愛したがりの嘘つき野郎

れあ

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1章

正直な人だ。

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 さて、そんなこんなでやってきた入学式。さすが王立。門が豪華で、ここから見える学園本館が少し小さく見える程度には距離がある。無駄にデカい、と思うのは間違いだろうか。

「では、ルージニア様。またお帰りの時に迎えに参ります」
「あぁ、ありがとう。……行ってきます」
「……行ってらっしゃいませ」

 言い慣れない言葉に少しぎこちなくなってしまったが、ユギーは気にする様子もなく当たり前のように返してくれた。
 慣れない緊張感を抱えながら、人の流れに沿って入学式が行われる大きな会場に向かう。生まれてこの方人の多いところは苦手だ。だからこそ、社交界には出なかったし、母や兄達は分かっていたからあまりきつく言われなかった。まぁ、欠乏症の事もあったからかもしれないが。
 
「ルー」
「セシル兄様?」

 ルー。ルージニアだから、ルー。そんな愛称を呼ぶのは家族しかいない。
 会場の入口。そこには、セシル兄様が佇んでいた。俺と同じ青い瞳は優しげに細められ母親譲りの少し長い銀髪をなびかせながら、ゆっくりとこちらに近ずいてくる。セシル兄様は、バーデル家の四男次で剣術などの体を使うことより頭を使うことを得意としており、自身の能力を活かしているのだろうこの学園では、確か生徒会の副会長になっていたはずだ。基本的には、優しく穏やかな性格であり少し過保護な面もあるがとても自慢な兄である。しかしあくまで、基本的には、とつくことを記述しておこう。

「身体は平気かい?」
「別に熱が出るようなものじゃない」
「それでも、心配なんだよ」

 あまりに真剣な表情に、おどけてみせるわけにもいけなくなる。心配してくれているのが、よく伝わってくるから嘘もつけずに馬鹿正直に答える。
 
「……まぁ、平気だけど……」
「そっか。良かった」

 気恥ずかしさが相まって、ボソボソと小さい声になってしまったが、セシル兄様にはバッチリ聞こえたらしく安心したように顔を綻ばす。
 瞬間、セシル兄様の後ろからヒョンと飛び出る人物がいた。

「セシル、この後の事なんだが……」

 鋭く光る赤い瞳。最初に目に入ったのは、そんな瞳だった。思わず息をのむほど西端な顔つきである。さぞかし、周りの視線を集めるだろうと横目で周りを確認する。予想通り、周囲の人々は呆けているものもちらほらといた。
 彼の表情は鬱陶しそうに一瞬歪んだが俺を視界に入れたとたん、鼻で笑った。
 
「なんだ?お前の言っていた弟か。っは、本当に血がつながっているのか疑うほど、醜いな」

 どうやら俺は馬鹿にされたらしい。ここまで、真正面で言ってこられたのは二回目である。正直だなぁ、と思いながら一度目のことを思い出す。たしかあれは幼いころの誕生日会でのことで、もう誰に言われたのか覚えていないが社交界に出ることが無くなってしまったきっかけになった事件である。もちろん他にも理由があるのだけれど。それはさておき。
 
 俺が何かを言う前に、セシル兄様が低い声で「アスラ」と呼んだ。
 セシル兄様を見ると変わらず穏やかに笑っているが怒っていると、そうわかるほどには目が笑っていなかった。
 俺は知っている、普段温厚な人ほど怒らせてはいけないと。説教をしだせば、セシル兄様より長い人はこれまで会ったことがない。さらに、その原因に俺がいるせいでもあるので少し赤い瞳の彼に申し訳ないような気もしてくる。しかしそんな感情も必要なかったようで、彼はセシル兄様の表情を見て今度は面白そうに口角を上げた。

「事実だろう」
「いいえ、弟は醜くなんてないです。撤回してください。アスラ殿下」

 ……アスラ殿下。セシル兄様はそう彼を読んだのか。
 あぁ、思い出したような気がする。さすがに、屋敷の中で引きこもっていた中でも聞こえてるほど名高い彼の名前。この国の第二王子であり、確かこの学院の現生徒会だった気がする。当初、セシル兄様に習い会長制度を使い人脈を作ろうとしていたのだが、その長に醜いと言われてしまった。つまり、悪印象を持たせてしまったのだ。この学園での人脈作りにあたっての目標が早々に崩れ去る音がする。
 
 俺が地味にショックを受けている間もセシル兄様とアスラ殿下の言葉の攻防が続いていた。瞬間ッハとすると、俺はさらにもう一つ危惧しなければいけないことに気が付く。
 セシル兄様は今、王族に対し、前を呼び捨て、更に言い争っているのだ。そういう貴族感の上下関係について触れることがあまりなかったのですぐに思いつかなかった。俺のせいでセシル兄様が罰せられるわけにはいかない。

「セシル兄様!」

 慌てて止めようとしたせいもあり、大きな声になってしまった。しかし、功を奏したのだろう。二人は言い争うのをやめ、こちらに顔を向けてくれた。

「こ、これから、入学式の準備なんだよな。ほら、アスラ……殿下も段取りについて聞きに来たっぽいし、早くした方がいいんじゃないか?」
「ルー、しかし、これは……」
「事実だし、気にしてない。アスラ殿下も、これでいいですよね」
「ふん、面白くない。まぁ、時間もないのも事実。今回はここまででいいだろう」
「殿下……。はぁ、ルー、帰ったらまた話そう。今日は入学式だけだから心配はいらないと思うけど、何かあればすぐ近くの先生に言うんだよ」
「うん。わかった」
「新入生はあっち。気を付けてね」

 まだ何か言いたそうだったが、本当に時間がないのだろう。くだらない事に時間を使わせてしまった事に申し訳なさを感じつつ、セシル兄様の指示に従い、礼だけ伝えて早足ぎみに去る。アスラ殿下は終始つまらなそうな顔をしていたが、俺が何かできるわけでもない。それに、彼は今回は、と言っている事を考えると普段からああいったやり取りが繰り広げているのだろう。ならば、セシル兄様が罰せられることはない。
 少し安心しつつ、彼について気にしないことに決めた。

 
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