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第十一章 名誉騎士と宝石の角

説得と変わる国

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 上空から爆音を響かせ現れた青黒い金属の鳥に男は思わず動きを止めていた。

「こいつだ。間違いない」

 操縦席の窓からこちらを見上げる男の姿を確認したグリゼルダが低く呟く。

 グリゼルダからカーバンクルの子の毛を受け取った健太郎けんたろうだったが、衛星が示した場所はカーバンクル達が現在暮らす洞窟から少し南に移動した場所だった。
 どうやら、先程モフモフした親カーバンクルの姿を思い浮かべた事が原因らしい。

 それよりも気になったのは警戒心の強いカーバンクルが洞窟を出るとは考えにくい事だった。
 それに出たなら出たで早々に別の洞窟に移動している筈だ。

 現状で衛星が示す場所は少しずつ南下しているが、その歩みは遅い。
 その事に違和感を覚えた健太郎は、仲間と共に衛星が示した場所に駆け付けたのだ。

「チッ、戻って来るのが早すぎるぜ」

 そうぼやいて左手を突き出した男だったが、自身の魔力を全て眠りの雲に使っていた事を思い出し、顔を歪めた。

 どうする……相手は数が多い上、空を飛ぶ金属の鳥や鉄の車に変形するゴーレムを連れた得体の知れない集団だ。

 男が考えを巡らせている間にも、鳥は周囲の雪を吹き飛ばしながら男の前に着陸した。
 思わず顔を庇った左腕の先、鳥の側面に出入り口が開きそこから獣人が顔をだしたのが見えた。

「よぉ、会いたかったぜぇ」
「会いたかった? おっ、俺の事を知っているのかッ!?」
「ああ、テメェの背中の袋、カーバンクルだろう? その中の一匹に頼まれてよぉ」
「たっ、頼まれる!? 獣の頼みを引き受けたのかッ!?」
「まあな……今すぐ、そいつらを解放して子供の居場所を吐けば手荒な真似は止めといてやる」

 鳥から降り男と対峙した黒豹は、ニヤリと笑みを浮かべながらボキボキと拳を鳴らす。

 常なら魔法を使い対処も出来るだろうが、現状、魔力を使い切り初歩の魔法ですら唱える事は出来ない。
 この場を切り抜けるには……。

「まっ、待ってくれッ!! あんた等の望みは何だッ!?」
「あん、望み? ……俺達の目的はカーバンクルの角だ。カーバンクルの願いを聞いて、代わりに抜け落ちた角を頂く。やりたい事はそれだけだ」
「角ッ!! だったら、捕まえたうちの一匹をやるッ!! それなら文句は無いだろうッ!?」

 男の提案を聞いて黒豹は肩をすくめ苦笑を浮かべた。

「……悪いが俺は冒険者って奴でな。受けた依頼はベストな形で終わらせねぇといけねぇんだ」
「冒険者ってラーグの……なんで外国の人間が……」
「まぁそういう訳なんで、そいつらは返して貰うぜッ!!」

 言うが早いか黒豹は一息で間合いを詰め、男の懐に飛び込んだ。
 次の瞬間には男の顎は黒豹が放った拳によって打ち抜かれ、意識は闇に落ちた。

 崩れ落ちる男から担いでいた袋を抱きとめると、ギャガンは袋を開けて確認する。
 中には緑の毛玉が四つ、スース―と寝息を立て眠っていた。

「カーバンクルは無事だッ! んで、コイツどうする!?」
「連れて来てくれッ!! 角を使って記憶を覗くッ!!」
「……了解だ」

 ギャガンはフーと鼻から息を吐くと、カーバンクルの入った袋を右肩に担ぎ、男を左脇に抱えVTOLモードの健太郎に向けて歩みを進めた。


■◇■◇■◇■


 ゴウンゴウン。そんな音で目を覚ました男は、自分が何処とも知らない金属の壁で作られた部屋にいる事に困惑を覚えた。

 俺は……そうだ、冒険者を名乗った黒豹に殴られて……。

 意識を失う直前の記憶を思い出した男は、慌てて体を動かそうとしたが彼の身体はその意志に反して動かなかった。
 見れば椅子に座らされ、体はロープによって拘束されている。

 ゴウンゴウン。再びそんな音が聞こえ暫くすると、赤い髪の半獣人と紫の髪の女がドアを開け部屋に入ってきた。

「目が覚めたんだね? 気分は悪くないかい?」
「……お前達は何者だ? 獣人は冒険者だと言っていたが?」
「ああ、あたし等はラーグの冒険者さ。あたしは魔法使いのミラルダ。それであんたは?」
「…………」
「名前を言わないなら適当に付けるよ……そうだねぇ、あんた顔色が悪いからベ○ゾウさんでどうだい?」
「ベン○ウだと……?」

 ミラルダと名乗った女の提案に紫の髪の女は苦笑を浮かべる。

「このままだとお前、ずっとベ○ゾウと呼ばれるぞ。いいのか、それで?」
「グリゼルダ、ベン○ウじゃなくてさんまで含めて名前だよ」
「……どっちでもいいと思うが」
「よくない。あたしの中じゃ、そうなってるんだよ」

 男にとっても心底どうでもよい会話だったが、何故だか分からないがベ○ゾウという響きには不吉な物を感じる。

「…………エッジだ」
「エッジだね? んじゃ、エッジ。カーバンクルの子を何処へやったか教えておくれ」
「なんでそんな事しなきゃいけない? 俺はただ野生の魔物を捕まえ売っただけだ。法を犯した訳でもないだろう?」
「そうなんだけどさぁ……」
「確かにお前は法を犯してはいない。だがこちらも仕事でな。どうしても言わないなら記憶を覗かせてもらう」
「なっ!? 記憶を見るのはバリバリの法律違反じゃねぇかッ!?」

 角と魔力によって他者に干渉出来る魔人にとって、他人の記憶を見る事は禁忌とされている。
 これは魔人にとって法云々の前に、己の心を守る為の常識であった。

「私はもうエルダガンドに所属してはいない。形式的にはラーグの民だ。つまりエルダガンドの法に従う必要は無い」
「だからって、そんな事が許されるかッ!? 大体、人の記憶を覗くのはお前にだって危険なんだぞッ!!」
「そうなのかい、グリゼルダ?」
「まぁ、その時の感情なんかも一緒に感じるからな……」
「うーん、ねぇ、エッジ。話して貰えないかねぇ……あの子達はただ、あの山で自然に暮らしてただけなんだ。その幸せを壊してまでお金が欲しいのかい?」

 ミラルダは眉根を寄せてエッジに問い掛けたが、彼はミラルダの言葉を鼻で笑った。

「自然に暮らしてるっていうなら、猟師達が捕まえてる鹿や猪、兎だってそうだぜ。あいつ等を売って金を稼ぐ、それの何が悪い?」
「いやそうなんだけど……」

 ミラルダがうーんと唸り声を上げていると、部屋にカーバンクルを抱いた青い髪の女が現れた。

「ビビ、どうしたんだい?」
「カーバンクルがそいつと話したいって言ってるっス」
「わふわふッ!!(お願い、あの子を返してッ!!)」
「ふんッ、あいつは俺が苦労に苦労を重ねて捕まえたんだ。それに捕まる奴が間抜けなのさッ」
「お前……」

 一瞬、言葉を失ったグリゼルダはエッジの顔を押さえ、自分の角と彼の角を触れ合わせた。
 グリゼルダは記憶を読むのでは無く、逆にエッジに記憶を送り込んだ。

 エッジの脳裏に薬入りの肉を食べて体を痙攣させるカーバンクルの子供の姿が映る。
 それと同時にカーバンクルの感じた恐怖や悲しみが流れ込んで来た。

「グッ……何しやがる……」
「見て、感じて……それでも何も思わないのか? 彼らだって我々と同じく心がある。その心を知っても間抜けだと言えるのか?」
「……俺にどうしろって言うんだよッ!! 最底辺の暮らしから抜け出すにゃあ、一攫千金狙うしかねぇだろッ!?」
「違うっス。そもそも一攫千金なんて狙う事自体が間違ってるッス。コツコツ真面目にやっていれば、それなりの生活が出来る。今、この国はそんな風に変わろうとしてるッス」
「……エルダガンドに何が起きているんだ、ビビ?」

 グリゼルダの問いにビビは珍しく真剣な顔で答えた。

「今後、正規軍の仕事は主に道路や水道、魔力供給なんかのインフラ整備になるッス。それには勿論民間も参入していて、長期計画が予定されているっス」
「長期計画……そうか、キュベルの陰謀に使っていた金が国内に……」
「流石、グリゼルダっス! 公共事業に流れたお金が民間に流れて、それに携わる民間企業は投資や人材確保にお金を使う。つまり、あんたも働きゃ普通に暮らしていける様になるッス!!」
「へぇ、ビビ、あんた見かけによらず賢いんだねぇ」
「見かけによらずは余計っス……でもまぁ、隊長の受け売りッスけど……」

 苦笑を浮かべたビビにエッジは皮肉な笑みを浮かべる。

「ハッ、俺みたいな能力も学もねぇ奴がそんなトコで働ける訳ねぇだろッ!!」
「あんた、そんな風に諦めてたら、働ける物も働けないっスよ……そうっスねぇ……何処にカーバンクルを売ったか言ってくれたら、就職先を世話してやってもいいっス」
「……ギャンブルで身を持ち崩した俺がやり直せると思うのか?」
「ゴウンゴウンッ!!」

 やり直せるさッ!! 俺はやり直したくても出来なかったッ!! お前にはまだ掴める未来があるッ!!

 健太郎の叫びと共に部屋の壁に設置されたモニターに書きなぐった共通語が表示される。

「ミシマ……」
「何だよコレ……ここは一体どこなんだよ……」

 魔法技術が進んだエルダガンドでも目にした事の無い光る石板。
 それを目にした事でエッジは急に不安を覚えた。

 そもそも、金属の鳥や車に人サイズのゴーレムが変形する事自体がおかしい。
 同族がいたから軍の兵器か何かかと思っていたが……。

「あんたが今いるのは天界まで飛べる船の中だよ」
「天界まで飛べる船? そんな物ある筈が……」

 疑いを口にしたエッジにミラルダは無言で壁まで歩き、その壁にあったボタンを静かに押した。

「嘘だろ……」



 壁の一部が窓の様に外の様子を映し出す。そこには暗い夜空と青く光る球体の一部が映されていた。
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