19 / 50
第二章 寝言の強制力と魔法使い
Sideシリウス~あの日の時分~
しおりを挟む結局殿下はカルバン公爵家で夕食まで食べてから、夕食の皿を片付け終えた広間で今ものんびりと食後のティータイムを楽しんでいる。
突然食事を一人分追加することになって、レゼロには苦労をかけてしまったな。
今度美味しい酒でも買ってやろう。
弾丸帰省で疲れたであろうセレンを先に休ませ、二人だけになった部屋で、紅茶をすすりながら殿下が横目で私を見た。
「にしても、よかったじゃないか。念願のセレンシアと結婚出来て。……通じ合ってるかは知らんが」
「通じ合ってないから困ってるんですよ……」
父母だけではない。
セレンの兄や殿下までもが私のセレンへの思いに気づいているというのに、肝心な本人が全く気付いていない現実に、思わず頭を抱える。
「まぁ、こじらせたお前の態度は、彼女に誤解を与えていてもおかしくはないがな」
「うっ……」
「他のご令嬢には基本は紳士に優しく笑顔で接するくせに、セレンシアにだけはいつもクールな無表情で言葉も少なかったからなー」
「ぐっ……」
「セレンシアが他のご令嬢から侮られているのはお前のせいでもあるんだぞ?」
「うぐぐっ……」
悔しいがその通りだ。
私には何も言えない。
あの日、図書館で、セレンが今までも嫌がらせを受けていたと知って、責任も感じていた。
私がセレンから距離を取らなければ。
セレンとその他の令嬢への接し方の差を作らなければ。
彼女を傷つけることはなかっただろう。
私は大事なものを諦めて遠ざけることで、その大事なものを傷つけているということを、ずっと気づけずにいたんだ。
「まぁ、でも今のお前はようやくセレンシアへの本来の気持ちを出し切っているみたいだし、これからに期待、だな。いやー、まさか自分の膝の上に女性を乗せて料理を食べさせるお前の姿が見られるとはなー。あのセレンシアの羞恥心に満ちた顔!!」
「記憶から消し去ってください」
私のセレンの可愛い顔を見られたことだけは不服だが、それでも家でゆっくりとセレンを堪能したいという欲の方が勝ってしまった。
本来ならば今すぐにでもセレンのところに行って夫婦(仮)の時間を過ごしたいというのに……。
「ははは!! それはそうと……シリウス。本当に今度こそセレンシアを大切にするんだろうな?」
さっきまでの飄々とした表情から一転、殿下の鋭い眼光が私に向けられる。
あぁ、やっぱり。
殿下もセレンを──。
なんとなく気づいていた殿下の思い。
学生時代、セレンの寝言で殿下が被害に遭った時も、殿下は驚きながらも自腹でセレンのためにケーキを買ってきた。笑顔で。
【寝言の強制実行】は仕方がないが、満更でもないように優しい笑顔をセレンに向けてケーキを渡す殿下を見た時、胸がざわついたのを覚えている。
だけど──。
「大切にしますよ。誰よりも長くセレンの傍にいて、セレンを思ってきたのは私ですから。今までも、これからもそうです」
これだけは譲るわけにはいかない。
一度は諦めていたセレンとの結婚。
不可抗力とはいえ結婚することができた今、このチャンスは必ず活かしてみせる。
もう決して、セレンへの思いに嘘はつかない。
「……そうか。うん、それならいい」
「……殿下、本題は?」
「気づいていたか」
気づくに決まっている。
私が留守だというのは騎士団長から私の有給について報告を受けているであろう殿下はわかっていたはず。
なのにわざわざ自ら足を運んで私の帰りを待っていたのだ。
何か居ても立っても居られなくなって、自ら足を運んだと考えるのが妥当だろう。
「はぁ……さすがだね、シリウスは。セレンシアのこと以外なら有能なんだから」
「ほっとけ」
思わず昔と変わらぬ口調に戻ってしまった。
立太子してからは極力臣下として口調を正してきたが……まぁ、今のは私のせいではない。
「と、まぁ、そうだな……。そのセレンシアのことで、ちょっと、ね」
「セレンの?」
「……古い書物にね、眠りの魔法について書かれているものがあってさ。その魔法は、眠っている間に言った言葉が現実になるけれど、次第に身体がその状態を欲する中毒状態になって、眠りにつく時間がだんだん長くなって、最終的には──眠りから、醒めなくなる」
「!?」
眠りから……醒めなくなる?
まさかその魔法がセレンの【寝言の強制実行】だとしたら……。
セレンが……眠りについたままに──?
「まだそれがセレンシアの【寝言の強制実行】のことかはわからないが、早急に魔法使いを見つけた方がよさそうだな」
「そう……ですね」
「私も自分の持てる最大限の力でサポートする。気負いすぎるなよ」
「はい」
そうだ。まだ仮定だ。
考えすぎるな。焦るな。
とにかく、情報を的確に整理して、魔法使いを探し出す。
それだけを考えよう。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ。馬車を待たせているしね」
「待たせているにもかかわらずのんびり食後のお茶まで召し上がるとは相変わらず図太いですねフィル」
「はっはっは!! よく言われる!!」
掴みどころがないしはた迷惑な方だが、王族で一番頭が切れるのもこのフィル・テスタ・ローザニア殿下だ。
だが……周りの人間には同情する。
それでも憎めないのは、殿下のその愛される性格のせいなのだろう。
「ではな、シリウス。新婚旅行ではちゃんとセレンシアにも伝わるよう気持ちを伝えろよ!!」
「ほっとけ!!」
そうして殿下は愉快に高笑いをしながら、カルバン公爵家を後にした。
「……なんだろう。どっと疲れた。……風呂にでも行くか」
***
湯に浸かって夜着に着替え寝室に向かう。
もうこんな時間になってしまった。
セレンの寝顔でも堪能してから、私も寝るか。
そう緩みそうになる頬を引き締めてから、寝室の扉を開けると──。
「あ、シリウス、お帰りなさい」
「!? セレン? 起きていたのか?」
夫婦のベッドの上に座って本を読む、愛らしい私のお姫様。
今すぐにでも抱きしめてベッドに押し倒してしまいたい……!!
そんな欲望をぐっと堪えながら、私は何も動揺を見せることなく彼女の隣に腰を下ろした。
「えぇ。シリウスだって朝から私に付き合ってピエラ伯爵領に行ってくれて疲れているんだし、私一人で先に寝るのはなんだか悪い気がして」
女神か。
何で彼女はこうも優しいんだろう。
私は、彼女から勝手に距離を取ったというのに……。
「シリウス、今日はありがとう。付き合ってくれて」
「ううん。またセレンと一緒にピエラ伯爵領に行けてよかったよ」
昔はよく遊びに行っていたけれど、成長して、気持ちを自覚してからはめっきり行かなくなってしまったピエラ伯爵領。
今回彼女と、仮とはいえ夫婦としてあいさつに行くことができたのは一つの大きな通過点だったように思える。
「明日からの新婚旅行も楽しみだね」
話が決まってからすぐに殿下が指示して宿の手配をしてくれたようだし、せっかくだ。楽しもう。
何よりセレンが楽しみにしているんだから。
「えぇ。シレシアの泉に行けるなんて夢みたいだわ!!」
ああ、そんなに目をキラキラさせて……。
セレンがまぶしい。
私は必死で平静を装うと、セレンにやさしく微笑み、彼女の綺麗なピンクゴールドの髪をひと撫でした。
「そうだね。私も楽しみだ。素敵な旅行にしようね」
セレンに私の思いをしっかりとわかってもらえるよう、今まで以上に私の思いを全開にしていかねば。
鈍いのは生まれつきだが、彼女の自己肯定感が低いのは私のせいでもある。
そんな彼女にも伝わるように、私の持つ全ての愛をセレンにぶつけよう。
私の決意を知る由もないセレンが、膝の上に置いていた本をベッドサイドのチェストの上に置いて私を見上げる。
「シリウス」
「ん?」
「今日、守ってくれてありがとう。とってもカッコいい騎士様だったわ」
「っ……」
「お、おやすみなさいっ」
照れた顔を隠すように布団にもぐりこんでしまった。
そして私がその言葉の破壊力に固まっているうちにも、小さな寝息が聞こえ始める。
「何……今の……」
顔がありえないくらいに熱を持ち始める。
私はそんな火照った顔を冷やすように右手の甲を押し当てた。
「はぁー……っ、反則」
あの日、ただセレンを連れて逃げることしかできなかった自分が。
あの日以来、ひたすら強くなろうと努力を重ねた自分が。
今の言葉一つで報われていく。
そんな気がした。
セレン。
必ず私が、君を守ってみせる。
どんなものからも──。
25
あなたにおすすめの小説
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音|はたあかね
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【短編版】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化進行中。
連載版もあります。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
義務的に続けられるお茶会。義務的に届く手紙や花束、ルートヴィッヒの色のドレスやアクセサリー。
でも、実は彼女はルートヴィッヒの番で。
彼女はルートヴィッヒの気持ちに気づくのか?ジレジレの二人のお茶会
三話完結
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から
『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる