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第六章 青い子竜と竜人の国

蛇の道は蛇

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 ロドン商会、竜人の国ベルドルグにおける冒険者ギルドに似た何でも屋組合、その組合の地方都市ランズ支部を受け持っている組織だ。
 ロドン商会は商会と名乗ってはいるが、荒事や法に触れる仕事も斡旋する、実質ギャングやマフィアと似た性質の団体だった。

 その商会の一室でファングとスケイルは依頼の品であるタニアを納品していた。
 袋から出されたタニアは身体を拘束され口枷も嵌められた状態でテーブルの上に置かれ、怯えた目でファング達の向かいに座った男を見ている。



「確かに青竜ブルードラゴンの第一幼体、しかも追跡具は無し。完璧な仕事だ」
「で、報酬は?」
「そう急くな。いつも通り三割は斡旋料として抜いてあるぞ」

 男はテーブルに金の入った袋を置いた。大人の両手分程の袋がチャリッと金属の触れ合う音を立てる。
 それを懐にしまい込みつつ、ファングは男に視線を向けた。

「分かっている……所でクライアントは宗教団体って聞いたが、正確にはなんて名前だ?」
「……直接仕事を請け負うのはルール違反だと思うが?」
「わっ、分かってるよッ! 金払いがいいからちょっと気になっただけさ、そうだよなファング?」

 愛想笑いを浮かべたスケイルの言葉に、ファングは仏頂面で頷きを返す。
 似たようなやり取りはロドン商会では日常茶飯事だ。
 仕事を仲介するだけで斡旋料と称し三割持って行くのだからそれも当然だろう。
 しかも商会はクライアントから別に仲介料も取っているらしい……まぁ、余りごねても仕事を干されるだけなのだが、今回の場合多少不満顔を見せた方が自然だとファングは考えていた。

「とにかくご苦労だったな。流石、蒼氷そうひのファングだ」
「俺も働いたんだけどッ!?」
「ああ、お前もご苦労だったなスケイル、では、次の依頼までゆっくり過ごしてくれ」
「ちぇ、分かったよぉ、行こうぜファング」

 スケイルに背中を押されながらファングはロドン商会を後にした。
 取り敢えずタニアの受け渡しは終わり、ファング達の目的だったペナルティの回避は出来た。

 次は竜を信仰する教団という事以外正体の見えないクライアントの情報を探らねば……。
 そんな事を考え、ファングは商会近くの酒場に腰を落ち着け火酒の水割りを注文した。
 スケイルも向かいの席に座り麦酒エールを給仕に頼んでいる。

 やがて運ばれて来た水割りをファングは自身のブレスで適温に冷やした。



「いつも見てるけど便利だよな、それ。んで、この後どうするんだ?」
「恐らく使いがクライアントに出される。このクラスの案件ならベッカーが動く筈だ」
「なるほど、確かに竜絡みの仕事ならあいつクラスじゃねぇとな」

 ベッカーは商会の犯罪絡みの仕事を扱っている男で、密偵として高い技量を有していた。
 特に今回の様な表沙汰に出来ない案件ならほぼ九割、クライアントとの繋ぎはベッカーが行う筈だ。

「じゃあ、ベッカーの後をつけるのか?」
「いや、俺達じゃ気取られる」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「出来る奴に頼むさ……噂をすれば……カレンッ!」

 ファングが声を上げると酒場に入って来た黄緑の髪の竜人族の女が、ファング達に気付きテーブルに歩み寄って来た。
 赤いスリットの入ったスカートからは、同じく赤いロングブーツに覆われた長い足が覗いている。



「ファング、スケイル。暫く見なかったわね」
「ああ、仕事で街を出ていたんだ」
「そう、それで何か用なの?」
「その前になにか飲めよ。奢るぜ」
「あら珍しい……じゃあご馳走になろうかしら」

 カレンは満面の笑みを浮かべテーブルに着くと、給仕に葡萄酒を注文した。
 直ぐに運ばれて来た赤黒いそれを満足そうに口に含む。

「ふぅ……それで、話は何?」
「仕事を一つ頼みたい」
「何かしら?」
「ベッカーの後をつけてほしい」
「ベッカーの? ヤバい仕事はお断りよ」
「そう言うな、報酬は弾む」

 そう言うとファングは先程受け取った袋をテーブルの上に置いた。

「おいファング……」

 何か言いかけたスケイルを視線で黙らせ、ファングはカレンに視線を向ける。

「前金でこの袋の金の半分を渡そう。欲しいのは竜を信仰している教団のアジトの場所だ。それが分かれば残りもくれてやる」
「竜を信仰……それって大昔に英雄トラスが壊滅させたんじゃ無かったっけ?」
「よく分かんねぇけど、今回俺達がやった仕事は子竜の調達でよ、依頼は竜信仰の教団からだって説明された」

 三人は顔を突き合わせひそひそと話を続けた。

「子竜って……あんたらそんなヤバい仕事を引き受けたの?」
「仕方ないだろう。組合には逆らえんさ」
「そうそう、俺達だって好きでやった訳じゃねぇよ」

 ファングは不満げに鼻を鳴らし、スケイルは苦笑を浮かべ肩を竦めた。
 そんな二人を見てカレンは訝し気に尋ねる。

「……その仕事は終わったんでしょ? なんでわざわざ混ぜっ返す様な事するのよ?」
「実はラーグの冒険者と取引してな。あいつ等が暴れれば今後、竜絡みみたいなヤバい仕事が減るかもしれん」
「ラーグの冒険者……噂で聞いた事あるけど……強いの?」

 カレンは探る様にファングを見た。

「ああ、その冒険者のメンバーの一人にゴーレムがいてな。俺は手も足も出なかった」
「あなたゴーレムなんて何体も倒してたじゃない?」
「それがよ、普通のゴーレムじゃねぇんだわ、これが」
「普通じゃない? 何、妖精銀ミスリルででも出来てたの?」
「青黒いメタルゴーレムだったが武術を使い変形した」
「……ゴーレムが武術を? それに変形? 聞いた事無いわよそんな話…………本当なの?」

 呆れた様に言ったカレンに返って来たのは、全く笑っていないファングの視線だった。
 その視線を受けてカレンは彼らの話が真実なのだと感じ取った。
 そもそもファングは自分の経験を誇張して話すタイプの男では無い。

「ああ、マジだぜ。武術の方は見てねぇけど、鉄の車に変わった所は俺も見たし」
「どうだ、やってくれないか? 上手く事が運べばお前に来る依頼も危険な物が減ると思うが……」
「確かに最近、危ない仕事は増えてる気がするわね……分かったわ」

 カレンはそう言うと手にした葡萄酒を飲み干し、テーブルの袋から金を半分抜き取った。

「ああ……」
「なによスケイル、文句でもあるの?」
「……ねぇよ」
「そう、じゃあ何か分かったら連絡するわ」

 それだけ言うとカレンはお尻を振り振り酒場を出て行った。

「はぁ……ファングよぉ、何も今回の報酬、全部渡す事はねぇだろ?」
「報酬を渋ってカレンにチクられても厄介だしな。この金額ならあいつも裏切る事は無い筈だ」
「かもしれねぇけど……わざわざラーグまで足伸ばしたのにタダ働きかよぉ……」
「そうぼやくな。この件で教団だけでなく組合にも査察が入れば、色々変わるかもしれないからな」
「あのお気楽な連中にそこまでの事が出来るとは思えねぇんだけど……」

 ぼやきつつ、麦酒のジョッキを傾ける相棒を眺め、ファングは苦笑しつつ水割りを口に運んだ。
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