岩造と石吉

こせ きっか

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岩造と石吉

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   岩や石には時間を感じる装置がありませんので、どれほどむかしのことかわかりませんが、人の世から測ると、気が遠くなるほど長い時間であることは確かなことです。わたし石吉と岩造とは、もと分別のない地下のマグマ溜りで、グツグツと煮えたぎっていた溶岩でした。己れの身が溶岩ですから、熱くていられないことはありません。
     いったいどれくらいのあいだグツグツしていたかは知る由もありませんが、あるとき、どうしたわけか、ドッカーンという大爆発とともに地上に出てきたしだいです。人の世では、火山が噴火して溶岩が地表に流出し、それがしだいに冷えて固まり、山を形つくったなどいわれますが、わたしども溶岩は、なにも山を造ろうとて地表に跳出たわけではありません。
   それからまた、どれほど経ったのか分かりませんが、堆く積まれた、とてつもなく大きな溶岩の塊りの上に行ったザーザーと大雨が降り注ぎ、海からの、塩を含んだ風に曝されているうちに、空に漂っていた火山灰が積もりつもった山塊に、鳥が運んだか風が連れてきたのか、名もなき草や木々が生えてきて、その山塊が大きな山になっていきました。
   そのころになってようやく、岩造とわたしとは、大きな岩塊となって山塊に身のを堆めてじっとしながら、個体としてお互いを認めあう仲となったのです。

「おい、石吉よ。われ、このままずっと、ここにこうしておるつもりかよ。」
「そんなこと言ったってよ、岩造どん。おれたちは自分で動くこともかなわず、これにて、ここにおるより仕方なかろうて。」
「ふん、そう言ってしまえば、それまでのことだがな。なんか、こう体が強張ってしまっては、ここにおるより仕方なかろうが、おれは、なにやら、この這松に体じゅうを圧さえこまれたまま朽ちてしまうんは、なんとも癪なんだよ。」
「そうさね。オイラだって、頭から、でっけえ岩塊に圧さえこまれて、なんとも仕方ねえなあ。」
   そうなのです。二人とも、いや、二つとも、そんな会話を何百回も、いや、何万回も繰り返し繰り返ししながら、山腹に身を横たえていたのです。 
「だいたいにして、この頭の上の岩塊だって、あとから出てきたくせして、オイラの上にどっかと乗っかっちまって、ずいぶんと失礼きわまる奴だよ。一言の挨拶もなしにな。」
   そうなのです。石吉の上の、その大きな岩塊は深層岩といって、すでに地下で固まって、二人よりあとに火口から身を乗りだしてきた新参者なのです。一方、岩造といえば、根っこを張り巡らした這松の根に絡みとられ、岩造がうんともすんとも身動きできないほど力まかせに圧さえこんでいたのでした。
   岩造も石吉も、変成岩といって、溶岩が固まった個体に出世したものの、元を糺せば身内みたいなものだから、いつしか朋輩のような付き合いになっていたのですが、新参者の岩塊はなかなか仲間に入り込めずに、何千年もムスッとして石吉の上に胡座をかいで過ごしたのです。
    
   月日はいつのまにか一万年以上も過ぎゆき、地上に多くの動植物が顕われ、人間どもも狩猟や農作などして邑をつくって生活をはじめていました。気がつけば、空を飛び交う数多の鳥たち、川や海を泳ぎ回るさまざまな魚たち、草原を駆け回る数かずの動物たち、地上は生きとし生けるものの楽園となっていました。
   鳥たちが斉す、そんな楽しい地上の生活に、山上の岩造と石吉はしだいに憧れを抱くようになっていきました。
「おい石吉よ。おれたちもいつかは下界に下って、楽しい生活を送りたいものよのう。」
「ふん、岩造どん、どうかしてんじゃないのか。岩や石に楽しいも苦しいもないじゃろが。おれたちは、どろどろの溶岩から、こうして身体のある岩や石になったってことが、すでに幸せってことじゃないのか。」
「バカ言っちゃいけないよ。岩や石にだって楽しく暮らしていくケンリってもんがあるだろうによ。ヒトは、われ木石に非ずなんぞと、木や石には魂がないように言うが、そいつはまちがいだ。現にこうして、おれとおまえとは長いこと友情を育んできたじゃないか。」
「そいつはわるかった。岩造どんがそれが幸せだと言うのなら、もうオイラは何も言うまいよ。だけど、そんなに這松にがんじがらめになっていたんじゃ、自由の身になるんはいつのことやら・・・。」
「それなんだよな。ほんとに、こいつにはまいっちまうよ、きんころじゃ、おれの身の隅ずみまで取りついて、腹の中まで根を射し込んでくるんだからさ。おれの身体はキリキリ、いまにも裂けそうな悲鳴をあげてるって言うのによう。もっともおまえだって、図体かバカでかいだけの、無神経野郎に圧さえつけられてるもんなあ。互いに難儀なことよのう。」
   そんな嘆きを日々繰り返している岩と石吉でしたが、その間にも雨や雪、大きな地鳴りがなんべんもなんべんも繰り返し起こって、二人とも身体が一回りも二回りも小さくなたものの、何の行動も起こせず、じっと山腹に身を過ごしていました。
   このごろでは、木や草ばかりか、二人の周りにはかわいらしい花ばなが風にそよぎ、蜜をもとめて蝶や蜂が羽音を震わせ歌い廻っています。二人はようやくに山上の生活に親しみを覚え、もうこのままここに朽ちはてても本望か、などと面白いはじめていました。
   ところがどっこい。天変地異とは、推して測れるほどナマ易しいものではなかったのです。折しも数百年もの月日が経ったある日、地鳴りどころか、山全体がゆさゆさと揺れ動くような、とてつもない大地震が起きたのです。
「おい、岩造どん。こいつはなんじゃ。やたら大きな揺れようじゃないか。オイラの足の下からえらい力が圧しあげてくるぞ。」
「そうか。おれのほうは背中からもの凄い力で圧しつけてく、くるしい、もう、もう堪らん。下へ落ちそうだ。これで、これで、
おまえとも、おさらばだ。ああ、石吉、あああ・・・。」
   こう叫んだかと思うと、岩造は、ぐらり、ドドッ、ドドドド、と落下してしまったのでした。

   唯一の友の岩造を失って、しばらくは石吉も孤独の日々を嘆いていましたが、山鳴りが止んで数百年をさらに経たころ、凍てつくような山上にも温い風が吹いてくるようになりました。すると、どこからやってくるのでしょう。いままでに見たこともない鳥や蝶や花ばなが石吉のしんぺんに姿見をあらわすようになり、気のせいか空ゆく雲さえ自分に語りかけていくように思われました。
   石吉はよほど固くできているのか、あれから何千年も経ったというのに、生まれたときとたいして変わらない姿をしていました。上に乗っていた、癪にさわる岩塊が風に曝されたり、地震のたびに身割れしていったのにくらべ、奇跡とも言えるほどの頑健な体型であったのでしょう。
   もうどれほど月日が経ったものか、石吉が岩造のことをわすれかけていたほどの長年月が過ぎたころ、またまた大きな動地が起こりました。今度というこんどは、山全体どころか、地球という小さな星全体がブルブルと震えるほどの大きな変化が起きたのです。もしかして、他の星が地球星に打つかったのかも知れません。
   地球星の周りは、霧か雲かはたまた煙りかわからねものにすっぽりと覆われ、日の光りはまるで地表に届かず、あたり一面が長いこと帳りに鎖されたように真っ暗闇になってしまったのでした。
   何日も何日も雨がざんざんふりつづき、やがて雪に変わり、山は氷りに鎖されてしまったのでした。あれだけ生を謳歌していた草木、動物の生きとし生けるもののすべての命が断たれてしまったのです。石吉も後で知ったことですが、それでも人間は穴にこもるとか火をつかうとか工夫して、この艱難に耐えたのだそうです。
   石吉はもと、頂上からは大分下がった、山の中腹にいたのですが、あのときの大水で下方へ押し流され、いまは川の中へと投げ出されてしまったのでした。水は氷りのように冷たく、川床にはいないのような身の上の岩石がごろごろと転がっていました。
   凍りつくような水で身が引き締まったのか、そのころには、石吉は岩造のことを思い出していました。(岩造どんも、おそらくはこの川の水に流されて、オイラと同じ目に遇っているにちがいない。もういちど岩造に会いたいなあ。)などと、冷たい水の中で石吉はそればかりを念いながら、また数百年を過ごしたといいます。
   それから、何百回もの大水のたびに、石吉もほかの岩石もガラガラと下流へ向かって流されていきました。
   ゴツン、ゴリッ、「痛ぇ、いてて。」「おい、むやみにオレに打つからないでくれよな。」「そんなこと言ったって、そいつはムリというものだ。」「そうだ、そうだ。これは水のやつが当たしてるんだからな、オレたちにゃ、どうにもできないよ。」などと、岩石たちが喚きつつ、身の不運を嘆きながら、下へ下へと流れおちていくのでした。そうこうするうち、さしもの硬い岩石もだんだんに角が取れて、それぞれ丸いかたちに変わっていくのでした。

   ドッ、ドッ、ドッ、ザッブン、ザー、シュル、シュル、シュル・・・。
   波に洗われながら、石吉はひとりごちていました。
「ああ、あれからどれくらい経ったことか。こうして波に揉まれながら、オイラの体もだんだんに小さく削られていく。そうだなあ、川を下ってあちこち寄り道しながら、ようやく海にたどり着いたんが数千年まえ、うーん、海にきてからかれこれ一万年の余が経ったのか。こうしてみると、山におったころが懐かしいなあ。岩造どんとは毎日まいにち尽きない話をしたっけなあ。草花の会話、鳥たち蝶たちの会話も楽しかったなあ。雲や霧たちともよく話したっけなあ。雲たちはいろんな国の話をよくしては、動くことのできないオイラたちをたのしませてくれたっけ。・・・・・岩造どんはどうしているだろうか。」
   こうして、浜辺をごろごろと転がりながら、石吉にとって、途轍もない月日が流れていきました。いまでは、さしもの石吉もヒトの掌に乗るほどの大きさに削られてしまいました。
「ああ、オイラの体もずいぶんと小っちゃくなってしまったもんだ。こうしていつかは、無数にある、この砂の一粒になってしまうんだなあ。それまでに、一度でいいから岩造どんに会いたいなあ・・・・・。」
   それからさらに、どれほど経ったことだろう。往ったり来たりの波間に、数百億回も揺らめいてきただろうか、いまではヒトの指に抓まれるほどの大きさに乏びてしまいました。

   その日、今日まで石吉が経験したこともない巨大なタイフーンがやってきていました。
    海の水が溢れてしまうほどの大雨、山が飛ばされてしまうほどの大風、それが何日 も何日 も吹き荒れたのです。天つちに雷鳴が轟き、稲妻が走り回り、山が破れ、ゴロゴロと岩石が川床を轟ろかせ海へ下っていきました。その勢いに圧され、川の中途の大岩に倚りかかったまま太平の夢をみていた岩造は、一気に海まで押し出されてきたのでした。そのまま、ズ、ズ、ズズズーーンと砂にのめり込むように止まった、その鼻の先に、もう小粒ほどになりはてた石吉がおったのに、そんなことに気づくヒマもなく、岩造は、波に蹴圧されながら、ザ、ザ、ザザーーンと、来る日も来る日も波と戯れていたのです。
   石吉のほうはというと、自分の目の前で砂に塗れてごろごろと波に弄ばれている小岩が岩造であるなどに、およそ思い至らなかったのです。どっちもどっちといえばそれまでのこと、しかし、ほどなくそのことに気づいた神さまが、二人を引き合わせる手配りをいたしたのです。
   二人の岩石は、仲よく、ごろごろ、ごろごろと波と戯れていたのですが、なんの拍子か、ごつんとばかりに鉢合わせをしました。眠りから覚めた石吉が、はっとばかりに、打つかった相手を見て叫んだのです。
「なんだ、なんだ、なんだ。おまいは岩造どんじゃあ・・・・・。」岩造は岩造とて、あれからどれほど経つか見当もちかないが、そういえば聞き覚えのあるこえ、懐かしい響きに身が震えました。
「そう言う、おまえこそ、石吉か。なんだ、なんだ、なんだい、なんだい。どうしておまえが、こんなところに、おるんじゃ。・・・・・まるで、夢のようじゃ。」
   岩造はガラガラと答えました。

   こうして、ゆくりなくも二つの岩石は、悠久のときを経て再会を果たしたのでした。
    話しても話しても、話は尽きず、二つの石は、何年もガラガラ、ゴロゴロ、ザザーンとしているうちに、あるとき岩造はそこにいたはずの石吉の姿が見えなくなっていることに気づいたのです。
「おうい、おーーい、石吉よ。どこにおるんじゃ、返事しておくれ。おうい、おーーい、
石吉、石吉ーーっ・・・。
   岩造は必死に石吉の名を呼びつづけましたが、もう石吉の姿はどこにも見えず、声とてありませんでした。
   石吉はついに砂粒と化して、累多の素直に混じって、どれが石吉やら見分けがつかないのでした。それでも岩造は石吉を求めて、ゴロゴロ、ゴロゴロと石吉の名を呼びつづけました。
   そうなのです。岩造にとってみれば、石吉こそ生涯ただひとりの友だったのですから。

   あれからいったいどれほどの年月が経ったことでしょう。岩造はついに石吉を捜がすことを諦め、山の川床にいたころとおなじ、孤独な身上を託っておりました。
   そうこうするうち、だんだんに身も細り、岩造の体はヒトの掌にのるほどに。終には一粒の砂と化してしまいました。
   いまでは、あのときの石吉同様、多くの砂粒とともに、ザ、ザ、ザザーンと、寄せては返す波に揺られながら、とろとろと石吉の夢を見ているのでした。
                           (おしまい)
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