乞うべき愛は誰が為

かずほ

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第4話 十中八九後者

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 身体が支えを失うようにずるずると木の幹を伝って少年の上半身が地面へと着地する。
 予備の外套で枕を作り、少年の頭の下に差し込んでやり、毛布をかける。

 まさかの展開であった。
 私の役割はまだ不安定なこの世界を安定させる事にある。
 この世界を構成するマナと呼ばれるものや、魔素、瘴気、聖気に至るまで、あらゆる要素が存在する。そういった気やエネルギーを集めやすい場所は昔に比べれば数こそ減ったが不安定な場所は結構ある。

 そういった所を定期的に巡って世界全体を徐々に安定させていくのが私が神から与えられた役割だ。

 この黒の森と名付けられた森もそのひとつ。
 最初に目にした瞬間、予定よりも早い不安定への傾きに少しばかり焦りすぎた。

 この少年にした説明は間違ってはいない。
 けれど、その地を閉ざす前には念を入れて確認はする。
 今回はその確認を怠ったのが不味かった。
 まあ、確認してる間にこの子供が森の魔物の餌になってしまっていた可能性も考えると、結果オーライとも言える。

 しかしまた、随分と色んな意味で珍しい事が起こったものだ。


 本来あり得ない事が重なった。


 生きた人間を巻き込んだのは今回これが初めての事で、何より、慎重を要するこの作業の中で、他者の存在の確認を怠る事はまずありえない事だ。
 これをゲームの影響ととるべきか、私に人間の私が混ざった故に起こったことか、判断に悩むところでもある。

 まあ。十中八九後者だろうが。

 そして結果的に巻き込んでしまったこの少年。

 額に手をあて、ゆっくりと前髪をかき上げれば額には赤く色づいた一対の小さな突起《ツノ》。

 鬼《オーガ》だ。

 亜人とも魔物、魔族とも呼ばれる種は、ヴェストの正反対、極東と呼ばれるイズル地方に生息する少数だ。
 ひとつのヒト種から進化の過程で分かれた末の種である事を知る私から言わせれば、同じ人間であって、肌の色とか生えてるか生えてないかの違い程度の認識だが、人間世界は多様な人種故に差別や迫害が起きている。

 しかし、少年を見るに鬼《オーガ》にしては体格も角も小さい。わかり辛いが、縦長に伸びた瞳孔の特徴的な赤い瞳は間違いなく鬼《オーガ》のものだが、それ以外は人間のそれと変わらない。

 そこから自然と導きだされる答えは、鬼《オーガ》と人間の混血、もしくは先祖返りの類の何かだろう。少なくとも鬼《オーガ》の血が混ざっているのは確定である。

(そう言えば、そんなキャラいたなぁ……)

 ふと、思いだしたのはゲーム内の敵キャラの中ボスだった。
 明らかに鬼をコンセプトのデザインの鎧のキャラだった。強キャラ感を出すためか、全身鎧の登場で、声優さんも流行の若手声優ではなく、ベテラン声優が声を当ててた事に好感がもてた。

(好感が持てるようになるまで時間はかかったけれども。)

 バフ、デバフ持ちでやたらと固くて強くて面倒で、それまで無課金で通していた私が初めて課金に手を染めた相手である。

 ここで心を折られたプレイヤーが結構いて、見た目もあいまってゲーム内の鬼門やら、トラウマやら鬼ステージやらと長くネタとして語られていたなと思いだす。

 私自身、何より驚いたのは、兜の飾りだとばかり思っていた角が、実は自前だった事で、
 思わずその場で「マジで!?」と叫んだのは良い思い出だ。

 今の知識を元にすれば、特徴からいって間違いなく鬼《オーガ》なのだが、彼の種族表記は鬼人だった。

 そんな種、いたかな? と首を捻ってみたが私自身、全ての種を把握しているわけでもない。
 その名前からして鬼《オーガ》から派生した種であることは間違いない。

 そのキャラクターのビジュアルを思いだし、目の前の少年を改めてみる。

 瞳と髪の色は共通するが、がっしり体形の精悍な顔つきのそれに対し、少年はというと、中性的な容貌に頼りない細い体躯、額の角は辛うじて角と呼べる程度のささやかなものだ。

 何より、兜を脱いだ際のあのキャラはオールバックで素顔を晒し、対照的にこの少年は己の存在を隠すように前髪で顔を隠している。

 両者に全く結びつく要素がない事に安堵した。不確かな要素は少ないに限る。
 あの記憶がなければ私がこの黒の森に来ることはなかったのだ。
 この少年とも出くわす事もなかった。少年の本来の生死は不明だが、ゲームに関わりなければ子供一人は誤差の範囲。
 気にかかったのは、本来巻き込む筈のなかったものを巻き込んだという事実に他ならないが、それも杞憂であったならばそれで良い。

(これだけきれいな顔をしていれば、良くない輩に目を付けられ易かろう)

 成長途中の細いしなやかな身体、それに相まっての鬼《オーガ》特有の深紅の瞳。
 好事家が好みそうなものだ。

 少年の額にそっと指を這わせる。先端が丸みを帯びた小さな角だ。この年頃の鬼《オーガ》であれば結構立派な角が生えている。

 少年の場合、人間の血が強ければ、角もこれ以上発達することもなく生涯を終える可能性だってあるのだ。

「少々、過敏であったかな」

 少年の前髪を降ろし、その頭をゆっくり撫でる。
 何の特徴も持たぬ人間の世界で生きるには少々生きづらい生い立ちであろう事は見て取れる。
 その分、警戒心が強い事は良い事である。が、こんな危険な森の只中に一人で乗り込むほど無謀な風には見えない。恐らく、騙されたか嵌められたかしたのだろう。

「それにしても、」

 と
 溜息をつく。

 私の中では二つの私が未だ均衡を取りかねている。

 ゲームに関しての記憶では人間の私が顔を出し、今に立ち返ると私に戻る。

「安定を司る巫女自身が不安定とは笑えない話ではないか」

 私の独り言は夜の闇に消えていった。
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