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第六章 青い子竜と竜人の国

タニアが得たモノ

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 轟音を響かせクルベストの平民街へ着陸した見た事もない鳥に、クルベストは一瞬混乱に陥ったがそれがいつも街を騒がせている青いゴーレムだと分かると、街は途端に平穏を取り戻した。
 バイクに変形し、その次は鉄の車、今度は鉄の鳥。慣れというのは恐ろしいもので、中には健太郎けんたろうが次にどんな姿で帰ってくるのか賭けに使っている者もいた。

 そんな感じでかなり派手な帰還を果たした健太郎達に、家に残った年長者であるトーマスが駆け寄る。

「ミラ姉、師匠、グリゼルダさん、お帰りなさい。それでタニアは?」

 機体横のドアから顔を見せたミラルダ達にトーマスは笑みを浮かべ声を掛けた。

「ただいま、トーマス。大丈夫」
「クルルルッ!(トーマス兄、ただいまッ!)」
「キュエーッ!!(ただいまなのッ!!)」

 ミラルダ達に続いてドアの影から顔を見せたタニアが、トーマスに駆け寄り鳴き声を上げる。

「タニア、それにキュー、お帰り。無事だったんだね? 良かった……」

 トーマスは駆け寄ったタニアを抱き上げ、優しく頭を撫でてやった。

「それで家の方は変わりはないかい?」
「僕等は特に問題は無いけど……伯爵様の使いが何度か来たよ。人見知りを治す総仕上げで別の街に行ってるって事にしたけど……」
「そうかい……フフッ、確かに別の街に行ってたのは嘘じゃないねぇ」
「そうだな、それに人見知りは治ったんじゃないか、タニア?」

 グリゼルダの言葉でトーマスに抱かれたタニアは周囲に集まった野次馬に目を向け、コクリと頷きを返した。

「クルルルルルッ(前は人間の大人はパパ以外怖かった、でも今は全然怖くない。どうしてだろう……?)」



「ふむ……まぁ、恐ろしい思いをして、それでも他者の為に自ら窮地に飛び込む勇気を得たからではないか?」
「クルルッ?(勇気?)」
「ああ、お前はキューや他の子竜の事を考え、私達を信じ作戦に参加してくれた。小さなお前にはかなりの恐怖だったろう……そんな恐怖を乗り越え行動が出来たんだ。無害な大人が今更怖い訳がないさ」
「クルル……クルルルルッ!(そうか……そうだよねッ!)」

 グリゼルダの言葉でタニアは嬉しそうに目を細め笑った。

「ここがラーグかい?」
「そうだ、ここは地方都市クルベスト、ミラルダ達が拠点にしている街だ」
「酒は葡萄酒と麦酒がメインだから、カレンも気に入ると思うぜ」

 ミラルダ達に続いて健太郎から降りたカレンに、一時この街に潜伏していたファング達が街の説明をしてやっていた。

 集まった野次馬たちは中から出て来たミラルダ達、そして全員を下ろし人型に戻った健太郎を見て、またあのゴーレムかと潮が引く様に各々の仕事へと戻って行った。
 その内の何人かは前述した様に賭けに参加していた様で笑みを浮かべる者、悪態を吐く者の姿も見られた。

「それにしても……ミシマさん、そうじゃ無いかとは思っていたけど、空も飛べたんですね」
「クルルルッ(うるさかったけど、楽しかったよ)」
「キュエーッ!!(バババババッって凄かったのッ!!)」
「コホーッ……」

 タニアが空飛ぶ船に乗りたいって言うから、飛空艇の事を考えたんだけど……変形したのは何故かVTOL(垂直離着陸機)でさぁ。でもまぁ、これで行動範囲が広くなったし、トーマス達も乗りたいなら乗せてあげるよ。

「フフッ、ミシマがトーマス達も乗りたいなら乗せてやるってさ」
「えっ……僕、高い所はちょっと……」
「なんだぁ、トーマス。そんな事じゃ冒険者なんてやってられねぇぞ」
「うっ、分かりました、師匠…………ミシマさん、覚悟が出来たらよろしくお願いします」
「コホーッ!!」

 うん、任せてよッ!! ミシマ航空は安全で快適な空の旅を約束するよッ!!

 ギュッと親指を立てた健太郎にトーマスはぎこちない笑みを返したのだった。


■◇■◇■◇■


 その翌日、タニアを連れ金髪角刈りおじさんこと、アドルフの城へと出向いた健太郎達。
 今回も堅苦しい事を嫌ったギャガンを除き、健太郎、ミラルダ、グリゼルダ、タニア、そしてキューという面々だ。
 アドルフの他、近衛兵が立ち並ぶ謁見の間で三人と二匹で並んで壇上のアドルフと対面する。

「なんでもクルベストから出ていたそうだが?」
「はっ、はい。でもそのおかげでタニアの人見知りもかなり軽減されたと思います」
「そうか……タニア、もうこいつ等の事、怖くねぇのか?」

 アドルフは居並んだ厳つい近衛兵たちに視線を送り尋ねる。

「クルルッ!!(パパを守ってくれる人なら怖く無いよッ!!)」

 そう言ってタニアは近衛兵の一人に歩み寄ると、鉄の脛当に手を当てて上目遣いでクルルと鳴いた。
 手を当てられた兵士は厳めしい顔を保とうとしていたが、頬が緩むのが耐え切れない様子だ。

「へぇ、こいつぁ驚いた、あの人見知りの激しかったタニアがねぇ……ミラルダ、お前、いってぇどんな訓練をしたんだ?」
「えっと、あの、特別な事は何も……沢山の人と触れ合っただけといいますか……」
「タニアは自分自身で他者に対する恐怖を乗り越えたんだ。もう伯爵に縋って怯えていた頃のタニアでは無い」
「キュエーッ!!(タニアはキューの為に頑張ったのッ!!)」

 両手を握り声を上げたキューの様子に、言葉は分からずとも感じる物があったのかアドルフは目を細め頷いた。

「……へへ、そうか……良かったなタニア」
「クルルッ!!(うんッ!!)」

 タニアは嬉しそうに鳴いてアドルフに駆け寄り膝の上に飛び乗ると、ギュッと彼の服を掴んだ。
 それは健太郎が最初にタニアと出会った時見た物と同じ形ではあったが、確実にあの時とは違う物だった。

「コホーッ……」

 色々あったけど上手くいって良かった…………攫われたって事は黙っていた方が良さそうだな。

「当たり前だよッ」

 健太郎の呟きにミラルダが囁きを返す。

「ところでお前ら竜人を連れた来たそうだが?」

 そう尋ねたアドルフの瞳は笑ってはいなかった。
 あっ、これはバレてるな。健太郎はそう思いながら、どうしようかと頭を捻った。
 しかし上手い言い訳は出て来ない。

「ああ、ええっとですねぇ……そのですねぇ……」

 それはミラルダも同様だった様で愛想笑いを浮かべながら言い淀んでいた。

「奴らは旅先で知り合った冒険者志望の者達だ。国では何でも屋をやっていたそうだから冒険者になっても活躍できる筈だ」

 アドルフはグリゼルダに鋭い視線を送っていたが、小動もしない彼女の瞳にやがて嘆息と共に苦笑を浮かべた。

「初めて会った時も思ったが肝が据わってるな……まぁいい、タニアは元気になったし深く聞くのは止めとくわ。んじゃ今回はご苦労だった。報酬は振り込んどく。下がっていいぜ」
「は、はい」

 ホッと胸を撫で下ろした様子のミラルダを見て、健太郎も同様に安堵のため息を吐いたのだった。
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