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兄と弟
間食
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「硬くてしょっぱいですが、とても美味しいです。お茶とも良く合います。これは小麦粉で作っているのでしょうか……」
「……それは米粉じゃないか? 包装のどこかに原材料が書いてあるだろう」
「こめこ……なるほど、米粉。お米を粉状にしたものでしょうか……」
玲は米粉を知らなかったらしい。
昔から家の料理を任されているから、料理の知識は俺よりもあると思っていたがそうでもないようだ。
(でもまあ、玲の境遇を考えればそれも当然か……)
玲はスマホも持っていなければ、料理本の類を与えられたこともない。
玲の中の料理レパートリーは教育が終わった時点から変わっておらず、
教育で教えられた料理で使わない材料のことはよく知らないのだろう。
「他にも色々と材料が書いてあるようですが……よくわかりません……」
「お菓子なんてそんなもんだ。原材料の全てを知ってるやつなんてそうはいない」
見た目はなんてことのないお菓子でも、包装の裏にはずらっと原材料名が並んでいることも珍しくない。
しかもそこに並んでいるのは俺でも見覚えの無い名前ばかりだったりするのだから、玲が理解できないのも無理はないだろう。
「お米を潰して焼けば、おせんべいになるでしょうか……」
「……多分、それはただのおこげだな。まあ、せんべいと言えばせんべいか」
「なるほど……」
「作るつもりか?」
「はい。一宏様にお作りする料理の幅を増やすことができるかもしれません」
「……いや、いらん。俺はせんべいが食いたかったら既製品を食う」
「それは、そうでした……。出過ぎたことを考えてしまい、申し訳ありません……」
玲はしゅんと肩を落とした。
どうやら本気で献立に加える気だったようだ。
「これも柔らかくて甘いですね。しかし、お饅頭よりも硬い……いえ、柔らかいのでしょうか……」
饅頭と羊羹のどちらが柔らかいのか。
それにはまず柔らかいの定義をはっきりさせることが必要であり、人によって意見が分かれるところだろう。
正直言うと、どちらが硬いのかなんてどうでもいい。
どうでもいいことについて話すのも雑談の醍醐味ではあるが、玲が相手では議論にはならないだろう。
玲は俺の意見に従うに決まっている。
「色はお饅頭の中身と似ているようですが……もしかして、同じなのでしょうか?」
「ああ、同じあずきだよ」
「あずき……お赤飯に入れるあのあずきですか?」
「そうだな」
「まさか……では、お赤飯とはもしかして甘いのでしょうか?」
冗談で言っているのかと思ったが、玲の表情は真面目に不思議そうだった。
そもそも、玲に冗談を嗜む情緒なんてないだろう。
「……玲、赤飯を食ったことが無いのか?」
「はい」
「……そうか。ちなみに、赤飯は甘くない。菓子に使うあずきは砂糖で味付けしてあるんだ」
「お砂糖で……だからこんなにも甘いのですね……。やはり、料理とお菓子作りは別物と考えるべきですね……」
確かに、お菓子と料理の明確な違いとして砂糖の使用量はあるかもしれない。
以前ケーキを作る動画を見たことがあるが、山のように砂糖を入れていて驚いたことを憶えている。
「玲は菓子は作ったことなかったか?」
「はい。私の教えられた料理の中に、お菓子と呼べる物はありません」
「そうか……。そういや、うちはお汁粉も出たことなかったか」
「おしるこ……?」
「……まあ、どうでもいいことだ。それよりほら、もっと食いたかったら食っていいぞ」
「……では、一宏様のお言葉に甘えさせていただきます」
必要な知識なのであれば、玲はお汁粉のレシピも教えられているはずだ。
知らないということは、それは玲にとって不要ということであり、知らないことに意味があるのだろう。
菓子の美味しさを知らなければ、その誘惑に耐える苦痛も存在しない。
玲にお菓子を食べさせてしまったのは、
もしかしたら残酷なことだったのかもしれない、と――
「あむっ……お饅頭、とても美味しいです……」
――菓子を食べる玲の姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
「……それは米粉じゃないか? 包装のどこかに原材料が書いてあるだろう」
「こめこ……なるほど、米粉。お米を粉状にしたものでしょうか……」
玲は米粉を知らなかったらしい。
昔から家の料理を任されているから、料理の知識は俺よりもあると思っていたがそうでもないようだ。
(でもまあ、玲の境遇を考えればそれも当然か……)
玲はスマホも持っていなければ、料理本の類を与えられたこともない。
玲の中の料理レパートリーは教育が終わった時点から変わっておらず、
教育で教えられた料理で使わない材料のことはよく知らないのだろう。
「他にも色々と材料が書いてあるようですが……よくわかりません……」
「お菓子なんてそんなもんだ。原材料の全てを知ってるやつなんてそうはいない」
見た目はなんてことのないお菓子でも、包装の裏にはずらっと原材料名が並んでいることも珍しくない。
しかもそこに並んでいるのは俺でも見覚えの無い名前ばかりだったりするのだから、玲が理解できないのも無理はないだろう。
「お米を潰して焼けば、おせんべいになるでしょうか……」
「……多分、それはただのおこげだな。まあ、せんべいと言えばせんべいか」
「なるほど……」
「作るつもりか?」
「はい。一宏様にお作りする料理の幅を増やすことができるかもしれません」
「……いや、いらん。俺はせんべいが食いたかったら既製品を食う」
「それは、そうでした……。出過ぎたことを考えてしまい、申し訳ありません……」
玲はしゅんと肩を落とした。
どうやら本気で献立に加える気だったようだ。
「これも柔らかくて甘いですね。しかし、お饅頭よりも硬い……いえ、柔らかいのでしょうか……」
饅頭と羊羹のどちらが柔らかいのか。
それにはまず柔らかいの定義をはっきりさせることが必要であり、人によって意見が分かれるところだろう。
正直言うと、どちらが硬いのかなんてどうでもいい。
どうでもいいことについて話すのも雑談の醍醐味ではあるが、玲が相手では議論にはならないだろう。
玲は俺の意見に従うに決まっている。
「色はお饅頭の中身と似ているようですが……もしかして、同じなのでしょうか?」
「ああ、同じあずきだよ」
「あずき……お赤飯に入れるあのあずきですか?」
「そうだな」
「まさか……では、お赤飯とはもしかして甘いのでしょうか?」
冗談で言っているのかと思ったが、玲の表情は真面目に不思議そうだった。
そもそも、玲に冗談を嗜む情緒なんてないだろう。
「……玲、赤飯を食ったことが無いのか?」
「はい」
「……そうか。ちなみに、赤飯は甘くない。菓子に使うあずきは砂糖で味付けしてあるんだ」
「お砂糖で……だからこんなにも甘いのですね……。やはり、料理とお菓子作りは別物と考えるべきですね……」
確かに、お菓子と料理の明確な違いとして砂糖の使用量はあるかもしれない。
以前ケーキを作る動画を見たことがあるが、山のように砂糖を入れていて驚いたことを憶えている。
「玲は菓子は作ったことなかったか?」
「はい。私の教えられた料理の中に、お菓子と呼べる物はありません」
「そうか……。そういや、うちはお汁粉も出たことなかったか」
「おしるこ……?」
「……まあ、どうでもいいことだ。それよりほら、もっと食いたかったら食っていいぞ」
「……では、一宏様のお言葉に甘えさせていただきます」
必要な知識なのであれば、玲はお汁粉のレシピも教えられているはずだ。
知らないということは、それは玲にとって不要ということであり、知らないことに意味があるのだろう。
菓子の美味しさを知らなければ、その誘惑に耐える苦痛も存在しない。
玲にお菓子を食べさせてしまったのは、
もしかしたら残酷なことだったのかもしれない、と――
「あむっ……お饅頭、とても美味しいです……」
――菓子を食べる玲の姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
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