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男だらけの異世界転生〜幼少期編〜

帰ってきた、ベェルシード!※

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「ごめん…、ベェル。」

 広すぎるはずの自分の部屋が今は狭苦しく感じる。
 空気が重くて、息が止まりそうだ。
 暑さでじんわりと汗が伝った。
 
  
 ベェルシードが帰ってきた。夏の長期休暇だそうだ。ベェルシードは優秀な成績を収め今は生徒会に入っているらしい。実は多忙な中、やっとの思いで帰ってきたそうだ。だから、またすぐに戻らなければならないらしい。ベェルが行ってしまった時は不安だらけだった。早く帰って来ないかな、なんて子どもみたいなことを考えていた。耳飾りの意味を知るまでは……。
 
 この世界で俺は恋愛や恋ができない…、と思う。
 処刑エンドで死にたくないのはもちろん、己のバージンを手放す気もない。
 俺の恋愛対象は女性で、この世界にはその女性が存在しない。
 俺の無知が引き起こした問題は自ら解決しなくちゃならないんだ。
 でないと、ベェルに対しても誠実じゃない。
 だから俺はベェルとの久々の再会で、ベェルが淹れてくれた久々のお茶を啜りながら重い口を開いた。

「ごめん…、ベェル。」

 俺が一言そう呟くと、ベェルはカップを持つ手を強張らせた。ピタリと止まった振動でカップの中のお茶が揺れる。

「俺、知らなくて…。耳飾りのこと……。知らなかったじゃ済まないよな、ごめん。」

 ベェルの表情を見る勇気がなくて、俺は俯きながらボソボソという。コクリコクリとお茶を飲む音が聞こえる。会わない間にベェルは、すっかり大人びた。俺もまた大きくなったと、ベェルに言われた。

「やはり、そうでしたか。」
「…え?」

 どんな言葉が返ってくるか不安だった。けれど、ベェルの言葉は俺の想像するどの返事でもなく静かに納得した声と共に溜息を吐いただけだった。その声を聞くに怒りは感じられない。もしかしたら学園で新しく好きな子でもできたかもしれない。

「そんなことだろうと、思ってはいたんです。」

 やっと顔を上げて見たベェルは眉を下げ困ったように、どこか、傷ついたように笑っていた。そんな顔をさせるつもりじゃなかった。伝えない、という選択肢はどの道選ばなっかたとはいえ、もっと言い方があったかもしれない、いや今すぐ何か言わなければいけない、と焦っているとベェルの腕が伸びて来た。

「でも…、帰ってきて、貴方がこれを身に着けているから、少し期待をしてしまった。」

 そっと伸びた手が耳飾りに触れる。ウェルと会うとき以外は、なんとなくずっと身に着けていた。ベェルが贈ってくれたこの耳飾りが大切だったから。今日も、こんな話をするつもりだったのに、なんとなく身に着けてしまった。

「嬉しかったんだ。大事にしたくてさ…。」

 ベェルは身に着けていないのだろうか、長い髪に隠れて見えない。

「随分、意地悪なことをなさるんですね。」
「そんなつもりじゃ…っ!」

 ベェルの手が俺の耳飾りを外す。
 
「あっ…! だ、だめだっ。」 

 俺は慌ててベェルの腕を掴んだ。
 するとベェルは少し驚いた表情をして、それからふふっと笑った。からかうように魔法で飾りを浮かせると、俺の届かないところまで上げてしまう。思わず手を伸ばした俺は、ムッとしてベェルを睨んだ。 

「返せよ、俺のだろ!」
「いいえ、元々は私のものです。だから、返してというのは私の方…。それにフランドール様には必要ないでしょう?」
「あるっ! 気に入ってんだよ、だから返せ!」

 ああ、俺も上手く魔法が使えたらっ。
 俺は行儀も忘れてテーブルの上に乗った。
 それでも、全く届きそうにない。
 ムキになり、ジャンプをして取ろうと飛んだ瞬間バランスを崩して、ぐらりと身体が揺れた。

 あ、やべっ……。

 衝撃に備え瞼を閉じ、痛みを待った。
 だが、待てど暮らせど衝撃も痛みもやって来ない。

「貴方、馬鹿ですか!」
「ご、ごめん。」

 代わりにベェルの叱責が降ってきた。
 どうやら俺が落ちる前にベェルが抱きとめてくれたらしい。
 暖かな感触が俺を優しく包み込んだ。

「お怪我はありませんね?」
「おう…。」

 俺をちゃんと立たせるとベェルは俺の顔をペタペタ触り確認する。なんともないのが分かるとホッと息を吐いた。俺はそんなベェルに安心して、ちょっと頬が緩んだ。すると、ベェルは突然俺の腰をグッと引き寄せ、耳に唇を寄せた。ちゅっと音を立て唇が耳に触れる。

「えっ? え、え?」
「婚約中は浮気をしても許されるのですよ?」
「な、う、浮気⁉」
「ふふっ、ご存知でしたか?」
「し、らな…、うひゃあ…っ。」
 
 耳に息が掛かる。
 ベェルの指先が耳をくすぐったいほど優しく撫で、中の方まで入りこんでくる。
 なんか…、耳、やばいっ。

「や、めろっ…、ベェル!」
「結婚してしまえば、もう誰とも恋愛することを許されません。だから、婚約中だけは黙認されるのです。ねぇ…、フランドール様、私が閨事をお教えして差し上げましょうか?」

 ベェルが話すたびに吐息が耳を撫でる。
 腰にはがっちりと腕が回され、そのうちにヌルりと何かが耳を這った。

「ひぅ…っ!」

 身体がピクリと反応して、声が漏れた。
 身体の力が抜けてしまうっ…。
 こんなの絶対、ダメだろ‼ 

「ははっ、感じやすいですね。もしかして、もうウェル様に教えられた?」
「んっ…、ふざけんなっ、ウェルがそんなことするわけないだろっ。」
「…へぇ。」
「いあっ…! か、噛むな、っ!」
 
 ベェルの馬鹿野郎、思いっきり噛みやがって!
 耳がズキズキするっ。
 
 俺は怒って、ベェルを力任せに引き剥がす。ベェルはパッと手を離し、いたずらに笑った。まさか、ベェルがこんなやつだとは…、いや、以前から皮肉屋なところはあったけど。

 にしてもだ! 
 ちょっと意地悪すぎやしないか⁉ 
 頭が良いのだろうけど、なんていうか…、掌の上で転がされてる気分。
 俺の方が年上のはずなのに!

「おや、こんな時間だ。もう少し遊びたいところですが、残念です。」
「はっ⁉ おい! こんな状況で帰るのかよ⁉」
「もっと、欲しくなりましたか?」
「なっ………!」

 わざとらしく時計を見たベェルに、またからかわれる。さっさと帰ろうとするベェルを前に俺は大事なことを思い出して引き止めた。

「てか、耳飾り返せ!」

 そう言うと、小首を傾げたベェルは不思議そうな顔をしてから、クスクスと笑った。

「貴方が私を欲しいと思ったときに差し上げます。」
「はぁ⁉」
「大丈夫ですよ、絶対に言わせますから。『ベェルシードが欲しい。』ってね。」

 自信たっぷりに微笑む美形の周りには花が咲いて見えた。こんなの女子はイチコロだろ、この世界に女の子はいないけど。くそっ、イケメンめ。ベェルは俺の頭を混乱させたまま、学園へ戻っていった。
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