たけのこ難儀

こせ きっか

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たけのこ難儀

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   あたりは、いまにも雨のふりそうなうす暗い闇につつまれいました。
「このまま、こんや雨がふってふって、あしたもふって、だれもやってこなければいい。そうすりゃ、この坊やたちだって、連れてかれないですむんだから。」
「そうだね。一日、二日のしんぼうさ。この子たちがもっと大きくなれば、あいつらだってきっとあきらめて、手は出さないさ。」
「あなた、去年もそんなのんきなこと言って・・・。けっきょく、生まれたばかりの坊やをもってかれちゃったんじゃないの。」
「あれは仕方なかったことじゃないか。たいして雨もふらないで、つぎの日は小雨になっちゃったんだからさ。」
「ほら、そんなふうに、すぐお天気のせいにする。父親として、ほかになんとかできないの。」
「それはムリってもんだろ。だいいち、ぼくは、ここを動くことさえできないんだからね。」
「そうよね、ごめんなさい。わたしって、どうかしてるのよ。」
   二本の親竹は、暗くなってゆく山の斜面で、動くことさえかなわない身の不運を嘆くのでした。
   二本の親竹の間には、土から顔を出したばかりりの、かわいい竹の子が三本ありました。そのうち二本は、やや背が大きく、頭はややみどりがかっていましたが、あとの一本は、まだ土からちょこっと頭を出したばかりでした。
   夜のあいだ、しとしとふっていた雨は、朝、ちょこっと残っただけで、陽がのぼるころには、あらかた止んでしまいました。二本の親竹は、まんじりともせず朝をむかえました。
   三本の竹の子は、そろって親竹を見上げました。
「おはよう。みんな、さむくないかい。」
   おとうさん竹が、子どもたちに朝のあいさつをしました。子どもたちは、頭をぷるぷると振って、寒くはないやいと答えました。
   そのとき、子どもたちばかりか、おとうさん竹もおかあさん竹も、体じゅうがぷるぷるするのに気づきました。
「だいじょうぶよ。小さな地鳴りだから。すぐ止むわよ。」
と、おかあさん竹が、子どもたちにやさしく言いました。
   近くで、ウグイスが、何事もないかのように鳴いています。二本の親竹の不安をよそに、あたりに晩春のうららかな気配がただよい、ゼンマイやワラビの子どもたちがさざめいています。
「ねえ、あなた。三郎のことなんだけど・・・。一郎、二郎はいいとして、わたし、心配だわ。」
と、おかあさん竹が言いました。
「わかるよ、おまえの心配は。三郎は兄たちより一日おくれだから、人間どもに採られてしまうと言うんだろ。」
「そうよ。だいたい、この子くらいが人間にとって食べごろなのよ。わたし、不安だわ。
「だいじょうぶだよ。人間どもは兄たちを遠目に見て、すぐにあきらめるさ。ただ、そのとき三郎が見つからないように祈るだけだけれどね。」
「ほうら、また。そんな人ごとみたいな言い方をして。あなたは三郎のことが心配じゃないの。」
「心配しているさ。だけど、どうしろって言うんだい。」
「そうね。これじゃ、ゆうべのむしかえしね。」

   それから半刻ほどがたった、牛たちがまだ朝ごはんを食べおわらない時刻でした。坂道をのぼってきた数台の車が、この山の下手の農家の庭先に停まり、数人の男女が手に手にトグワをたずさえて降り立ちました。
   農家の主婦は、納屋からボウラを三つも出して三人の女の人にそれぞれ背負わせました。
   一行は、にぎやかに竹林の山の入口にさしかかりました。親竹はその気配を察すると、山の緊張はいっぺんに高まりました。
「ほら、あなた。連中がやってきたわよ。どうしましょ。」
「だいじょうぶだよ。きのうの雨で、あちこちに手ごろな子どもたちがたくさん見えるからね。よもや、ここまではやって来ないだろう。」
「また、そんなこと言って・・・。どこの親御さんも、わたしたち同様、自分の子が採られることを心配してるのよ。」
   「わかってるって。」
   おとうさん竹は、頭をわさわさ振って、答えました。そのとおりだ、どこの子だって、みんな同じことだ。でも、うちの子にかぎって、人間に採られるなんてごめんだと、つごうのいいことを考えていたとき、
「あっ、あるある。ここにもあそこにも、いっぱいだぜ。」
と言う、人間の男の声が山にひびきました。
「そうね、今年は大漁だわよ。ボウラ三つ借りてきて正解ね。」
という、女のはしゃぐ声がこだましました。
「正解だって❓️とんでもない。」
   竹林の親たちが体をふるわせて叫びまはした。ざわざわざわざわ。
「なんか、すごい風ね。上空に強い風が吹いてるのかしら。」
と、人間の女が言ったとき、「いや、ちがうぜ。こいつは地面が揺れているんだ。」
「地震だ、地震だ。」
「はやく、はやく。道路へ出るんだ。」
   人間の男女は、トグワもボウラも投げだして、わらわらと道へ引き返しました。
「よかったわねえ。」
「たすかった。」
「朝の地鳴りが予兆だったのね。」
   口ぐちにこう言って、竹林の親竹たちは安堵の胸をなでおろしたのでした。 
   ところが、人間の親たちはもっと強欲でした。いったんは道へ逃げのびた人間たちは、農家の納屋で一休みすると、ふたたび竹林へとって返したのでした。どうあっても、竹の子を掘って帰らずにはいられなかったのです。
「余震もないし、もうだいじょうぶ。」
「きょうこそ、いっぱい採って帰らなきゃ。」
「今夜は、どうあっても、タケノコごはんにしなけりゃ。」
   口ぐちにそんなことを言いながら、またぞろ竹林の中へと押し入ってきたのでした。
「さあ、早いとこ行こうよ。」
「また地震がこないうちにねっ。」
   あちこちで、トグワをふるう音がしはじめました。
「おおい、こっちのもたのむよ。」
「おおい、こいつは大きいぞ。」
   そんな呼び声に、ボウラを背負った人間の女が走り回って、崩され、掘られた、タケノコを拾っては、ボウラに放りこんでいく。
   またたくまに、ボウラはタケノコでいっぱいになっていきました。
「あなた、もうだめ。この子たちもあぶないわ。」
   おかあさん竹は、気が気ではありません。いつここまで人間どもが追ってくるか知れません。なんといっても人間は欲深かで、あればあるだけ、あとのことも考えずに、掘れるだけ掘って持っていってしまうからです。
「だいじょうぶだって。ここは山のてっぺんで、いちばん奥まっているんだから。」
   そうこうするうち、二人の女が、この夫婦の親竹に近づいてきました。
「ほら、言ってるまにやって来たわ。」
   おかあさん竹は、ざわざわと頭を揺すりました。おとうさん竹は緊張のあまり、ざわともしません。
「あっ、あそこに二本もあるわよ。」
「だめよ。もう育ちすぎじゃない。あんなに大きくては、硬くて食べられないわ。」
 「そうか。ざんねん。いいかたちなんだけどな。」
   二人の女は、あきらめ、別の獲物を見つけようと、目をこらしてうす暗い山の奥を見つめています。
   おかあさん竹が、ようやく災難が去ったものと、ほっとしたときです。とつぜん、女の一人が、
「ちょっとまって。あの二本の育ちすぎの向こうに、小さいのが見えるわ。あれならいいんじゃない。」
と言いました。
「あら、目がいいわね。そうね、合格ね。」
   おかあさん竹は、身をぶるっとさせました。二人の女がこちらへ向かってきます。三郎はあの狂暴なクワで、根元からむしり掘られてしまうのだと、体を固くさせて、二人の女を待ち構えました。
「なによ。あなたがただって人の親でしょ。竹の子をクワで断ち切っても赤い血は出ないけど、白い血は出るのよ。この子は死ぬのよ。やめて、やめて、わたしのかわいい坊やを殺さないで。」
   おかあさん竹は、必死に叫びました。しかし、もとより竹の、そんな悲痛な叫びが人間に届くはずがありません。
   一人の女が、トグワをさっと振り上げました。
   あわや、これまでかと、おかあさん竹がたまらず目をつぶったそのとき、三郎があまりにおかあさん竹にくっついていたためか、ガツン、振り上げたクワがおかあさん竹にぶつかりました。
   おかあさん竹が、「いたいっ」と思ったとき、
「きゃあ、ヘビ、ヘビよっ。」
   もう一人の女の人の悲鳴がおきました。
   おかあさん竹がクワを当てられて、思わず痛みに体を反らせた拍子に、そのとなりの木の上にいたヘビか、どさっと、クワを振るった女の人の頭に落ちたのでした。
   おそらく、さきほどの地鳴りのときに、あわてて木の上に避難したのであろうと、思われました。
   思わぬ事態に、女どもは何もかも放り出して、まろび転げるように逃げていってしまいました。
「たすかったわ。三郎、たすかったわ。あなた、たすかったのよ。」
   おかあさん竹は興奮して、おとうさん竹に叫びました。おとうさん竹は、さほどさがわず、にこにことうれしそうに、おかあさん竹にささやきました。
「わかってるとも。わかっていたさ。」
   そうなんです。偶然のことに、こういう結果になったのですが、おとうさん竹は、ヘビの存在は疾うに知っていて、いざともなれば、自ら体を揺すって、ヘビを落としてやろうと、身構えていたのです。
                               (おしまい)
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