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第七章 大森林のそのまた奥の

エルフには負けない

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 質問を終えた後、審査官のエルフはロミナに誓約書へサインを求めた。
 求めに応じロミナが書いた流れる様な筆致で書かれたサインを確認すると、審査官は青い水晶のペンダントを五つデスクの上に並べた。

「ゲストの証です。本来であれば他国からの賓客に身分証として貸し出す物です。貴重な品なので帰国時は必ずご返却願います」
「チッ、一々癇に障る野郎だぜ」

 暗に盗むなと釘を刺されギャガンが苛立ちを見せる。
 そんなギャガンの言葉を聞いた審査官は皮肉げな笑みを浮かべた。

「やはり獣人族は下品な方が多い様ですね」
「ああッ!?」
「止めろギャガン……すまない、この男は気が短くてな。不愉快な思いをさせたのなら謝ろう」

 グリゼルダはそう言って審査官に頭を下げた。

「おいグリゼルダ、何でこんな奴に頭下げんだよッ!?」
「我々は余所者だ。しかも招かれざる客らしい。そんな国に入るのだ、礼を尽くすのは当然だろう?」
「……流石に叡智に優れた魔人族の方は聡明ですね。この世界もその様な種族のみで構成されていれば良かったのですが……」
「何だとッ!?」
「コホーッ」

 ギャガン、もう行こう。

「そうだね、色々手間を掛けさせたね。ありがとよ」
「あっ、ミラルダさんッ?」

 健太郎けんたろうが憤るギャガンの手を取り強引に部屋から連れ出したのに続き、ミラルダは机に上のペンダントを回収、ニーナの背中を押して審査官の部屋を後にした。
 
「……では我々はこれで。ロミナ行こうか?」
「……そうだな」

 ロミナは男の態度に思う所があったのか、言葉少なにグリゼルダの後に続いた。

 管理局を出た健太郎達は首都である街を見る事無く、再び守備兵に最初に案内された足場へと続くつり橋へと移動した。
 健太郎としてはリーフェルドの首都だというクバルカを見て回りたかったが、あれだけ釘を刺されれば見る気も失せてしまった。
 ミラルダ達も同様だったのだろう。示し合わせる事も無く全員が吊り橋へと向かっていた。

 そんな訳で一行は蔦と板で出来た橋を渡った、その際、再びギャガンに抱えられたニーナが小さく呟く。

「やはり帰るべきでしょうか……」
「あん?」
「だって、店長に会えても想いを伝えられないのなら……」
「んな事はこの国の都合だぜ。国を離れりゃ関係ねぇよ」
「店長……私を選んでくれるかなぁ……」
「……さてな。だがもしエルフの女がさっきの奴みたいに、自分の血筋を誇るクソな奴ばかりなら……俺ならお前を選ぶぜ」

 そう言うと吊り橋を渡り切ったギャガンはニーナを下ろし、彼女の背中をバシッと平手で叩いた。

「ぐうッ!? ギャガンさん痛いですッ!!」
「気合入れろ! エルフなんぞに負けるな!」
「……はい! ……あの、ギャガンさん、あんまり私に優しくしない方がいいですよ」

 グッと両手を握りしめギャガンに答えた後、ニーナは彼を手招きして耳元で囁いた。

「あん? 何でだよ? 戦えねぇ女のお前ぇの世話を焼くのは、戦士の役目だろうが?」
「えっと、グリゼルダさんが気にするかなって……」
「グリゼルダ? あいつは自分の面倒は自分でみられるぜッ」
「そういう事じゃ無くてですねぇ……」

 彼らに続きロミナと共に橋を渡ったグリゼルダはそんな二人を見つめていた。

「何だ、あの二人が気になるのか?」
「別に気になどしていない」



「……あの娘、フィーに惚れているのだろう?」
「ッ!?」
「別に邪魔はしないさ。上手く行けば私もこのプライドばかり高い馬鹿共の暮らす国から、大手を振って出て行けるからな」
「どういう事だ?」

 グリゼルダがロミナに問い掛けた時、橋を渡り終えたミラルダが一向に声を掛けた。

「さて、それじゃ、ミシマ以外にはさっきの身分証を渡しておこうかね。首から掛けて服の中に入れときゃ早々無くなる事は無いだろうけど、みんな紛失しないように気をつけておくれ」

 ミラルダはそう言うとギャガン、ニーナ、グリゼルダに先程のペンダントを手渡していく。



「貴重とか言ってたが、唯の石ころじゃねぇか」

 そう言って受け取ったペンダントを首に掛けたギャガンは、鎖の先についた石をつまんで覗き込んだ。

「いや、魔力の流れを感じる。これは精霊の力か……」
「流石、魔人だな。それは精霊石の欠片だ。身に着けた者の居場所を対になる石で感知出来る様になっている」
「居場所が丸わかりって訳かよ」
「元々、他国の王族や貴族に貸し出す物だからな。事件に巻き込まれた時、迅速に救出する目的で作られたのだ」
「なるほどねぇ……えっと、ミシマの奴は私が持っておくよ。それでいいかい?」
「コホーッ」

 よろしく頼むよ。変形とかして失くすと面倒だし。

「了解だよ」

 ミラルダは健太郎に頷きを返すと、もう一つのペンダントを首に掛けた。

「さて、それじゃあ今度こそ真田さなだ先生に会いに行こうか?」
「はいッ!」

 先程のギャガンの平手が効いたのか、沈んでいたニーナは旅に出た当初の元気を取り戻していた。
 そんなニーナとミラルダ達を乗せて健太郎はGPSが示す先、東へ向けて再び飛び立った。


■◇■◇■◇■


 健太郎たちが首都クバルカで審査を受けていた頃、リーフェルド東の地方都市、カラミリでは長袍では無くエルフの貴族服を身に着けた真田が西の空を屋敷の窓から見上げていた。



「どうしたフィー? 落ち着かないのか?」

 そんな真田にベッドに身を横たえた、人でいえば五十代程に見える男が声を掛ける。

「そうですね。少し緊張してますかね」
「安心しろ、相手はお前も良く知る幼馴染のグリモラだ。あの子はお前以外とは結婚しないと駄々をこねてな。お前の帰郷を知ったリランから是非にと頼まれたのだ」
「それは何度も聞きましたよ」
「お前ももう三百五歳だ。身を固めてもいい頃だ」
「……身を固める、ですか」

 真田の声に不満がある事を感じ取った男は眉を寄せ語気を強めた。

「家を出て百五十年、その間好き勝手にやって来たのだ。もう十分だろう?」

 十分? 武の道に十分なんてあらへんよ。一生修行は続くもんやで、オトン。

 心の中でそう返しながら、真田は振り返り「そうですね」とエルフらしい爽やかな微笑を返した。
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