34 / 85
第一章 世界の果てに咲く花
終わりを待つ日々 4
しおりを挟む
イリーズ達は森の中にある古城に住んでいる。
大昔には王族だったらしいイリーズの先祖が代々使っている城らしいが、イリーズが知る限りでは、今は亡き母と乳母くらいしかいなかった。
この古城に新たな人物が加わった。
名前も知らない、片足の少女。
「二人にはやっぱり話しておいた方が良いと思うんですけど」
イリーズは片足の少女を部屋に運び、ベッドにうつ伏せに寝かせるとサラーマとウェンディーに言う。
「何をだよ」
サラーマはすぐに尋ねる。ウェンディーも少女の治療にかかっていなければ、同じ様にイリーズに尋ねていたところだ。
「彼女は、僕と同じ呪いを受けているみたいですよ」
イリーズが少女を見ながら言うと、サラーマとウェンディーは言葉も出ないくらいに驚いている。
「て事は、何か? 断崖の向こうにこの呪いの術者がいるって事か?」
サラーマの目付きが変わる。
「だったら話が早い。ぶっ殺しに行こうぜ! そうすりゃ、この馬鹿げた呪いも無くなるんだろう?」
「幾つか問題があるから、現実的じゃないですよ」
「何でお前がそんなに他人事なんだよ。結構大事だろ?」
「少し落ち着きなさい、サラーマ。イリーズ様、どう言う事ですか?」
ウェンディーは少女の背中に治癒の魔術を施しながら、イリーズに尋ねる。
「まずは今が冬と言う事。断崖を登るのは魔術の力無くしては不可能ですけど、雪を避けて熱を保って、その上で浮遊の魔術を使う必要があります。サラーマとウェンディーなら断崖を超える事は簡単でしょうけど、呪いの術者に勝てますか?」
「俺、めっちゃ強いぞ?」
「それは知ってますけど、相手は禁忌の魔術の使い手です。どれくらい強いかは、サラーマも知っているでしょう?」
「イリーズ様の言う通りです。私達では勝てませんでした。勝つ為にはあの黒い剣の力が必要でしょうけど、あの剣は私達では扱えませんから、イリーズ様に協力していただかないと」
ウェンディーの言葉に、サラーマは唇を噛む。
「そもそも僕達では術者を特定出来ないかも知れません。僕はおそらく力の流れで特定出来るかもしれませんが、僕はすでに呪いを受けています。僕が特定出来る様に、術者も僕を特定できるでしょう。僕が剣を抜く前に勝負はつきますよ」
イリーズは淡々と言う。
冷静であればこそこの状況に希望は無く、正しく絶望を受け入れているからこそ正確に判断も出来る。
イリーズは、生まれた時から呪いを受けていた。
大昔にこの地で起きた戦乱による、負の遺産である。
当然の事ではあるが、イリーズも文献や母から伝え聞いただけで実際に見た訳では無いので、知っている事は少ない。
当時この地では人間と亜人による大規模な戦争が行われていたという。
双方に退けない理由があり、多数の屍の山を築き、やがて勝つ為の手段さえ選ばなくなっていった。
今となってはそれが何故始まったのか、どちらが先に仕掛けたのかなどを知る術はないが、その戦争は予想外に悪い結果を生み出して終わる事になる。
イリーズの先祖に当たる王軍の中にいた宮廷魔術師の一人が、禁術とされている『魔獣の落し子』による無差別攻撃を行なったのだ。
禁術のほとんどが圧倒的な攻撃力を誇るものだが、この『魔獣の落し子』はその攻撃力より根深い悪意の方が問題である。
正式にはこの魔術は召喚術にあたる。
この魔術の悪意は、召喚した直後には見る事は出来ない。元々『魔獣の落し子』は極小の召喚獣であり、人体に寄生する。ここまでであれば、禁術どころか通常の召喚魔術の中でも最弱だろう。
この魔術が禁術とされるのはその後の効果である。
一度寄生した『魔獣の落し子』は宿主の中に特殊な結界を張り、宿主の魔力や生命力といった能力を術者へ送る能力がある。
問題はここからである。
この召喚獣は術師へ力を送る傍ら、自身の強化も図る。宿主から搾り尽くしたら、成長した『魔獣の落し子』は、細かく複数体に分かれて飛散してさらに多くの人物に寄生していく。
この召喚獣の脅威は、一度召喚して寄生させると術師が良しとするまで周囲の人間を無差別に殺戮を繰り返し、術師のみが強化されていく。術師が良しとしない限り、その近辺には術師以外の生きとし生けるもの全てを食い殺していく事である。
この召喚獣の恐ろしいところは、その無差別の殺傷力だけではない。最大の問題は、この召喚獣は通常時には肉眼で見る事が困難である事にある。
周囲の人間にはまず術者を見つける事は出来ない。術者は周囲の人間に隠れながら、召喚獣を操り感染した者の死期を操る事も出来る。
術者が特定出来る頃には、術者の強化は周囲の者には止められない程になっている。
宮廷魔術師が特定された頃には、王軍、亜人軍共に非戦闘員込みで死者は五割を超え、王軍と亜人軍は停戦して宮廷魔術師と戦う事になった。
敵の敵を得て王軍と亜人軍は協力したが、その後どうなったのかは正確には伝えられていない。
ただ、その戦いの後に世界を分断する断崖が出来たとされているので、宮廷魔術師は断崖の向こうへと送られたのだろう。
物理的に断崖を作って防げるものでは無い。この断崖は周りに近づくなと教える為に、分かりやすく伝えている。その一方、『魔獣の落し子』を防ぐために世界を分断する断崖の上方には防護の結界が張られているはずである。
イリーズはベッドで横になっている少女を見る。
戦いは無理矢理終わりを迎え、亜人も王もお互いの傷を癒す事に専念した。
亜人達は人間との戦いを辞め、さらに西へと居住地を移す事になった。そして、王軍は各地に散った『魔獣の落し子』を消去していった。
消去の為には非道な事も行なった。
王族の力で自らの体に『魔獣の落し子』を移し、死に至る前に感染者を集めていく。そうやって王族は数を減らしながら、自分達のとった愚かな行動の責任をとっていった。
イリーズはその最期の一人のはずだった。
この呪いはあと一年足らずで消えてしまうはずだった。
自分の存在と引換に。
「彼女の呪いを僕に移しましょう。そうすると彼女は助けられます」
「でもそれではイリーズ様のお体が」
イリーズの提案に、ウェンディーがすぐに拒絶する。
「待てよ、ウェンディー。イリーズの提案には続きがあるんだろ?」
「続き?」
ウェンディーだけではなく、何故かイリーズも首を傾げている。
「イリーズに呪いを移したら、確かにイリーズの体は今より弱る。だけど、一人呪いを受けていない、黒い剣が使える奴を用意出来る。しかもそいつは術者を特定出来る可能性が極めて高い奴だ。上手くすれば、イリーズも助けられるかも、だろ?」
サラーマはイリーズに対して尋ねる。
「なるほど、そういう事ですか」
イリーズは大きく頷いて言う。
「イリーズ様、どちらかといえばそれは私のセリフだと思うんですけど」
「ウェンディー、そういう事なんです」
イリーズはニッコリ笑って、ウェンディーに言う。
「ただ、イリーズ。俺としてはその女が術者を特定出来れば、と言う条件付きで賛成だ。そうじゃ無ければ、助けても見返りが少なすぎる。呪いを拡散させない手段であれば、この女をここで殺すという手段だってあるんだからな」
「そう言う事じゃないんですよ。僕は誰かを助けたいんです。だから、彼女を損得抜きで助けたいと思ってます。あと、この呪いで死ぬのは二人も必要無いでしょう」
「でも、それはイリーズ様には負担が大き過ぎます。移すのは私にでも良いのでは?」
ウェンディーはイリーズに言うが、イリーズは優しく笑うと首を振る。
「僕では大した力が無いからこそ出来るんですよ。貴女だったら、術者や『魔獣の落し子』をどれほど強化するかわかりませんから」
大昔には王族だったらしいイリーズの先祖が代々使っている城らしいが、イリーズが知る限りでは、今は亡き母と乳母くらいしかいなかった。
この古城に新たな人物が加わった。
名前も知らない、片足の少女。
「二人にはやっぱり話しておいた方が良いと思うんですけど」
イリーズは片足の少女を部屋に運び、ベッドにうつ伏せに寝かせるとサラーマとウェンディーに言う。
「何をだよ」
サラーマはすぐに尋ねる。ウェンディーも少女の治療にかかっていなければ、同じ様にイリーズに尋ねていたところだ。
「彼女は、僕と同じ呪いを受けているみたいですよ」
イリーズが少女を見ながら言うと、サラーマとウェンディーは言葉も出ないくらいに驚いている。
「て事は、何か? 断崖の向こうにこの呪いの術者がいるって事か?」
サラーマの目付きが変わる。
「だったら話が早い。ぶっ殺しに行こうぜ! そうすりゃ、この馬鹿げた呪いも無くなるんだろう?」
「幾つか問題があるから、現実的じゃないですよ」
「何でお前がそんなに他人事なんだよ。結構大事だろ?」
「少し落ち着きなさい、サラーマ。イリーズ様、どう言う事ですか?」
ウェンディーは少女の背中に治癒の魔術を施しながら、イリーズに尋ねる。
「まずは今が冬と言う事。断崖を登るのは魔術の力無くしては不可能ですけど、雪を避けて熱を保って、その上で浮遊の魔術を使う必要があります。サラーマとウェンディーなら断崖を超える事は簡単でしょうけど、呪いの術者に勝てますか?」
「俺、めっちゃ強いぞ?」
「それは知ってますけど、相手は禁忌の魔術の使い手です。どれくらい強いかは、サラーマも知っているでしょう?」
「イリーズ様の言う通りです。私達では勝てませんでした。勝つ為にはあの黒い剣の力が必要でしょうけど、あの剣は私達では扱えませんから、イリーズ様に協力していただかないと」
ウェンディーの言葉に、サラーマは唇を噛む。
「そもそも僕達では術者を特定出来ないかも知れません。僕はおそらく力の流れで特定出来るかもしれませんが、僕はすでに呪いを受けています。僕が特定出来る様に、術者も僕を特定できるでしょう。僕が剣を抜く前に勝負はつきますよ」
イリーズは淡々と言う。
冷静であればこそこの状況に希望は無く、正しく絶望を受け入れているからこそ正確に判断も出来る。
イリーズは、生まれた時から呪いを受けていた。
大昔にこの地で起きた戦乱による、負の遺産である。
当然の事ではあるが、イリーズも文献や母から伝え聞いただけで実際に見た訳では無いので、知っている事は少ない。
当時この地では人間と亜人による大規模な戦争が行われていたという。
双方に退けない理由があり、多数の屍の山を築き、やがて勝つ為の手段さえ選ばなくなっていった。
今となってはそれが何故始まったのか、どちらが先に仕掛けたのかなどを知る術はないが、その戦争は予想外に悪い結果を生み出して終わる事になる。
イリーズの先祖に当たる王軍の中にいた宮廷魔術師の一人が、禁術とされている『魔獣の落し子』による無差別攻撃を行なったのだ。
禁術のほとんどが圧倒的な攻撃力を誇るものだが、この『魔獣の落し子』はその攻撃力より根深い悪意の方が問題である。
正式にはこの魔術は召喚術にあたる。
この魔術の悪意は、召喚した直後には見る事は出来ない。元々『魔獣の落し子』は極小の召喚獣であり、人体に寄生する。ここまでであれば、禁術どころか通常の召喚魔術の中でも最弱だろう。
この魔術が禁術とされるのはその後の効果である。
一度寄生した『魔獣の落し子』は宿主の中に特殊な結界を張り、宿主の魔力や生命力といった能力を術者へ送る能力がある。
問題はここからである。
この召喚獣は術師へ力を送る傍ら、自身の強化も図る。宿主から搾り尽くしたら、成長した『魔獣の落し子』は、細かく複数体に分かれて飛散してさらに多くの人物に寄生していく。
この召喚獣の脅威は、一度召喚して寄生させると術師が良しとするまで周囲の人間を無差別に殺戮を繰り返し、術師のみが強化されていく。術師が良しとしない限り、その近辺には術師以外の生きとし生けるもの全てを食い殺していく事である。
この召喚獣の恐ろしいところは、その無差別の殺傷力だけではない。最大の問題は、この召喚獣は通常時には肉眼で見る事が困難である事にある。
周囲の人間にはまず術者を見つける事は出来ない。術者は周囲の人間に隠れながら、召喚獣を操り感染した者の死期を操る事も出来る。
術者が特定出来る頃には、術者の強化は周囲の者には止められない程になっている。
宮廷魔術師が特定された頃には、王軍、亜人軍共に非戦闘員込みで死者は五割を超え、王軍と亜人軍は停戦して宮廷魔術師と戦う事になった。
敵の敵を得て王軍と亜人軍は協力したが、その後どうなったのかは正確には伝えられていない。
ただ、その戦いの後に世界を分断する断崖が出来たとされているので、宮廷魔術師は断崖の向こうへと送られたのだろう。
物理的に断崖を作って防げるものでは無い。この断崖は周りに近づくなと教える為に、分かりやすく伝えている。その一方、『魔獣の落し子』を防ぐために世界を分断する断崖の上方には防護の結界が張られているはずである。
イリーズはベッドで横になっている少女を見る。
戦いは無理矢理終わりを迎え、亜人も王もお互いの傷を癒す事に専念した。
亜人達は人間との戦いを辞め、さらに西へと居住地を移す事になった。そして、王軍は各地に散った『魔獣の落し子』を消去していった。
消去の為には非道な事も行なった。
王族の力で自らの体に『魔獣の落し子』を移し、死に至る前に感染者を集めていく。そうやって王族は数を減らしながら、自分達のとった愚かな行動の責任をとっていった。
イリーズはその最期の一人のはずだった。
この呪いはあと一年足らずで消えてしまうはずだった。
自分の存在と引換に。
「彼女の呪いを僕に移しましょう。そうすると彼女は助けられます」
「でもそれではイリーズ様のお体が」
イリーズの提案に、ウェンディーがすぐに拒絶する。
「待てよ、ウェンディー。イリーズの提案には続きがあるんだろ?」
「続き?」
ウェンディーだけではなく、何故かイリーズも首を傾げている。
「イリーズに呪いを移したら、確かにイリーズの体は今より弱る。だけど、一人呪いを受けていない、黒い剣が使える奴を用意出来る。しかもそいつは術者を特定出来る可能性が極めて高い奴だ。上手くすれば、イリーズも助けられるかも、だろ?」
サラーマはイリーズに対して尋ねる。
「なるほど、そういう事ですか」
イリーズは大きく頷いて言う。
「イリーズ様、どちらかといえばそれは私のセリフだと思うんですけど」
「ウェンディー、そういう事なんです」
イリーズはニッコリ笑って、ウェンディーに言う。
「ただ、イリーズ。俺としてはその女が術者を特定出来れば、と言う条件付きで賛成だ。そうじゃ無ければ、助けても見返りが少なすぎる。呪いを拡散させない手段であれば、この女をここで殺すという手段だってあるんだからな」
「そう言う事じゃないんですよ。僕は誰かを助けたいんです。だから、彼女を損得抜きで助けたいと思ってます。あと、この呪いで死ぬのは二人も必要無いでしょう」
「でも、それはイリーズ様には負担が大き過ぎます。移すのは私にでも良いのでは?」
ウェンディーはイリーズに言うが、イリーズは優しく笑うと首を振る。
「僕では大した力が無いからこそ出来るんですよ。貴女だったら、術者や『魔獣の落し子』をどれほど強化するかわかりませんから」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる