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第七章 大森林のそのまた奥の

フォミナ家の娘

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 エルフの国リーフェルド。その国の国境警備隊の隊長、恐らく健太郎けんたろう達が入り込んだ地方の守備を任された隊の隊長だろう女エルフ、ロミナは、興味深そうにVTOLモードに変化した健太郎の内部を一通り見て回った。

「おい赤髪、貴様はこの一番前の座席に座っていたが、お前がこれを操っていたのか?」
「赤髪は止めておくれ。あたしゃミラルダ、黒豹の獣人はギャガン、魔人族の娘はグリゼルダ、人族の娘はニーナさんだよ」
「他種族の者の名等どうでもいいが……まぁいい、それでミラルダどうなんだ?」
「あたしゃ座ってただけで、動かすのは基本、ミシマ、青いゴーレムがやってるよぉ」
「ではここにある物は飾りという訳だな?」
「いや、多分飾りじゃ無くて……」

 ミラルダがそう言い掛けた時にはロミナは無造作にハンドルタイプの操縦桿を握り、人差し指部分に付いていたトリガー状のボタンを握り締めていた。

「ヴヴヴヴヴッ!?」

 アッ、それ握っちゃあッ!?

 ロミナがトリガーを握ると同時にヴゥゥゥゥゥ、と音が響き機体前部の穴から銃弾だろうモノが射出された。



「「アッ!?」」

 ロミナと彼女の後ろに立っていたミラルダの声が重なる。
 幸い集落の外に機首を向けていたので被害は無かったが、曳光弾混じりの銃弾は一瞬だったが百発近くは放たれた筈だ。

「隊長ッ!? 何事ですかッ!?」
「なっ、何でも無いッ!! この鉄の鳥の性能を調べただけだッ!!」
「そっ、そうですか……」

 ロミナは突然の銃撃に驚きの声を上げた周囲の兵士に声を張り上げ、勢い良くミラルダを振り返った。

「何だ今のはッ!?」
「話は最後まで聞きなよ、ミシマは基本、自分で身体を動かすけど、そこら辺のもんに触るとミシマの意思に関係無く体が動くんだよ」
「では今のは私の所為で……」
「そういう事だな。まぁ、興味があるのは分かるが下手に触らない方がいいだろう」
「クッ……操縦出来るなら飛ばしてみたかったが……」
「操縦方法も分かんねぇのに飛ばすも何もねぇだろ? 俺たちゃお前と一緒に落ちるのは御免だぜ」

 ギャガンの言葉を聞いてロミナは彼に鋭い視線を送ったが、ギャガンはそれを鼻で笑って受け流した。

「貴様ぁ……」
「操縦席に座りたいなら座ってもいいけど、触らない方が無難だね」
「ヴヴヴヴヴッ」

 ミラルダの言う通りだ。操縦桿とか弄られちゃうと俺の意思に関係無く身体が反応しちゃうから。凄くデリケートなんだから気安く触らないでよねッ。

「ミシマも触るなだってさ」
「お前はゴーレムが今何を言ったか分かったのか?」
「まあね」
「……」

 ロミナは名残惜しそうに操縦席に視線を送っていたが、やがて振り切る様に身を翻しそのままドカッっと右側の座席に腰を下ろした。

「ここで我慢してやる、さっさと出せ」
「へッ、偉そうな女だぜ」
「偉そうでは無く、私は実際に偉いのだ。何せこの国でも筆頭氏族、フォミナ家の一員だからな」
「フォミナ……確かリーフェルドでも五本の指に入る大部族だったか……」
「ほう、少しは物を知っているようだな。その通り、私はロミナ・ウルグ・フォミナ、リーフェルドの武を司るフォミナ家の娘だ」
「ヴヴヴヴヴッ?」

 そんな偉者の娘が何で国境警備隊の隊長なんてやってんの? 普通は中央にいるもんじゃないの?

「ミシマ、そういう事は思ってても口に出すもんじゃないよ」
「……なんだミラルダ? ミシマは何か私に言いたい事でもあるのか?」
「えっ? なっ、何も無いよッ」
「……そうか、ではさっさとこの鉄の鳥を発進させろ」
「はいはい……」

 ミラルダが苦笑を浮かべつつ操縦席に座ると、ギャガン達もそれぞれ座席に腰を下ろした。

「何だか難しそうな人ですねぇ」
「ケッ、家の名前に頼ってる様な奴に碌な奴はいねぇよ」
「フフッ、確かにそうかもな」

 ロミナから離れた場所に座ったニーナ、ギャガン、グリゼルダの三人がそんな話をしているとロミナの長い耳がピクピクと動いた。

「そこの三人、聞こえているぞ」
「フンッ、耳のいい女だぜ」
「この耳は伊達では無い、確かに先程は家名を名乗ったが私は私の意思で辺境にいるのだ。家柄に頼る愚か者と一緒にするな」
「じゃあ、最初から家の話なんぞするんじゃねぇよ」
「お前の様な武骨者にも私が何者か分かる様に言ってやっただけだ」
「チッ」

 すまし顔で言葉を返したロミナにギャガンが舌打ちを返した所で操縦席のミラルダが後方に声を掛ける。

「それじゃあ発進するから、みんな椅子のベルトを締めておくれ」

 座席に備えられたシートベルトをギャガン達は慣れた手つきで装着する。
 その中でロミナだけが戸惑い気味でベルトと格闘していた。

「ん? ロミナ、そんなに難しいかい?」
「……こんなベルトは見た事が無い、結ぶには太く硬すぎる」
「そいつはこうするんだよ」

 ミラルダは操縦席から腰を上げると、ロミナに歩み寄りベルトを付けて調節してやった。

「ほら、こうすると揺れても椅子から投げ出される事は無くなるよ」
「…………感謝する」
「いいんだよ。それじゃあ発進するから、安定するまではみんな席から立たないように」
「分かってるよぉ」
「了解です」
「離着陸時が一番揺れる。大人しく座っておけ」
「分かっているッ!」

 グリゼルダの言葉にムッとした様子のロミナに苦笑を浮かべ、ミラルダはキャビンアテンダントの様に座席の背もたれに手を掛けつつ操縦席に戻った。

「それじゃあミシマ、よろしく頼むよ」
「ヴヴヴヴヴッ!!」

 了解だッ!! みんな、しっかり掴ってろッ!!

 ヴヴヴヴヴバババババババッ!! エルフの兵達に見守られる中、ローターが唸りを上げ巨木の足場から着陸脚がゆっくりと離れる。
 健太郎は主翼端のローターの角度を徐々に前方に傾け、十分な高度と速度を得た後、水平に傾けた。
 機体は巨木の周囲を旋回しながら更に高度を上げ、やがて真田のいる東に向け進路を取った。

「……凄いな……この高さなのに息苦しさも寒さを感じない」
「あー、息苦しさは気圧って奴を調整してるってミシマが言ってたねぇ。あと寒くないのはエアコンってのが空気を暖めてるからだってさ」
「気圧……エアコン……これはどのぐらい飛べるのだ?」
「さぁ、ラーグからここまで休みなしに飛んだけど、ミシマ、あんたどれぐらい飛べるんだい?」
「バババババッ……」

 どれぐらいか……疲れとかは全く無いから多分ずっと飛んでいられると思うけど……。

「……ずっとだってさ」
「ずっとだと……信じられん……」

 絶句しキョロキョロと機内に視線を向けるロミナと一行を乗せて、健太郎は眼下に広がる緑の絨毯を上を東へ向けてエンジン音を響かせた。
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