貝鈕(ぼたん)

こせ きっか

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貝鈕(ぼたん)

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「なにがおきたんだ!」
「なんだ、これは!」
「こんなに海がゆれるなんて、どうしたことだ!」
「海じゃない、波だ、波だ。波が押し寄せてきてるんだ!」
「ちがう!この岩が、岩がゆれてるんだ。」
   そのとき、砂の中からオコゼがとび出した。
「海の底がゆれてる!みんなにげろ!沖まで、沖まで、沖へいくんだ!」
   海の中ぜんぶがごった返していた。小さい魚も大きい魚もやみくもに逃げまどった。
「逃げろったって、アシもなきゃヒレもない。どうすりゃいいんだ。」
   貝やホヤ、わかめやコンブ、ヒトデやカニなどは大あわて。
「ああ、ひっぱられる、ひっぱられるよう。」
   海の水がぐんぐんと沖へとひいていく。その力のものすごいこと。とうてあい、岩にしがみついていられない。それでも必死に、あわびの父貝と母貝とは岩にへばりつき、しがみつき、やっとのことでわが身をまもりなぬいたのだった。
「よかったなァ、かあさん。だいじょぶか?」
「あい。おとうさんこそ、なんともないですか?」
「いや、わしらは助かったが、子等がひとつもおらん。みんな沖へもってかれてしまったんじゃ。」
「ほんと、わが身を守るんでせいいっぱいだったから・・・。あの子等も沖で生きててくれれば・・・」
「そうだよな。空へもってかれたわけじゃなし、そう祈るほかないな。」
「そうよ、そうよ、きっと無事生きてるわ。」
「そうあってほしいなァ。」
   一枚貝のあわびの夫婦は、そう言ってなぐさめあうのでした。
「あら、こんどは沖から海が圧してくるみたいよ、おとうさん。ほら、だんだんに水かさが増してくるわ。」
「ほんとだ。何がおきてるんだ、いったい。」
「波が、砂がごうごう舞い上がってるぞ。おい、かあさん。気をつけろよ。おかしいぞ、こ、これは、アレだ、アレ・・・」
(父貝は、ひい爺さんから聞いていた「津波」と言おうとしたのだが・・・。)
というまに、大波が圧してきた。海の底までさらってしまうほどの鋭い力で圧してくる。
「つかまれ、つかまるんだ!」
父貝が叫んだとき、
「ああ、もう、だめ。だめ、だめ、・・・・。」
母貝は岩からもぎ取られ、ずんずんと陸へ向かって転がっていってしまった。
「おおい、かあさん、かあさん。」
父貝は必死に妻を呼ぶのだった。
   すると、たちまちこんどは、大きな音とともに波が引き返してきた。海の中がゴオゴオと鳴って、砂や小石が舞い上がり、辺りは真っ暗となった。それでも、「かあさん、かあさん
・・・」と、父貝は妻を呼びつづけていたが、自分の体も岩から引きちぎられて、ぐんぐんと沖へと引っ張られていくのだった。
   こうして、海は押したり引いたりを繰り返し、いったんは鎮まった。父貝は、いままで棲んでいた磯の岩場からやや沖に身柄を運ばれ、大岩の裂け目にひっくり返っていた。海は濁って辺りは
何も見えない。
   そのころ陸地では、人間らがとんでもない目に遇っていた。原発施設は破壊され、学校や役場など大型施設も水に浸かり、家は潰され、田も畑も家畜も車も流され、破壊された家から流出した電化製品や家具、柱や板片れが溢れるばかりに水に浮かんで沖へ沖へと流されていく。物も人も抗いがたい大きな力で。悲惨とか凄惨などということばでは言い表すことのできない、ヒトの命が、歴史が、もぎ取られていく。
   迫りくる波から逃れようと山へ山へと逃げまどう車や人で道はごったがえし、押し寄せる波に追い付かれた人びとはつぎつぎ水に呑みこまれていく。津波は大蛇のごとくうねりながらどこまでも川を遡り、呑みこめるあらゆるものを呑みこんでのたうちながら膨れあがる。大地は鳴りつづけ、揺れつづけ、すべてが止んだあとには無惨な光景が広がるばかりであった。
   あれから何年経っただろう。いまは何もなかったかのように静まりかえった浜辺に、かつての片貝のあわびの殻だけが、波うちぎわに打ち上げられたまま横たわっていた。

「ちいちゃん、ほらほら、波さんがまた来るわよ。あんよがぬれるよ。」
   若い母親と三つくらいの女の子が波うちぎわで、波とたわむれていました。小さい女の子は、ふいとしゃがんで、あわびの殻を手に取りました。
「あら、きれいな貝さんね。虹みたい。」
   やがて女の子は母に手を引かれながら、もう一方の手にしっかりと貝殻をにぎって家路につくのでした。
「ちいちゃん、その貝さん、気にいったのね。ママがおへやにかざってあげるね。」
   おかあさんは小さなざぶとんのようなものを作って貝を座らせ、お人形のとなりにかざってくれました。その後、ちいちゃんが小学校にあがると、貝殻はちいちゃんの勉強机の上に引っ越しましたが、いつまでもざぶとんの上に座ってるわけにはいきません。ちいちゃんは貝殻の中にヘアピンをいれるようになりました。
「まだ冬がこないのに、今日はいやに冷えるわね。」
と言いながら、おかあさんはタンスからコートを取り出しました。
「ちいちゃん、あしたはこのコートを着て学校へ行ってね。」
「はあい。」
「あら、あらあら。これ、もう小さいかしら。そうだ、お姉ちゃんのお古、着てってね。」
と、おかあさんは洋服ダンスからコートを出して、ちいちゃんの背丈に合わせてみます。
「よかったわね、ちいちゃん。お姉ちゃんの赤いコートぴったりよ。」
   ちいちゃんは、大すきなお姉ちゃんのコートが着ていかれるので、ほくほくがおです。自分が一気に大きくなったように思えたのでした。
「あら、あらあら。」とまたおかあさんが言いました。
「こまったわね。ボタンが二つもとれてしまってるわ。」
   おかあさんはあわてて 裁縫箱の中をさがしてみましたが、ちょうどよいボタンがありません。
「困ったわね。ピンで止めたらどうかしら。それでいい?」
と、おかあさんはちいちゃんにたずねましたが、ちいちゃんは「うん」と言いません。そこへおとうさんが助け船をだしました。
「ママ、ちいちゃんが大事にしている貝殻でボタンをこしらえよう。ね?ちいちゃん。」
   ちいちゃんは貝殻ボタンと聞いて、「うん。」と、いい返事をしました。おとうさんは、糸鋸やヤスリやキリで、素敵なボタンを二つ作ってくれました。

   こうして、海辺にうちすてられていた、かつてのあわびの貝殻は、二つのボタンになったのでした。
「ねえ、あなた、そう、上のあなた。私たちの親はあの津波にのみこまれて、海のなかの海藻も死んで食べるものもなく飢えて死んでしまったけれど、こうして姉妹二人になったのよ。あなたが妹、そして、下にいるわたしがあなたの姉よ。どう?ボタンになった気持ちは。」
「ええ、とっても素敵。だって、かわいいちいちゃんのコートにつけてもらえるんだもの。いままで机の上でじっとしているよりよっぽどいいわ。それに、学校にだって連れてってもらえるんだもの、ワクワクするわ。」
「ほんと、そうね。貝殻のままでいたら、ただのおかざりだもんね。」
「ほほほ、ボタンになって、なんだか出世したような気がするわ。」 
   ボタンの姉妹は、まいにち学校へ通うようになって、ちいちゃんと一緒にいろいろなことをお勉強できる身の上をよろこんでおりました。
   あれから雪の降る日もふえ、やがて本格的な冬がやってきました。そのあいだずっとちいちゃんと一緒に暮らせて、ボタンの姉妹は幸せな毎日を過ごしたのでした。だけと、やがてちいちゃんが進級して二年生になるころ、辺りは春のきざしがさして、ちいちゃんもコートで登校することがあまりなくなってきました。おかあさんは、コートのほこりを払って、ふたたび洋服ダンスにコートをしまうことにしました。
「ねえ、お姉ちゃん。私たちもう、ちいちゃんと学校へ行かれないのかしら。」
「そうね、さびしいわね。でも仕方ないわ、コートの出番がなくなったんだから。」
   ボタンの姉妹は、暗い洋服ダンスの中で不運をなげいていたある晩のこと、もどり雪がやってかなました。
「あらあら、また冬にあともどりだわ。明日はコートが要り用ね。よかったわ、クリーニングに出さないでおいて。」
とおかあさんが言ってます。二人の姉妹は「バンザーイ」と叫んで大よろこびをしたのですが・・・。
   久しぶりの学校のお勉強はとてもたのしく、担任の先生のお話も、となりの席の久子さんのおしゃべりもうきうきしながら聞いて
大満足でした。

   終鈴の鳴ったころ、
「ちいちゃん、砂場で遊んでいかない?」
と久子さんがちいちゃんに呼びかけました。「さんせい!」と二人の姉妹は叫んでいました。ところが、あんなアキシデントが待ちかまえていただなんて・・・・。
   ちいちゃんはこのところ、鉄棒の逆上がりに夢中です。もうちょっとのところで、くるりっと回るところまでこぎつけたからです。
「そうれっ」と久子さんがちいちゃんをはげまします。
くるっ、とちいちゃんが一回転したとたん、プツッと妹ボタンの糸が切れてしまったのです。
「できた!できたよ!」とちいちゃんは久子さんに大きな声でいって笑いました。久子さんはパチパチと手をたたいて大よろこび。やっとできたので、ちいちゃんも得意がおです。でも、ボタンのちぎれたことには気づきません。
「ああん、どうしたの?」と姉ボタンが妹の身を案じているのに、ちいちゃんにはわかりません。久子さんと「さよなら三角、またきて四角」などといいながら、家路についてしまったのでした。こうして、妹ボタンは砂場にひとり、とりのこされてしまったのでした。
   それから何日かした、ある夕方のことでした。一人の女の子が仔犬を連れて砂場にやってきました。逆上がりの練習にやってきたのでした。仔犬は鉄棒のポールに結びつけられ、ひてり砂にじゃれついていたのですが、ふと、ポールのわきになにかキラッと光るものを見つけたのです。妹ボタンです。仔犬はそれを口にくわえ、我が家にもどりました。我が家といっても犬小屋ですが・・・・。そして、小屋の奥に妹ボタンを
大切そうにしまいこんだのでした。はじめのころは、めずらしげにボタンをなめたり、かんだりしてあそんでいましたが、何日かするとあきてしまったのか、なにかの拍子にポンと足で蹴りだしてしまったのでした。
   ボタンは、コロコロ転がっていくと、あろうことか塀のわきの、ネズミの穴ほどの穴にぽとりと落ちていったのでした。

   姉がボタンは何日も何日も、妹ボタンの行方を心配しておりました。あんなところに捨てられて、あの子はどうしているんだろうか。ひとりぽっちになってしまって、心ぼそくて泣いているんじゃなかろうか。
   あれからのこと、妹ボタンを失くしたことに気づいたちいちゃんは、心あたりをあちこちさがしまわって、砂場にも行ってみたのですが・・・・。
   そんな様子を見ていたおかあさんは、
「ちいちゃん、コートはべつのボタンにつけかえてあげるから、このボタンさんはママが遠足用につくったポシェットの止めボタンにしたらどうかな?どう?」と言いました。
「ママ、おねがいね。一人になって、さびしい、さびしいって言ってるから・・・。」とちいちゃんはこたえました。
   ちいちゃんは、失くした妹ボタンのことも、ひとりぽっちになった姉ボタンのことも心配していたんですね。ところが、どうしたことでしょう。このとき、この姉ボタンも妹ボタンと同じような運命にあることを、ちいちゃん も、おかあさんも、それに姉ボタンも、知る由もありませんでした。

   ちいちゃんは、おかあさんの作ってくれたポシェットを肩にかけ、さっそうと歩いて行きます。今日は春の遠足。二年生は近くの自然公園に行くのです。
ちいちゃんの小さなリュックには、おかあさんのつくってくれたおべんとうや、きのう久子さんと買いにいったお菓子やバナナなどが入っているのです。
「ちいちゃん、おべんといっしょに食べようね。」などと久子さんもうきうきたのしそうです。
「そうしましょたら、そうしましょ。ウフフ。」とちいちゃんもたのしそうです。
   二年生の子どもたちは、仲よく歌をうたいながら山へ向かって歩いて行きます。うららかな春の日ざしは雲の切れ間から地上にふりそそぎ、空高くヒバリがあがり、いいにおいのれんげばたけの道合いを通りすぎていきます。
   やがて、一行は、山ふもとのお寺の境内で一休みになりました。
「はあい、みなさん。トイレ休憩します。これから山をのぼりますから、水分を補給しておきましょう。暑いと思う人は上着を一枚ぬぎましょう。十五分後に出発しまあす。」
と先生がおっしゃいました。
   ちいちゃんも久子さんもカーディガンをぬいで、腰にまきつけました。このごろ女の子のあいだではやっているかっこうなのです。
「はあい、出発ですよ。」
   登山道はせまくて、二人ならんでやっと。ちいちゃんと久子さんは仲良く手をつないで、
「よいしょ、よいしょ」と足をふみしめながら上っていきます。木かげでウグイスがケキョケキョと鳴いています。木漏れ日がちらちら、みんなのかおを照らしています。ちいちゃんのポシェットの姉ボタンも、ときおりキラキラと虹色にかがやいています。「ああ、なんてすがすがしい気分でしょう。」
姉ボタンはうっとりとウグイスの声を聞きながら、ちいちゃんとともに上っていきました。

   山のてっぺんは広々とした公園になっていました。木の柵で囲ったふれあい動物園もあって、ヤギやウサギ、ニワトリまて放し飼いになっています。子どもたちは動物に草を食べさせたり、トーテンポールの周りで鬼ごっこや忍び足や宝さがしなどをして楽しい一日を過ごしました。
   二時ごろになって、先生はみんなを集合させて点呼をとり、無事、山を下りることになりました。学校へといちどもどってから解散です。「たのしかったわね。」「また公園に行こうね。」と、ちいちゃんと 久子さんは家路につきました。この帰り道、事件がおきたのでした。
   ちいちゃんがやがてお豆腐やさんの角をまがり、駄菓子やさんの前をすぎて家の近くまで来たとき、向こうから小さな犬を連れた女の子がやってきました。五年生の上級生です。ちいちゃんは犬が苦手なので、道の端に立ったままやりすごそうと思っていました。
「あら、ちいちゃん。」と女の子が声をかけました。
「いま帰るとこなの。おそかったね。」
「はい。」
「そう。五年生はバス遠足だったから、早く帰ってきちゃった。」
   二人がそれぞれ楽しかった遠足のことを話しているあいだ、女の子の犬はうろうろとちいちゃんの周りを動き回っていました。ちいちゃんは気が気でありません。早くこの場から立ち去りたいと、話の途切れ目をさがしているとき、とつぜん犬がワンワンとちいちゃんに吠えかかったのです。
   おどろいたのは、ちいちゃんばかりか女の子でした。「ジョン、ジョン、どうしたの、ジョン。」と、鎖を引いたときです。犬が体を反転させたので、女の子の手から鎖が離れてしまったのです。犬はくるったようにちいちゃんに吠えかかります。ちいちゃんは怖くなって、横手道合いに逃げこもうとしました。
   すると、犬はなおもちいちゃんにまつわりつくように、ワンワン吠えて離れません。まるで何かを訴えているようなのです。ちいちゃんはそれどころではありません。女の子もあたふたと「どしたの、どしたのジョン、ジョンたら。」となだめようとするのですが、犬はちっとも言うことをききません。
   ちいちゃんはさらに怖くなって、いきなり走り出してしまいました。これがいけなかったのです。犬はちいちゃんに飛びつくように、跳ねながら追いかけはじめてしまったのです。
   じつは、ジョンにはそうしなければならない正当な理由があったのでした。それは、ちいちゃんのポシェットのボタンにあったのです。「それはオイラの目っけたボタンじゃないか。」と、ジョンは言いたかったのです。そんなことが、ちいちゃんに分かるはずもありません。ついに、ちいちゃんは犬に追われて袋小路に立ちつくしてしまいました。
   さあ、困った。進退きわまったと見えたそのとき、ちいちゃんは行き止まりの横手の隣り家のフェンスが目にはいりました。そうだ、あれをくぐって隣りの家に逃げよう。とっさにフェンスをくぐり抜けようとしました。なんということでしょう。ポシェットの姉ボタンがフェンスの針金に引っかかったのです。プチンと、姉ボタンの糸かがりが切れ、コロコロコロとコンクリートの溝へと落ちていたのでした。逃げるに必死なちいちゃんが、そんなことに気づくはずありません。とうとう、姉ボタンも、妹ボタンと同じ運命をたどることになってしまったのでした。

   ところで、あの秋の夕暮れ、小さな穴に落ち込んでいた妹ボタンはあれからどうなったのでしょう。そうなんです。ネズミ穴のように見えたのは、じつはモグラモチの穴だったのです。モグラモチの穴はどこまでも迷路のようにつながっていました。コロコロ転がっていった妹ボタンはしだいに勢いを失ってパタリと横だおしに倒れてしまいました。辺りは真っ暗。ここがどこなのか、自分がどうなったのかの見当もつきません。妹ボタンは心ぼそくなって、しくしく泣いていました。そのときです。先方から灯りが見えて、しだいにこちらへ近づいてきます。「エーンヤコーラ、エーンヤコラ、エンマコーロギ、コーロコ。」
   それは、この穴に住むコオロギ一家でした。どうやら荷車に荷物を山ほど積んでの帰り途だったのです。
「おやおや、おーや、大家さん。家のまん前、見てコーロギ。奇妙なものが置いてある。」
   前にいたおとうさんコオロギが立ち止まりました。後ろを押していた、おかあさんコオロギが灯りをかざすと、キラキラと妹ボタンが輝きました。
「まあ、きれい!なにかしら、これ。テーブルの天板みたいに丸っこいわよ。」
「そうか!そうだよな。だれが見てもどう見ても、こいつはテーブルだ。穴が四つあるのが証拠だ。ここに脚をつけるのだ。しかも、こんなにキラキラ美しいのは、おそらく王さまの遣わした食卓だ。」
「でも、なぜこんな、家の前に放ってあるの。」
「理由はかんたんさ。このあいだのオイラの功績に対する、お城からのご褒美さ。」
「ごほうびって、功績って・・・・。」
「ほら、三段跳び選手権で金メダルを取ったときの・・・。」
「ああ、それならわかるわ。ルスにしてたから、ここに置いてったのね。」
   なんと単純な夫婦でしょう。すっかり得心して、妹ボタンをエーンヤコーロギの掛け声もろとも家に引き入れたのでした。妹ボタンは四本の脚をつけられて、それからずっとコオロギ一家のテーブルになりきって過ごしてきたのでした。

   ここでふたたび、コオロギ一家にもどります。ある日のこと、つまり、ちいちゃんが犬に追われた日のお話です。
「おい、かあさん。おどろくなよ。秋の叙勲についで、こんどは春の叙勲だ。またまたテーブルが届いたぞ!」
「えっ、なんのこと?テーブル?叙勲?」
「なに言ってんだよ。お城だよ、お城。決まってるじゃないか。」
「だって、だれも戸口を叩かなかったわよ。」
「そんなことしなくっても、わかると思ってんだよ。はじめてのことじゃないんだから・・・・。」
「まあ!そうなのね。 ちょうどいいわ、息子夫婦が越してくるのが、あさってじゃない。このテーブルを子どもたちらへのプレゼントにしましょう、おとうさん。」
「うん、なんて間がいいんだ。それに、なんて気がつくんだ。やっぱりおまえは世界一の妻だよ。」
「まあ!それほどでも・・・」
    これほど単純な夫婦のことだから、なんのうたがいもなく、姉ボタンにも脚をつけ、妹ボタンのテーブルの横にならべたにちがいありません。みなさんもそう納得したことと思います。お話はこれでおしまいです。

「まあ!」
「まあ!」
と姉も妹もそれ以上のことばもなく、久しぶりの再会をよろこんだのは言うまでもありません。
   つらい、かなしい大地震と大津波。夫を失い、子を失い、長いこと浜辺に横たわっていた、あわびの母貝殻は、ちいちゃんに拾われ、はじめヘアピンの受け皿、つぎにボタンに直されたおかげで、いまではこうしてエンマコオロギ一家の、自慢のテーブルに出世したのでした。
「ちいちゃん。あの子のおかげね。」
「わかれわかれになってしまったけど・・・・かわいかったわね。」
   姉ボタンと妹ボタンは、こうして元の主人をなつかしく思いだしていました。
                             (おしまい)
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