一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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134 夢破れても歩く影の新世代

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 鶴舞う形のぉ~、ぐーー

 ハイ!

 遅い。あまりにも遅い。諸君らがもし群馬県民であったならば、わたしのスピードについてはこれまい。

 群馬県で70年以上に渡って親しまれている「上毛じょうもうかるた」。郷土愛を育むために誕生した素晴らしい競技である。

    わたし、金森かなもり由佳ゆか12歳は、地区予選を勝ち抜き、前橋市にて開かれる県大会に出場。念願叶って個人の部(小学校高学年の部)で優勝した。ようし、次は全国大会だーーと息巻いた折である。

 わたしの母ちゃんは哀しげな眼差しで、わたしに言った。

「ーー由佳ちゃん。上毛かるたは群馬県だけのものなんさ。全国大会は……ないんよ」

「……そ、そうなん?」

「他県の人は百人一首って言うオフィシャルなかるたをやってるんさ。他県の人に上毛かるたのこと言ってもまーず(本当に)伝わんねぇんだから」

 鶴舞う形の群馬県の「つ」。私の得意な句は、この先の未来に必要なくなるらしい。母ちゃんも他県の人に言ったら「群馬の形ってさ、鶴の形よりも、美術の本でたまにみる、全裸のひとが股間を隠すイチョウの葉に似てるよね」と言われて大変ショックを受けたらしい。

  私は半泣きで母ちゃんに抱きついた。

「そんなあ……おこんじょ(意地悪)言わないでよおー」

「そのおこんじょも伝わらないかんね。いまの若い子なら大丈夫かもしんないけど、母ちゃんの若い頃は、迂闊うかつにその言葉を東京で使おうものなら、あだ名はドロンジョ様をもじってオコンジョ様になったんさ」

    わたしにはドロンジョ様が何かわからないけど、なんとなく母ちゃんの受けてきた屈辱は伝わった。

    上毛かるたに命を賭けてきたわたしは絶望する。恨みがましく、わたしは母ちゃんに詰め寄った。

「じゃあわたしの上毛かるた人生はなんだったん?    なんでもっと早く教えてくれなかったん?」

 母ちゃんは、目頭を押さえていた。鼻をすすりながら、私の身体をぎゅっと抱き締めた。

「本当はーーわかってたの。上毛かるたを極めたところで、由佳ちゃんの人生になんのプラスにもならないことは。だけど!    自分の子どもが目をキラキラさせて熱中しているのに、それを止められる親がいるわけないでしょう!    上毛かるたに夢中になっている由佳ちゃんは間違いなく私の天使!    マイ・エンジェル・フォーエバーだったのだから!」

「……か、母ちゃん」

 私も母ちゃんの熱い上毛かるた魂を感じ取った。私は母ちゃんをぎゅっと抱き締め返した。

 我が群馬県は去年、ついに移住希望者数4年連続1位の静岡県を抜いて、ついに全国1位に躍り出た。しかし、だからといって急に人口が増えるわけじゃない。

 去年のことである。群馬県の人口減少に伴い、上毛かるたの「ちから合わせる二百万」の読み札が「ちから合わせる百九十万」に改訂かいていされた。

    このままではーーまずい。

    上毛かるたは歴史の中にもれて、消えていってしまうかもしれない。

    わたしだって、人質を取るような真似はしたくない。だけど群馬県を守るためならわたしはなんだってする。

    群馬県にはーーハーゲンダッツの工場があるんさ。アメリカ、フランス、日本にしかない、みっつのうちのひとつーーそれを群馬が担っているんさ。

    世界のGUNMAなんさ。

    それだけじゃない。ペヤングの工場もあるんさ。実はサッポロ一番の工場(本社は東京だけど)もあるんさ。札幌じゃないのに。

    みんな、もっと群馬県に感謝してもいいと思うんさ。 群馬に来て群馬を支えて欲しいんさ。

    上毛かるたを後世に残していくためにも。

    そのときだった。母ちゃんのスマホが鳴った。近所に住むママ友から電話がかかってきたのだ。母ちゃんは電話に出る。

「もしもし、どうしたん?……あーね、あーね、あねあね、あーね?   あーーーね!」

    他県のひとに通訳するなら、母ちゃんは「へぇ、そうなんだ。ふうん、ああ、はいはい、ほんとう?   マジかいな?」を群馬の超便利ワード「あーね」を用いて表現しているのである。母ちゃんは電話を切るなり、わたしに言った。

「いまさ、近くのにムーンバレットが来てるんだって。来たら会えっからって理沙りさちゃんママが」 

    わたしは明らかに不機嫌な表情をして母ちゃんに文句を垂れた。

「ムーンバレットって千葉県出身じゃん。おんなじスリーピースバンドなら、わたしは群馬出身のback  number応援するさ」

「由佳ちゃん!」

    母ちゃんはいつになく真剣な顔で怒鳴った。これをご覧なさい、とスマホの中に入っている写真を選んで、わたしに見せた。

「……こ、これは!?」



    わたしの表情は驚愕に包まれた。ゆるキャラグランプリで1位になった時(事)もある「ぐんまちゃん」が千葉県のマスコット「チーバくん」と仲良くイベント出演しているではないか!

「母ちゃん、これはどこなん?」

「先月の、さ」

    そう、それは「日本一安い」と呼ばれるテーマパーク。

    入場料は無料。大型遊具は1回50円、電動木馬と小型遊具は1回10円、開園から65年の歴史を誇るワクワク遊園地ーー

    それが「前橋中央児童遊園るなぱあく」なのである!

「わかるよ、由佳ちゃん。心のどこかで、千葉県とはうまくやっていけないと思っていたのでしょう。天下のハピネスドリームチャッピーランドを持つ千葉県から見れば、るなぱあくなんてハナクソみたいなものだと、自虐的になっていたときもあったでしょう。だけど、これで群馬と千葉は同盟関係を結んだ。争う理由はどこにもない。しかも調べていくと、実は千葉の田舎のほうでは、群馬でも使われている方言があったりもするのよーーおっぺす(押す)、とか、ひっぺがす(引き剥がす)、とかね」 

    わたしは恥じた。自分の狭い心を。敵対心むき出しで自分の故郷以外の人たちに接してきたことを。

    わたしたちのアイドル「ぐんまちゃん」が他県と親交を深めているのに、わたしったら焼きまんじゅうのことばかり考えていた。

    そして、正直に言えばーーわたしはムーンバレットのドラマー倉持くらもち里子りこちゃんのファンなんさ。あの素早いスティックさばきは「上毛かるた」を奪い合う反射神経に通じるものがあるーーとわたしは勝手に思っている。

「行こう!    ムーンバレットのいる場所に」

    わたしは母ちゃんと手を繋いで、ムーンバレットのいる「いっちょう」を目指した。


ーー◇◇◇◇◇◇◇ーー


    群馬県は当然として、北関東の他県にもちょいちょいチェーン展開している群馬発祥の和食レストラン「いっちょう」。外観は料亭というか武家屋敷みたいな豪華な佇まいでありながら、中身は庶民の懐にも優しいファミリーレストラン。しかも、ほとんどが個室という贅沢な建物の作り。小学校低学年のとき、トイレに行って元の席に戻るのに迷子になりかけた。

    そして真に恐るべきは、そのメニュー数。料理だけで600種を超え、ドリンクを含めると800種を超える。

    わたしと母ちゃんが「いっちょう」前に到着した頃、店の前で同級生の理沙ちゃんと理沙ちゃんのママが待っていた。しかし表情は暗い。理沙ちゃんはわたしに向けて合掌した。

「いやもーごめん、由佳ちゃん。ムーンバレットは食事終えて、出ちゃったんだって」

    地方あるあるカルタ。噂を聞いてぇ~駆けつけたときぃ~スターはもう~去ったあと。

    わたしは理沙ちゃんと取り留めのない会話を繰り広げる。

「里子ちゃん、なに食べたんだろ?」

「おっ切り込みうどんとか?」

「珍しさでいったらデカ盛りマーカツもあるよ?」

    ご飯300グラム、ロースカツ1枚に豆腐一丁を使った珍メニュー。サクサクのカツにピリ辛麻婆豆腐をかけたロマン料理。わたしはまだ挑戦していない。ご飯よりもデザートが食べたくて、最初からチョコバナナマウンテンを頼んでしまう。

    答えはシンプル。



    わたしの小さな胃袋では、単品で頼んでも一人では食べきれないからだ。だいたい父ちゃんと母ちゃんとシェアして食べる。痛かったり苦しかったりする地獄はイヤだけど、クリーム地獄ならわたしは大歓迎だ。

「ファンクラブに入れば、何かわかるのかな?」

    わたしはおそるおそる母ちゃんの顔を伺う。今年中に入れば、キッズ会員で入会費安くなるんだけどなあ、なんて情報を付け加えながら。

    母ちゃんはかがんで、わたしと視線を合わせた。

「由佳ちゃん、ムーンバレットのファンクラブに入りたいの?」

「……うん。それと、里子ちゃんみたいなドラマーになりたいな、って」

    わたしは将来の夢を母ちゃんに告げた。もしかしたら、上毛かるたで培ってきた反射神神経と音感を、ドラムの演奏に生かせるかもしれないし。

    反対されるかと思ったら、母ちゃんは笑顔だった。わたしの頭を撫でてくれた。  

「由佳ちゃんは習い事もいままでやらなかったし、ずっと上毛かるたばかり練習してきたから、母ちゃん心配してたの。この先、どうしていくんだろうって。だけど自分でやりたいことを見つけてくれて嬉しい。母ちゃん、応援するから」

「あーね?」

「あーね、がんばってやってみー」

「……うん」

    ーーこうして。

    わたしのドラマー人生はスタートした。

    その日からというもの、わたしは里子ちゃんの熱烈なファンになって、里子ちゃんの真似ばかりして、里子ちゃんの聴いていた曲も聴くようになった。

    特にハマったのは、アメリカのパンクバンドGreen  Dayだ。

     名前の由来は母ちゃんに説明できないけど、要は「」ってことらしく、わたしはそういった違法行為はしないし、彼らほど社会に言いたいこともまだ全然なかったりするんだけど、ひとつだけ、わたしの魂とリンクした曲があった。

    Boulevard of  Broken  Dreams.

「I  walk  a  lonely  road,  the  only  one  that  I  have  ever  knownーー」

    俺は一人で
    唯一知っている
    この道を歩いている

「Don't  know  where  it  goes,  but  it's  home  to  me  and  I  walk  aloneーー」

    どこへ向かっているかは
    わからないが
    ここが故郷のようにも感じる

「I  walk  this  empty,  street  on  the  Boulevard  of  Broken  Dreamsーー」

    俺は誰もいない
    この夢破れた大通りを
    歩いている

「Where  the  city  sleeps  and  I'm  the  only  one  and  I  walk  aloneーー」

    街は眠りにつき
    俺はたった一人
    そして一人で歩いている

「I  walk  alone,  I  walk  aloneーー」

    俺はたった一人
    一人で歩き続ける

「I  walk  alone,  I  walk  aーー」

    今日も一人で歩く
    たった一人で

「My  shadow's  the  only  one  that  walks  beside  meーー」

    俺の影だけが唯一
    俺と共に歩いてくれる

「My  shallow  heart's  the  only  thing  that's  beatingーー」

    俺の浅い鼓動しか聞こえない

「Sometimes  I  wish  someone  out  there  will  find  meーー」

    たまにでいいから
    誰かに見つけてもらいたいと
    願いながらも

「Til  then  I  walk  aloneーー」

    そのときまで
    一人で歩き続けるんだ

「I'm  walking  down  the  line  that  divides  me  somewhere  in  my  mindーー」

    俺は心の境界線の下を
    歩いている

「On  the  border  line  of  the  edge  and  where  I  walk  aloneーー」

    俺が一人歩くのは
    その境界線の端なんだ

「Read  between  the  lines,  what's  fucked  up  and  everything's  alrightーー」

    その境界線の間を読んだ
    ハチャメチャだったけど
    多分大丈夫

「Check  my  vital  signs,  to  know  I'm  still  alive  and  I  walk  aloneーー」

    バイタルを調べて
    まだ俺は生きていると確認した
    そしてまた一人で歩く

「I  walk  alone,  I  walk  aloneーー」

    俺はたった一人
    一人で歩き続ける

「I  walk  alone,  I  walk  aーー」

    今日も一人で歩く
    たった一人で

「My  shadow's  the  only  one  that  walks  beside  meーー」

    俺の影だけが唯一
    俺と共に歩いてくれる

「My  shallow  heart's  the  only  thing  that's  beatingーー」

    俺の浅い鼓動しか聞こえない

「Sometimes  I  wish  someone  out  there  will  find  meーー」

    たまにでいいから
    誰かに見つけてもらいたいと
    願いながらも

「Til  then  I  walk  aloneーー」

    そのときまで
    一人で歩き続けるんだ

「I  walk  alone,  I  walk  aーー」

    俺は一人で歩く
    俺はまた一人で……

「I  walk  this  empty  street  on  the  Boulevard  of  Broken  Dreamsーー」

    俺は誰もいない
    この夢破れた大通りを
    歩いている

「Where  the  city  sleeps  and  I'm  the  only  one  and  I  walk  alone」

    街は眠りにつき
    俺はたった一人
    そして一人で歩いている

「My  shadow's  the  only  one  that  walks  beside  meーー」

    俺の影だけが唯一
    俺と共に歩いてくれる

「My  shallow  heart's  the  only  that's  beatingーー」

    俺の浅い鼓動しか聞こえない

「Sometimes  I  wish  someone  out  there  will  find  meーー」

    たまにでいいから
    誰かに見つけてもらいたいと
    願いながらも

「Til  then  I  walk  aloneーー」

    そのときまで
    一人で歩き続けるんだ


ーー◇◇◇◇◇◇◇ーー


    2031年。

    アーティスト・プロフィール欄。

    ドラマー金森かなもり由佳ゆか18歳。群馬県出身。

    高校在学中にSNSを通じて千葉県出身の男性ミュージシャン二人と意気投合。

    二人の男性ミュージシャンは、音楽業界では知らぬ者のいない双子の兄弟である。

    ギタリストの倉持くらもちれつ、22歳。

   ベーシストの倉持くらもちごう、22歳。

    金森と倉持兄弟はスリーピース・ロックバンド「Luna  Park  Walker」を結成。バンド名の由来は金森の出身地、群馬県にある「前橋中央児童遊園るなぱあく」から。

    好物は地元レストラン「いっちょう」のトリオセット、ミニ海鮮ちらし丼とミニうなぎ丼の小そばセット。

     好きな理由は、2025年に倉持兄弟の姉にして最強のロックバンド「Moon  Bullet」のドラマー倉持くらもち里子りこがツアー中に「いっちょう」に立ち寄り、注文したことがきっかけ。

   余談であるが、同バンドのリーダーにしてボーカリストの南野みなみの歌奈かなは、牛サーロインステーキ定食。ベーシストの朝丘あさおかめぐみは、贅沢三昧丼(中トロ、いくら、うに)の小うどんセットを頼んだらしい。

     その後三人で、チョコバナナマウンテンを食べたとも噂されているが、真偽のほどはさだかではない。

    なおーー金森の特技である上毛かるたは、2031年も健在だ。



【夢破れても歩く影の新世代・了】  
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