心すべきなのか。
貴族同士の婚約は、国王の裁可により成立するものだ。
たとえ未成年同士の婚約であったとしても、そう簡単に破談にできるものではない。
思わず挙手し、ローレンスに問う。
「なあ、殿下。それはつまり、五名の貴族令息が、婚約者がいるにもかかわらずダイアナ嬢に懸想したあげく、婚約破棄などという愚行に走ろうとしている――ということだろうか?」
「ああ。そのとおりだよ、アレクシア嬢」
心底いやそうな顔をしたローレンスから、死んだ魚のような目になっているベネディクトに視線を移す。
首を傾げたアレクシアは、ぽろりと言った。
「そんなバカ者どもは、いっそまとめて勘当してしまえばいいのではないか?」
未成年だという点を差し引いても、王太子が頭を悩ませるほどの騒ぎになっている時点で、その五名の無能さがわかるというものだ。
「色恋沙汰で血迷う青少年の気持ちは、さっぱりわからんが……。破談の危機に瀕しているということは、その少年たちの婚約者側が相当腹に据えかねているのだろう?」
軽く腕組みをして、彼女は続ける。
「せっかく婚約を成立させた相手の家を、そこまで怒らせている時点で婿失格だ。そのバカ者どもはとっとと放逐して、婚約者の地位を別の者にすげ替えるのが一番手っ取り早いと思うがね」
多少、血の濃い薄いはあるかもしれないが、貴族の家で政略結婚を組まれる立場の子どもに、予備がいないことなど考えられない。
後継者の確保は、どの家でも最優先に考えるべき命題なのだ。
実際、アレクシアがスウィングラー辺境伯家にいた頃は、彼女に何かあれば分家の子どもたちが後継者候補となるはずだった。
しかし、ローレンスは心底うんざりした様子で応じる。
「そう簡単にできれば苦労はないよ。一組、二組ならまだしも、五組ともなるとね……。それこそ、揃って王家への反逆の意思ありとみなされかねない。少年たちの生家も、それぞれの婚約者側も、火消しに必死だよ」
深々とため息をついて、彼は軽く眉間を揉んだ。
「ただ、件の少年たちの態度があまりにひどすぎてね。そのせいで、このまま婚約を継続しても相手であるご令嬢方があまりに不憫だ、という状況なんだ」
「……なるほど。関係者の中で呑気に構えているのは、色恋に血迷った連中だけだということか」
アレクシアは呆れつつも納得した。
ローレンスの口から『王家への反逆』という言葉が出たあたりで蒼白になっていたベネディクトが、掠れた声で口を開く。
「申し訳ありません、殿下。姉は、ぼくの体の弱さを知っているもので……」
少し迷う素振りを見せたあと、彼は悩ましげに目を伏せる。
「その、姉は親しくなった少年たちに、いずれぼくが早死にしたなら、自分の婿となった者が次代のスウィングラー辺境伯になるだろう、と言っているようなんです。そのせいで彼らが血迷ってしまったのだとしたら、本当にすまなく思います」
「……なんだと?」
「……なんだって?」
どうやらローレンスのほうでも、そこまでは調べはついていなかったらしい。
アレクシアと同時に低い声を発した彼の額に、盛大に青筋が浮いている。きっと、彼女の額にも同じものが浮いているだろう。
ふふふ、と声だけで笑ってアレクシアは目をすがめた。
「いかんなあ。これはいかん。まさかダイアナ嬢が、血を分けた弟の暗殺を唆すようなことをしているとは」
え、と驚くベネディクトを横目に、彼女はローレンスに真摯に詫びる。
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