月日荘の妖美人

近衛樹里杏

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桜幻想

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 ある年の三月末、僕は月日荘の前に立っていた。前庭に植えられた樹齢70年を越す垂れ桜が満開だ。桃色の妖艶な花は人々を幻想的に魅了する。通る人皆そこに立ちすくみ、見上げる桜は誇らしげでもあり、哀し気でもあった。時の流れにおいて行かれた古木。住む人が去り、知る人もこの世を去ってもまだそこにある妖木。まるでその美しさはあの人の様だ。
 あの人とは管理人の美しい夫人だ。彼女のことはまだ忘れてはいない。あんなことがあったにも関わらず僕はまだ信じられなかった。あの人の吐息も声も柔らかな肌も小悪魔のごとく僕をからめとったあやかしなのに。

 彼女の名は苅辺妖子。年齢不詳の魅力的なおとなの女性だ。僕は彼女もいてその子を愛してたけれど、そんなことは関係なくあの人は僕の心を虜にした。いや、心だけではない初めて知ったおとなの性戯が僕を狂わせたのだ。年上の魅了的な女体。そして僕を離さない魔力のようなあの美貌。恋人のミルカにはないものばかりだった。

 こうして過ぎ去った日々を思ってもまだ体の芯が疼く。妖子が恋しい。もう一度抱き締めたい。交わりたい。僕はそればかり考えてしまう。
もうすでに此処にはいないのだと知りつつも。

 ふと生暖かな空気に包まれた。垂れ桜の枝えだが揺れている。あの人だ!あの人はいる!僕は迷わずアパートメントのドアを押して入った。そこは外界とは違う時が流れている。あのときもそうだった。そう感じたのだ。異次元の魔界。結界をやぶった妖邪の棲みか。しかし恐ろしさはない。それより妖子への思慕が止まらない。僕は進み管理人の前に立った。古い丸いベルがある。昔と同じだ。迷わず押す。ドアの向こうでリンリンと鳴る音が聞こえた。僕は待つ。しかし誰も出ては来ない。そのうちに僕は過去へと遡っていった。あの燃えるようなまやかしの恋の日々に。
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