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第七章 大森林のそのまた奥の

リーフェルドの長

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 エルフの国、リーフェルドの長、ベルゲン・ギュリ・リーフェルドは抉られむき出しになった土の上に降り立った。
 それに続いて彼の側近、ロミナの父、バリアラや貴族達も次々に大地に下りる。

 地面に下りたベルゲンは、抉られた大地に視線を巡らせた後、静かにそれを為したと思われる青いゴーレムに目を向けた。



「君が精霊王を鎮めた巨人だな?」
「コホー……」

 ええっと、鎮めたというかですねぇ……それはそうなんだけど、この状況は不可抗力と言いますかですねぇ……。

「ベルゲン様、今回の責任はこの者達に入国許可を与えた私にあります。ただ、このゴーレム、ミシマとその仲間が精霊王アトラによる破壊を食い止め街を救ったのも事実です」

 ロミナはベルゲンにグリモラとの試合で起きた事、その後の経緯をミラルダ達の言葉で補う形で彼に説明した。

「以上があの時起きた事の全てです。それを御考慮頂き何とか彼らには温情ある処分を」
「……処分などは考えていない。私もそこのグリモラと君の戦いを見ていたのだ。精霊の暴走は精霊使いであればままある事だからな」
「ではッ!?」
「父上……クッ、はぁはぁ……お待ち……ください……」

 どうやらお咎め無しで済みそうだとロミナが上げた喜びの声に被せる様に、憔悴した顔のラハンが胸を押さえながらベルゲンに声を掛けた。

「ラハン……なんだ、この者達に問題があるのか?」
「その女……僕の婚約者であるロミナは影武者を使い大会に出場していました。それは大会に出場した者や観客を愚弄する行為です。どうか厳罰を彼女に……」
「……ロミナ・ウルグ・フォミナよ。ラハンの言葉は真実かね?」
「……はい、そこのグリモラとの戦いは私自身が挑みましたが、それ以外はゴーレムのミシマが私の姿で戦っておりました」
「ふむ……そうなのか、ミシマとやら?」

 ベルゲンは健太郎に薄いグリーンの瞳を向ける。

「コホー……」

 ええっと……はい。

 じっと深い森の様な静かな瞳を向けられた健太郎けんたろうは、威厳の様な物を感じ静かに頷いた。

「では、ロミナ。君は失格とする」
「失格……それだけですか父上?」
「不満かラハン?」
「ロミナは国民を、それに父上を欺いていたのですよッ!?」
「うむ、であるからロミナは失格。その経緯を広く民に公表する。ロミナとフォミナ家は民を欺いたという不名誉を背負う事になるだろう。そして失格となったロミナ代わり、そこのゴーレム、ミシマを勝者とする」
「はッ!? どうしてそうなるのですかッ!?」

 ベルゲンはラハンの上げた声でロミナの父、バリアラへと視線を向けた。

「ミシマを勝者としたのは、グリモラが呼び出した精霊王を彼が倒したからだ。その姿は多くの民が見ている……森と山を傷付けた事は問題ではあるが、多くの人命を救った功績は認めざるを得ん……それよりバリアラから聞いたが、お前、ロミナが影武者である事を知って協力する様、彼を脅してしていたそうだな?」
「なっ!? バリアラ、貴様ぁ……」
「娘は罪を犯した。家の事を考え悩みましたが、私は腹芸が出来るタイプでは無い、今回の事でそれが身に染みて分かりましたよ」

 ベルゲンに何が起きていたかぶちまけた様子のバリアラは、妙にスッキリとした顔で笑った。

「あの……影武者の件を知っていたのですか?」
「うむ、ラハンが言い出さなくても後程尋ねるつもりだった。いい訳する様ならもっと重い罰を下そうと考えていたのだがね……」
「そう……ですか……」

 俯いたロミナからベルゲンはグリモラへと視線を移す。

「グリモラ・ディグ・エナス、影武者の件、君が情報源だそうだが、事実かね?」
「……はい、一回戦を見て勝てないと思い不戦勝を得る為、ラハン様にお伝えしました。全てはフィーを、彼を我が物としたいと願った私の浅ましさが生んだ行動です」
「その際にラハンが精神の精霊の使用をほのめかし、君も賛同したと聞いたが?」
「それも事実です……どうしてもフィーの心が欲しかった」
「グリモラ……」

 真田さなだは視線を落し深い後悔が滲んでいるグリモラの顔を見て、怒るに怒れなくなってしまった。

「経験を積ませる為に司法庁の長にしたというのに、下らん策謀ばかり覚えおって……使用制限のある精神の精霊まで使おうとするとはな……」

 グリモラの証言を聞いたベルゲンは深いため息を吐き首を振った。

「それは罪を犯したロミナやメイファーンの子息を正しい道へ導く為に……」
「正しい道? 本来、精神の精霊は重罪人から罪を聞き出す為に用いられる物だ!! 言う事を聞かん者を従える為では無いッ!! 影武者等より他者の自由意志を奪う事の方が重い罪だとわきまえよッ!!」

 ベルゲンが一喝するとラハンはビクリと身を強張らせ押し黙った。

「精神の精霊の使用は未遂であっても重罪だ。ラハン、グリモラには追って沙汰を下す。ダーナル、二人を拘束せよ」
「ハッ」

 バリアラは側近に命じ、近衛兵によってラハンとグリモラに縄を掛けさせた。

「グリモラ……」
「グリモラさん……」
「……心を操って貴方を得ようとしたのだもの、しょうがないわ……じゃあねフィー」

 真田に支えられていたグリモラはそう言って悲し気に微笑んだが、ラハンは暴れ喚き散らした。

「父上ッ!! 何故ですッ!? その者たちは異種族に焦がれ外を目指したり、法を無視して異種族と婚姻をしようとしていた者達ですよッ!?」
「優秀種維持法と出入国制限法か……アレもお前の肝いりで可決した法案だったな……当時は私もお前に説得され賛成に投じたが、今回の大会を見て思ったのだ。フィー・エルド・メイファーン、君は長く国外にいたのだろう?」

 突然、名前を出され真田は戸惑いつつも問い掛けに答える。

「はぁ、百五十年ぐらいは世界各地を回りましたけど?」
「その百五十年で試合で見せた武術を会得したのかね?」
「えーと、まぁそういう事になりますねぇ……」

 わい最拳は前世の知識とこの世界での実践で練り上げたもんやから、一応嘘ではないなぁ。
 そんな事を思いつつ、真田はベルゲンに答える。

「私はエルフという種の存続を考えラハンの法案に賛成した。しかし閉じた国ではあの様な武術は生まれ得なかった……種の存続は重要ではあるが進歩は交流から生まれるのかもしれん」
「父上ッ、貴方はエルフがこの世から消えてもいいと仰るかッ!?」

 憤り唾を飛ばすラハンを悲し気に見つめながらベルゲンは言葉を紡いだ。

「そうは言っていない。だがこのまま交流を止めていれば、やがてリーフェルドは時代遅れの国として他国からの侵略を受けるかもしれぬ……魔人の娘よ、魔人の国、エルダガンドでは夜でも街は昼間の様に明るいと聞くが本当か?」
「ああ、蓄魔力化技術による魔力の外部化と陣の研究によって、光魔法を使った街灯が出来たからな。昼間とまではいかんが明かりを持ち歩く必要は無くなった」

「そうか……我が国は五十年前と変わらず炎と光の精霊に頼り切りだよ……やはり手遅れになる前に国を開くべきだな……」
「ググッ、父上は間違っていますッ!! 国を開けば我々エルフは、純粋なエルフは世界から消えてしまいますッ!!」
「エルフという種の存続より、多くの民が幸せに安心して暮らす事を私は望む……連れていけ」

 父上ッ!! 父上ッ!! そうラハンは叫んでいたが近衛兵達に精霊魔法で持ち上げられ運ばれて行った。

「あのー、グリモラはどないなるんやろか?」
「あの者は反省もしていた様であるし、精神の精霊の使用を言い出したのは息子のラハンと聞いている。それ程、重い罪には問われぬだろう」
「さいですか……」
「良かったですね、店長」
「良かったって……ニーナはん、グリモラは言うたら恋敵やで?」
「でも、あの人が不幸になるのは何だか嫌なんです……同じ人を愛したから……」

 そう言うと、ニーナは近衛兵に連れ行かれるグリモラに視線を向けた。

 そんな中、どうやら話がひと段落したようだとミラルダが遠慮がちにベルゲンに声を掛けた。

「あのー、じゃあ、あたし達は無罪放免って事でいいのかい?」
「無罪放免……ロミナの言った民と街を救った功績を鑑みて……そうだな、君達には一週間程、森の整備を手伝ってもらおうか。魔人族は土魔法も自在に操れるのだろう?」

 そう言うとベルゲンはグリゼルダを横目で見て微笑みを浮かべた。
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