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第一章 世界の果てに咲く花
黒い剣 4
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サラーマとウェンディーの二人は、その戦闘能力においては相当な実力者である。しかしそれでも『魔獣の落し子』には歯が立たなかった。それは、まともにぶつかってはどんな事をしても敵わない程、明確な差だった。
それが今回は二体もいるのだから、真正面から戦っては勝目どころかそもそも戦いにならない。だが目的は撃退では無く、イリーズの延命のみである。
イリーズを蝕む『魔獣の落し子』の活動を滞らせる事が出来れば、イリーズの延命は可能ではないか、というのがサラーマの計画である。
もちろん、今のままでは成功の見込みは無い。
「そこで、俺自身を強化アイテムに変えて、ウェンディーを徹底的に強化する。そのウェンディーなら時間稼ぎ出来るだろう」
サラーマの言葉に、イリーズもウェンディーも言葉を失っていた。
自らを別の何かに作り変える秘術は、確かに存在する。ある者は武器に、ある者は装飾品に転成した場合、術者が強力であればあるほど転成した後に残る物品も強力な物になる。
だが、文字通り『物』になるのだ。
封印の秘術などの様にいずれ解除され、元に戻るような事も無く、やがて生命であった事すら忘れられる秘術。余りに多くの悲劇を生み出したがために封印される事になった禁術をもって、サラーマはイリーズの延命に当たるという。
「待って、サラーマ。それだったら攻撃に優れる貴方を強化した方が、あの化け物を倒せるかもしれないじゃない。だったら、私が強化アイテムになった方が良いわ」
「ダメだ」
サラーマはウェンディーの提案を一蹴する。
「やり直しが出来るのなら、俺も試したい方法だとは思う。やり直しがきかない状況で、そんな中で回復要員のウェンディーが居なくなったら話にならない。それに、一体でも勝算は低いのに二体いたんじゃ、俺ではどうしようもない。ウェンディー、俺の考えている事はお前にとてつもなく残酷な事を伝える事になる。俺では絶対に出来ない戦い方を、お前にやってもらいたいんだ」
サラーマはウェンディーに言う。
確かに個人の戦闘能力の強弱だけの話をすれば、攻撃に優れるサラーマの方が強いと言えなくも無い。しかし、一撃で相手を倒せなかった場合を考えるとウェンディーの方が戦略に幅が持てる。
回復に優れるウェンディーの場合、サラーマには出来ない戦い方である消耗戦で戦況を膠着させることが出来る。『魔獣の落し子』に対し、有効に時間を稼げるのは、攻撃力の高いサラーマではないのだ。
「俺がお前に頼みたい事は、イリーズの体内で二匹の魔獣を食い合わせる為の餌だ。それが目的である以上、適任なのは攻撃力の俺より回復と防御に優れたお前だ。俺もこれがベストだ、とは言い切れないが、それでも俺にはこれ以外に効果が見込める方法を考える事が出来なかった。ウェンディーにもイリーズにも死ぬより辛い思いをさせる事になるが、彼女一人に重荷を片っ端から抱えさせる訳にはいかないだろ? ウェンディー、一番痛い目にあうのはお前だが、どうだ?」
「こういう事で私は貴方には敵わないわ。貴方がこれ以上無いと言うのなら、私はそれを実行するだけよ」
「イリーズ、後はお前の決断次第だ。だけどな、イリーズ。臣下にとって、自分の命で主君の望みを叶えられるのであれば、それは言葉に出来ないくらい贅沢な事なんだ。イリーズが死ぬ前に彼女の前でかっこつける事が出来るのなら、俺はその為に死ねる。俺のお陰でこいつはこんなに恥ずかしい事言えるんだって、胸を張れるくらいにな」
「サラーマ、他に方法は無いんですか?」
目を閉じ、眉を寄せるイリーズは、苦しげに言葉を搾り出す。
自分でもサラーマの提案は、分の悪い賭けを五分近くに引き上げている事もわかるだけに、それに代わる代案を出せない自分の無力を嘆くしかなかった。
「イリーズ。主君が臣下を死地に送り出すときの言葉としては、それは下の下だ。こういう場では、もっと相応しい言葉があるだろう? 彼女に対してかっこつけるってなったら相当恥ずかしい事言う事になるんだから、せめて俺にも何か良い言葉をかけてくれよ。恥ずかしさに慣れる練習も込みで」
役回りとしては、死ぬ事さえ出来ない状態で戦線から途中離脱という形になるサラーマは、おそらく最悪の役回りである。それでも自らそれを買って出て、イリーズに負担にならないようにいつも通りに振舞おうとしている。
それはサラーマの意地でもあった。
それが分かったのなら、イリーズは自らを臣下と言ったサラーマの期待に応える義務がある事も、それから逃げる事はサラーマの信頼に対する裏切り行為である事も理解できた。
「サラーマ、約束しますよ。僕は彼女の帰りを待つ。その場を君に見せる事は出来ないけど、君が命を捧げたことを後悔させたりしない」
「それでこそ、王族ってもんだ。魔剣の見張りなんて辞めて、お前に付いて来て良かったよ、イリーズ。ウェンディー、後の事は任せるぞ。要はお前なんだ」
「私も約束するわ。あの人の帰りを待つって。それが二日であっても、一週間であっても、必ず諦めたりしないって」
「っしゃ、頼むぞ」
「でも、サラーマ、その前に一つ僕からのワガママを聞いてもらえますか?」
「ワガママ?」
「彼女からの宿題です。僕は彼女に言いました。ウェンディーとサラーマにも協力してもらうって。コレも約束のウチですから」
それが今回は二体もいるのだから、真正面から戦っては勝目どころかそもそも戦いにならない。だが目的は撃退では無く、イリーズの延命のみである。
イリーズを蝕む『魔獣の落し子』の活動を滞らせる事が出来れば、イリーズの延命は可能ではないか、というのがサラーマの計画である。
もちろん、今のままでは成功の見込みは無い。
「そこで、俺自身を強化アイテムに変えて、ウェンディーを徹底的に強化する。そのウェンディーなら時間稼ぎ出来るだろう」
サラーマの言葉に、イリーズもウェンディーも言葉を失っていた。
自らを別の何かに作り変える秘術は、確かに存在する。ある者は武器に、ある者は装飾品に転成した場合、術者が強力であればあるほど転成した後に残る物品も強力な物になる。
だが、文字通り『物』になるのだ。
封印の秘術などの様にいずれ解除され、元に戻るような事も無く、やがて生命であった事すら忘れられる秘術。余りに多くの悲劇を生み出したがために封印される事になった禁術をもって、サラーマはイリーズの延命に当たるという。
「待って、サラーマ。それだったら攻撃に優れる貴方を強化した方が、あの化け物を倒せるかもしれないじゃない。だったら、私が強化アイテムになった方が良いわ」
「ダメだ」
サラーマはウェンディーの提案を一蹴する。
「やり直しが出来るのなら、俺も試したい方法だとは思う。やり直しがきかない状況で、そんな中で回復要員のウェンディーが居なくなったら話にならない。それに、一体でも勝算は低いのに二体いたんじゃ、俺ではどうしようもない。ウェンディー、俺の考えている事はお前にとてつもなく残酷な事を伝える事になる。俺では絶対に出来ない戦い方を、お前にやってもらいたいんだ」
サラーマはウェンディーに言う。
確かに個人の戦闘能力の強弱だけの話をすれば、攻撃に優れるサラーマの方が強いと言えなくも無い。しかし、一撃で相手を倒せなかった場合を考えるとウェンディーの方が戦略に幅が持てる。
回復に優れるウェンディーの場合、サラーマには出来ない戦い方である消耗戦で戦況を膠着させることが出来る。『魔獣の落し子』に対し、有効に時間を稼げるのは、攻撃力の高いサラーマではないのだ。
「俺がお前に頼みたい事は、イリーズの体内で二匹の魔獣を食い合わせる為の餌だ。それが目的である以上、適任なのは攻撃力の俺より回復と防御に優れたお前だ。俺もこれがベストだ、とは言い切れないが、それでも俺にはこれ以外に効果が見込める方法を考える事が出来なかった。ウェンディーにもイリーズにも死ぬより辛い思いをさせる事になるが、彼女一人に重荷を片っ端から抱えさせる訳にはいかないだろ? ウェンディー、一番痛い目にあうのはお前だが、どうだ?」
「こういう事で私は貴方には敵わないわ。貴方がこれ以上無いと言うのなら、私はそれを実行するだけよ」
「イリーズ、後はお前の決断次第だ。だけどな、イリーズ。臣下にとって、自分の命で主君の望みを叶えられるのであれば、それは言葉に出来ないくらい贅沢な事なんだ。イリーズが死ぬ前に彼女の前でかっこつける事が出来るのなら、俺はその為に死ねる。俺のお陰でこいつはこんなに恥ずかしい事言えるんだって、胸を張れるくらいにな」
「サラーマ、他に方法は無いんですか?」
目を閉じ、眉を寄せるイリーズは、苦しげに言葉を搾り出す。
自分でもサラーマの提案は、分の悪い賭けを五分近くに引き上げている事もわかるだけに、それに代わる代案を出せない自分の無力を嘆くしかなかった。
「イリーズ。主君が臣下を死地に送り出すときの言葉としては、それは下の下だ。こういう場では、もっと相応しい言葉があるだろう? 彼女に対してかっこつけるってなったら相当恥ずかしい事言う事になるんだから、せめて俺にも何か良い言葉をかけてくれよ。恥ずかしさに慣れる練習も込みで」
役回りとしては、死ぬ事さえ出来ない状態で戦線から途中離脱という形になるサラーマは、おそらく最悪の役回りである。それでも自らそれを買って出て、イリーズに負担にならないようにいつも通りに振舞おうとしている。
それはサラーマの意地でもあった。
それが分かったのなら、イリーズは自らを臣下と言ったサラーマの期待に応える義務がある事も、それから逃げる事はサラーマの信頼に対する裏切り行為である事も理解できた。
「サラーマ、約束しますよ。僕は彼女の帰りを待つ。その場を君に見せる事は出来ないけど、君が命を捧げたことを後悔させたりしない」
「それでこそ、王族ってもんだ。魔剣の見張りなんて辞めて、お前に付いて来て良かったよ、イリーズ。ウェンディー、後の事は任せるぞ。要はお前なんだ」
「私も約束するわ。あの人の帰りを待つって。それが二日であっても、一週間であっても、必ず諦めたりしないって」
「っしゃ、頼むぞ」
「でも、サラーマ、その前に一つ僕からのワガママを聞いてもらえますか?」
「ワガママ?」
「彼女からの宿題です。僕は彼女に言いました。ウェンディーとサラーマにも協力してもらうって。コレも約束のウチですから」
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