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洛陽動乱
陽人の戦い ~虎牢関~ 3
しおりを挟む 華雄によって侵攻を頓挫させられた連合だったが、出て行った関羽が驚く程早く戻って来た事にどよめいた。
「ふん。大口を叩いた割に、早速逃げ帰ってきたか」
鼻で笑う袁術に対し、関羽は取ってきた華雄の首を袁術に投げる。
「ご所望の品はコチラでしたかな、副盟主」
「な、何だ、この首は!」
「敵将、華雄ですが?」
関羽は首を傾げて言う。
「さっすが、雲長! 雲長が負けてたら、私がこの場で恥ずかしい事しないといけないところだったのよ! 偉い、偉い。褒めてあげるわ」
劉備がニコニコしながら言う。
「何をやっているのだ、兄者よ」
がしっと関羽は劉備の頭を掴む。
「いや、これには深い理由がありまして。理由を聞いて下さい、雲長様」
「まあまあ、これは私も関わっていますし、袁紹殿の手前、許してあげて下さい」
頭を掴まれて抗議している劉備と共に、曹操が口を挟む。
「実力のほどを知らない諸将に対し、劉備殿が太鼓判を押したのですよ。それで話が膨らんでしまって」
「そう言う事でしたか。それで、いかがですか?」
「お見事の一言です」
関羽に対して曹操は賛辞を送ると、美酒を注いだ盃を関羽に渡す。
「どうぞ、将軍。褒美としては安いですが」
「それより、今を逃す訳にはいかないでしょう」
関羽は失礼に当たらないように盃を受け取りながら、曹操や袁紹に向かっていう。
「その通り! この機に全軍を上げて総攻撃をかけ、一気に董卓を討ち取り、天子をお救いするのが正道だ!」
劉備の後ろに控えていた大男が、落雷を思わせる大音量で主張する。
「貴様は何者だ!」
袁術は華雄の首を近くの者に投げつけ、喚き散らす。
自身の秘密兵器がまるで役に立たなかったのに対し、公孫瓚軍の足軽である者が武勲を立ててしまったので、体面を気にしているのだ。
それを取り返そうとしているのだろうが、完全に逆効果である。
「その首、まさしく華雄のモノか?」
袁術旗下の武将、張勲が水を差すように言う。
「どうだ、伯符」
孫堅が、先の戦いを見物に行っていた孫策に尋ねる。
「正真正銘、華雄の首ですね。父上も華雄とは旧知でしたから、知っているでしょう?」
「俺一人がそれを主張しても、おそらく副盟主は信じてもらえないだろうからな」
孫堅が聞こえるように言うと、袁術陣営は何も言えなくなる。
しかし孫堅が言うまでもなく、先の潘鳳戦を見守ったのは孫策だけではなくこの場にも数名が華雄を確認しているし、鮑信軍の多くも華雄を目撃している。
関羽が持ち帰ったのが、間違いなく華雄の首である事は疑いなく、張勲の言葉は言いがかりでしかないのは皆がわかっていた事である。
こんなところでも袁術は自分の評価を下げていると言う事を、まったく理解していなかった。
「どうなんだ! 兄者が敵将を討ったと言うのに、ここで本人確認で無為の時を過ごすのか! すぐに重い腰を上げて戦わないか!」
「黙れ、下郎!」
劉備の後ろで吠える大男に、袁術が怒鳴る。
「公孫瓚! そこの下郎を黙らせろ!」
「翼徳、控えなさい」
喚く袁術に対し、公孫瓚ではなく劉備が言う。
「私達は公孫瓚将軍の食客でしかないのですよ? 関羽は盟主の許しを得て武勲を立てる事を許されましたが、それは盟主の特例である事を知りなさい」
毅然とした劉備に、後ろに控える大男は大人しくなる。
「あと関羽。いい加減頭から手を離して欲しいんだけど」
「うむ」
大きく頷いて関羽は劉備の後ろに控える。
「ですが盟主、せっかく華雄を討ち敵軍の士気を下げる事が出来たのですから、ここは攻勢に出るのが良いのでは?」
「その通りだ。孟徳はどう思う?」
袁紹に尋ねられ曹操が答えようとした時、幕舎に伝令が駆け込んでくる。
「敵軍が拠点を制圧しました!」
「早いですね。華雄並の武将が多くいるとは思えないのですが、率いているのは誰かわかりますか?」
曹操が伝令に尋ねる。
「旗印から見るに、おそらくは呂布将軍かと」
その言葉に幕舎内はどよめいた。
「呂布将軍が? もう?」
さすがに曹操も眉を寄せる。
呂布と言えば董卓の親衛隊長も兼ねるので、基本的に董卓から離れる事は無い。
今回も奥門である虎牢関を守る守将であり、守備軍を率いる総大将であるのだから、最前線である拠点制圧の為に出てくる様な武将では無いのだ。
「董卓軍にもはや人無し! ここで呂布を討てば董卓軍は瓦解し、我らの勝利、疑いなし!」
王匡がそう言うと、幕舎の中はにわかに活気づいて来た。
「誰か、呂布の事を詳しく知る者はおらぬか」
袁紹は周囲の諸侯に尋ねる。
曹操や袁紹は都で少なからず呂布との接点はあったのだが、呂布が戦闘を行っているところを目撃する機会には恵まれなかった。
数回練兵を共にした曹操も、呂布の丁寧な指揮は見てきたものの、飛将軍と称される実力を見てはいない。
強いて言うなら、激昂して剣を抜いた董卓に対してまったく危なげなく素手で止める事が出来るほど、人間離れしていると言うところくらいで得意としている弓や戟を使うところは見る事が出来なかった。
荊州の若き武神とさえ称される呂布なのだが、丁原軍として戦った相手は董卓軍である。
その為董卓軍は呂布の恐ろしさを知っているのだが、この連合の中にはいない。
また、呂布の名を知らしめた黄巾軍との戦いも、その時敵として戦った黄巾軍がこの連合の中にいるはずもなく、黄巾軍の大群から救われた徐州軍も直接呂布の戦いを見た訳ではない。
が、一人だけ呂布の戦いを身近で見た人物が幕舎の中にいた。
「張郃、お前は呂布将軍と共に戦っていたはずだな?」
韓馥が若き武将、張郃に尋ねる。
「はあ、まあ」
張郃がそう答えると、全員の目が一斉に張郃に向けられる。
「うおっ、な、なんスか?」
「張郃将軍、情報提供をお願いします」
面識のある曹操が、張郃に向かって言う。
「あくまでも俺の主観になりますけど、それでも良いッスか?」
「もちろん。君の主観が聞きたい」
盟主袁紹にも言われ、張郃は一度咳払いする。
「呂布将軍は若き武神とか龍の化身とか言われてますけど、まさにその通りだと思いますよ? あの将軍は人の姿をしていますが、明らかに別の生き物です。戟と弓を得意としていると伝えられてますが、得意どころの話じゃありません。一切の常識が通用しない何かと思った方がいいッスよ」
張郃がそう言うと、活気づいていた幕舎の中も静まり返る。
「いくらなんでも大袈裟ではないか、張郃」
主君である韓馥が言うと、張郃は首を振る。
「呂布将軍に関して言えば、どれほど言っても言い過ぎと言う事はありえませんよ。水溜りと海を比べてどれくらい違うとか、そんな話をしているのと変わりません。あの人を戦場で倒すのは無理です。何かしらの策を用いない限り、屍の山を築きますよ。いや、マジで」
張郃の意見は、幕舎の中に波を立てたが基本的には若者特有の大袈裟な表現として一笑された。
やはり誰も呂布と戦っていないと言う事、これまで苦戦を強いられていたにも関わらず、連合の無名の足軽に切り捨てられた華雄と言う障害が無くなった事、なにより董卓最後の剣であるはずの呂布を討つ機会が訪れた事が、諸将の楽観を助長させていた。
だが、当然全ての者が楽観した訳ではない。
華雄の実力を知っている孫堅など、華雄自身が自らより上だと認めたから先に出て来た事を知っているので、呂布に対し面識は無くても最大限の警戒を抱いていた。
また、呂布個人と面識のある曹操や袁紹も、あの武の気配を一切感じさせない人物の底知れない恐ろしさは感じていた。
恐ろしさを感じていたのだが、袁紹も曹操もこの時は諸将の楽観を諌める事をしなかった。
あくまでも漠然とした不安であった為、そんな事で士気を削ぐ事を嫌ったと言う事もある。
「呂布、何するものぞ!」
勇ましく吠えたのは、王匡軍の武将である方悦だった。
「どれほどの勇将猛将であれど、その首を落とせば生きていられるはずも無し! そう考えれば、恐るべき何者も無いではないか!」
さすがに呂布対策の為に王匡から見出された人物なので、その大言も実行出来る実力も持つと自負しているのだ。
また、これからは各諸将の秘蔵の武将達が戦場に現れる事になる。
それだけに方悦は先の王匡の発言を足がかりに、先手を取りに来たのだ。
もちろん王匡も一番槍を得る為に切り出したのであるのだから、方悦の独断では無い。
王匡は今回の反董卓連合の中では、大きな勢力では無い為に大きな手柄が必要であり、最初から呂布を標的にして来た。
被害を抑える為に手柄を立てられそうだった孫堅の援軍要請も断り、機会を伺ってきたのだ。
方悦の檄に呼応したのは王匡軍だけでなく、張楊、孔融などの比較的弱小とされる諸将だった、
それぞれがこの連合での立場を確立させるために、呂布と言う極上の手柄を立てる必要がある為である。
「方悦の言や良し! すぐにでも呂布を討ち、董卓軍を壊滅させてやれ!」
勇ましく吠えたのは袁術である。
盟主袁紹を差し置いての発言だったが、袁紹はそれを咎める事なく頷いてみせる。
袁紹としても呂布と言う障害を除く必要があった事は間違いなく、また袁紹も多少の面識があるとはいえ張郃の情報はいくらなんでも大袈裟過ぎると思っていたので、誰かが呂布と戦いその戦闘能力を実際に見る必要があったため、止めるまでもないと判断したのである。
そう言う打算はあったが、あえてそれを口にする事なく、また差し出がましい袁術を咎めなかった事で器の大きさを示した。
「兄者! 我らも行かなくて良いのか?」
「んんー? 翼徳は行きたいの?」
劉備は首を傾げながら尋ねる。
「当たり前だ! 関羽の兄貴は敵将を討って手柄を立てたのだ。俺もそれに続いてやろうと言っているのだぞ」
「よせ、張飛。長兄には考えがあるのだ」
食ってかかろうとする大男、張飛に対して関羽は諌めるように言う。
「なあ、長兄よ」
「まあね。多分、そう簡単に呂布は討たれたりしないわよ」
劉備は張飛に説明するように、小声で言う。
「と言うより、ここで簡単に討たれるようなヤツだったら、大した手柄にもなりはしないって。誰にも手に負えない、どうしようってなってからが翼徳くんの出番よ。その時には心置きなく宣言してやれば良いって。『我、燕人張飛なり』とかなんとか」
劉備はそう言った後、張郃の方を見る。
「でも、あの子が言っていた事は気になるわね。確か、黄巾の乱の時に呂布と一緒に戦ったとか言ってたでしょ?」
劉備は関羽、張飛を見る。
「事実だけで考えて、黄巾軍はそんなに弱かったと思う?」
「いや。漢の正規軍も、我ら義勇軍も苦しめられた。将の指揮能力、戦術理解度の浅さと言う弱点があったから勝利する事は出来たが、弱いとは思えない」
張飛は不満そうだったが、関羽の言葉を否定しなかった。
「私もそう思う。けど、ウワサじゃ呂布は力で黄巾軍を蹴散らしたって言うくらいだし、ここは実力を見せてもらう為にも、私達の出番じゃないのよ」
劉備の説明に、張飛は渋々だが引き下がる。
会話の内容までは聞き取る事は出来なかったが、そんな劉備三兄弟の様子を曹操は興味深そうに見ていた。
あくまでも劉備の頭を離そうとしない関羽が目立った、と言う事もあるのだが。
「ふん。大口を叩いた割に、早速逃げ帰ってきたか」
鼻で笑う袁術に対し、関羽は取ってきた華雄の首を袁術に投げる。
「ご所望の品はコチラでしたかな、副盟主」
「な、何だ、この首は!」
「敵将、華雄ですが?」
関羽は首を傾げて言う。
「さっすが、雲長! 雲長が負けてたら、私がこの場で恥ずかしい事しないといけないところだったのよ! 偉い、偉い。褒めてあげるわ」
劉備がニコニコしながら言う。
「何をやっているのだ、兄者よ」
がしっと関羽は劉備の頭を掴む。
「いや、これには深い理由がありまして。理由を聞いて下さい、雲長様」
「まあまあ、これは私も関わっていますし、袁紹殿の手前、許してあげて下さい」
頭を掴まれて抗議している劉備と共に、曹操が口を挟む。
「実力のほどを知らない諸将に対し、劉備殿が太鼓判を押したのですよ。それで話が膨らんでしまって」
「そう言う事でしたか。それで、いかがですか?」
「お見事の一言です」
関羽に対して曹操は賛辞を送ると、美酒を注いだ盃を関羽に渡す。
「どうぞ、将軍。褒美としては安いですが」
「それより、今を逃す訳にはいかないでしょう」
関羽は失礼に当たらないように盃を受け取りながら、曹操や袁紹に向かっていう。
「その通り! この機に全軍を上げて総攻撃をかけ、一気に董卓を討ち取り、天子をお救いするのが正道だ!」
劉備の後ろに控えていた大男が、落雷を思わせる大音量で主張する。
「貴様は何者だ!」
袁術は華雄の首を近くの者に投げつけ、喚き散らす。
自身の秘密兵器がまるで役に立たなかったのに対し、公孫瓚軍の足軽である者が武勲を立ててしまったので、体面を気にしているのだ。
それを取り返そうとしているのだろうが、完全に逆効果である。
「その首、まさしく華雄のモノか?」
袁術旗下の武将、張勲が水を差すように言う。
「どうだ、伯符」
孫堅が、先の戦いを見物に行っていた孫策に尋ねる。
「正真正銘、華雄の首ですね。父上も華雄とは旧知でしたから、知っているでしょう?」
「俺一人がそれを主張しても、おそらく副盟主は信じてもらえないだろうからな」
孫堅が聞こえるように言うと、袁術陣営は何も言えなくなる。
しかし孫堅が言うまでもなく、先の潘鳳戦を見守ったのは孫策だけではなくこの場にも数名が華雄を確認しているし、鮑信軍の多くも華雄を目撃している。
関羽が持ち帰ったのが、間違いなく華雄の首である事は疑いなく、張勲の言葉は言いがかりでしかないのは皆がわかっていた事である。
こんなところでも袁術は自分の評価を下げていると言う事を、まったく理解していなかった。
「どうなんだ! 兄者が敵将を討ったと言うのに、ここで本人確認で無為の時を過ごすのか! すぐに重い腰を上げて戦わないか!」
「黙れ、下郎!」
劉備の後ろで吠える大男に、袁術が怒鳴る。
「公孫瓚! そこの下郎を黙らせろ!」
「翼徳、控えなさい」
喚く袁術に対し、公孫瓚ではなく劉備が言う。
「私達は公孫瓚将軍の食客でしかないのですよ? 関羽は盟主の許しを得て武勲を立てる事を許されましたが、それは盟主の特例である事を知りなさい」
毅然とした劉備に、後ろに控える大男は大人しくなる。
「あと関羽。いい加減頭から手を離して欲しいんだけど」
「うむ」
大きく頷いて関羽は劉備の後ろに控える。
「ですが盟主、せっかく華雄を討ち敵軍の士気を下げる事が出来たのですから、ここは攻勢に出るのが良いのでは?」
「その通りだ。孟徳はどう思う?」
袁紹に尋ねられ曹操が答えようとした時、幕舎に伝令が駆け込んでくる。
「敵軍が拠点を制圧しました!」
「早いですね。華雄並の武将が多くいるとは思えないのですが、率いているのは誰かわかりますか?」
曹操が伝令に尋ねる。
「旗印から見るに、おそらくは呂布将軍かと」
その言葉に幕舎内はどよめいた。
「呂布将軍が? もう?」
さすがに曹操も眉を寄せる。
呂布と言えば董卓の親衛隊長も兼ねるので、基本的に董卓から離れる事は無い。
今回も奥門である虎牢関を守る守将であり、守備軍を率いる総大将であるのだから、最前線である拠点制圧の為に出てくる様な武将では無いのだ。
「董卓軍にもはや人無し! ここで呂布を討てば董卓軍は瓦解し、我らの勝利、疑いなし!」
王匡がそう言うと、幕舎の中はにわかに活気づいて来た。
「誰か、呂布の事を詳しく知る者はおらぬか」
袁紹は周囲の諸侯に尋ねる。
曹操や袁紹は都で少なからず呂布との接点はあったのだが、呂布が戦闘を行っているところを目撃する機会には恵まれなかった。
数回練兵を共にした曹操も、呂布の丁寧な指揮は見てきたものの、飛将軍と称される実力を見てはいない。
強いて言うなら、激昂して剣を抜いた董卓に対してまったく危なげなく素手で止める事が出来るほど、人間離れしていると言うところくらいで得意としている弓や戟を使うところは見る事が出来なかった。
荊州の若き武神とさえ称される呂布なのだが、丁原軍として戦った相手は董卓軍である。
その為董卓軍は呂布の恐ろしさを知っているのだが、この連合の中にはいない。
また、呂布の名を知らしめた黄巾軍との戦いも、その時敵として戦った黄巾軍がこの連合の中にいるはずもなく、黄巾軍の大群から救われた徐州軍も直接呂布の戦いを見た訳ではない。
が、一人だけ呂布の戦いを身近で見た人物が幕舎の中にいた。
「張郃、お前は呂布将軍と共に戦っていたはずだな?」
韓馥が若き武将、張郃に尋ねる。
「はあ、まあ」
張郃がそう答えると、全員の目が一斉に張郃に向けられる。
「うおっ、な、なんスか?」
「張郃将軍、情報提供をお願いします」
面識のある曹操が、張郃に向かって言う。
「あくまでも俺の主観になりますけど、それでも良いッスか?」
「もちろん。君の主観が聞きたい」
盟主袁紹にも言われ、張郃は一度咳払いする。
「呂布将軍は若き武神とか龍の化身とか言われてますけど、まさにその通りだと思いますよ? あの将軍は人の姿をしていますが、明らかに別の生き物です。戟と弓を得意としていると伝えられてますが、得意どころの話じゃありません。一切の常識が通用しない何かと思った方がいいッスよ」
張郃がそう言うと、活気づいていた幕舎の中も静まり返る。
「いくらなんでも大袈裟ではないか、張郃」
主君である韓馥が言うと、張郃は首を振る。
「呂布将軍に関して言えば、どれほど言っても言い過ぎと言う事はありえませんよ。水溜りと海を比べてどれくらい違うとか、そんな話をしているのと変わりません。あの人を戦場で倒すのは無理です。何かしらの策を用いない限り、屍の山を築きますよ。いや、マジで」
張郃の意見は、幕舎の中に波を立てたが基本的には若者特有の大袈裟な表現として一笑された。
やはり誰も呂布と戦っていないと言う事、これまで苦戦を強いられていたにも関わらず、連合の無名の足軽に切り捨てられた華雄と言う障害が無くなった事、なにより董卓最後の剣であるはずの呂布を討つ機会が訪れた事が、諸将の楽観を助長させていた。
だが、当然全ての者が楽観した訳ではない。
華雄の実力を知っている孫堅など、華雄自身が自らより上だと認めたから先に出て来た事を知っているので、呂布に対し面識は無くても最大限の警戒を抱いていた。
また、呂布個人と面識のある曹操や袁紹も、あの武の気配を一切感じさせない人物の底知れない恐ろしさは感じていた。
恐ろしさを感じていたのだが、袁紹も曹操もこの時は諸将の楽観を諌める事をしなかった。
あくまでも漠然とした不安であった為、そんな事で士気を削ぐ事を嫌ったと言う事もある。
「呂布、何するものぞ!」
勇ましく吠えたのは、王匡軍の武将である方悦だった。
「どれほどの勇将猛将であれど、その首を落とせば生きていられるはずも無し! そう考えれば、恐るべき何者も無いではないか!」
さすがに呂布対策の為に王匡から見出された人物なので、その大言も実行出来る実力も持つと自負しているのだ。
また、これからは各諸将の秘蔵の武将達が戦場に現れる事になる。
それだけに方悦は先の王匡の発言を足がかりに、先手を取りに来たのだ。
もちろん王匡も一番槍を得る為に切り出したのであるのだから、方悦の独断では無い。
王匡は今回の反董卓連合の中では、大きな勢力では無い為に大きな手柄が必要であり、最初から呂布を標的にして来た。
被害を抑える為に手柄を立てられそうだった孫堅の援軍要請も断り、機会を伺ってきたのだ。
方悦の檄に呼応したのは王匡軍だけでなく、張楊、孔融などの比較的弱小とされる諸将だった、
それぞれがこの連合での立場を確立させるために、呂布と言う極上の手柄を立てる必要がある為である。
「方悦の言や良し! すぐにでも呂布を討ち、董卓軍を壊滅させてやれ!」
勇ましく吠えたのは袁術である。
盟主袁紹を差し置いての発言だったが、袁紹はそれを咎める事なく頷いてみせる。
袁紹としても呂布と言う障害を除く必要があった事は間違いなく、また袁紹も多少の面識があるとはいえ張郃の情報はいくらなんでも大袈裟過ぎると思っていたので、誰かが呂布と戦いその戦闘能力を実際に見る必要があったため、止めるまでもないと判断したのである。
そう言う打算はあったが、あえてそれを口にする事なく、また差し出がましい袁術を咎めなかった事で器の大きさを示した。
「兄者! 我らも行かなくて良いのか?」
「んんー? 翼徳は行きたいの?」
劉備は首を傾げながら尋ねる。
「当たり前だ! 関羽の兄貴は敵将を討って手柄を立てたのだ。俺もそれに続いてやろうと言っているのだぞ」
「よせ、張飛。長兄には考えがあるのだ」
食ってかかろうとする大男、張飛に対して関羽は諌めるように言う。
「なあ、長兄よ」
「まあね。多分、そう簡単に呂布は討たれたりしないわよ」
劉備は張飛に説明するように、小声で言う。
「と言うより、ここで簡単に討たれるようなヤツだったら、大した手柄にもなりはしないって。誰にも手に負えない、どうしようってなってからが翼徳くんの出番よ。その時には心置きなく宣言してやれば良いって。『我、燕人張飛なり』とかなんとか」
劉備はそう言った後、張郃の方を見る。
「でも、あの子が言っていた事は気になるわね。確か、黄巾の乱の時に呂布と一緒に戦ったとか言ってたでしょ?」
劉備は関羽、張飛を見る。
「事実だけで考えて、黄巾軍はそんなに弱かったと思う?」
「いや。漢の正規軍も、我ら義勇軍も苦しめられた。将の指揮能力、戦術理解度の浅さと言う弱点があったから勝利する事は出来たが、弱いとは思えない」
張飛は不満そうだったが、関羽の言葉を否定しなかった。
「私もそう思う。けど、ウワサじゃ呂布は力で黄巾軍を蹴散らしたって言うくらいだし、ここは実力を見せてもらう為にも、私達の出番じゃないのよ」
劉備の説明に、張飛は渋々だが引き下がる。
会話の内容までは聞き取る事は出来なかったが、そんな劉備三兄弟の様子を曹操は興味深そうに見ていた。
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