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いたいのいたいのとんでいけ
「あっ……もう授業が終わってしまったのね」
授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。
教師に見つかった後、先輩のおかげでその場を切り抜けた私たちは屋上へとつながる階段の踊り場でお喋りに興じていた。
「ここってチャイムが遠いんですね。近くにスピーカーが無いのかな」
「聴こえないほどではないけれど……聴こえない振りもできないわね」
先輩の視線が私を流し見る。
言わんとしていることは、私でも汲み取れた。
「授業をサボった手前、ホームルームにも出にくいですし。もう少ししてから帰りませんか?」
「そうね、そうしましょう。それにしても、授業時間が短いことに不満を感じる日が来るなんて思わなかったわ」
「先輩でも、やっぱり授業は短い方がいいんですか?」
「こういうことでもしてなければ、基本的にはそうよ。私にだって退屈に感じる授業はあるし。特に、ここ最近は授業に集中できないことなんてザラだわ」
「それはちょっと意外です。最近ってことは、何か変化があったんですか」
「放課後に楽しみができたの。放課後が楽しみで、授業中もつい時計ばかり見てしまうなんて、そう珍しいことでもないでしょう?」
「それはそうですけど……。でも、先輩の楽しみってなんですか?」
最近の先輩は私と毎日帰っている。
先輩がそこまで言う楽しみなんて思い当たらないが、家で何かしているのだろうか。
「……」
「……?」
先輩は質問に対して無言を返してきた。
ただ黙って、私のことを見つめている。
(…………あぁ、そういうこと)
先輩は口ではなく、視線で答えてくれているのだろう。
つまりは、先輩は私との帰宅を楽しみにしてくれているらしい。
ここ最近の私たちはとても穏やかだ。
被害者と加害者の関係に慣れ、贖罪にも慣れてしまった私と先輩。
まだまだ先輩からの一方的なギブが多い関係ではあるが、精神的には安定している。
きっと、先輩は私に対して友愛を感じ始めてくれている。
懺悔と悔恨しかなかったその心で、私とのコミュニケーションに楽しみを感じてくれている。
(まあ……悪い気はしないけど)
例えその始まりが暗く重いものだったとしても。
今もふたりを繋いでいるのが罪の意識だけだったとしても。
それでも、今の私にとっては誰かに必要とされることはとても心地よかった。
「……」
「……」
先輩に対して無言を返してみる。
今の気持ちを言葉にすることはできないし、恥ずかしいから。
「……」
「……」
「……ふふっ、なぁに?」
「なにって、先輩が最初に見つめてきたんじゃないですか。だから、私も真似してみただけです」
「そうだったかしら? でも里中さんの目、何かを言っているみたいだったわ」
「気のせいですよ」
「そう? それじゃあ、もう一回やってみてくれる?」
「……いやです」
「それなら、私が一方的に見るのならいい?」
「もう十分見たじゃないですか」
「もう少しだけ……いい?」
「……」
何も言わないことを肯定と受け取ったのだろう。
再び、私は先輩の視線を受けることになった。
「……」
まるで皮膚が精密なセンサーにもなったみたいに、先輩がどこを見ているのが感じ取れる。
肩
首筋
顎
唇
鼻
右頬
右目
「……」
「……」
「…………眼帯……外してもいい?」
「……どうぞ」
震える指先が右頬に触れる。
ゆっくりと、
私の頬を頼りにゆっくりと、
指先が右耳へと滑っていく。
「っ!」
「ご、ごめんなさい。痛かった?」
「いえ、痛みはありません。ただ、ちょっと人に触られ慣れていない部位なので、くすぐったくて」
「そう……。それじゃあ、外すわね」
「はい」
耳にかかった眼帯のヒモを、先輩の指がつまんで――
そして、私は初めて先輩の前で素顔を晒した。
「っ……」
「……」
先輩の表情は……少し苦しそうなものの、落ち着いているように見えた。
「……触ってもいい?」
「いいですよ」
これ以上傷つけないでくださいね、なんて冗談でも言えない。
先輩の声はそんな雰囲気だった。
「……っ」
閉じられた瞼。
もう自力では開けることも、開ける意味もない蓋に指が触れた。
「……」
先輩は指先で私の瞼をなぞっている。
何度も、何度も。
優しく、ゆっくりと。
「さっきも言いましたけど、もう痛みはないですよ」
(だから、そんな痛みに泣く幼児をあやすようなおまじないは大丈夫です)
「……それでも、もうこの跡は消えないのよね」
「変色してる部分は、時間が経てば目立たなくはなるそうです」
「そう……」
「……まあ、その内眼帯もいらないくらいにキレイになりますよ」
「なるかしら……」
「なりますよ、きっと」
授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。
教師に見つかった後、先輩のおかげでその場を切り抜けた私たちは屋上へとつながる階段の踊り場でお喋りに興じていた。
「ここってチャイムが遠いんですね。近くにスピーカーが無いのかな」
「聴こえないほどではないけれど……聴こえない振りもできないわね」
先輩の視線が私を流し見る。
言わんとしていることは、私でも汲み取れた。
「授業をサボった手前、ホームルームにも出にくいですし。もう少ししてから帰りませんか?」
「そうね、そうしましょう。それにしても、授業時間が短いことに不満を感じる日が来るなんて思わなかったわ」
「先輩でも、やっぱり授業は短い方がいいんですか?」
「こういうことでもしてなければ、基本的にはそうよ。私にだって退屈に感じる授業はあるし。特に、ここ最近は授業に集中できないことなんてザラだわ」
「それはちょっと意外です。最近ってことは、何か変化があったんですか」
「放課後に楽しみができたの。放課後が楽しみで、授業中もつい時計ばかり見てしまうなんて、そう珍しいことでもないでしょう?」
「それはそうですけど……。でも、先輩の楽しみってなんですか?」
最近の先輩は私と毎日帰っている。
先輩がそこまで言う楽しみなんて思い当たらないが、家で何かしているのだろうか。
「……」
「……?」
先輩は質問に対して無言を返してきた。
ただ黙って、私のことを見つめている。
(…………あぁ、そういうこと)
先輩は口ではなく、視線で答えてくれているのだろう。
つまりは、先輩は私との帰宅を楽しみにしてくれているらしい。
ここ最近の私たちはとても穏やかだ。
被害者と加害者の関係に慣れ、贖罪にも慣れてしまった私と先輩。
まだまだ先輩からの一方的なギブが多い関係ではあるが、精神的には安定している。
きっと、先輩は私に対して友愛を感じ始めてくれている。
懺悔と悔恨しかなかったその心で、私とのコミュニケーションに楽しみを感じてくれている。
(まあ……悪い気はしないけど)
例えその始まりが暗く重いものだったとしても。
今もふたりを繋いでいるのが罪の意識だけだったとしても。
それでも、今の私にとっては誰かに必要とされることはとても心地よかった。
「……」
「……」
先輩に対して無言を返してみる。
今の気持ちを言葉にすることはできないし、恥ずかしいから。
「……」
「……」
「……ふふっ、なぁに?」
「なにって、先輩が最初に見つめてきたんじゃないですか。だから、私も真似してみただけです」
「そうだったかしら? でも里中さんの目、何かを言っているみたいだったわ」
「気のせいですよ」
「そう? それじゃあ、もう一回やってみてくれる?」
「……いやです」
「それなら、私が一方的に見るのならいい?」
「もう十分見たじゃないですか」
「もう少しだけ……いい?」
「……」
何も言わないことを肯定と受け取ったのだろう。
再び、私は先輩の視線を受けることになった。
「……」
まるで皮膚が精密なセンサーにもなったみたいに、先輩がどこを見ているのが感じ取れる。
肩
首筋
顎
唇
鼻
右頬
右目
「……」
「……」
「…………眼帯……外してもいい?」
「……どうぞ」
震える指先が右頬に触れる。
ゆっくりと、
私の頬を頼りにゆっくりと、
指先が右耳へと滑っていく。
「っ!」
「ご、ごめんなさい。痛かった?」
「いえ、痛みはありません。ただ、ちょっと人に触られ慣れていない部位なので、くすぐったくて」
「そう……。それじゃあ、外すわね」
「はい」
耳にかかった眼帯のヒモを、先輩の指がつまんで――
そして、私は初めて先輩の前で素顔を晒した。
「っ……」
「……」
先輩の表情は……少し苦しそうなものの、落ち着いているように見えた。
「……触ってもいい?」
「いいですよ」
これ以上傷つけないでくださいね、なんて冗談でも言えない。
先輩の声はそんな雰囲気だった。
「……っ」
閉じられた瞼。
もう自力では開けることも、開ける意味もない蓋に指が触れた。
「……」
先輩は指先で私の瞼をなぞっている。
何度も、何度も。
優しく、ゆっくりと。
「さっきも言いましたけど、もう痛みはないですよ」
(だから、そんな痛みに泣く幼児をあやすようなおまじないは大丈夫です)
「……それでも、もうこの跡は消えないのよね」
「変色してる部分は、時間が経てば目立たなくはなるそうです」
「そう……」
「……まあ、その内眼帯もいらないくらいにキレイになりますよ」
「なるかしら……」
「なりますよ、きっと」
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