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第八章 迷宮行進曲

大魔導士の居室へ

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 静寂の間サイレンス、一定範囲の音の一切を消す魔法だ。
 これにより相手に言語魔法スペルマジックの使用を封じる事が出来るが、魔力を注ぎ効果を上げると効果範囲も広がり自身や味方の魔法も使用不能になる、いわば諸刃の剣な魔法である。

 グリゼルダはミラルダと二人、仲間を強化した後、極限まで魔力を込めたサイレンスを用い、悪魔王デーモンロードべノンの魔法を封じ込めた。
 健太郎けんたろうとギャガン、更に新たなにパーティーに加わった新田にった風丸かぜまるなら、デーモンロードも倒せると信じていたがこちらの魔法が一切使えない事になる為、賭けの要素も強かった。

 何にしてもその賭けに勝てた事でグリゼルダはホッと息を吐く。

「…………!!」

 そんなグリゼルダにパクパクと口を動かしパムが懸命に何か言っている。
 恐らく勝てて良かったとか、上手く行ったねとかだろう。
 そう当たりを付けたグリゼルダは言葉が使えないのは不便だなと苦笑を浮かべながら、いつも健太郎がする様にパムに向かって親指を立てた手を突き出した。


■◇■◇■◇■


 その後、一行はべノンの亡骸を玄室に残し、部屋を出て通路を進みメルディスの居室を目指した。

「悪魔王を倒したから、もう後はアキラって魔術師だけだね……ディラン、アキラに捕まっちゃったのかなぁ……」
「残すところ、この階層にはメルディスの部屋しか無いのだろう?」
「うん、地図ではそうなってる」
「ここまでディランのパーティーらしき遺体及び痕跡は無かった。上の階の何処かで倒れている可能性もあるが、九階まで直通で行ける方法があるのにそれも考えにくい……やはり、メルディスの居室に向かったとみるのが妥当だろう」

 グリゼルダの分析にパムが眉根を寄せた。

「大丈夫かなぁ……」
「アキラは合成獣キメラの材料に高レベルの冒険者を欲しがってた。だからもしかしたら……」
「そんなッ!?」
「ちょいと風丸、パムの不安を呷るような事はめとくれ」
「事実を言ったまでだ、そのハーフリングだってあらかじめ覚悟出来てた方がいいだろう?」
「それにしたって言い方ってもんが……」

 顔を顰め風丸に苦言を呈するミラルダの横で健太郎はボソリと呟く。

「コホー……」

 合成獣か……確か昔の映画でハエと合体しちゃう奴があったけど、アレってどうなるんだっけ……分離出来たんだっけ……。

 基本、ホラーNGな健太郎はその映画もビジュアルしか知らなかった。ただ、分離という点について少し気になっていた。

 健太郎がそんな事を考えている間に、一行は迷宮の最深部、メルディスの居室の前まで辿り着いた。
 結局、その道中も悪魔等、敵の襲撃は受けたがディランパーティーの痕跡は見つける事が出来なかった。

 悪魔王や巨人も通れる巨大な扉を健太郎達は見上げる。扉の横には立て札が立っておりそこにはメルディスは不在だと書かれている。

「師匠達が倒しちまったから、そりゃ不在だろうさ……ふぅ……ここにディランさん達がいなきゃ、迷宮を丸っと探索する必要があるねぇ」
「そいつはかなり面倒な話だなぁ」
「面倒事を解決するのが冒険者の仕事さ」
「分かっちゃいるが、妖刀でもミシマが斬れねぇって知っちまったしなぁ……」

 そう言ってギャガンが新田の腰にある妖刀佐神国守さじんくにもりに視線を向けると、それに気付いた新田が口を開いた。

「使っていて感じたのじゃが、この刀は悪魔に特に有効なようじゃ。なればゴーレムの様な魔法生物に有効な剣もこの世の何処かにはあるやもしれぬ」
「なるほど、特効って奴か……」
「うむ」
「コホーッ!!」

 ギャガン、いい加減諦めてよッ!! それに新田さんも何余計な事言ってんのッ!!

 口元に笑みを浮かべたギャガン、それを見て微笑む新田に健太郎は両手を振り上げ抗議する。

「はぁ……まったくあんた等は……グリゼルダ、突入する前に全員に強化魔法を掛けようか?」
「了解だ……アキラはかなり速いらしいから、強化は加速アクセラをメインにしよう。前衛はそれで奴に接近戦を仕掛けてくれ」
「コホーッ!!」

 了解だッ!!

 健太郎が両腕で丸を作るとそれを見たギャガンも頷く。

「奴に詠唱の隙を与えないって事だな?」
「そうだ。高速詠唱については色々考えたがどれも推測の域を出ない。悪魔王デーモンロードの時の様に静寂の間サイレンスで黙らせる事も考えたが、不測の事態に備え魔法は使える様にしておきたい」
「そうだね。あたしゃ魔法しか使えないから、その方が有難いよ」

 グリゼルダの言葉にミラルダが頷くと、パムが口を開く。

「わたしはミラルダから預かった道具でみんなのサポートに回るねッ」
「儂と風丸はミシマ殿、ギャガン殿と共に前衛でアキラの詠唱を阻止しようぞ」
「そうだな。力の上がった今ならあいつの詠唱前に懐に飛び込めるかもしれねぇ」
「うむ、では強化魔法を」

 その後、準備を整えた一行は健太郎が押し開けた巨大な扉を潜り、かつて迷宮を作り上げた大魔導士メルディスの居室へと足を踏み入れた。
 薄暗く、広い部屋の奥は闇に沈み見通せない。

「コホー……」

 わぁ……色々混ざっててこれぞラスボスって感じだなぁ。

「ミシマには見えるのかい?」
「コホーッ」

 うん、俺、暗い所でも視界はクリアーだから。 

『待ちくたびれたぞ』

 健太郎がミラルダと話していると、部屋の奥、暗闇の中から男でも女でもないノイズを含んだような不思議な声が響いて来た。

「おい、気を付けろッ!! そいつはもう人間じゃないッ!!」

 その声で壁際に繋がれた冒険者の中の一人が部屋に侵入した健太郎達に気付き声を上げる。

「この声ッ!?」
「パムッ!?」

 ギャガンの声を無視して、掛けられた声の主に気付いたパムは迷うことなく冒険者たちに駆け寄った。

「ディランッ!! 生きてたんだねッ!!」
「お前……パムか……?」
「うんッ!! 助けに来たよッ!!」

 そう答えながら、パムはポーチからツールを取り出し、鎖に繋がれたディラン達の拘束を解いていく。
 そんなパムの行動を現在の部屋の主である異形の怪物は静かに見守っていた。
 
「えっと、姿は見えないけど、あんたがアキラだねッ!?」
『その名前はもう捨てた、いまは究極生物、アルティメスだ』
「コホー……」

 アルティメスってアルティメットから来てんのか……何だか中二病チックな名前だなぁ……。

「何だい、中二病って?」
「コホー……」

 中二病っていうのは中学二年生あたりで男子が罹患りかんするやまいで、引きずる人は大人になっても……。

『誰が中二病だッ!!』



 ミラルダの問い掛けに反応して憤りを含んだ声が響き、闇の中から究極生物アルティメスが姿を見せる。
 竜の翼に悪魔の肉体、首元は白い毛におおわれてた。
 額に三本の角を生やした青い肌の顔は中性的で美しくどこか神々しさを感じさせる物だったが、今は苛立ちに歪んでいた。
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