2度目の声優人生に突入いたします!

越路遼介

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【外伝】田中正也 前編

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 俺の名前は田中正也、イーストNの声優養成所に通う男だ。当年20歳。
 言っては何だが、ルックスにも自信あるし、子役として何度かテレビにも出ていた。

 だけど、大人になったら見向きもされない。
 どうしてだろう。芝居も出来てルックスもいいのに…。

 そして今日、俺の運命が決まった。イーストN正式採用のオーディションを受けて落ちた。
 みっちり稽古をしてきた。ヤスさんが課す消防仕込みの訓練礼式も必死にやった。
 最初は渋々だったけれど、訓練礼式は芸に役立つとすぐに分かった俺は一切手を抜かず真剣に取り組み、見違えるような規律と礼儀を身に付けた。子役として培ってきた芸、声優として稽古に励んだ日々、そしてヤスさん仕込みの訓練礼式、これで落ちるわけがないと思ったけれど事務所は厳しい…。二年の養成期間など無かったかのように俺を切り捨てた…。

「くそっ…!」

 再度、養成所に通う金なんてない。
 俺は色んな声優事務所の門を叩いて売り込んだ。
 しかし、全部駄目だった…。那由多プロが三十近いオッサンを拾ったと聞き、そこにも売り込んだが駄目だった。俺の外郎売、そんなに駄目かよ!くそっ…!見る目のねえやつが多すぎんだよ!

 俺が声優を志したのは高校の時だ。子役から俳優になるという流れに乗れず、いつの間にか普通の高校生になった。だけど演劇部に入って芝居は続けた。やっぱり俺は芝居がしたい。
 そんな時だ。俺は一つのアニメに夢中になった。誰もが知る海賊が主人公のアニメだ。
 ああ、この世界のキャラクターを演じたら、どんなに気持ちいいだろう!楽しいだろう!そう思った俺は声優になろうと決めたんだ!

 だが結果は無残なものだった…。
「ちくしょう…!」

 俺の生まれは埼玉の秩父、武甲山を見て育った。
 工務店を経営する父、専業主婦の母、そして姉がいる。俺は工務店を継がないと家を出て東京に…。姉の旦那になった人は親父の一番弟子…。もう子供もいて…俺にはもう実家に居場所なんてない…。別に家族と不仲じゃないんだが…大口叩いて家を出て、それでおめおめと帰るなんて出来なかった…。お袋は『いつでも戻っておいで』と言ってくれるけど…。
 帰るにしても、俺は『どうだ!このキャラ、俺が演じているんだ!』と言いたくて…。
 我ながら馬鹿だと思う…。

 都内に暮らすには金がかかる。俺はバイトを二つ掛け持ちしていた。
 女性用風俗にも行った。ルックスは自信ありだから大丈夫だろうと思えば落とされた。
 何でも女性に尽くそうという気持ちが感じられないとか。何言ってんだと思った。
 ブスとババアとすればいいんだろう、と思ったが、そういうものではないらしい…。
 バイトはコンビニと牛丼屋だ。ストレス溜まるわ、このバイト。両方とも覚えてマスターしなくちゃならないもの盛沢山…。SNSではっちゃけた動画を投稿するバイトの気持ちがよく分かるわ。
 このバイトだって…声優になるという一本の柱が俺の心に立っていたから出来たこと。
 その夢が破れたら…モチベーションが続かないんだ。

 ふと、そんなある日、俺はパチンコ屋に足を運んだ。パチンコを打つためじゃない。
 トイレを借りるためだ。
 しかし、これが俺の破滅の序曲となった。トイレを済ませてパチ屋から出て、換金所の前を通りかかった時、俺と同じ歳くらいの男が万札二十枚以上を手にしていた。時刻はまだ十四時ごろ。開店から打ったとして四時間で二十万円!?

 俺はそのままホール内に戻り、特に何の思案も無く座った台、投資三千円で大当たりした。そのままずっと確率変動、大当たりが止まらない。ああ、これだよ。これで金を貯めて再び声優養成所に行こうと思った。連チャン止まらず、俺はわずかな時間で三十二万円も手に入れた。俺の二月分の給料が、こんなにあっさりと。パチンコって素晴らしい!

 …しかし、あとは想像の通りだ。よくあるビギナーズラック。
 俺は牛丼屋のバイトをやめて、その時間をパチンコに充てた。わずかな貯金もパチで無くなり、しまいには借金してまで打つようになってしまった。

 もう駄目だ。声優になるどころじゃない…。
 俺は俺を破滅へと誘ったパチ屋のトイレで首を吊ることにした。
 屁の突っ張りにもならんことは分かっているが、せめてもの腹いせだ。
 バッグにホームセンターで買ったロープを入れて、パチ屋に入店、そのままトイレに歩いていると

『この国の平和を乱すワルダー軍団め!この私、ミラクル☆サチコが許さない!』

「……!?」
 それは新台の『CR魔女っ娘戦士ミラクル☆サチコ』から発せられるヒロイン、サチコの声だった。タイアップ機が多い中、このミラクル☆サチコはパチンコメーカーが独自に作り上げた魔女っ娘作品。昭和の古臭い魔女っ娘アニメをモチーフにしている…。とか何とかパチンコ必勝本で読んだ。

 打っている客には悪いと思ったが、俺は台の前に立って液晶画面を見つめた。
『わははははは!サチコよ、そんな非力で余の前に立つとは笑止千万!』
 液晶には見るからに凶悪な魔王風体のキャラがいる。
『負けるもんか!私がやられちゃったら…!この国の平和が!』

《ボタンを連打してサチコにエナジーを送るのだ!》と、液晶にメッセージが。
 ボタンを押し続けるパチ客、だいたいこの流れは外れるのが多いが

『バワーチャージ完了!いくわよ、魔王!』
『おのれぇぇ!』
『ミラクル☆サチコ!ゴールドラァァアンス!』
『ぐあああああっ!』

 魔王が敗れてミラクル☆サチコ勝利、777が揃った。
 パチ客は小さくガッツポーズをしている。
 後ろにいる俺のことなんてどうでもいいのだろう。だが、俺はどうでもよくない。

「真理子…。ヤスさん……!」

 主人公ミラクル☆サチコを演じていたのは俺の同期の村上真理子、魔王を演じていたのはヤスさんだ…!共演している!いつも同期の仲間で言っていた『共演しよう!』を叶えたんだ!

 俺はたまらずパチ屋を出た。涙が溢れて止まらない。
 何をやってんだ俺は…!ロープを入れたバッグを力任せに地に叩きつけた。
 思い浮かべるのは稽古で課題劇を演じたこと。時に真理子の恋人役、ストーカー役を演じ、真理子は俺の妹や罠に陥れる悪女を演じた。その課題劇の中に、いつもヤスさんがいた。肩を抱き合い笑い合った同期の仲間たち…。
「共演してえ…。一緒に声優やりてえよぉ…」
 俺はパチンコ屋の前の路上で崩れ落ち泣いた。傍目にはパチンコで大負けした馬鹿と思われるだろうが別にいい。俺は今日、首を吊って死のうと思っていた本当の馬鹿野郎なんだから…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

<真理子視点>
「えっ?ミラクル☆サチコの続編が!?」
 事務所に顔を出すと、私の担当マネージャーの桜井さんが資料を見せながら切り出してきた。
「ああ、全国のホールで大人気だからね。めでたく続編が作られることになったんだよ。もしかするとミラクル☆サチコの本当のアニメも制作されるかもしれないね!」
「そうなったら嬉しいなぁ…。これ私が初めて主役を演じたものですし…」

 前世の私は『魔法のお姫様ロゼアンナ』のキャサリン役で躓き、以来主役どころかレギュラーも取れず、死ぬまで、ずっとモブと端役だった。
 しかし現世ではキャサリン役、大成功!オファーも来て、その中に『CR魔女っ娘戦士ミラクル☆サチコ』の主人公サチコ役があった。パチンコ機のヒロインは初めてだったけれど収録楽しかったな~。魔王が…うふっ、私の大好きなヤスさんなんだもの!
「近々、サチコの台詞集がメーカーから送られてくるはずだ。楽しみにしているといいよ」
「分かりました。ありがとうございます」


「お願いしますっ!」
「ん…?」
 事務所の外から聞き覚えのある声がした。様子を見てみると玄関内で土下座して事務の桑原さんに頼んでいる。正也…!
「もう一度だけチャンスを下さい!USBメモリも持参しましたが、かつて一発勝負のオーディションに落ちた自分としては直に事務所の人に見てもらいたいんです!自分の外郎売を!」
「困ったな…。いいかい、田中くん、君が言った通りオーディションは一発勝負、二度のチャンスはないんだ…。いま宮田プロデューサーは不在だけれど同じことを言うと思うよ」

 正也には気の毒だけれど桑原さんの言うことは正しい…。これを認めてしまい、臨時のオーディションでも受けさせたら、採用オーディションに落ちた人すべてが再戦を臨む。養成所から本採用に至るまでのオーディションが有名無実になってしまうのだ。
 だけど…正也、いい顔になっている。中身が乏しかったイケメンがあんな面構えに。苦労したんだろうな…。

「お願いしますっ!」
 困った顔の桑原さんだが、この時、運は正也にあったか、ちょうど桑原さんの携帯電話に出先の宮田プロデューサーから電話が入った。正也も電話の相手が宮田プロデューサーと分かったようで
「お願いしますっ!僕の外郎売を見て下さい!」

 電話の向こうでも正也の声は届いたようで…。
「ふう、田中くん、宮田プロデューサーが一度だけ見てくれるそうだ」
「やった!やったぁぁ!」
 まったく宮田さんは甘い…。そう言いつつ桑原さんは通話を切った。
 正也の再戦は一時間後だ。私は現場に出かけなくてはならない。事務所を出る時、喜ぶ正也の横顔に『がんばれ』と小さくエールを送った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「久しぶりだね」
 ミーティングルームに通された俺、目の前には宮田プロデューサー、そして現在も人気声優として活躍する新田恭介学院長がいた。まさか新田学院長まで立ち合ってくれるとは思わなかった。まして俺のことを覚えていてくれたなんて。そして宮田プロデューサーから訊かれた。

「養成所を卒業してからどうしていた?」
「はい、情けない話ですが…自棄にもなりました。挙句パチンコ依存症にもなり、一時は死ぬことも考えましたが皮肉なもので、そのパチンコに助けられました。ホールでたまたま村上真理子さんと中山康臣さんが共演している作品を見たのです」
「「…………」」
「自分でも説明のつかない感情でしたが涙が溢れて止まらず、何をやっているのかと思いました。依存症もそれで断ち切り、パチンコで作ってしまった借金をバイト掛け持ちで何とか返し終え、それと同時に芝居の勉強を続けてきました」
「ふむ、再挑戦に値する技量を身に付けてきた、そう自分で思えたのだね?」
 と、宮田プロデューサーが言った。その通りだ。もう俺には後がないし、俺には声優しかないんだ。
「はい、稽古に励んできました」
「ふむ、そんな苦難も芸の肥やしに出来たのならいいのだがな」
 新田学院長も若い時は苦労してきたと聞く。芸の肥やし、パチンコ依存症がそれに値するかは分からない。しかし、借金を返すため懸命に働いたのは、よき人生経験となったと言える。コンビニ、警備員、ファミレスと身を粉にして働いたんだ!

「では始めたまえ」
「はいっ、すう…」
 宮田プロデューサーの合図で俺は外郎売を始めた。
 何度も何度も練習した外郎売…。真理子、ヤスさん、そして一度の挫折から立ち上がった美津子、彼らと共演がしたい!それだけだった。一度は死んだ身だ。怖いものなんてない!

「「…………」」
 宮田プロデューサーと学院長が見守る中、俺は少しの緊張はあったが背筋をピンと伸ばした正座で一気に外郎売をまくし立てた。一言一句間違えず、そしてどんなに早口でも聞き取れる活舌で。

『拙者親方と申すは、御立会の中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を上りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して、円斉と名乗りまする……』

 そして外郎売を終えて
「ありがとうございました」

「ふっふふふ、正也、君はここで学んだものより、外で学んだことが血肉になったようだな。パチンコ依存症を断ち切ったことも、見事に芸の肥やしとしたようだ」
 ずっと鉄面皮だった新田学院長が微笑んだ。
「宮田くん、正也のこと拾ってやろう」
「そうですね、正也…」
「はっ、はい!」
「分かっているだろうが、ここから勝負だ。君と同じ外郎売、世の中の声優すべてが出来ることと思え。ようやく君はスタート地点に立てた。それだけだ」
「はいっ!」
 やった!やった!これからが大変だ、ようやくスタート地点に立てたこと、それは分かるが今は泣かせてくれ…。
 ありがとう、真理子、ヤスさん…!貴方たちが俺を死の誘惑から引きずり戻してくれたんだ!
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