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第一章 ~ルバンダート迷宮篇~

トレジャーハンターと迷宮

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「シッ」
「ギィァア!!!」

 短めのナイフを小さく振って眼前に対峙するデカい蝙蝠のような魔物を貫く。羽根から繰り出される大ぶりのひっかき攻撃を、余裕をもって回避しながら懐に潜り込んだ。左手で持ったナイフに右手も添えて全体重をかけて深く抉り込むように指す。魔物はビクビクと震えてやがて動かなくなった。

「ふぅ……今日は多いな」

 これでもう3匹目だ。ここ、迷宮の第1階層ではそれほど多くの魔物は生息していない。迷宮の魔物は基本的に下層で生まれて上層に上がってくる。魔物の強さはダンジョンの広さやボスモンスターの強さに比例するが、ここ、ルバンダート迷宮は全5層の浅いダンジョン。魔物は2階層からチラチラ見る程度で第1階層では一度潜れば1,2回見るかどうかだった。

 それがどうだ、今日に限っては1階層の内から3回も接敵している。

「下層でなんか暴れてんのか?……けどそんな強い魔物がこんな低ランクダンジョンに出るかね……」

 ダンジョンはそれぞれF~Sまでのランクで分かれており、そのランキングはダンジョンの危険度に比例する。トレジャーハンター側にも本人の能力に応じたハンターランクが設定されておりこちらもダンジョンランクとおなじF~Sまで、基本的にはハンター達は自身のランクと同じかそれより1つ上のダンジョンに挑む。

 同じランクならそれが自分に一番合っているのでは、と思うかもしれないが、ダンジョンは下層にいくほど魔物が強くなる。逆に言えばそれを前提にランク付けされているので、自身と同じランクのダンジョンは総じて中層までは自身より弱い魔物しかいない事が多いのだ。

 さて話を戻そう。このルバンダートのダンジョンは初心者向けと語った通り最低ランクのFランク。最下層まで潜ってもせいぜいがEランクでDに足を掛けた魔物がいるかどうか、と言ったところだ。そしてそのレベルの魔物たちは総じて知能が低いのでお互いに影響しあうことはまずない。……だからこのまるで何かから逃げて来たかのような上層での魔物の大量発生が気にかかった。

「ふむ、こんなもんか」

 先ほど倒した蝙蝠の魔物、ロアーバットの素材をはぎ取り終わって、それを素材用のサックに詰める。こいつは皮と翼、牙、それと体内にある拡声器官と呼ばれる部位を買い取ってもらえる。大きく声を発して他の魔物を呼び寄せる厄介な奴だが今回は鳴かれる前に倒せて僥倖だった。

「普段なら他に魔物がいない上層でロアーに当たったら幸運なんだが……」

 ロアーバット自身の戦闘力はたいしたことがない。爪も小さいし力も弱い、牙だけは少し危ないが鳴くのを優先するため基本的に使ってこない、俺でも狩れる程度の魔物だ。
 けど拡声器官を使って発声するロアーバットの鳴き声は他の魔物を呼び寄せる性質がある。3層以降でこいつに当たったら非常に厄介な魔物だった。

「まあいい、次だ次」

 気持ちを切り替えて迷宮探索に意識を割こう。迷宮とは言いつつもここルバンダートは既に探索されつくしている。最下層までのマップは市場に二束三文で出回っているし、過去のハンターたちが残した道標もそこかしこに見受けられた。入り組んだ道も隠れた通路も衆目に晒され既に迷宮としての体裁は完全に崩壊しつくしているといっても過言ではない。

 かと言って探索することが無駄かと言うとそうでもない。

 放置しておけば魔物は迷宮の魔力とやらで発生し続けるし、その魔物達は人が来なければ飢えからやがて共食いを始める。魔物が魔物を喰って、魔力が魔物の中で凝縮される。その魔物をより強い魔物が喰ってさらに力をつける……現実世界における毒の生物濃縮に近い。放置すればするほど魔物の強さは上がっていく。

 そしてそれは魔物だけではない。迷宮内部に漂う魔力を吸って鉱石なども徐々に大きくなる。真珠かな?

「魔力だ何だは、まだよくわかんねぇけど迷宮の知識は一通りついてきたな」

 ここは異世界だ。過去の俺の常識は通用しないだろうし、そもそも俺自身が異形と呼んでも差し支えないものになり果てている。

 あれから、本当に吸血鬼になってしまったのか自分の体を調べるために色々と実験をした。結果から言うと、吸血鬼かどうかはわからないが少なくともかつての俺ではないものに変わってしまったことは確かなようだった。
 良く聞こえる耳、夜でも昼間のように見える目、際限なく伸びる爪、鋭い犬歯、大きく伸びた身体能力。
 そして何より体内の血液をある程度操作できるようになっていた。自分の中に流れる血を感じ取れ、それに指先に集まれと念じればその通りに動く。妄想ではないのかと試しに脳に送り込む血液を減らしてみたら見事なまでに貧血でぶっ倒れた。本物だった。
 
 だが、まだ断定できない事実がいくつかある。この世界の人たちに聞いてみたところ、吸血鬼の特徴は現実世界での伝承とさほど変わらないようだった。
 血を好み、自身の血を分け与えた人を隷属させ、夜に活動する。銀とニンニク(のようなもの。この世界ではニグンと呼ばれていた)が苦手で、太陽の光を浴びると体が焼けてしまう。
 けれど、俺は太陽の光を浴びても焼けないし、銀に触れても死なない。ニンニクは食べられないがこれはもともと俺が嫌いなだけだ。食べていないので吸血鬼になった今変化があるのかはわからない。

 どうにも相談出来る相手も少ないしお国柄気軽に聞ける話でもない。「吸血鬼になったみたいなんですけど調べてくれません?」なんて言ったら5分で衛兵が駆け付け次の瞬間には処刑台の上だ。この国で、吸血鬼であることをばらすにはリスクが高すぎる。

「せめて他に元々この世界生まれの吸血鬼とかがいればな……」

 同じ吸血鬼であれば話しても問題ないし、例えば吸血鬼のグループがあるなら仲間に入れてもらいたいとも思う。
 危険かもしれない。だが俺は問題ないんじゃないかと思ってる。
 何故なら吸血鬼はこの国では悪魔の如く嫌われているが、その原因は30年前に暴れた一人の吸血鬼だ。たった一人、その一人によって吸血鬼全体が嫌われているだけだ。今現在この世界の何処かで生き延びているであろう吸血鬼たちまで悪鬼羅刹と言うわけではない。

「まあ実際に会ってみて、人となりを確認してからの話になるが」

 なんだかんだと言ったが、かといってその吸血鬼が悪人でないとは限らない。それはまた別の問題だ。ただ種族として人を襲い、全てを奪い去っていくようなものではないというのだけは確かだった。

「……ん?あぁ、ここまで来ちまったか」

 そんな風に色々と考え事をしながら下層に続く階段を下りていたのだが3層を過ぎて4層まで来てしまっていた。
 因みにこの最下層まで直通の階段は先人のトレジャーハンターたちが後から掘ったものだ。普通のダンジョンはそれぞれの層にバラバラに階段が設置されている。広い迷宮なら層毎に何個か階段がある。

「……ふむ」

 引き返そうとして、足を止める。
 ……もう3層に入るようになってから1週間は過ぎている。今ではソロでも苦もなく対処できるようになってきてるし、いい機会かもしれない。

「……行ってみるか、4層」

 振り向きかけた足を戻して4層に続く道に下りる。様相は変わらない。ダンジョンによっては層毎に大きく姿を変えるものもあるらしいと聞いたがこのダンジョンは最下層までずっとこの洞窟調子が続く。
 4層の入り口に立って耳を澄ませる。……何も聞こえない。魔物の息遣いも、ハンターの声も、何も。

「ちょっと怖いけど……危なくなればすぐに引き返そう」

 ここで足踏みしていても始まらない。まだ見ぬ魔物に、まだ見ぬ鉱石。それを追い求めて俺は新しい領域に足を踏み入れていった。
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