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主従
主従の終わり
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「え……?」
玲はなんとも間抜けな声を漏らした。
まるで時が止まってしまったかのように。
まるで魂が抜けてしまったかのように。
俺の言葉が、今ばかりは信じられないと言うように。
「な、何を、そんな……。わ、私は、女性……ですよね……?」
それは確認ではなかった。
それは質問でもなかった。
それは、そうであって欲しいと希う、懇願だった。
「……」
縋りつく玲の言葉に、俺は何も返せなかった。
失言だったかもしれない。
少なくとも、今教えるべきではなかったのかもしれない。
玲が自身の性別すら理解していないなんて知らなかった。
宗田の教育がそこまで歪んでいるなんて思いもしなかった。
突然の告白に困惑もしていた。
孕むという単語に当惑もしていた。
それでもきっと、玲の認識を正すことを躊躇するべきだった。
玲が俺に告白をしたことについて、もっと深く思いやるべきだった。
「うそ……うそです、それは……。だって、男性なのは一宏様の方で……私は、女性のはずで……っ」
発言とは裏腹に、玲は理解してしまったらしい。
俺が嘘を言っているのではないことを。
自身がずっと間違っていたことを。
「うそですよね……? 私は、女だって教えられてきたんです。母にそう言われたんです。お前は女だから、男である主に、一宏様に尽くすんだって……。男に、主に、一宏様に奉仕することが、女である私の幸せだって……。私は、それを……ずっと、信じて……っ!」
「っ……」
見ていられなくて、思わず顔を背けてしまった。
玲がずっと心の中で何を思っていたのか。
兄である俺に、どんな感情を抱いていたのか。
それを突き崩された今――
頼っていた支柱を失くした今――
――玲が、何を思っているのか。
「お願いです、一宏様……いじわるは止めてください……。私は、男ではないですよね……。私は女で、一宏様は男で……だからっ……私は、一宏様と……っ――」
「っ、玲――」
自分でもわかっているはずなのに――
それでも幻想に縋りつく姿は、あまりにも哀れで――
だから――俺は――
「玲は男だ。俺も男で、だから……俺と玲は結婚できないし、玲が俺の子を産むこともできない」
――現実を、玲に教えた。
「……うそ」
「嘘じゃない。いじわるでもない。これが本当なんだ、玲」
「でも、だって……母は……私を、女だって……」
「なら、玲は男と女の違いを知っているのか? 俺と玲の性別が違うって、自信を持って言えるのか?」
「っ……でも……っ、だって……それじゃあっ……私は……私には、それしか……」
涙をぽろぽろと流す玲。
なんて声をかけたらいいのかもわからなくて、ただその狼狽する姿を眺め続ける。
兄らしいことなんてするべきではなかったのかもしれない。
俺のわがままのせいで、玲を傷つけてしまったのかもしれない。
例えまやかしだとしても。
玲が幸せでいられるのなら。
今まで通りの仮初の日常を演じるべきだったのかも――
「っ……」
「……?」
その時、玲の手が動いた。
その手の中には何かが握られていて――
その何かは月明りを鈍く反射していて――
「っ!? 玲っ――!」
「一宏様……」
生気の失われた声。
涙で溺れた光を失くした瞳。
「待てっ! 止めろ、玲っ!」
縛られた両手では、もうなにもかもが間に合わない。
俺の目の前で、鈍色の刃物が軌跡を描いて――
――珠美を葬った玲の手が、今度はその小柄な体へと吸い込まれていった。
玲はなんとも間抜けな声を漏らした。
まるで時が止まってしまったかのように。
まるで魂が抜けてしまったかのように。
俺の言葉が、今ばかりは信じられないと言うように。
「な、何を、そんな……。わ、私は、女性……ですよね……?」
それは確認ではなかった。
それは質問でもなかった。
それは、そうであって欲しいと希う、懇願だった。
「……」
縋りつく玲の言葉に、俺は何も返せなかった。
失言だったかもしれない。
少なくとも、今教えるべきではなかったのかもしれない。
玲が自身の性別すら理解していないなんて知らなかった。
宗田の教育がそこまで歪んでいるなんて思いもしなかった。
突然の告白に困惑もしていた。
孕むという単語に当惑もしていた。
それでもきっと、玲の認識を正すことを躊躇するべきだった。
玲が俺に告白をしたことについて、もっと深く思いやるべきだった。
「うそ……うそです、それは……。だって、男性なのは一宏様の方で……私は、女性のはずで……っ」
発言とは裏腹に、玲は理解してしまったらしい。
俺が嘘を言っているのではないことを。
自身がずっと間違っていたことを。
「うそですよね……? 私は、女だって教えられてきたんです。母にそう言われたんです。お前は女だから、男である主に、一宏様に尽くすんだって……。男に、主に、一宏様に奉仕することが、女である私の幸せだって……。私は、それを……ずっと、信じて……っ!」
「っ……」
見ていられなくて、思わず顔を背けてしまった。
玲がずっと心の中で何を思っていたのか。
兄である俺に、どんな感情を抱いていたのか。
それを突き崩された今――
頼っていた支柱を失くした今――
――玲が、何を思っているのか。
「お願いです、一宏様……いじわるは止めてください……。私は、男ではないですよね……。私は女で、一宏様は男で……だからっ……私は、一宏様と……っ――」
「っ、玲――」
自分でもわかっているはずなのに――
それでも幻想に縋りつく姿は、あまりにも哀れで――
だから――俺は――
「玲は男だ。俺も男で、だから……俺と玲は結婚できないし、玲が俺の子を産むこともできない」
――現実を、玲に教えた。
「……うそ」
「嘘じゃない。いじわるでもない。これが本当なんだ、玲」
「でも、だって……母は……私を、女だって……」
「なら、玲は男と女の違いを知っているのか? 俺と玲の性別が違うって、自信を持って言えるのか?」
「っ……でも……っ、だって……それじゃあっ……私は……私には、それしか……」
涙をぽろぽろと流す玲。
なんて声をかけたらいいのかもわからなくて、ただその狼狽する姿を眺め続ける。
兄らしいことなんてするべきではなかったのかもしれない。
俺のわがままのせいで、玲を傷つけてしまったのかもしれない。
例えまやかしだとしても。
玲が幸せでいられるのなら。
今まで通りの仮初の日常を演じるべきだったのかも――
「っ……」
「……?」
その時、玲の手が動いた。
その手の中には何かが握られていて――
その何かは月明りを鈍く反射していて――
「っ!? 玲っ――!」
「一宏様……」
生気の失われた声。
涙で溺れた光を失くした瞳。
「待てっ! 止めろ、玲っ!」
縛られた両手では、もうなにもかもが間に合わない。
俺の目の前で、鈍色の刃物が軌跡を描いて――
――珠美を葬った玲の手が、今度はその小柄な体へと吸い込まれていった。
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