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第一章 ~ルバンダート迷宮篇~

束の間

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「ミドリ!本当にすまなかった!!」
「……いや、もう別にいいって……」

 駐屯地での話し合いが終わって翌日。
 いざこざがすべて収まって、ルバンダートの下町へ戻ってきた俺に、出会って開口一番、実に深いお辞儀でそんなことを言ってきたのは、あの日俺を捕まえるために武器を向けてきたハンターの一人、ラウルだった。
 地面に頭を付けそうなぐらい深々とお辞儀をするその姿に横で一緒に歩いていたミルが驚いて、ハトが豆鉄砲でも喰らったかのような顔で固まっている。
 場所が普通に道の往来と言うこともあり周りの人たちの好機の視線も集まってきた。

「しかし!それじゃあ流せないほどの事を俺は……!」
「いや、ほんとにもう気にしてないから……ともかく頭を上げてくれ。醜聞が悪い」

 その言葉で納得してくれたのか、渋々ながら顔を上げる。
 その表情には後悔の念がありありと浮かんでいて、ミルのように嘘を見抜くスキルがなくても彼の胸中は手に取るように分かった。

 その後何度か自責の念に囚われそうになっていたラウルを宥めながら、いくらか話して別れた。
 別れ際ナイフが壊れたことを話したので、代わりにとサブ武器として持っていた短刀をくれたので、それはありがたく使わせてもらうことにしたが。

「思わぬところで武器代が浮いたね」
「まったくだな」

 ミルを連れ立って街中を練り歩きながらそんなことを話す。
 そもそもなぜ街に二人で来ているのかと言うことについてだが……

「次は薬屋だね。ポーションとか色々買っとかないと」
「ヴァンパイアにポーションっているのか?そういえば」
「傷を治すのにも魔力は消費するからね。ポーションで代用できるならそれに越したことはないさ」
「あー、それもそうだな」

 単純な話、前回の迷宮探索で失った装備品の拡充のためだ。

 俺も、ミルも長期間の迷宮生活と戦闘で装備品の各所がボロボロだった。
 短剣は柄が消滅し、探索道具用のポシェットは帯が切れていつの間にか消失していた。中に入っていた道具も同様だ。
 ミルは元々あまり多くの装備を持っておらず、話し合いで言ってた金がないから無断で迷宮に潜っていたという話も実は事実だったようで、本当にほぼ無一文だった。

 なので、グレイビースト等の素材を一部ギルドに買い取ってもらって得たお金でこうして装備の新調に来たと言った次第だ。
 
 グレイビーストの素材のうち、骨と角だけは腕のいい加工屋に直接渡して武器にしてもらう予定なので、この2つは宿屋に預けてある。
 だが、元々グレイビースト自体が、本来こんな低ランクの迷宮に出る魔物ではないので、その素材も普段売りに出している魔物の素材とは比べ物にならないくらいの価格で買い取ってもらえた。
 なので、軍資金は素材を余らせてもなお有り余っている。

「不幸中の幸いだねえ」
「まあな」

 色々と死ぬ思いをしたことを考えれば到底足りないかもしれないが、それでも不自由なく過ごせるだけでも今はありがたい。

 そんなことを話しながら、ミルと2人色々な店を回っていく。
 武器屋、防具屋、雑貨屋、薬屋。途中ミルに付き合って装飾品店も見に行った。

「かわいい~~!」
 
 色とりどりに加工されたブレスレットやチャームの類を見て目を輝かせるミルが、その時は年相応の普通の少女に見えた。
 普段が大人びているうえに、実年齢が年上と言うのもあり接し方が分からなくなることも多いが……こういうところの感性は見た目相応なのかもしれないな。

 最終的に、切れば一度だけお互いの居場所を知らせることが出来る魔法のかかったミサンガを1セット買って二人でつけることになった。

 赤い方をミルが左手首に、緑の方を俺が右の足首に付ける。

「えへへ……」
「……そんなに嬉しいか?」
「うん!誰かに贈り物なんて貰ったの子供の時以来だよ。ありがとうミドリ!」
「……そうかい、ならよかったよ」

 贈り物というよりかは、ミルがどうしてもとねだってきたので仕方なく、という感じだが。
 だがまあこれだけ喜んでくれるなら悪い気もしない。

 手首に巻いた赤いミサンガを嬉しそうに見ているミルを横目にそんなことを考えていた。



 
 それから一通り買い物も済んで、宿屋に運び込んだ後。

 時間がちょうどいいことを確認して俺とミルはとある酒場に足を運んだ。


 扉を開けると、カランと音を立てて客の来店を知らせる。
 
「おう、ミドリ。今日は女連れか」
「変な言い方はするなバレル。ただのパーティーメンバーだ」

 バーカウンターの奥に座る巨躯の禿げ頭。……酒場の店主であるバレルが俺たちの姿をとらえてそんな風に茶化してくる。
 普段よく来る酒場なので顔見知りなのだが……ミルと共にここに来るのはもちろん初めてだ。

 俺の反応が面白かったのか、ニヤリと不敵に笑うバレルだったが、すぐに視線をテーブルの方へ向けて告げた。

「そういえば、今日はお前さん宛の客が来てるぜ」
「ああ、知ってるよ」

 バレルの指さすテーブルに向かって歩を進める。そこに居たのは――

「あ!碧――!!!」
「ようやく来たか!」
「碧」

「おう、遅くなったお前ら」

 空、照、理央。暫く会っていなかった家族だった。

 俺の姿を見つけて、理央が真っ先に飛び込んでくる。それを抱き留めて宥める。

「ミドリ~~!!」
「ほらほら、泣くなって理央」
「だって、死んじゃったかと思って――!」
「悪かったよ、こうして生きてるから許してくれ」
 
 理央の頭をポンポンと叩く。顔を俺の胴に埋めたまま泣きじゃくる理央を尻目に、こちらに近づいてくる甲冑姿の青年に視線を移した。

「……空もなかなかだったけど、また、随分と様相を変えたもんだな、照」
「そういう碧も随分とハンターたちに馴染んだ格好になったね」

 青年、照は柔和な光を携えた瞳でこちらを見る。全身甲冑姿で帯剣しているその姿は、まさに騎士や勇者と言った出で立ちだ。
 そう思い、ようやく離れた理央の姿も見てみるとこちらも白と青を基調にしたローブ姿で、回復術師と言った感じの姿だった。

 空だけは私服に着替えているが、恐らく着替える間も惜しんで来てくれたのだろう。

「わざわざありがとな。迷惑かけた」
「気にしないでいい。碧が危ない時は、いつだって助けに行くよ」
「……ああ、ならお前らが危険な時は逆に俺を呼んでくれ」


「――いつだって、どこだって助けに行く」


「……ああ」
「うん!」
「そうだな!」

 三者三葉。けれど思いは同じだった。……家族の危機には、いつだって助けに行くさ。




「……いい物だね、家族の絆は」
「っと、ミル」
「けど、そろそろボクにも紹介してほしいな」
「悪い悪い」

 後ろで静かに佇んでいたミルが、ちょっと不満げにそう言った。
 軽く謝罪して、改めて皆に紹介する。

「空はもう知ってると思うが、彼女はミル、トレジャーハンター仲間だ。訳あって一緒のパーティーで活動してる」
「天津理央です!よろしくミルレアさん!」
「天津照だ。よろしくおねがいするよ」

「うん、ありがとう。ボクはミルレア・オーンスタイン。気軽にミルって呼んで欲しい。よろしく、リオ、アキラ」

 理央が元気に、照がスマートに差し出した手をミルがそれぞれ握る。

 お互いに軽い自己紹介を終えて、顔合わせも済んだところで、今日の本題に入ることにした。
 
「今日は迷宮の事が一番なんだけど、もう1つ皆に伝えたいことがあって集まってもらった」

「伝えたいこと?」

 理央が小首をかしげる。

「ああ、ミルを連れてきた理由でもある――俺の種族の事について」

『!!』

 3人が驚きを顔に張り付ける。ミルには事前に話していたので、彼女は分かった話として聞いていた。

「……!碧、もしかして彼女は……」

「察しがいいな。多分、照の考えている通りだ」

 
「――ミルは俺の同胞だ。種族の復興を目的に活動している時に、俺の噂を聞いてこの迷宮に来たそうだ」

 酒場であることも考慮して、少しぼかした表現にはなってしまったが、十分皆には伝わったようだ。
 次第に、理解の色が広がっていく。

「……なるほど、それでパーティーを組んでいるのか」
「びっくりしたー。てっきりもう1人もいないものだと思ってたから……」
「実際表に出てきている同胞たちは数えるほどだと思うよ……ボクも今まで会ったのは片手で数えられるくらいさ」

 ミルが思い出しながら指折り数える。

「そういえば種族復興っていってたか?今」

 空が、目敏くそんなことを言う。

「ああ、両親が被った汚名を晴らして、種族の復興をするのがボクの目的だ」

「……んで、俺もそれに手伝うことになった」

 ミルの答えに同調するように続ける。

「と言うことは、この町は離れるのか?」

「一旦な。また戻っては来るが隠れ家として使っている村があるそうなんでそこに行ってみる予定だ」
「場所はここだよ」

 ミルが地図を取り出して、一点を指さす。

「……少し王都からは遠いな。今の僕らの遠征先とも被ってはないか」
「まあそれはしかたないさ。王国軍なんて本来は一番会っちゃいけない部隊だ」
「それもそうだね」
「……またしばらく会えないの?」

 悲しげに目を伏せる理央の頭を撫でる。サラサラとした髪が心地よい感触を与えてくる、理央は気持ちよさげに目を細めた。

「悪いな、理央。また会えるさ」
「……なるべく早く帰って来てね」
「善処するよ」

 苦笑して、手を退ける。

「まあともかくだ、出発するまではまだ時間がある」
「そうだね……今日は全部置いといて、久々に皆で食事をしよう」
「ああ」
「おなかすいたー」
「俺も―」
「……ふふっ」

 照の言葉に俺が同意すると、理央と空がそう愚痴る。ミルがそれを見て小さく笑った。

「ほら!ミルも一緒に食べよう!」
「……ああ、いただくよ!」

 理央に手を引かれてミルがテーブルの席に連れられる。

「じゃあ、俺達も」
「だね」
「おう!」

 残った俺達も席に着く。

 ……そうだな、色々考えることはあるけれど、今日は家族とパーティーメンバーとの食事を楽しむことにしよう。




『乾杯ーー!!』
 
 
 
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