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夏休み前の神経戦
ひとりで過ごす夏休みを死守したい
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マンションへ帰ると、
久しぶりに小鳥遊は休みで家にいた。
「夏休みは、どうするんですか?」
…先生たちも1週間程休みを貰っていた気がする。
冬は師長に有給消化をするように命令されていた…ので、今年は2週間程とれそうだと小鳥遊に話した。
「そうなんですか♪僕も医局のスケジュールをそろそろ組もうかなと思っていたんですが丁度良いですね。」
脳外科の雑誌から視線をあげて冬に微笑んだ。
「…え?」
冬は思わず声が出た。
「え?」
お互い顔を見合わせたまま、フリーズ。小鳥遊は当然の如く夏休みは一緒に過ごせるのだと思っていた。
「休みぐらい別々でも…良いんじゃないですか?」
冬がバッサリとその夢を断ち切ると、小鳥遊はしょぼ~んと寂しいそうだった。冬はその顔を見て、面倒なことになりそうな予感がした。
「それに師長の都合で決められちゃうから…。希望出しても殆ど通らないですから。」
慌てて誤魔化したが、本当は、9月初旬に2週間の夏休みをもらえる事が既に決まっていた。
中堅看護師の冬は、学生指導,委員会や勉強会などで、勤務表を師長が作る上で制約が厳しく、その苦労をいつも横で見ている冬は師長に全てお任せだった。
夏休みは毎年同じ、北米一人旅。チケットも既に取った。
「そうですか…でも僕も医局長の権限で、トーコさんに合わせます♪」
…ヤヴァーイ。冗談じゃない!これは困ったぞ。
小鳥遊は病棟にちょくちょく寄っていた。看護師達の夏休みの希望や計画を話しているのを何気なく聞いていた。
「月性ちゃん…2週間有給消化だって。」
「師長に有給消化命令を言い渡されたっぽい。」
「いいなぁ…私なんて有給ほとんど残って無い。」
「今年はどこに行くんですかね?」
後輩が聞いた。
「今年も一人で北米でしょ。ああ見えて英語ペラペラだし。看護研究も英語で書けちゃうぐらい。」
「へー知らなかった!彼氏とか居ないのかな?」
「居ない。」
冬の同期がきっぱりと言い切って笑った。
「そう言えば…禿がトウコさんのことやたらと嗅ぎまわってるらしいですよ。サイテー。」
「うー嫌だ嫌だ…キモッ。」
備品の補充や点滴の確認をしながら、看護師達のおしゃべりは続いた。
冬がゆったり風呂に入っていると、帰って来たばかりの小鳥遊が部屋着にも着替えずやってきた。
「トーコさん…夏休みの件でお話があります。」
いつになく小鳥遊は真面目な顔をしていた。
…こうしてみると本当にカッコ良いんだけどなぁ。
「北米へ行かれるそうですね…。」
「え?」
「え?…では無いでしょう?先日あなたは、休みがいつ取れるか分からないと言ってたじゃないですか。」
…どうしてバレタ?
「先生…お風呂のドアを開けていると寒いので締めて下さい。そのことは後で説明しますから。」
冬は、動揺を隠し普段通りの口調になる様に勤めた。
…差し迫った感あり…だが…風呂に入ってる間に言い訳を考えよう。
小鳥遊は風呂場の中に入り、後ろ手でドアを閉め、洋服を脱ぎだした。
…あ…そうきたか。
「僕はあなた無しでは、もう駄目だと言ったでしょう?」
シャワーを出し体を洗った。適度に厚みのある男性的な大きな胸板。お腹は割れてこそ居ないが、筋肉の動きが見えた。キュッと引き締まった小さな尻…その下には筋肉質の長い足がすらりと伸びていた。膝下も長く西洋人の様な体型だ。
…目の保養になりますね。
「そう…でしたっけ?」
…そんなこと言われたっけかなぁ。
小鳥遊はその大きな体を湯船に沈めた。湯船から大量の湯が零れた。
「でも…お互いに干渉しない大人の付き合いじゃ無いんですかね?それを言い出したのは先生ですよ?」
酷く突き放したような言葉で予防線を張ったのは小鳥遊のほうだ。
「はい。確かに僕はそう言いました。何故なら、あなたが以前に面倒なことは嫌だと、小峠先生のことを話していたからです。」
…向かい合わせで微妙な空気…やめて欲しい。
「今でもかなり面倒なんですが。では…先生はどうされたいんですか?」
今度は冬が小鳥遊を突き放し、顔をじっと見つめる。
「トーコさんと…一緒にいたいんです。」
少し切なげに小鳥遊は言った。素敵な顔に寂しさと憂いを含み、冬は思わず見惚れてしまった。
…いかんいかん!騙されるなトーコ。この顔に騙されて、何度トイレに引き摺り込まれたことか!
「僕はトーコさんと…ずっと…一緒にいたいんです。ゾッコン ラブです。」
小鳥遊は、何処で覚えて来たのか、今時の高校生が人差し指と親指で作る小さなハートを指で作ってみせた。
…ずっと“していたい”の間違いだよね?
湯の中でその大きな手は冬の足に優しく触れていた。
「だから、いつもこうして一緒に居るじゃ無いですか。」
冬は駄々を捏ねる子供をあやす、母親のような気分だった。
「あなた僕のことを面倒臭い…って言いましたよね?」
…ほらそれが面倒くさい。
「ええ 言いました。病棟やオペ室での“脳外科医 小鳥遊 学”は、仕事が出来るし、患者さんにも丁寧だし、指示も的確で他の看護師達からも信頼は厚いですし、とっても素敵です。脳外に来てすぐ、素敵な先生だと思っていましたし、ずっと密かにあこがれていたぐらいですから。」
「トーコさんから言われると嬉しいですね。」
それを聞くと小鳥遊は顔をほころばせて喜んだ。
…だがな…良く聞け変態エロよ。
「ただ…私生活になるとどうしてこんなに甘えん坊になってしまうのかが、さっぱり分からないの。寝食忘れてエッチなんて…病棟のDr.小鳥遊からはかけ離れ過ぎていて戸惑ってしまうんです。メールは、毎回エッチしたいから早く帰ってきてくれとか、一緒にお風呂に入りたいだとか、そればっかりじゃないですか?」
冬は大きなため息をついた。
「トーコさんが、そんなに僕に憧れていてくれたなんて…もっと早くに声を掛ければ良かった。」
小鳥遊は愛おしいそうに冬を見つめ、乳房の先端に触れ始めた。
…おい…完全に前半しか聞いてないだろ?
「だから、夏休みぐらいひとりでゆっくりと過ごしたいなと思っただけです。」
「では僕と一緒に夏休みゆっくり家で過ごしましょう。」
…聞いてたか?エロ・ド・ヘンタイ男爵。それじゃあ休めないんだよ。
「先生の仰る、家でゆっくりって“24時間強制ご奉仕労働”でしょう?」
「酷いです。人をセックス・マシーンみたいに。」
…そうじゃないのか?
小鳥遊は寂しそうに言った。
「先生…今日はいつもより…ますます…おかしな人になってますよ。」
その頬を優しく撫でると、小鳥遊は激しい口づけを冬に求めた。
+:-:+:-:🐈⬛+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
―――オペ室見学
学生の担当患者のオペ。執刀医が小鳥遊なので見学させて貰っていた。
…そういえば…麻酔科医にひとり若くてイケメンがいるとか。
来たついでに、探してみようと思っていた冬。
嫌なことに…今回の助手が小峠だった。
小鳥遊に、(月性さんにあなたはからかわれただけで、僕と彼女は何も無いですよ。)と言われてから、また調子に乗っていた。
「月性ちゃん…俺がカッコ良いからって、惚れないでね…。」
…禿げよ…寝言は寝てからも、お前は言うな!
「さぁ…小峠先生始めましょうか…。」
小鳥遊が促した。
…怒られてやんの…。
小鳥遊は、オペ中はクラッシックを聞いていた。
マーラーの交響曲第2番…なんで2番なんだろう…出だし少しおどろおどろしいと言うか、少し不安な気持ちにさせる気がする。
…どちらかと言えば有名な5番が好きだ。
「月性さん…この曲何だか知ってる?クラッシックなんてあんまり聞かないから分からないでしょう?」
…オペ中喋るな。
「ではもし私が当てたら、仕事以外の事で声を掛けないで貰えます?」
静かに聞いていた小鳥遊が少し笑ったような気がした。
「じゃあ…僕が当たったらデートしてくれる?」
純真無垢な学生が面白そうにやり取りを見つめていた。
「良いですよ。もし私が当たったら声かけないで下さいね?」
「はい…僕も確かに聞きました。」
小鳥遊がボソッと言った。
「マーラーの交響曲第2番!」
冬はざまあみろと言わんばかりに小峠を見た。
「はい…ご名答。」
小鳥遊の言葉には抑揚が無く、どちらを応援しているのか分からなかった。
「月性ちゃん…ホントは知ってたんでしょう?」
「いいえ…知ってる訳無いじゃ無いですか。いつもオペに入ってるわけじゃ無いのに。」
小鳥遊のオペ着姿もとても素敵だった。
…オペ着かスクラブでしたい…と言ったらしてくれるかな?
冬は妄想に耽った。暫く見学して学生とオペ室を出た。
「小峠先生って面白いですね。気さくで…。」
…純真無垢な学生さん…騙されちゃいけない。禿はオペ着を着てても禿だ。
「そう?」
冬は苦笑した。
脳外科手術は、術野が小さく見学しても周りからはモニターでしか見えない。なので、学生と冬は途中で退出した。
オペが終わり、学生と一緒に迎えに行くと、覚醒が良くないと暫く待たされ,先に出てきた小峠と、麻酔科医が患者に付き添って出てきた。
マスクを取ると…超イケメン♪の甘いマスク…だが、残念…背がちょっと低め。若い子達にきゃぁきゃぁ言われるのも無理はない。
「ねえ…君なんて名前?」
冬はカルテやレントゲン、術中記録などを確認していて声を掛けられた事に気が付かなかった。送りを簡単に受けた。冬はオペ室の看護師に確認サインを求められた。
月性
と記入した。
麻酔科医は冬の名札を覗き込むようにして見て再び聞いた。
「苗字なんて読むの?」
美青年の顔が近づいて来て冬はドキドキした。
「げっしょうです。」
「下の名前は?」
「トウコです。」
ふーん。麻酔科医は患者の様子を見ながら冬に聞いた。
「何年目?」
名札を見ると麻酔科医 今泉 静と書いてあった。
「脳外病棟に来て余り長くは無いですね。」
冬は点滴の残量や酸素濃度、
カテーテルなどを確認しながら、気もそぞろに答えた。
「何度か見たことあったんだ♪可愛かったから。」
そばで聞いていた学生達がざわついた。
「え…と…。そんなこと言われたの初めてです」
…なんだこの軽いノリは。
冬は気にせず,観察を続けながら患者の覚醒を待った。
「ねぇ。今度食事でも行かない?」
冬もびっくりして思わず、小峠と
顔を見合わせてしまった。
…あれ?学生さんに言ってるの?
思わず周りをキョロキョロ見まわした。。
「月性さん…君に言ってるんだけど?」
…禿げの視線が…イタイ。
「機会がありましたら…。」
冬は当たり障りが無いように答えた。
「携帯の番号教えて?メアドでも良いや。」
今泉はにこにこと屈託のない笑顔を冬に見せた。
「ごめんなさい…今はちょっと忙しいので…。」
冬は小峠をけしかけて、術後患者を載せたベットを押して、慌ただしく病棟へと戻った。
すぐに今泉が冬を食事に誘ったことが、病棟で噂になった。
…禿の仕業だ
「誘われたとしても、食事に行く暇無いから。」
聞かれるたびにそう答え、冬は噂が消えるのをじっと待った。
「トウコさん…今泉先生があなたの事を食事に誘ってきたというのは本当ですか?」
小鳥遊が聞いて来たのは、それから随分経ってからのことだった。
「ああ…もう1ヶ月以上前の話ですよ。あの ハ…小峠先生がオペ助手してた時ですね。」
本当だったんですねと複雑な表情を浮かべた。
「最近、今泉先生とオペが一緒のことが多くて、あなたの事を色々聞いて来たので伺うと、“食事に誘った”と言うじゃないですか。」
「ええ…でも突然だったもので、機会があったらって誤魔化しましたけど。」
麻酔科医なんて病棟で見かける事も殆ど無いし、大丈夫だと冬は思った。
「そう言えば…以前 カッコいい麻酔医がどうのって言ってましたよね。もしかしてそれが、今泉先生の事だったんですかね?」
冬は学生のレポートを目を落としていた。
「結果的にはそういうことになりますね。」
…字が綺麗な子は読みやすいな。
冬はどんな細かいところでも、学生を出来るだけ褒めるようにしていた。
「病棟訪問に今泉先生は良く来ますし、また誘われたらどうするんですか?」
…病棟に来てる?知らなかった。
今回の実習生は優秀な子達ばかりで、無事に実習が終わりそうだった。
「うーん…面倒なので行きませんね。」
小鳥遊は笑った。
「確かにカッコ良いけど、小鳥遊先生程では無いですし…。」
コメントを書いていて気もそぞろの冬の口からさらっと自分程では無いと言われ、小鳥遊は嬉しかった。椅子に座っている冬を急に抱き上げた。
「わ…わ…ちょと…待って。これ明日までにやらないといけないから…終わってからに…し…て…」
「僕とのエッチが終わってからにして下さい。」
冬を軽々と横抱きにしたままベッドルームへと連れて行った。
+:-:🐈⬛+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
いつもの通り、
小鳥遊は、日勤勤務の看護師達のお喋りを何となく聞いていた。
「ねぇ ねえ。聞いた?
麻酔科の今泉先生が術前訪問に来て、
月性さん探してたんですって。」
仕事を一通り覚えた、
3年目の看護師はよくゴシップを知って居る。
「えっ!なんで今泉先生が?」
思わず新人が、驚いて口を挟んだ。新人の中では、キャーキャー言っている看護師も多い事は、何と無く分かっていた。
「あー。なんか拾いたい情報とかあったんじゃ無い?」
「えーっ。でも、月性さんその時その患者さんの担当じゃ無かった筈ですよ!もうショック~。」
丸椅子に座っていた2年目の看護師が、脚をパタパタさせた。
「何言ってんの~。あんなチャラい人。
トーコが相手にする訳ないじゃ無い。」
冬の同期で、仲が良い岩田看護師が鼻で笑った。
「あ…それね。この間オペ室の子が言ってたんだけど、オペ迎えの時に、トーコに彼氏居るの?とか聞いてたって噂。」
うわ~本物だわ…と嘆く若い看護師たち。
「我らの月性ちゃんに限って、今泉センセでも付け入る隙は無い!アイツは、漢の中の漢だからな。」
病棟リハビリに来ていた理学療法士が患者のトイレを待ちながら、立ち聞きしていた。アイツに限ってねーよなぁと冬の同期看護師と笑っていた。
「えっ。それ本当?」
途中から話に参加して…というより、
看護師のゴシップに密かに聞き耳を立てていた
高橋医師が、話に割って入ってきた。
「あ。はい。ここに来てたオペ見学の学生さんも、言ってましたし。」
「あーマジかぁぁぁぁ~。」
椅子に座ったまま天を仰ぎ見て悲しそうに言った。
「マジで? うわぁ~今泉先生かぁ~。」
いじける高橋を見て、看護師達が笑った。
…高橋は、病棟看護師達に公言してたのか。なるほど、そういう手もあるのか。
そう言えば、他科の医師にも冬の事を聞かれた事があった。
小鳥遊は存在を消して、じっと話を聞いていた。
「高橋先生。ちゃんとトーコに言った方が良いよ。告白しなよ!チャラい今泉先生よりも、先生の方がまだマシ。」
看護師は高橋の背中を叩いて励まし、病室へと去っていった。
「聞いた?今岩田さんが僕に言ったこと。
酷い…まだマシって言い方傷つくなぁ。」
「月性さんに、指示抜けてダメ出し喰らってる様じゃ、彼氏候補にもならないんじゃ無いですか~。」
2年目看護師に言われ、そっかぁそうだよなぁと頭をガシガシとかく高橋。
「ちょ…っと~!!先生当直明けで、お風呂入ってないでしょっ!
もうぅ~!不潔~っ汚いよっ!」
病棟内に看護師達の笑い声が響いた。
…そうだ。この男もまだファンだったのか。
高橋が小峠とのアプローチ方法が徹底的に異なるのは、冬の事を好きである前に、“憧れている”事を前面に押し出すと、
警戒されずに近づけて話し易いという利点もあるのか。
…高橋先生…あなたもなかなかやりますね。
看護師からは、ちょっと抜けてる弟キャラ的な存在で扱われている?高橋だが、
こうして他の看護師とは普通に話せるのに、冬の前だと、少々緊張している事が伺えた。
もともと内気な様で、院内で浮いた話もあまり聞いた事がなかった真面目な男だ。本当は狙っていたとしても、“憧れ”止まりで、告白など到底出来そうにも無かった。
…本当に心配なのは今泉だ。
+:🐈⬛-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
--- 手術室。
患者を送り出し、オペ室で少しばかり休憩をしていた。
「小鳥遊先生♪お疲れ様でした。」
麻酔科医の今泉がコーヒーを買ってきてくれた。医学部に入った時から、大学始まって以来の美男子だと言われていた男だ。看護師はおろか,女医迄もがこの男を狙って居ると噂だった。
「あ。どうもありがとうございます。」
今泉からコーヒーを受け取るとお礼を言った。
「脳外病棟の月性さんって彼氏居るんですかね?」
唐突に聞かれて驚いた。
「ま。彼氏が居たって別に僕は気にしないけど。」
…確かにこの男の容姿だったら,靡かない女はまずいないだろう。
「居ないんじゃ無いですか?僕は病棟のゴシップに疎いものですからすみません。」
…やっぱりそうか。
「どうして今泉先生は、月性さんをご存知なんですか?」
「オペ迎えでよく来てて、ベビーフェイスで可愛いなぁとずっと前から思ってたんですよね~。しかも、みんなに優しい。なので気に入っちゃった♪」
屈託無く無邪気に笑う今泉に、動揺を悟られぬ様に平静を装って答えた。
「そうだったんですか。月性さんはいつも優しくて人気ですよ。」
小鳥遊は静かに今泉の様子を見て居た。彼がどの程度冬に入れ込んでいるのか、探りを入れたくなった。
「幾つぐらいなのかなぁ。2-3年目かなぁ。」
「いいえ。確か彼女は、5-6年目の中堅ですよ。」
看護師がオペ室の掃除をして居るのを二人は眺めて居た。
「えええ~!そうだったんだぁ。かなり歳下だと思ってたけど、じゃぁ同じ歳ぐらいかぁ。」
今泉の笑った顔は、爽やかだった。
「僕もっと彼女の事知りたいし、月性さん誘って合コンしましょうよ。」
手に持っていた麻酔管理ノートをパタパタと仰ぎ乍らだったので、今泉の淡い香水の香りがふわりと小鳥遊の鼻をくすぐった。
…ん?女性ものの香水?
誰か女性と同棲でもしてるのか?と色々考えを巡らせた。
…やっぱり見た目通り、軽い男なのかも知れない。容姿が良い分、小峠よりも厄介だ。
「はははは。合…コン…ですか?僕よりも、高橋や小峠の方が良いんじゃ無いですか?今泉先生と年齢も近いでしょうし、僕よりも話が合うのでは?」
近くで観ると男でもゾクゾクする様な,中性的で整った顔立ちをしている。
「僕には愛する奥さんがいますので、遠慮しておきます。」
小鳥遊が離婚した事は、未だに誰も知らないのだ。
「あ~そーでしたねぇ。」
もしも冬の事をこの男が本気で狙っていたとしたら、
流石に厳しいだろう。
「はははは…そうなんです。今泉先生のご希望に添えず、すみません。」
…だが、相手に不足は無い。
長年培われた信頼と実績があったし、
自分も今泉程では無いが、かなりモテている自負もあった。
本気になれば、浮気相手なんてすぐ見つかるだろう。
「小峠先生にも、月性さんが来る合コンがあったら、
絶対誘って下さいねって言ってるのに、ぜ~んぜん誘ってくれないんですよ~。」
…この男なら、選り取り見取りだろう。
小峠などは、この男の当て馬にすらならないだろうから、誘わないのも当然だ。
今泉が合コンに登場したら、このルックスで無双してしまうだろう事は、容易に想像がつく。
「あー。それに、若い先生達よりも、渋くて素敵な小鳥遊先生が一緒だったら、月性さんも警戒しないかなぁと思って。」
…ん。なかなかの策士だ。
「まあ確かに警戒は、されないでしょうけれど…実は僕も余り話した事が無いんですよ。彼女は、いつも忙しそうですし…。機会があったら聞いておきますよ。」
小鳥遊は、当たり障りの無い返事をした。
久しぶりに小鳥遊は休みで家にいた。
「夏休みは、どうするんですか?」
…先生たちも1週間程休みを貰っていた気がする。
冬は師長に有給消化をするように命令されていた…ので、今年は2週間程とれそうだと小鳥遊に話した。
「そうなんですか♪僕も医局のスケジュールをそろそろ組もうかなと思っていたんですが丁度良いですね。」
脳外科の雑誌から視線をあげて冬に微笑んだ。
「…え?」
冬は思わず声が出た。
「え?」
お互い顔を見合わせたまま、フリーズ。小鳥遊は当然の如く夏休みは一緒に過ごせるのだと思っていた。
「休みぐらい別々でも…良いんじゃないですか?」
冬がバッサリとその夢を断ち切ると、小鳥遊はしょぼ~んと寂しいそうだった。冬はその顔を見て、面倒なことになりそうな予感がした。
「それに師長の都合で決められちゃうから…。希望出しても殆ど通らないですから。」
慌てて誤魔化したが、本当は、9月初旬に2週間の夏休みをもらえる事が既に決まっていた。
中堅看護師の冬は、学生指導,委員会や勉強会などで、勤務表を師長が作る上で制約が厳しく、その苦労をいつも横で見ている冬は師長に全てお任せだった。
夏休みは毎年同じ、北米一人旅。チケットも既に取った。
「そうですか…でも僕も医局長の権限で、トーコさんに合わせます♪」
…ヤヴァーイ。冗談じゃない!これは困ったぞ。
小鳥遊は病棟にちょくちょく寄っていた。看護師達の夏休みの希望や計画を話しているのを何気なく聞いていた。
「月性ちゃん…2週間有給消化だって。」
「師長に有給消化命令を言い渡されたっぽい。」
「いいなぁ…私なんて有給ほとんど残って無い。」
「今年はどこに行くんですかね?」
後輩が聞いた。
「今年も一人で北米でしょ。ああ見えて英語ペラペラだし。看護研究も英語で書けちゃうぐらい。」
「へー知らなかった!彼氏とか居ないのかな?」
「居ない。」
冬の同期がきっぱりと言い切って笑った。
「そう言えば…禿がトウコさんのことやたらと嗅ぎまわってるらしいですよ。サイテー。」
「うー嫌だ嫌だ…キモッ。」
備品の補充や点滴の確認をしながら、看護師達のおしゃべりは続いた。
冬がゆったり風呂に入っていると、帰って来たばかりの小鳥遊が部屋着にも着替えずやってきた。
「トーコさん…夏休みの件でお話があります。」
いつになく小鳥遊は真面目な顔をしていた。
…こうしてみると本当にカッコ良いんだけどなぁ。
「北米へ行かれるそうですね…。」
「え?」
「え?…では無いでしょう?先日あなたは、休みがいつ取れるか分からないと言ってたじゃないですか。」
…どうしてバレタ?
「先生…お風呂のドアを開けていると寒いので締めて下さい。そのことは後で説明しますから。」
冬は、動揺を隠し普段通りの口調になる様に勤めた。
…差し迫った感あり…だが…風呂に入ってる間に言い訳を考えよう。
小鳥遊は風呂場の中に入り、後ろ手でドアを閉め、洋服を脱ぎだした。
…あ…そうきたか。
「僕はあなた無しでは、もう駄目だと言ったでしょう?」
シャワーを出し体を洗った。適度に厚みのある男性的な大きな胸板。お腹は割れてこそ居ないが、筋肉の動きが見えた。キュッと引き締まった小さな尻…その下には筋肉質の長い足がすらりと伸びていた。膝下も長く西洋人の様な体型だ。
…目の保養になりますね。
「そう…でしたっけ?」
…そんなこと言われたっけかなぁ。
小鳥遊はその大きな体を湯船に沈めた。湯船から大量の湯が零れた。
「でも…お互いに干渉しない大人の付き合いじゃ無いんですかね?それを言い出したのは先生ですよ?」
酷く突き放したような言葉で予防線を張ったのは小鳥遊のほうだ。
「はい。確かに僕はそう言いました。何故なら、あなたが以前に面倒なことは嫌だと、小峠先生のことを話していたからです。」
…向かい合わせで微妙な空気…やめて欲しい。
「今でもかなり面倒なんですが。では…先生はどうされたいんですか?」
今度は冬が小鳥遊を突き放し、顔をじっと見つめる。
「トーコさんと…一緒にいたいんです。」
少し切なげに小鳥遊は言った。素敵な顔に寂しさと憂いを含み、冬は思わず見惚れてしまった。
…いかんいかん!騙されるなトーコ。この顔に騙されて、何度トイレに引き摺り込まれたことか!
「僕はトーコさんと…ずっと…一緒にいたいんです。ゾッコン ラブです。」
小鳥遊は、何処で覚えて来たのか、今時の高校生が人差し指と親指で作る小さなハートを指で作ってみせた。
…ずっと“していたい”の間違いだよね?
湯の中でその大きな手は冬の足に優しく触れていた。
「だから、いつもこうして一緒に居るじゃ無いですか。」
冬は駄々を捏ねる子供をあやす、母親のような気分だった。
「あなた僕のことを面倒臭い…って言いましたよね?」
…ほらそれが面倒くさい。
「ええ 言いました。病棟やオペ室での“脳外科医 小鳥遊 学”は、仕事が出来るし、患者さんにも丁寧だし、指示も的確で他の看護師達からも信頼は厚いですし、とっても素敵です。脳外に来てすぐ、素敵な先生だと思っていましたし、ずっと密かにあこがれていたぐらいですから。」
「トーコさんから言われると嬉しいですね。」
それを聞くと小鳥遊は顔をほころばせて喜んだ。
…だがな…良く聞け変態エロよ。
「ただ…私生活になるとどうしてこんなに甘えん坊になってしまうのかが、さっぱり分からないの。寝食忘れてエッチなんて…病棟のDr.小鳥遊からはかけ離れ過ぎていて戸惑ってしまうんです。メールは、毎回エッチしたいから早く帰ってきてくれとか、一緒にお風呂に入りたいだとか、そればっかりじゃないですか?」
冬は大きなため息をついた。
「トーコさんが、そんなに僕に憧れていてくれたなんて…もっと早くに声を掛ければ良かった。」
小鳥遊は愛おしいそうに冬を見つめ、乳房の先端に触れ始めた。
…おい…完全に前半しか聞いてないだろ?
「だから、夏休みぐらいひとりでゆっくりと過ごしたいなと思っただけです。」
「では僕と一緒に夏休みゆっくり家で過ごしましょう。」
…聞いてたか?エロ・ド・ヘンタイ男爵。それじゃあ休めないんだよ。
「先生の仰る、家でゆっくりって“24時間強制ご奉仕労働”でしょう?」
「酷いです。人をセックス・マシーンみたいに。」
…そうじゃないのか?
小鳥遊は寂しそうに言った。
「先生…今日はいつもより…ますます…おかしな人になってますよ。」
その頬を優しく撫でると、小鳥遊は激しい口づけを冬に求めた。
+:-:+:-:🐈⬛+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
―――オペ室見学
学生の担当患者のオペ。執刀医が小鳥遊なので見学させて貰っていた。
…そういえば…麻酔科医にひとり若くてイケメンがいるとか。
来たついでに、探してみようと思っていた冬。
嫌なことに…今回の助手が小峠だった。
小鳥遊に、(月性さんにあなたはからかわれただけで、僕と彼女は何も無いですよ。)と言われてから、また調子に乗っていた。
「月性ちゃん…俺がカッコ良いからって、惚れないでね…。」
…禿げよ…寝言は寝てからも、お前は言うな!
「さぁ…小峠先生始めましょうか…。」
小鳥遊が促した。
…怒られてやんの…。
小鳥遊は、オペ中はクラッシックを聞いていた。
マーラーの交響曲第2番…なんで2番なんだろう…出だし少しおどろおどろしいと言うか、少し不安な気持ちにさせる気がする。
…どちらかと言えば有名な5番が好きだ。
「月性さん…この曲何だか知ってる?クラッシックなんてあんまり聞かないから分からないでしょう?」
…オペ中喋るな。
「ではもし私が当てたら、仕事以外の事で声を掛けないで貰えます?」
静かに聞いていた小鳥遊が少し笑ったような気がした。
「じゃあ…僕が当たったらデートしてくれる?」
純真無垢な学生が面白そうにやり取りを見つめていた。
「良いですよ。もし私が当たったら声かけないで下さいね?」
「はい…僕も確かに聞きました。」
小鳥遊がボソッと言った。
「マーラーの交響曲第2番!」
冬はざまあみろと言わんばかりに小峠を見た。
「はい…ご名答。」
小鳥遊の言葉には抑揚が無く、どちらを応援しているのか分からなかった。
「月性ちゃん…ホントは知ってたんでしょう?」
「いいえ…知ってる訳無いじゃ無いですか。いつもオペに入ってるわけじゃ無いのに。」
小鳥遊のオペ着姿もとても素敵だった。
…オペ着かスクラブでしたい…と言ったらしてくれるかな?
冬は妄想に耽った。暫く見学して学生とオペ室を出た。
「小峠先生って面白いですね。気さくで…。」
…純真無垢な学生さん…騙されちゃいけない。禿はオペ着を着てても禿だ。
「そう?」
冬は苦笑した。
脳外科手術は、術野が小さく見学しても周りからはモニターでしか見えない。なので、学生と冬は途中で退出した。
オペが終わり、学生と一緒に迎えに行くと、覚醒が良くないと暫く待たされ,先に出てきた小峠と、麻酔科医が患者に付き添って出てきた。
マスクを取ると…超イケメン♪の甘いマスク…だが、残念…背がちょっと低め。若い子達にきゃぁきゃぁ言われるのも無理はない。
「ねえ…君なんて名前?」
冬はカルテやレントゲン、術中記録などを確認していて声を掛けられた事に気が付かなかった。送りを簡単に受けた。冬はオペ室の看護師に確認サインを求められた。
月性
と記入した。
麻酔科医は冬の名札を覗き込むようにして見て再び聞いた。
「苗字なんて読むの?」
美青年の顔が近づいて来て冬はドキドキした。
「げっしょうです。」
「下の名前は?」
「トウコです。」
ふーん。麻酔科医は患者の様子を見ながら冬に聞いた。
「何年目?」
名札を見ると麻酔科医 今泉 静と書いてあった。
「脳外病棟に来て余り長くは無いですね。」
冬は点滴の残量や酸素濃度、
カテーテルなどを確認しながら、気もそぞろに答えた。
「何度か見たことあったんだ♪可愛かったから。」
そばで聞いていた学生達がざわついた。
「え…と…。そんなこと言われたの初めてです」
…なんだこの軽いノリは。
冬は気にせず,観察を続けながら患者の覚醒を待った。
「ねぇ。今度食事でも行かない?」
冬もびっくりして思わず、小峠と
顔を見合わせてしまった。
…あれ?学生さんに言ってるの?
思わず周りをキョロキョロ見まわした。。
「月性さん…君に言ってるんだけど?」
…禿げの視線が…イタイ。
「機会がありましたら…。」
冬は当たり障りが無いように答えた。
「携帯の番号教えて?メアドでも良いや。」
今泉はにこにこと屈託のない笑顔を冬に見せた。
「ごめんなさい…今はちょっと忙しいので…。」
冬は小峠をけしかけて、術後患者を載せたベットを押して、慌ただしく病棟へと戻った。
すぐに今泉が冬を食事に誘ったことが、病棟で噂になった。
…禿の仕業だ
「誘われたとしても、食事に行く暇無いから。」
聞かれるたびにそう答え、冬は噂が消えるのをじっと待った。
「トウコさん…今泉先生があなたの事を食事に誘ってきたというのは本当ですか?」
小鳥遊が聞いて来たのは、それから随分経ってからのことだった。
「ああ…もう1ヶ月以上前の話ですよ。あの ハ…小峠先生がオペ助手してた時ですね。」
本当だったんですねと複雑な表情を浮かべた。
「最近、今泉先生とオペが一緒のことが多くて、あなたの事を色々聞いて来たので伺うと、“食事に誘った”と言うじゃないですか。」
「ええ…でも突然だったもので、機会があったらって誤魔化しましたけど。」
麻酔科医なんて病棟で見かける事も殆ど無いし、大丈夫だと冬は思った。
「そう言えば…以前 カッコいい麻酔医がどうのって言ってましたよね。もしかしてそれが、今泉先生の事だったんですかね?」
冬は学生のレポートを目を落としていた。
「結果的にはそういうことになりますね。」
…字が綺麗な子は読みやすいな。
冬はどんな細かいところでも、学生を出来るだけ褒めるようにしていた。
「病棟訪問に今泉先生は良く来ますし、また誘われたらどうするんですか?」
…病棟に来てる?知らなかった。
今回の実習生は優秀な子達ばかりで、無事に実習が終わりそうだった。
「うーん…面倒なので行きませんね。」
小鳥遊は笑った。
「確かにカッコ良いけど、小鳥遊先生程では無いですし…。」
コメントを書いていて気もそぞろの冬の口からさらっと自分程では無いと言われ、小鳥遊は嬉しかった。椅子に座っている冬を急に抱き上げた。
「わ…わ…ちょと…待って。これ明日までにやらないといけないから…終わってからに…し…て…」
「僕とのエッチが終わってからにして下さい。」
冬を軽々と横抱きにしたままベッドルームへと連れて行った。
+:-:🐈⬛+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
いつもの通り、
小鳥遊は、日勤勤務の看護師達のお喋りを何となく聞いていた。
「ねぇ ねえ。聞いた?
麻酔科の今泉先生が術前訪問に来て、
月性さん探してたんですって。」
仕事を一通り覚えた、
3年目の看護師はよくゴシップを知って居る。
「えっ!なんで今泉先生が?」
思わず新人が、驚いて口を挟んだ。新人の中では、キャーキャー言っている看護師も多い事は、何と無く分かっていた。
「あー。なんか拾いたい情報とかあったんじゃ無い?」
「えーっ。でも、月性さんその時その患者さんの担当じゃ無かった筈ですよ!もうショック~。」
丸椅子に座っていた2年目の看護師が、脚をパタパタさせた。
「何言ってんの~。あんなチャラい人。
トーコが相手にする訳ないじゃ無い。」
冬の同期で、仲が良い岩田看護師が鼻で笑った。
「あ…それね。この間オペ室の子が言ってたんだけど、オペ迎えの時に、トーコに彼氏居るの?とか聞いてたって噂。」
うわ~本物だわ…と嘆く若い看護師たち。
「我らの月性ちゃんに限って、今泉センセでも付け入る隙は無い!アイツは、漢の中の漢だからな。」
病棟リハビリに来ていた理学療法士が患者のトイレを待ちながら、立ち聞きしていた。アイツに限ってねーよなぁと冬の同期看護師と笑っていた。
「えっ。それ本当?」
途中から話に参加して…というより、
看護師のゴシップに密かに聞き耳を立てていた
高橋医師が、話に割って入ってきた。
「あ。はい。ここに来てたオペ見学の学生さんも、言ってましたし。」
「あーマジかぁぁぁぁ~。」
椅子に座ったまま天を仰ぎ見て悲しそうに言った。
「マジで? うわぁ~今泉先生かぁ~。」
いじける高橋を見て、看護師達が笑った。
…高橋は、病棟看護師達に公言してたのか。なるほど、そういう手もあるのか。
そう言えば、他科の医師にも冬の事を聞かれた事があった。
小鳥遊は存在を消して、じっと話を聞いていた。
「高橋先生。ちゃんとトーコに言った方が良いよ。告白しなよ!チャラい今泉先生よりも、先生の方がまだマシ。」
看護師は高橋の背中を叩いて励まし、病室へと去っていった。
「聞いた?今岩田さんが僕に言ったこと。
酷い…まだマシって言い方傷つくなぁ。」
「月性さんに、指示抜けてダメ出し喰らってる様じゃ、彼氏候補にもならないんじゃ無いですか~。」
2年目看護師に言われ、そっかぁそうだよなぁと頭をガシガシとかく高橋。
「ちょ…っと~!!先生当直明けで、お風呂入ってないでしょっ!
もうぅ~!不潔~っ汚いよっ!」
病棟内に看護師達の笑い声が響いた。
…そうだ。この男もまだファンだったのか。
高橋が小峠とのアプローチ方法が徹底的に異なるのは、冬の事を好きである前に、“憧れている”事を前面に押し出すと、
警戒されずに近づけて話し易いという利点もあるのか。
…高橋先生…あなたもなかなかやりますね。
看護師からは、ちょっと抜けてる弟キャラ的な存在で扱われている?高橋だが、
こうして他の看護師とは普通に話せるのに、冬の前だと、少々緊張している事が伺えた。
もともと内気な様で、院内で浮いた話もあまり聞いた事がなかった真面目な男だ。本当は狙っていたとしても、“憧れ”止まりで、告白など到底出来そうにも無かった。
…本当に心配なのは今泉だ。
+:🐈⬛-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+
--- 手術室。
患者を送り出し、オペ室で少しばかり休憩をしていた。
「小鳥遊先生♪お疲れ様でした。」
麻酔科医の今泉がコーヒーを買ってきてくれた。医学部に入った時から、大学始まって以来の美男子だと言われていた男だ。看護師はおろか,女医迄もがこの男を狙って居ると噂だった。
「あ。どうもありがとうございます。」
今泉からコーヒーを受け取るとお礼を言った。
「脳外病棟の月性さんって彼氏居るんですかね?」
唐突に聞かれて驚いた。
「ま。彼氏が居たって別に僕は気にしないけど。」
…確かにこの男の容姿だったら,靡かない女はまずいないだろう。
「居ないんじゃ無いですか?僕は病棟のゴシップに疎いものですからすみません。」
…やっぱりそうか。
「どうして今泉先生は、月性さんをご存知なんですか?」
「オペ迎えでよく来てて、ベビーフェイスで可愛いなぁとずっと前から思ってたんですよね~。しかも、みんなに優しい。なので気に入っちゃった♪」
屈託無く無邪気に笑う今泉に、動揺を悟られぬ様に平静を装って答えた。
「そうだったんですか。月性さんはいつも優しくて人気ですよ。」
小鳥遊は静かに今泉の様子を見て居た。彼がどの程度冬に入れ込んでいるのか、探りを入れたくなった。
「幾つぐらいなのかなぁ。2-3年目かなぁ。」
「いいえ。確か彼女は、5-6年目の中堅ですよ。」
看護師がオペ室の掃除をして居るのを二人は眺めて居た。
「えええ~!そうだったんだぁ。かなり歳下だと思ってたけど、じゃぁ同じ歳ぐらいかぁ。」
今泉の笑った顔は、爽やかだった。
「僕もっと彼女の事知りたいし、月性さん誘って合コンしましょうよ。」
手に持っていた麻酔管理ノートをパタパタと仰ぎ乍らだったので、今泉の淡い香水の香りがふわりと小鳥遊の鼻をくすぐった。
…ん?女性ものの香水?
誰か女性と同棲でもしてるのか?と色々考えを巡らせた。
…やっぱり見た目通り、軽い男なのかも知れない。容姿が良い分、小峠よりも厄介だ。
「はははは。合…コン…ですか?僕よりも、高橋や小峠の方が良いんじゃ無いですか?今泉先生と年齢も近いでしょうし、僕よりも話が合うのでは?」
近くで観ると男でもゾクゾクする様な,中性的で整った顔立ちをしている。
「僕には愛する奥さんがいますので、遠慮しておきます。」
小鳥遊が離婚した事は、未だに誰も知らないのだ。
「あ~そーでしたねぇ。」
もしも冬の事をこの男が本気で狙っていたとしたら、
流石に厳しいだろう。
「はははは…そうなんです。今泉先生のご希望に添えず、すみません。」
…だが、相手に不足は無い。
長年培われた信頼と実績があったし、
自分も今泉程では無いが、かなりモテている自負もあった。
本気になれば、浮気相手なんてすぐ見つかるだろう。
「小峠先生にも、月性さんが来る合コンがあったら、
絶対誘って下さいねって言ってるのに、ぜ~んぜん誘ってくれないんですよ~。」
…この男なら、選り取り見取りだろう。
小峠などは、この男の当て馬にすらならないだろうから、誘わないのも当然だ。
今泉が合コンに登場したら、このルックスで無双してしまうだろう事は、容易に想像がつく。
「あー。それに、若い先生達よりも、渋くて素敵な小鳥遊先生が一緒だったら、月性さんも警戒しないかなぁと思って。」
…ん。なかなかの策士だ。
「まあ確かに警戒は、されないでしょうけれど…実は僕も余り話した事が無いんですよ。彼女は、いつも忙しそうですし…。機会があったら聞いておきますよ。」
小鳥遊は、当たり障りの無い返事をした。
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