さようなら

惰世

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さようなら

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きみが亡くなったと聞いた。
最後にきみを見たのは、正月に帰郷したときだろうか。
そのとき既にきみは寝たきりで、家の中を自由に歩くこともできず、母に手厚く看病されていた。もう長くはないだろうということは理解していた。
悲しくはなかった。恐らく、寂しくもなかった。ただ、今できたばかりの胸の奥にできた凹みを、なんとなく感じていた。

ぼくはこれまでの人生の中で、2回ほど葬式への参列を経験しているが、死んでしまったんだなと、ただ呆然と眺めるだけであった。なんて自分は薄情なのだと、少しばかり悩むこともあったくらいだ。だからきっと、今のぼくもきみの死を悲しむことはできない。それでもやはり胸の奥が凹んでいるのは気がかりで、きみのことを考えることにした。

ぼくは日常の中できみのことを思い出すことはほとんどなかった。だから、きみとの思い出を振り返るには少し時間がかかってしまった。

きみと出会ったのは、15年ほど前。父に連れられた先で初めて顔を合わせ、まだお互いにぎこちないまま、同じ家へと帰った。あのとききみはぼくの家族の一員となった。その後は、たまに一緒に公園で遊んだこともあったが、成長するにつれ関わることは減った。それでも同じ家で過ごすから、ぼくがお菓子を食べているときには、物欲しそうに、けれど大人しくじっと見つめてくるきみが、記憶に残っている。

こうしてきみとの思い出を振り返っても、涙が出ることはない。ただ、まだ胸にできた凹みは戻らない。

この凹みをどうしたものかと考えていくうちに、僕はきみとの過去を思い出すばかりで、今のきみへの言葉を表現できていないことに気付いた。

共に過ごしてきたきみへ。まずは、ありがとう。きみは家族で、あたたかさを与えてくれた。それと、

ーーーさようなら。
大したことない、誰かが毎日使っているかもしれない言葉。でもぼくはこの言葉を、初めて使ったかのような、とにかく、妙にしっくりときた。

さようなら。
この言葉を紡いでしまったときに、きみにもう会えないことをぼくは理解してしまったようだ。胸の奥の凹みは、いつのまにか元に戻っていた。
 




ぼくはこれまで、胸の奥の違和感を感じながらも、それを自身で気付くこともできず、言葉で表そうとも思っていなかった。目にしたきた死に何も感じられなかったと勘違いしたのも、きっとそういうことだったのだろう。きみと過ごしていた頃のぼくはあまりに幼かったが、ぼくも少しは、大人になったということだろうか。
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