生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

黒い剣 11

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 彼女は苦しい胸を抑えて、イリーズに囁く。

 が、イリーズは僅かに微笑んでいる様に見える表情を浮かべてはいるが、彼女の言葉に応えない。

「イリーズ?」

 応えないイリーズに、彼女は震えながら声をかける。

「イリーズ、私、ちゃんと聴いてるから、だから呼んで。イリーズ、お願い、私の声に応えて。私の名前を呼んでよ、イリーズ」

 彼女は胸を引き裂かれる様な苦痛を感じながら、それでもイリーズを呼び続ける。

 彼もまた、ウェンディーと同じで二度と彼女の声に応える事は無いのは頭の片隅では分かっているが、そんな事を認める事など出来なかった。

「イリーズ、私を置いて、行かないで」

 彼女自身は絶叫しているつもりだったが、声は震え弱々しい声が漏れるだけだった。

 体中が痙攣していると思うほど震え、手に力が入らず、足元も定まらない状態でイリーズを揺さぶるが、彼は何の反応も示さない。

「お願い、もう一度、もう一度で良いから私の名前を呼んでよ」

 彼女はイリーズの亡骸に縋って言うが、イリーズが目を覚ます事は無い。

「離れろ。『死者の秘法』はまだ効果を失っていない。今から解除する」

 イリーズに縋る彼女に、『銀の風』が言う。

「何をするつもり? イリーズには指一本触れさせないわよ」

 彼女は立ち上がると、コートの中から銀色の柄を取り出し、『銀の風』の前に立ちはだかる。

「何を勘違いしているのだ。その者はこれ以上無く、自身の誇りを見せた。ならば最後まで全うさせてやるべきだ。これほど誇り高い者が、不死者として生者を襲う事をよしとすると思うのか?」

「イリーズは死んでない!」

「お前はその者の最期を看取った者であり、名前を与えられたんだ。ならばそれを背負い、生きろ。それが彼の望みではないのか?」

「ふざけるな! あんたなんかにイリーズの何が分かる!」

「お前は何も見ようとしていない。お前は何者でも無かったかも知れないが、今では『エテュセ』と言う存在になったのだ」

 そう言うと『銀の風』は、髪や鎧と同色の白銀の剣を抜く。

「彼が不死者として目覚め、お前に襲いかかるとしたら、彼はどう思う? そんな彼の姿をした不死者に殺されたお前は、彼に会った時に何と言うつもりなのだ?」

「イリーズは眠っているだけで、死んでないんだから!」

 彼女はそう叫ぶと、『銀の風』に向かって魔力の鞭を全力で叩きつけようとする。

 が、彼女にそんな魔力は残されていなかった。

 彼女はそのまま倒れると意識を失った。

 無理もない。

 猛吹雪の中で長時間かけて洞窟まで行った。それだけで体力や魔力の消耗は激しかったが、その洞窟で黒い剣の呪いで更に消耗した。そこから更に大した休憩も取らずに、また同じだけ行動して城に戻って来た。

 これだけで本来なら有り得ない、考えられない程の奇跡なのだ。

 彼女にはこれ以上魔力が残っていなかったにもかかわらず、魔力の鞭で『銀の風』を攻撃しようとしてきた。

 彼女は気づいていなかったが、彼女が『銀の風』を攻撃しようとした時に込めた魔力があまりにも強すぎたので、銀の柄に仕込まれたリミッターが破壊されたのだ。

 そのため、彼女の意識を刈り取るほどに魔力を奪われた。

「意図していないかもしれないが、少し休め。今のお前に必要なのは休息だ」
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