一目惚れ

御霊ツヅリ

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一目惚れ

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 今日、僕は居なくなります。

 夕日に照らされる見慣れた街並み。
 町で一番高い時計塔からは、それらが全て見えてしまう。

 代わり映えのしない、15年も毎日見てきたそん
な景色だ。
 人影がまるで小さな粒にしか見えないこんな所からでも、見つめる先の景色は鮮明に思い浮かべる事ができてしまう。

 そう、鮮明に。

 それ故に、色褪せてる。

 ふと、思ってしまったんだ。

 僕は。


「つまらないから飛んでみようって」

「ふーん」


 そんな僕の話を、それこそつまらなさそうに聞く少女。
 名前は知らない。
 顔も初めて見る。

 背中には翼が生えている。
 そんな不思議な女の子だ。

 不思議と、彼女の姿だけはこんなに近くで見ているのに鮮明に見えない。
 何処か色褪せていて、それだけにくっきりしている。


「君は?」

「リーゼ。リーゼロッテ。天使だよ」

「へー。初めて見た。僕はレスター」

「ね、レスター? 本当にいなくなっちゃうつもりなの?」

「そのつもり」


 まるで世間話でもするように。
 淡々と。
 淡々と。
 言葉が交わされる。


「だから、私が来たの」


 ああ、なるほど。

 リーゼは僕のお迎えなんだ。
 何故かあっさりと納得できてしまった。

 だから、僕もあっさり立ち上がる。
 彼女の姿が鮮明になってしまう前に、飽きてしまう前に、サヨナラすべきだ。


「じゃあ、僕はもう行くね」


 そうして僕は時計塔から一歩を踏み出した。

           ◆

 身体を覆う浮遊感。

 逆さまに見た町の景色は、いつもよりぼやけていた。
 あそこは多分友達のキリアの家。

 あっちはジャンクパーツ置き場。

 遠く見える壁だけは、僕を終わらせる理由になったあの壁だけは、今でもくっきりだ。

 あっちは雑貨屋。

 あれはお世話になったレストラン。
 指差して思い浮かべれば、逆さまの景色もくっくりとしてしまう。

 退屈は、慣れは、きっと心を蝕む毒だ。

 もう、この町では僕は満たされない。
 ゆっくりとこの毒に心を蝕まれるくらいならって、飛んでみたけど、確かに良かったかも知れない。


「レスター!!」


 聞こえた声に、思わず下を。
 上を。
 自分がさっきまで居た場所を見てしまう。


「リーゼ?」


 何故、僕はぼんやりとしか見えない彼女をリーゼだと思ったんだろう。


「伸ばして! 手を!」


 何故、言われた通りにしてしまったんだろう。
 地面に落ちて、熟れた果物みたいに、ぐちゃりと潰れる。
 そうなるはずだったのに、僕は空を飛んでいた。


「ね。レスターの人生、私にくれない?」

「いいけど?」


 あっさりそう返してしまえた自分に少し驚く。
 顔も、姿もハッキリしないリーゼに手を掴まれて、空から僕は町を見ていた。


「この町が退屈なら、私が、君の羽になるから……外の世界も全部見て回ろうよ」


 胸の奥が、熱くなるのを感じた。
 外。
 この優しくて満たされた牢獄から出られる?
 でも……。


「それで、全部の景色が色褪せたら?」


 何より不安なのはそれだった。
 外も全部見て、そしてそれら全て見慣れてしまったら?
 もう何も新鮮でなくなったら?


「そしたら……」


 リーゼは、僕の手を掴む手に力を込めた。

          ◆


ーーその時に、一緒に死のう?


          ◆

 そういって、彼女は笑った気がした。
 ぐちゃり。と、果実が落ちる音がした。
 本当は僕はさっき落ちてしまったのかと思ったけど、それは本物の果物が落ちただけだった。
 けど、恋って奴には落ちたのかもしれない。

           ◆

 今日、僕は居なくなりました。
 この全てがはっきりと、セピアに褪せた優しい町から。


            fin
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