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最終日:朝焼けの中、涙を拭って微笑んで
朝焼けの中で
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「なあ、タク。体、支えといてくれよ。多分、殺されたら倒れるだろうからさ。コンクリートに打ち付けた体を返すわけにもいかないだろ?」
「ああ、わかった」
ボクはしゃがんで、彼女を足の上に座らせた。
「……」
腰を下ろした彼女は、無言でボクに体を密着させた。
体を支える以上、その方が都合がいい。
身を寄せ合った方が支えやすいのは当然だ。
だから、ボクも彼女を強く引き寄せるように力を入れた。
「っ…………。死ね神、もういいぞ。悪かったな、待たせて」
ずっとボクたちを見ていた死ね神。
彼女とのやり取りを見られていたことに羞恥を掻き立てられる気持ちはある。
しかしそれ以上に、死ね神が最も見届け役として相応しいと思えた。
事の発端である死ね神。
死ね神に感謝の気持ちなんてこれっぽっちもない。
そもそも、死ね神が来なければ平穏な日常が送れていたのだから。
しかし死ね神は現れてしまった。
事は起こってしまったのだ。
だったら、せめて事の元凶である死ね神は全てを見届け、そしていつまでも憶えていてほしい、なんて……。
そんなことを口に出したら彼女に怒られそうだから、絶対に言ったりはしないけれども。
「……」
死ね神がこちらへ近づいてきた。
何も言わず。
足音すらも無く。
ゆっくりと近づいて。
死ね神は跪いて、彼女の額に骨の手を乗せた。
「その生に労わりを。その死に敬意を。その道筋に安寧を。私がお前を殺してやる」
それは定型文なのかもしれない。
死ね神がターゲットを殺す時に必ず言っているだけで、気持ちなんてこれっぽっちも籠っていないのかもしれない。
ただ、彼女を抱くボクの対面で跪くその姿が。
死に行く者を看取り、祈りを捧げているかのように見えた。
「なあ、タク……」
「……どうした?」
「俺、死んだらどうなるのかな?」
正規の肉体を持たず、抄の記憶のみに依存し人格を形成された彼女が死んだ時、はたしてどうなるのか。
仮に魂という物が存在して、死後の世界が在ったとしても。
それでも、彼女は……。
「やべぇ……今更ながらちょっと怖くなってきたかも……」
彼女の瞳が段々と朧気になっていく。
こうやって話している今も、彼女の記憶と人格は徐々に消されていて、少しずつ殺されているのだろう。
「……ボクに何かできることはあるか?」
「……そこのお面被った骨野郎を一発ぶん殴ってくれ」
「それはボクに一緒に死んでほしいってことか?」
「ははっ、冗談だよ……」
「……」
「……手、握ってくれないか?」
「こうか?」
細い指を握ると、か細い力で握り返された。
「うん……それでいいよ。ありがとう……タク……」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ」
「そうか? ……それじゃあ、もう一個お願いしようかな」
「なんだ?」
「……もう一回だけ、してくれよ」
「……ああ、わかった」
「んっ」
さっきよりも長く。
さっきよりも強く。
ありったけの祈りを込めて。
どうか少しでも不安が取り除けますように。
どうか少しでも安らげますように。
どうか、少しでも……。
「っ……さっきも思ったんだけどさ」
「どうした?」
「タクって……キス下手だよな」
「なっ、お前、自分から頼んでおい……て……」
少女は微笑んでいた。
楽しそうに口元を緩ませて。
幸せそうに目を瞑って。
もう、彼女は其処には居なかった。
「っ……そんな、急にっ……文句くらい、最後まで……!」
死ね神の姿も消えていた。
もう二度と会うこともないだろう。
これがボクたちの物語の終わりだ。
ボクは生き残って、抄は死んだ。
ボクの腕の中で眠る少女の中には本来の人格が戻っていて。
目を覚ましても、もうボクをタクと呼びはしない。
少女の髪が風に揺れて、朝日を浴びてきらきらと光った。
その髪の色はやっぱり抄の髪色にそっくりで、見ているだけで胸が苦しくなった。
「……っ、……うっ、く……!」
心臓が絞られているように痛くて、喉から嗚咽が漏れだす。
溢れる涙も止まらなくて、ポタポタと少女の顔に垂れていく。
終わったからといって全てが解決したわけではない。
少女に戸籍も記憶もないという問題は残っていて、まだボクは日常には戻れない。
でも今は、今だけは泣いていたい。
せめて少女が目を覚ますまでは。
心のままに、親友への思いを吐き出していたい。
抄はもういない。
ボクの親友は死んでしまった。
幼い頃から連れ添った親友も。
命を救ってくれた親友も。
もう隣にはいない。
だから、悼むことには意味がない。
ボクが何をしようとも、それは親友には届かない。
それでも。
例え弔いが残された生者の為の行為であったとしても。
ボクは親友たちの為に祈りたい。
「ショウ……ショウっ……! あぁっ……っ、ああぁぁぁぁっ……!」
空は晴れやかで。
朝日は輝いていて。
爽やかな風が吹いていて。
まるで祝福されているかのような世界の中で。
ボクは一人、弔いの涙を流し続けた。
「ああ、わかった」
ボクはしゃがんで、彼女を足の上に座らせた。
「……」
腰を下ろした彼女は、無言でボクに体を密着させた。
体を支える以上、その方が都合がいい。
身を寄せ合った方が支えやすいのは当然だ。
だから、ボクも彼女を強く引き寄せるように力を入れた。
「っ…………。死ね神、もういいぞ。悪かったな、待たせて」
ずっとボクたちを見ていた死ね神。
彼女とのやり取りを見られていたことに羞恥を掻き立てられる気持ちはある。
しかしそれ以上に、死ね神が最も見届け役として相応しいと思えた。
事の発端である死ね神。
死ね神に感謝の気持ちなんてこれっぽっちもない。
そもそも、死ね神が来なければ平穏な日常が送れていたのだから。
しかし死ね神は現れてしまった。
事は起こってしまったのだ。
だったら、せめて事の元凶である死ね神は全てを見届け、そしていつまでも憶えていてほしい、なんて……。
そんなことを口に出したら彼女に怒られそうだから、絶対に言ったりはしないけれども。
「……」
死ね神がこちらへ近づいてきた。
何も言わず。
足音すらも無く。
ゆっくりと近づいて。
死ね神は跪いて、彼女の額に骨の手を乗せた。
「その生に労わりを。その死に敬意を。その道筋に安寧を。私がお前を殺してやる」
それは定型文なのかもしれない。
死ね神がターゲットを殺す時に必ず言っているだけで、気持ちなんてこれっぽっちも籠っていないのかもしれない。
ただ、彼女を抱くボクの対面で跪くその姿が。
死に行く者を看取り、祈りを捧げているかのように見えた。
「なあ、タク……」
「……どうした?」
「俺、死んだらどうなるのかな?」
正規の肉体を持たず、抄の記憶のみに依存し人格を形成された彼女が死んだ時、はたしてどうなるのか。
仮に魂という物が存在して、死後の世界が在ったとしても。
それでも、彼女は……。
「やべぇ……今更ながらちょっと怖くなってきたかも……」
彼女の瞳が段々と朧気になっていく。
こうやって話している今も、彼女の記憶と人格は徐々に消されていて、少しずつ殺されているのだろう。
「……ボクに何かできることはあるか?」
「……そこのお面被った骨野郎を一発ぶん殴ってくれ」
「それはボクに一緒に死んでほしいってことか?」
「ははっ、冗談だよ……」
「……」
「……手、握ってくれないか?」
「こうか?」
細い指を握ると、か細い力で握り返された。
「うん……それでいいよ。ありがとう……タク……」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ」
「そうか? ……それじゃあ、もう一個お願いしようかな」
「なんだ?」
「……もう一回だけ、してくれよ」
「……ああ、わかった」
「んっ」
さっきよりも長く。
さっきよりも強く。
ありったけの祈りを込めて。
どうか少しでも不安が取り除けますように。
どうか少しでも安らげますように。
どうか、少しでも……。
「っ……さっきも思ったんだけどさ」
「どうした?」
「タクって……キス下手だよな」
「なっ、お前、自分から頼んでおい……て……」
少女は微笑んでいた。
楽しそうに口元を緩ませて。
幸せそうに目を瞑って。
もう、彼女は其処には居なかった。
「っ……そんな、急にっ……文句くらい、最後まで……!」
死ね神の姿も消えていた。
もう二度と会うこともないだろう。
これがボクたちの物語の終わりだ。
ボクは生き残って、抄は死んだ。
ボクの腕の中で眠る少女の中には本来の人格が戻っていて。
目を覚ましても、もうボクをタクと呼びはしない。
少女の髪が風に揺れて、朝日を浴びてきらきらと光った。
その髪の色はやっぱり抄の髪色にそっくりで、見ているだけで胸が苦しくなった。
「……っ、……うっ、く……!」
心臓が絞られているように痛くて、喉から嗚咽が漏れだす。
溢れる涙も止まらなくて、ポタポタと少女の顔に垂れていく。
終わったからといって全てが解決したわけではない。
少女に戸籍も記憶もないという問題は残っていて、まだボクは日常には戻れない。
でも今は、今だけは泣いていたい。
せめて少女が目を覚ますまでは。
心のままに、親友への思いを吐き出していたい。
抄はもういない。
ボクの親友は死んでしまった。
幼い頃から連れ添った親友も。
命を救ってくれた親友も。
もう隣にはいない。
だから、悼むことには意味がない。
ボクが何をしようとも、それは親友には届かない。
それでも。
例え弔いが残された生者の為の行為であったとしても。
ボクは親友たちの為に祈りたい。
「ショウ……ショウっ……! あぁっ……っ、ああぁぁぁぁっ……!」
空は晴れやかで。
朝日は輝いていて。
爽やかな風が吹いていて。
まるで祝福されているかのような世界の中で。
ボクは一人、弔いの涙を流し続けた。
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