女として兄に尽くすよう育てられた弟は、当たり前のように兄に恋をする

papporopueeee

文字の大きさ
179 / 185
主従

主従の終わり

しおりを挟む
「え……?」

 玲はなんとも間抜けな声を漏らした。

 まるで時が止まってしまったかのように。
 まるで魂が抜けてしまったかのように。

 俺の言葉が、今ばかりは信じられないと言うように。

「な、何を、そんな……。わ、私は、女性……ですよね……?」

 それは確認ではなかった。
 それは質問でもなかった。

 それは、そうであって欲しいとこいねがう、懇願だった。

「……」

 縋りつく玲の言葉に、俺は何も返せなかった。

 失言だったかもしれない。
 少なくとも、今教えるべきではなかったのかもしれない。

 玲が自身の性別すら理解していないなんて知らなかった。
 宗田の教育がそこまで歪んでいるなんて思いもしなかった。

 突然の告白に困惑もしていた。
 孕むという単語に当惑もしていた。

 それでもきっと、玲の認識を正すことを躊躇するべきだった。
 玲が俺に告白をしたことについて、もっと深く思いやるべきだった。

「うそ……うそです、それは……。だって、男性なのは一宏様の方で……私は、女性のはずで……っ」

 発言とは裏腹に、玲は理解してしまったらしい。
 俺が嘘を言っているのではないことを。
 自身がずっと間違っていたことを。

「うそですよね……? 私は、女だって教えられてきたんです。母にそう言われたんです。お前は女だから、男である主に、一宏様に尽くすんだって……。男に、主に、一宏様に奉仕することが、女である私の幸せだって……。私は、それを……ずっと、信じて……っ!」
「っ……」

 見ていられなくて、思わず顔を背けてしまった。

 玲がずっと心の中で何を思っていたのか。
 兄である俺に、どんな感情を抱いていたのか。

 それを突き崩された今――
 頼っていた支柱を失くした今――

 ――玲が、何を思っているのか。

「お願いです、一宏様……いじわるは止めてください……。私は、男ではないですよね……。私は女で、一宏様は男で……だからっ……私は、一宏様と……っ――」
「っ、玲――」

 自分でもわかっているはずなのに――
 それでも幻想に縋りつく姿は、あまりにも哀れで――

 だから――俺は――

「玲は男だ。俺も男で、だから……俺と玲は結婚できないし、玲が俺の子を産むこともできない」

 ――現実を、玲に教えた。

「……うそ」
「嘘じゃない。いじわるでもない。これが本当なんだ、玲」
「でも、だって……母は……私を、女だって……」
「なら、玲は男と女の違いを知っているのか? 俺と玲の性別が違うって、自信を持って言えるのか?」
「っ……でも……っ、だって……それじゃあっ……私は……私には、それしか……」

 涙をぽろぽろと流す玲。
 なんて声をかけたらいいのかもわからなくて、ただその狼狽する姿を眺め続ける。

 兄らしいことなんてするべきではなかったのかもしれない。
 俺のわがままのせいで、玲を傷つけてしまったのかもしれない。

 例えまやかしだとしても。
 玲が幸せでいられるのなら。
 今まで通りの仮初の日常を演じるべきだったのかも――

「っ……」
「……?」

 その時、玲の手が動いた。

 その手の中には何かが握られていて――
 その何かは月明りを鈍く反射していて――

「っ!? 玲っ――!」
「一宏様……」

 生気の失われた声。
 涙で溺れた光を失くした瞳。

「待てっ! 止めろ、玲っ!」

 縛られた両手では、もうなにもかもが間に合わない。

 俺の目の前で、鈍色の刃物が軌跡を描いて――

 ――珠美を葬った玲の手が、今度はその小柄な体へと吸い込まれていった。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二本の男根は一つの淫具の中で休み無く絶頂を強いられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...