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第一章 世界の果てに咲く花
黒い剣 1
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イリーズの容態が急変したのは、町から城に帰ってきてからだった。
城に戻ってくるまではごく普通で、彼女には普段通り、不健康そうではあっても特別具合が悪そうには見えてなかったのだが、城に戻ってきた途端に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
慌てて彼女達はイリーズの看病をしていたが、翌日から意識は戻ったものの立ち上がる事すらまともに出来なくなっていた。
彼女は収容所に入れられていた頃、長期間において治癒魔術のお世話になり続け再生魔術も必要とされた時期もあった。それだけに治癒魔術の効果の高さは身をもって知っているのだが、残念ながら彼女はソレを扱う事が出来ない。
「いえ、これは根本的には病気とかの類じゃないので、治癒系の魔術では効果がないんです」
ウェンディーが悔しそうな表情のまま、彼女に説明する。
彼女と違って、サラーマとウェンディーは長くイリーズと共にいた。イリーズの呪いについては彼女より詳しく知っている。
この呪い『魔獣の落し子』は寄生魔獣であり、宿主の治癒能力を高める事で排除出来る類のモノではない。むしろ宿主の治癒能力を高める事によって、『落し子』が魔力を吸収するところまで活性化させてしまう。
「だとすると、ここはやっぱり体内に入って、直接攻撃しか無いって事? 今みたいな看病してても、イリーズは弱っていくだけよね? もう、助けられないって事なの?」
三人の中でもっとも短気な彼女が、サラーマとウェンディーに言う。
「俺達はもう、その覚悟は済ませてるんだ。だから、イリーズの残りの時間、イリーズの思うままに暮らせる様にしてきた。俺達にはもう、イリーズの苦痛を除く以外に出来る事は無いんだよ」
「はあ? 何よ、ソレ。諦めてるの? あんた、天空の騎士なんでしょ? だったら、魔獣の落し子くらいどうにでもなるでしょ?」
「ならなかったんだよ。俺達じゃ、手も足も出なかったんだ。お前くらいが加わったところで、何も変わらない」
いつもの陽気なサラーマではなく、冷徹な戦士の言葉で彼女に言う。
この呪いに治癒魔術が効かないのが分かった時、サラーマはすぐにその事を考えた。
体内から『魔獣の落し子』を除かない限り、イリーズの回復は見込めない。サラーマは特殊な魔術でイリーズの体内に入り『魔獣の落し子』と直接対決を行った。
その結果は惨敗。
体内に巣を張った『魔獣の落し子』の脅威は、サラーマの想像をはるかに上回っていた。ウェンディーと協力して挑んだ事もあったが、結局手に負えなかった。
そこに彼女が一人加わったところで、何かが劇的に変わるわけではない以上、イリーズの体内から『魔獣の落し子』を取り除く事など出来ない。
サラーマとウェンディーは嫌と言うほど現実を突きつけられていたのだが、彼女はそれを納得する事は出来なかった。
「イリーズがここで弱っていくのをただ見ていく事しか出来ないの? 私に何か出来る事は無いの? イリーズを助けられるのなら、私は死んだって構わない! だって、私はまだイリーズに何も返せてないのに!」
「貴女がそれを言うの?」
これまでに聞いた事が無いくらい冷たい声で、ウェンディーが言う。
それは深く暗い、しっかり者のウェンディーらしくない怨嗟の声だった。
「ウェンディー?」
「貴女さえ来なければ、こんな事にはならなかったのに」
「ウェンディー、よせ」
サラーマが止めようとするのを、ウェンディーが払う。
小さな体を震わせながら、噛み切るほど強く唇を噛んで言葉が出ないように堪えている。
「何? 私さえいなければって、どう言う事?」
「気にするな。そんな気分の時もあるだろ?」
金色の目を見開き言葉を失っていた彼女に、サラーマが言う。
「気にするなって、無理言わないでよ。私さえいなければ、イリーズはこうなってないって事なの? 私が全部悪いの?」
「そんな訳ありませんよ」
ベッドに横になったまま、イリーズが微笑みながら言う。
「イリーズ様!」
「ごめん、イリーズ。騒がしかったでしょ?」
ウェンディーと彼女は、目を覚ましたイリーズの元へ行く。
「もし誰かが悪いとしたら、それはワガママを押し通した僕ですよ。貴女にもウェンディーにも悪いところなんてありません」
「でも、原因があるのよね? イリーズ、私は貴方にどんな悪影響を与えてるの?」
「貴女が直接僕に悪影響を与えてなんて、いませんよ」
「貴女は、呪われていたのよ。『魔獣の落し子』に。その呪いをイリーズ様が肩代わりしたから、ここまで弱ってるの。貴女さえ……」
「よせと言ったはずだぞ」
サラーマがウェンディーに向かって、強い口調で言う。
「だって……」
「お前がそうやって彼女を責めるのは、イリーズの決断を蔑ろにしているんだ。お前はイリーズを蔑んでいるんだぞ」
陽気なサラーマではなく、毅然とした態度の騎士の様な口調でウェンディーに言う。
「サラーマ、あまりウェンディーを虐めないで下さいね」
イリーズの声はしっかりしているが、目を閉じたまま、体も起こすことなく言う。
「全ては僕のワガママからなんですから。まずは僕のワガママを責めて下さい」
「でもイリーズ。どんなにイリーズのワガママだったとしても、私がそれで助けられた事実は何も変わらない。だからイリーズ、私に出来る事は無いの? 何も持ってない私だけど、イリーズの為に何か出来ないの? 何かさせてよ!」
彼女は張り裂けそうに痛む胸を抑え、それでもイリーズに訴える。
あまりにも無力な自分が嫌だった。
しかも収容所の時の様にお互いの利害の一致と言う訳ではなく、イリーズは完全な善意で呪いを肩代わりしているのだ。
元々呪いで弱っていたイリーズが、その身にさらに呪いを引き受けたのだ。
自分には何か出来る事が無いのか。
彼女はこれまでにない胸の痛みに耐えながら、イリーズに言う。
収容所で四の少女、モーリスの事を考えていた時も似たような胸の痛みを感じる事があったが、今の痛みはその時のチクリと刺す様な痛みでは無い。胸の内側から引き裂かれる様な、苦しみを伴った痛みだった。
「女性にそこまで言ってもらえるなんて、僕も捨てたものじゃないみたいですね」
そう言うとイリーズは目を開き、重そうに上半身を起こす。
城に戻ってくるまではごく普通で、彼女には普段通り、不健康そうではあっても特別具合が悪そうには見えてなかったのだが、城に戻ってきた途端に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
慌てて彼女達はイリーズの看病をしていたが、翌日から意識は戻ったものの立ち上がる事すらまともに出来なくなっていた。
彼女は収容所に入れられていた頃、長期間において治癒魔術のお世話になり続け再生魔術も必要とされた時期もあった。それだけに治癒魔術の効果の高さは身をもって知っているのだが、残念ながら彼女はソレを扱う事が出来ない。
「いえ、これは根本的には病気とかの類じゃないので、治癒系の魔術では効果がないんです」
ウェンディーが悔しそうな表情のまま、彼女に説明する。
彼女と違って、サラーマとウェンディーは長くイリーズと共にいた。イリーズの呪いについては彼女より詳しく知っている。
この呪い『魔獣の落し子』は寄生魔獣であり、宿主の治癒能力を高める事で排除出来る類のモノではない。むしろ宿主の治癒能力を高める事によって、『落し子』が魔力を吸収するところまで活性化させてしまう。
「だとすると、ここはやっぱり体内に入って、直接攻撃しか無いって事? 今みたいな看病してても、イリーズは弱っていくだけよね? もう、助けられないって事なの?」
三人の中でもっとも短気な彼女が、サラーマとウェンディーに言う。
「俺達はもう、その覚悟は済ませてるんだ。だから、イリーズの残りの時間、イリーズの思うままに暮らせる様にしてきた。俺達にはもう、イリーズの苦痛を除く以外に出来る事は無いんだよ」
「はあ? 何よ、ソレ。諦めてるの? あんた、天空の騎士なんでしょ? だったら、魔獣の落し子くらいどうにでもなるでしょ?」
「ならなかったんだよ。俺達じゃ、手も足も出なかったんだ。お前くらいが加わったところで、何も変わらない」
いつもの陽気なサラーマではなく、冷徹な戦士の言葉で彼女に言う。
この呪いに治癒魔術が効かないのが分かった時、サラーマはすぐにその事を考えた。
体内から『魔獣の落し子』を除かない限り、イリーズの回復は見込めない。サラーマは特殊な魔術でイリーズの体内に入り『魔獣の落し子』と直接対決を行った。
その結果は惨敗。
体内に巣を張った『魔獣の落し子』の脅威は、サラーマの想像をはるかに上回っていた。ウェンディーと協力して挑んだ事もあったが、結局手に負えなかった。
そこに彼女が一人加わったところで、何かが劇的に変わるわけではない以上、イリーズの体内から『魔獣の落し子』を取り除く事など出来ない。
サラーマとウェンディーは嫌と言うほど現実を突きつけられていたのだが、彼女はそれを納得する事は出来なかった。
「イリーズがここで弱っていくのをただ見ていく事しか出来ないの? 私に何か出来る事は無いの? イリーズを助けられるのなら、私は死んだって構わない! だって、私はまだイリーズに何も返せてないのに!」
「貴女がそれを言うの?」
これまでに聞いた事が無いくらい冷たい声で、ウェンディーが言う。
それは深く暗い、しっかり者のウェンディーらしくない怨嗟の声だった。
「ウェンディー?」
「貴女さえ来なければ、こんな事にはならなかったのに」
「ウェンディー、よせ」
サラーマが止めようとするのを、ウェンディーが払う。
小さな体を震わせながら、噛み切るほど強く唇を噛んで言葉が出ないように堪えている。
「何? 私さえいなければって、どう言う事?」
「気にするな。そんな気分の時もあるだろ?」
金色の目を見開き言葉を失っていた彼女に、サラーマが言う。
「気にするなって、無理言わないでよ。私さえいなければ、イリーズはこうなってないって事なの? 私が全部悪いの?」
「そんな訳ありませんよ」
ベッドに横になったまま、イリーズが微笑みながら言う。
「イリーズ様!」
「ごめん、イリーズ。騒がしかったでしょ?」
ウェンディーと彼女は、目を覚ましたイリーズの元へ行く。
「もし誰かが悪いとしたら、それはワガママを押し通した僕ですよ。貴女にもウェンディーにも悪いところなんてありません」
「でも、原因があるのよね? イリーズ、私は貴方にどんな悪影響を与えてるの?」
「貴女が直接僕に悪影響を与えてなんて、いませんよ」
「貴女は、呪われていたのよ。『魔獣の落し子』に。その呪いをイリーズ様が肩代わりしたから、ここまで弱ってるの。貴女さえ……」
「よせと言ったはずだぞ」
サラーマがウェンディーに向かって、強い口調で言う。
「だって……」
「お前がそうやって彼女を責めるのは、イリーズの決断を蔑ろにしているんだ。お前はイリーズを蔑んでいるんだぞ」
陽気なサラーマではなく、毅然とした態度の騎士の様な口調でウェンディーに言う。
「サラーマ、あまりウェンディーを虐めないで下さいね」
イリーズの声はしっかりしているが、目を閉じたまま、体も起こすことなく言う。
「全ては僕のワガママからなんですから。まずは僕のワガママを責めて下さい」
「でもイリーズ。どんなにイリーズのワガママだったとしても、私がそれで助けられた事実は何も変わらない。だからイリーズ、私に出来る事は無いの? 何も持ってない私だけど、イリーズの為に何か出来ないの? 何かさせてよ!」
彼女は張り裂けそうに痛む胸を抑え、それでもイリーズに訴える。
あまりにも無力な自分が嫌だった。
しかも収容所の時の様にお互いの利害の一致と言う訳ではなく、イリーズは完全な善意で呪いを肩代わりしているのだ。
元々呪いで弱っていたイリーズが、その身にさらに呪いを引き受けたのだ。
自分には何か出来る事が無いのか。
彼女はこれまでにない胸の痛みに耐えながら、イリーズに言う。
収容所で四の少女、モーリスの事を考えていた時も似たような胸の痛みを感じる事があったが、今の痛みはその時のチクリと刺す様な痛みでは無い。胸の内側から引き裂かれる様な、苦しみを伴った痛みだった。
「女性にそこまで言ってもらえるなんて、僕も捨てたものじゃないみたいですね」
そう言うとイリーズは目を開き、重そうに上半身を起こす。
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