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第八章 迷宮行進曲

養殖

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 探索の結果、地下九階ではディラン達は発見出来なかった。

 ミラルダとグリゼルダが探知の魔法を使い、健太郎けんたろうもレーダーで生体反応を探ったが殆どが敵か、稀に探索中の冒険者だったりしたのみで、ディランのパーティーの痕跡さえも見つける事は出来なかったのだ。

「こりゃあ、やっぱり最下層に潜ったと考えるのが自然かねぇ」
「だろうな……最下層か……新田、風丸、お前達の主、アキラというのはそんなに強いのか?」
「うむ、見た目は人間の魔法使いなのじゃが反射速度が異常に速い。詠唱速度も人とは思えない程の速さじゃ」
「俺が懐に入る前に詠唱を終えてたからな。人間の出来る事じゃねぇよ」
「ふむ……高速詠唱……言語圧縮か……」

 ブツブツと何やら呟きながら考え込んでしまったグリゼルダに代わり、ギャガンが口を開く。

「風丸が間合いに入れねぇとなると、俺でも厳しそうだな」
「コホーッ」

 ギャガンでも無理なら接近戦は難しそうだね。

「そうだねぇ……まっ、あたし達の目的はアキラの討伐じゃないし、まずはディランさんを探すとしようか」
「だねだねッ!!」
「では最下層に潜るという事で良いのじゃな?」
「そうだね……パム、あんたはどうする? 最下層はこれまでとは段違いに危険らしいけど……」
「怖いけど……行くッ!! ディランに恩を返すんだッ!!」

 鼻の穴を膨らませ両手を握ったパムを見て、ミラルダはしょうがないねぇと苦笑を浮かべた。

「じゃあ、行こうか?」

 ミラルダはパーティーメンバーを見回す。それぞれが彼女に頷きを返した。
 それを確認するとミラルダは最下層への入り口である落とし穴のある床へと足を踏み入れた。


■◇■◇■◇■


 パパパパパパッ、フィーン、グオオオオッ!! そんな音が迷宮の通路に木霊している。
 その音の源、健太郎の後ろでは新田達が明滅する光を直視しないよう両手で顔を押さえていた。
 ミラルダ達三人は煤硝子で作られた眼鏡を装着している。



「ミシマ、まだかかりそうかい?」
「コホーッ」

 もうちょっとかかりそう、あいつ等、どんどん仲間を呼ぶんだもの。

 そう答えた健太郎の視線の先では大悪魔グレートデーモン達がバルカンによってハチの巣にされながら、それでもこちらに近づこうと仲間を呼び続けていた。



 その倒れた悪魔達から立ち昇る光の粒子を吸い、健太郎の体は明滅を続ける。

 ホント、この左上のバーとかなんなんだろうか? 見た感じレベルアップッぽいけど……。

 そんな事を考えていた健太郎のカメラアイにも、特注のゴーグルが着けられていた。



 ミラルダ自身、作った事を忘れていたらしいのだが、光の粒子を吸い込んだ健太郎が発光する対策にとゴドリフに頼んで作ってもらったそうだ。

「ねぇねぇ、グリゼルダ、これって有名な養殖って奴かな?」
「養殖とは悪魔の魔法を封じて延々と狩る事だろう? 今回のはただの駆除だな」
「なぁ、ギャガン、あのミシマってゴーレムは一体何者だよ? 大悪魔を雑魚扱いとか普通じゃねぇぜ」
「あいつはあれで普通なんだよ」

 程なく音と光は止み、ダンジョンには暗闇と静寂が訪れた。

「ふぅ……こいつを掛けてても目がチカチカするねぇ」
「コホー……」

 すまん、ともかく先に進もうか。

 落とし穴に落下した一行は通路を進んだ最初の扉の先でいきなり数体の大悪魔と遭遇した。
 当初、まともに戦おうとした一行だったが、剣と魔法を弾き返し次々に仲間を呼ぶ大悪魔達に中々数を減らせず、結果一時間程、戦う羽目になった。
 そこで次に大悪魔が出現したら健太郎のバルカンで掃討しようという事になったのだが、確かに離れた位置から一方的に攻撃出来たものの、硬い悪魔の皮膚に阻まれている内に仲間を呼ばれた事で、結局バルカンでも倒すのに多少時間が掛かってしまった。

「しかし、この街の冒険者は剣と魔法だけで、よくこんな奴らとやり合ってるねぇ」
「この街で最高位のベテランさん達は、簡単に強くなれるから美味しいって言ってたけど……」
「強くか……確かにこれほどの魔素を吸い込めば強くもなるだろう」
「そうじゃな、確かに体に力がみなぎるようじゃ……」
「確かにな……ミシマ、次、なんか出たら俺達に任せろ。どんだけ強くなったか試してぇからよぉ」
「コホーッ」

 りょうかーい。強くか……もしかしてレベルアップしたら新機能が解放されるとかなんだろうか?

 健太郎は再び視界左上のバーに意識をやったが、いつも通り彼の体はそれに答えてはくれなかった。

「えっと、次はこっちだね」

 そんな事を考えていた健太郎を他所に、パムは地図を片手に広大な迷宮を進んでいく。
 彼女の手にした地図は結構虫食いがあったが、レベッカ達が攻略している事でメルディスの居室までの道筋は判明していた。
 転移をくり返し通路を進む、その過程でグリゼルダはメモに転移の術式について記入していた。

 そんな感じで最下層を進む事暫し、転移先の玄室でそれは突然襲い掛かって来た。
 道化師の姿をしたその魔物は甲高い笑い声を上げながら極低温のブレスを吐いた。

「万能なる魔力よ、我らに吹雪から身を守る壁を、陽光の天蓋シャインドームッ!!」

 即座に反応したグリゼルダが周囲に冷気から身を守る半円形の障壁を張る。

「チッ、面倒な奴が……」
「知ってるのかい風丸?」
「あいつは魔道化イビルクラウン、ふざけた格好してるが、忍者のマスタークラスと同等の動きをする上、毒なんかも持ってる。それに見た通りブレスも吐くしな」
「あいつが魔道化……話に聞いて想像してたよりずっと不気味だね……」
「コホー……」

 ピエロか……あの映画の所為で苦手なんだよなぁ……。

 風丸の答えにパムはブルリと身体を震わせ、健太郎もビジュアルだけは知っている映画を思い出しながら、うんうんとそれに同意した。

「マスタークラス……ここは俺に任せてくれねぇか?」
「ギャガン、危険だ。あいつは私とミラルダが魔法で……」
「そうだよ。風丸も面倒だって言ってるじゃないか」
「儂も反対じゃ、彼奴が冒険者を屠るのを何度も見た、いかにギャガン殿でも……」
「……頼むぜ」

 ギャガンは体に満ちた力を試したい様で、その金の瞳はミラルダの杖の明かりを反射しキラキラと輝いていた。

「……むう……首を落とされるな。それ以外だったら私が何とかしてやる」
「了解だ」
「グリゼルダ、いいのかい?」
「こうなったらコイツは止まらん」
「へへ、分かってるじゃねぇか」

 ギャガンはプクッと頬を膨らませたグリゼルダにそう言うと、ブレスが途切れた瞬間を狙い障壁から飛び出し一息でイビルクラウンに迫った。

「フッ!!」

 吐き出された呼吸音と共に、イビルクラウンの前でギャガンの身体が一瞬ブレた様に健太郎には感じられた。

「キキキッ、まずはお前が首をくれるのかいぃ!?」
「……ああ、首はお前の物だがよぉ」

 下弦の月の様な笑みを湛えたエビルクラウンにギャガンは静かに答えるとクルリと踵を返した。

「ん? 何で背中を向けちゃうのぉ……?」

 ギャガンの行動の意味が分からず思わずイビルクラウンが首を捻ると、その首は捻った勢いのままコロリと落ちて迷宮の床に転がった。
 一瞬遅れ、胴体から青黒い血が噴き出て床を濡らす。

「一撃かよ……」
「クククッ、俺達、そうとう強くなってるぜぇ。これならアキラって奴も多分、なんとか出来る筈だぁ」

 そう言ってギャガンがニヤリと笑みを浮かべた時、玄室の扉が開き赤い肌の悪魔が姿を見せた。
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