令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介

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第一話 篠永俊樹と仁藤茂

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…遊んで暮らすことが、こんなに苦痛だとは思わなかった。

俺の名前は篠永俊樹、今年で五十四歳になる。
高校を卒業すると東海消防局に任官し、以来三十年以上務めてきた。
しかし、肉体的に限界が訪れ現場活動が出来なくなり、裏方へ異動したけれど消防法令なんて全く分からず、パソコンも大の苦手。こりゃダメだと思い、早期退職制度を使って退職した。退職金は十分すぎるほど出たし、元々貯金もしていたからな。しばらく働かなくても大丈夫だ。気になるのは既往症の糖尿病と高血圧だが。あと腰痛と五十肩も。

俺は元々旅行好きだったので…まあ日本国内に限られるのだが思い切って日本一周の旅に出た。最初は北へ。会津若松、気仙沼、仙台、松島、石巻、盛岡、宮古、そして弘前…。
一度インフルエンザの予防接種のため自宅に戻り、今度は西へ。鳥取、倉吉、米子、松江、広島、岡山、高松、徳島、大阪、京都と。
ここでまた一度自宅に戻り、今度は名古屋、長浜、大津、敦賀、福井と。このあとは九州か北海道と思っていたが…。

「飽きた…。男の一人旅は」
日々、働きづめの生活を送っている人たちからすれば許されない傲慢だろう。そういう人たちは妻子や老父母を養うため頑張っているが俺は違う。嫁と子供はいないし父母も兄弟もいない孤独の身だ。気楽なんだ。たとえ明日に死のうとも。

「来月の四日と五日は『アイドル☆レボリューション』のライブだし、東尋坊と三方五湖を見たら帰るか」
俺がこよなく愛するアイドルアプリゲーム『アイドル☆レボリューション』のライブが幕張で開催される。これだけが俺の癒しだ。初ライブから観に行っている。最近は中々チケットが取れないが、今度の2Daysは運良く取れた。

さて敦賀でレンタカーを借りて三方五湖へ。山頂公園の足湯に浸かりながら眺める若狭湾が最高の美観だった。
そして退職後の男一人旅、最終の地は福井となった。柴田神社、柴田勝家公の墓所がある西光寺、歴史資料館などを回り、ローカル線とバスを乗り継いで東尋坊へと。

この日は平日、曇り空だった。俺は東尋坊の岩場へと歩き日本海を見つめていると、変な爺さんから話しかけられた。よくこの岩場を爺さんが歩いてこられたなと感心していると
「まだ若い、やり直せる。何か悩みがあるのなら、この爺に話してみよ」
おいおい、俺が東尋坊で身投げすると思ったのかよ。まあ名所だって言われているしな。命の電話なんて公衆電話も設置されているくらいだし。
しかし、こんな爺さんが俺を心配して、こんな足場が悪い岩場に来てくれたんだ。無下にはできないなと思った。俺は身を投げに来たわけじゃないと伝えると
「というわけで…悩みといえば孤独の自分ですかね…。自分が選んだ生き方なのに人恋しいと思うこともある。日本一周の旅に出てホテルのフロントと飲食店のスタッフ以外で話したのはお爺さんが初めてですよ」
不思議だ。初対面の爺さんにこんなこと話すなんて。よほど人恋しかったのかな。
「そうか…。儂も妻を亡くし、一人旅の最中じゃ。明日は金沢に向かおうと思っていた。でも…」
「でも?」
「つまらんのう、一人旅というものは。仕事人間だったころは一度やってみたいと思っていたが実際にやってみればつまらんわい。この歳じゃ若い女を買ってもナニが役に立たんからな」
「ああ…」
俺も身に覚えがあった。つい最近のことだ。高級ソープに行っても射精に至らず中折れという無様。しばらく女を抱いていなかったので久しぶりにと思ったら、男のとしての機能が著しく低下していたなんて、とんだお笑い草だ。
「もどらんか。バス停近くの食堂で蟹でも食わんか」
「そうしますか」


俺は、その奇妙な爺さんと蟹を食べた。蟹を食べている時、人は無口になるというが本当のようだ。どんなに一人旅がつまらなくなっても美味いものは美味いからな。
食べ終えて、ビールを飲みだす。
「爺さん、一杯」
「ああ、もらうよ」
あえて中ジョッキじゃなく瓶ビールに。人に酌をするのはいつ以来か。
「なるほどのう、消防士を早期退職して気ままな日本一周か。うらやましいの。儂の体力じゃ丹後若狭越前でいっぱいじゃよ」
「丹後、それじゃ天橋立も?」
「ああ、見てきたよ。じゃが横に妻がおらんのじゃ大した感動にもならんが」
「妻か…。俺には縁のない言葉だ」
「何を言っておる。五十そこそこの洟垂れの分際で」
「ははは、洟垂れか…。心地いいな、そう言ってもらえるのは」
「婚活、だったか?今からでも遅くないわ」
「だめだよ、爺さん。俺はもう性行為ができない。情けない話さ、先日若くて美人の高級ソープ嬢相手にナニがしぼんじまって、その後は勃ちもしない。男として終わったと思ったよ」
ふう、とため息をついてビールをあおる。
「恋愛経験もゼロ…。失敗の人生だ」
「素人童貞なのか?」
これを同僚に問われると、若いころに恋人はいたと見栄を張っていたが、そんな気にもならず、あっさり肯定した。
「ああ、好きになった女はいたが告白もできず、当然結婚もできず…気が付けば今の歳さ」
「洟垂れ、お前本当は東尋坊で死ぬ気だったろう」
「そんなわけないだろう。この年まで素人童貞…。確かに人生負け組、いま言った通り失敗した人生を送っている人間だが、そんなことでは死なないよ。職業柄自死した人間は腐るほど見てきた。あんな死にざまはすまいと思っていたからな…」
「お前と儂も…末路は孤独死か」
「なんだ、爺さん。子供は?」
「おらんよ、妻との間には出来なかった。妻が死ねば天涯孤独よ」
「そっか…。じゃ、ラインでも交換するかい?具合が悪くなったら駆けつけるぜ」
「スマホを持っておらん。ガラケーじゃ。電話番号にしておこう」
「ああ、それでいいよ。俺のまっさらのアドレス帳、記念すべき第一号だぜ」
「儂は仁藤茂、静岡の三島に住む隠居爺じゃ」
「同じ静岡県人か。俺は浜松に住んでいる無職の篠永俊樹だ。よろしく」
こうして俺は奇妙な爺さんと連絡先を交換して東尋坊で別れた。最後
「ええか、お前は儂が孤独死を免れる糸じゃ。儂より先に死ぬなよ」
と、念を押されて。


爺さんからの便りは早かった。わずか数日後のことだった。『アイドル☆レボリューション』のライブ終演後にスマホを確認すると留守電が入っていた。
『胸の痛みで入院した。名古屋の総合循環器センターに来てくれ』
「名古屋か…。イメクラもあるし爺さんの見舞いがてら、もう一度男としての機能は無事か確認してみるか」
セーラー服や体操着、スクール水着などのオプションがつけばあるいは、と思った。ライブのあと、俺は自宅のある浜松を通過して、そのまま名古屋に向かうことを決めて新幹線に乗った。

着いたのは0時過ぎ。もう病院とイメクラにも行けないのでビジネスホテルに泊まった。一泊四千円、ありがたいことだ。俺は安いホテルで十分だからな。ネカフェに泊まるのは嫌だけど。

翌朝、早く起きてしまい、スマホアプリのアイドル☆レボリューションのイベントを少しこなした。リズムゲームは苦手だが俺の推しアイドル声優たちの声が聴けるので嬉しい。課金は月に五千円までだ。
「おおっと、朝食バイキングを食いっぱぐれてしまうな」
食べ終えてチェックアウトを済ませれば見舞いの時間にちょうどいいだろう。
なんというか素直に嬉しかった。見舞いに行ける人がいるというだけで。

名古屋駅からバスに乗り、爺さんの入院先の病院へと。見舞い窓口に向かい
「すいません、私はこちらに入院している仁藤茂さんの友人なのですが病室はどちらに?」
「ああ…」
「ん?」
「残念ですが、早朝に…」
間に合わなかったか…。これも何かの縁、弔いは俺がやろう。

爺さんの遺体が安置されている部屋に。
「すまねえな、爺さん。間に合わなくて」
だけど病院で死ねただけいいじゃないか、そう思った。爺さんは名古屋駅構内で倒れたそうだ。意識を一時的に取り戻し、俺に連絡したのだろう。
あとは病院と役人が対応してくれた。骨は俺が受け取る。これだけだ。役人が
「ああ、もしや貴方が篠永俊樹様でしょうか?」
「はい、私のことですが」
「故人様より貴方宛ての便りが病室にありました」

簡単な書類の記入を済ませ、役人たちと共に火葬場に。何とも事務的なことだ。
亡骸を焼いている最中に役人たちは去っていき、俺は火葬が終わるまで待っていた。
その間、俺は爺さんの手紙を読むことに。
「すごい達筆だな…」

『洟垂れへ。お前と東尋坊で別れた後、福井を出て敦賀京都へ旅をし、ここ名古屋に来た。イメクラが充実していると聞き、役にも立たぬナニを何とかしたかった。何とかなったぞ。十九の娘に裸エプロンをしてもらったらしぼんでいた我がナニがバッキンバッキンに。男は馬鹿だのう』
「考えることは同じか…。俺もコスプレのイメクラに行く気だし。爺さんの言う通り、男ってのは馬鹿なものだ。さて…」
『だが代償は大きかったわ。金だけはあるから二時間もその娘を堪能してのう。二発も抜けたんじゃ。嬉しかったわ。まだまだ儂やるじゃないかと』
「二発か…。すげえな。そして代償ってのが…」
『あとは知っての通りだ。名古屋駅構内で心不全を起こした。イメクラ店内で無かっただけ感謝せねばな。こうして意識を取り戻し、お前に手紙を書いているが、何となく分かるのだ。おそらく明日か明後日に再度容体が急変して召されるだろう。人生負け組で素人童貞のお前だがお人好しの善人というのはわかっている。儂を弔ってくれるだろう』
「お人好しの善人か…。悪党になる勇気が無かっただけだぜ、爺さん」
『洟垂れ、儂の住まいの住所を記すので遺品の整理を頼む。儂の貯えもくれてやる。カードの暗証番号は〇◇▽×だ。資産受け取りの手続きや税金関係の方は信頼のおける弁護士の電話番号を記しておく。亡き妻の墓は寺に任せてあるのでお前は何もしなくていい。家は売るなり好きにしていい』
「ふむ…」

『さて、ここからが本題なのだが…にわかには信じ難いことだろうがすべて事実ゆえ受け止めてほしい。儂はセイラシアという世界から、この地球に前世の記憶を持ったまま転生した男なのだ。名はゼイン、魔王をやっていた』
「はぁ?」
なんという荒唐無稽な話を。ボケていたのか、と思うがこの達筆と今までの文章を見ると、それはないと思う。会った時も凛とした佇まいの爺と思ったし。
『最初は戸惑った。魔王としてセイラシアの人間たちをさんざん苦しめてきた自分がまさか異界の人間に生まれ変わるとはな。だが、父母の愛を受けているうちに自分が元魔王ということも忘れ、長じて儂は懸命に働いてきた。妻と出会い結婚し、子供にこそ恵まれなかったが幸せだった。しかし妻を失ってからは先日にお前に言ったとおりだ。孤独になり、若いころ、あれほどしたかった一人旅も何か味気なくての。そんな時、東尋坊でお前を見かけた。なんというか寂しそうな背中をしておった。そのまま海に身を投げそうな、そんな気がした。だから声をかけた』
「爺さん…」
『お前と食べた蟹、飲んだビールは美味かったよ。ありがとうな、洟垂れ』
「………」
『儂の家に行ったなら、庭の物置を『魔王ゼイン』と言って開けてみろ。面白いことが起こるぞ』
「…ほう」

たった一日、いや数時間の縁、旅行先の東尋坊で巡り合ったビール二杯程度酌み交わした老爺。孤独の俺には嬉しい時間であったけれど爺さんもまた同じだったのかもな。たとえ前世が魔王様であれ孤独に対して耐性は出来ないってことか。
「爺さん、ありがたく受け取るよ」
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